133 ゲルングルン地方の魔塔第2階層2
心配が爆発するイリスをなだめつつ、5人で天幕の中に籠もって待機する。
時折、近寄ってきたスケルトンを撃退した。音ですぐに接近を察知できるものの、数も頻度もかなり多い。
「なんだか杭の数も増えてませんか?」
ともに外へ出たゴドヴァンにセニアは尋ねる。
「あぁ、出てくるのはスケルトンばっかりだが、数が多いな。こりゃあまたぞろ、大量発生の波に襲われるかもな」
ゴドヴァンも呑気に頷いて言う。こちらには火力に優れるクリフォードもいるから、数で押されてもそこまで困ることはない。
遠目に見える丘の上でも、うごめくスケルトンの群れが見えた。いざ階層主をペイドランが見つけてきたとして、倒しに行くとなったなら強行突破をするしかないだろう。
「イリスにはああ言ったけど、ペイドラン君、大丈夫かしら」
セニアは今更、心配になってきてこぼした。たとえペイドランでも足元から際限なくあらわれるようなら辛いのではないか。
つい、囲まれて骨に埋められているペイドランを想像してしまう。
「心配するぐらいなら、一人で行かせないでほしいです」
背後からペイドランがあらわれる。まだ全身にオーラの光を纏っていた。
「あまりにも数が多いので撒いてきました。全部、いちいち相手にしてらんないです」
遠くのスケルトンを見やってペイドランが言う。
どうやらペイドランが置き去りにしてきたスケルトンたちが、今、視界にいる連中らしい。
「それに、飛刀もだいぶ使っちゃったんで。早めに戻りました。俺が持てる飛刀の量より、いっぱい出てくるんですよ」
空きが目立つようになった剣帯を示してペイドランがセニアに言う。自分は言い訳をさせてしまうほど、咎めるような顔でもしていたのだろうか。
「ペッド!無事だったのね、良かった!」
ペイドランの声を聞きつけて、金髪の少女剣士が天幕から飛び出してきた。飛びつくようにして抱きついている。
「うん。大体の位置関係とか地形は分かったから、戻ってきたんだ。階層主までは見つけられなかったけど」
ペイドランがイリスから身を離して答える。
イリスのほうが魔塔に入ってからはどこか物足りなさそうだ。ペイドランの対応が外よりも淡白に思えるのだろう。ただ、魔塔の怖さはペイドランもよく知っているのだ。
抱き合って動けずにいて攻撃される可能性をつい、警戒してしまうのだろう。
「出てくるのはスケルトンだけ?何か上位種はいた?」
セニアは尋ねるもイリスに睨まれてしまう。
シェルダンのときもそうだったが、その恋人の前で男性に話し掛けると、恋人女性から睨まれてしまうことが非常に多いのだ。理由はさっぱりわからないのだが。
「はい。1つ1つの墓みたいなのから、ワラワラ出てきてスケルトンがきりないけど。逆に言うとスケルトン以外何もいないです。落ち着いて地図書く暇もなかなか無くて、大変でした」
肩をすくめてペイドランが言う。この環境下で地図まで作ろうとするのだ。セニアは驚きつつも、シェルダンからの教えだろうか、となんとなく考えていた。
「とりあえず、俺が行った方は階層主いなくて、ずっとスケルトンでした。だから」
ペイドランが自作の簡単な地図を示しながら説明する。1から12までの数字で方位を作り、真ん中にここの拠点を記してあった。
「残りの方角を皆で探ろうということかな?」
遅れて天幕から這い出てきたクリフォードが後を引き継いで言う。
ペイドランが頷いた。
「なるほど。そうと決まれば、早く行きましょう」
逸る気持ちをそのままに、セニアは一同を見渡して告げる。
「落ち着いてセニアさん。しっかり準備して体制を整えてからよ」
もう一人、天幕から出てきたルフィナにたしなめられてしまう。
「そういうとこですよ。俺、少し休憩したいです」
