132 ゲルングルン地方の魔塔第2階層1
ゲルングルン地方の魔塔第1階層の最奥、転移魔法陣の前にて、セニアは仲間たちにオーラをかけていた。先行したペイドランの5分後に自分たちも上がる手筈だ。ドレシアの魔塔でシェルダンがしていたのと同じである。
違ったのは、1分もしないうちにペイドランが戻ってきてしまったことだ。
「どうしたの?」
ちょうどイリスにオーラをかけていたところである。驚いてセニアは尋ねた。
「転移魔法陣の直近から、お墓みたいな十字の杭がいっぱい立ってて。その下からいっぱいスケルトンが現れるんです。一人じゃキツイから戻ってきました」
何食わぬ顔でペイドランが言う。
シェルダンならば、鎖分銅を振り回して死守していたはずだ。後衛のルフィナやクリフォードも上がることを考えれば、前衛として死守して粘るべきだろう。気合と根性が足りない、とセニアは感じたのだが。
「そうか。じゃあ、全員で一気に上がって、まず転移魔法陣の周りを確保しよう。無理せず、よく戻ったね。君は斥候だ、良い判断だと思う」
クリフォードが優しくペイドランの肩を叩いて言う。
ゴドヴァンとルフィナも咎めるような表情はしていない。
もとより強い好意を抱いているイリスの反応は考えないものとする。見るからにホッとしてペイドランに駆け寄ってペタペタ触れて無事を確認