じとりとした眼差しをペイドランからも向けられてしまう。
「そうよ、おバカ」
イリスに至っては脛を蹴ってきた。
変わろうと思ったばかりで申し訳ない。セニアはせめてもの反省のつもりで、脛を押さえてうずくまる。動けませんし、動きません、の意思表示だ。
「まったく、まぁ、言い張らないだけ成長したな」
ゴドヴァンが苦笑して言う。
「えぇ、まぁ、意識していても全部は急には変えられないのでしょう」
クリフォードも微笑んで相槌を打つ。
中ではイリスがペイドランに「なんかお腹に入れたら?」や「なんで大の字なのよ?」など挙げ句には「寝たまま食べるの行儀悪いわよ」などと甲斐甲斐しく世話を焼いている様子が聞こえてきた。
「まぁ、セニアちゃんは退屈なら連中と遊んでな」
ゴドヴァンが抜き身の大剣で指し示した先では、ペイドランを追ってきたのだろうか。カタカタ音を立てながらスケルトンの一団が坂を下って迫るのが見える。
「分かりました。私も一暴れして頭を冷やします」
セニアは牽制のため閃光矢を一団の真ん中に放ち、片刃剣を振るって斬り込んでいく。
神聖術はスケルトンなど怪奇系の魔物には効果的なようだ。閃光矢が当たった部位はスケルトンも繫がらないらしく再生しない。
(でも、だからこそ無駄撃ちは出来ない。私も慎重に動くことを覚えなきゃ)
思いつつセニアは剣を振るう。
神聖術を本気で効率的に使おうと考えると、剣術の意味合いも変わってくる。
浮かぶのはハイネルとの戦闘での無様な自分の負け姿だ。
(法力を節約するためにも、やはり剣技も必要は必要で)
ドレシアの魔塔攻略からハイネルと戦うまでの期間についてはほとんど千光縛の修練ばかりで体が鈍っていた。負けたことは実力不足のせいでは当然あるものの、自身の要領の悪さや視野の狭さも、原因に思えてならないのである。
セニアはいかに効率よくスケルトンを倒せるか、追究しながら月光銀製の片刃剣を振るい続けた。ひたすら体力の限界まで剣を振るう機会もまた、最近ではめっきりと減った気もする。
「いや、すげえな」
視界からスケルトンの骨が消えたのと同時にゴドヴァンの声が聞こえてきた。
「まだ、まだです。ゴドヴァン様には勝てませんし、ハイネルにもひねられました」
セニアは肩で息をする自分に情けなさを覚えつつ答えた。
「斬りながらしっかり核骨がどれか。再生するときに観察して狙ってたんだな。さらに閃光矢もあわせて。で、最後は核骨を見切られてやられた。そんなスケルトンばかりだったな」
ゴドヴァンもよく見てくれているのだ。スケルトンとの戦いには慣れている。
「レナート様には、出来なかったことだぜ。まぁ、あの人はその必要がなくて剣がからっきしだったからだろうけど」
褒めてくれている。ゴドヴァンにかけられた言葉にセニアは素直に喜びを覚えた。
「ハイネルとの戦いで、私、最後は追い詰められて撃てもしない光刃を放とうとして失敗したのです」
思い出してセニアは打ち明ける。
「あぁ、あれはただ法力を放出するだけじゃねえってレナート様も誰かに言ってたな。最古の魔塔で。確かしっかり法力を固めて集中させて、だのなんだの」
唐突に参考となる話をしてくれるゴドヴァン。ちゃんとした光刃への手がかりとなる内容にセニアは興味を引かれる。
(でも、誰に言ってたの?ゴドヴァン様じゃないなら)
セニアはその人物と話てみたいと思いつつ、大体察しもついていて、すぐに諦めた。
「あぁ、あれはシェルダンのやつに言ってたんだった。あいつも未知の技術なんかには興味津々だったからな」
予想していたとおりの名前にセニアは肩を落とした。もう話の聞けない相手だから。
そして、さらに1時間後、安眠して体力を回復させたペイドランとともに一同は階層主の探索へと出発するのであった。




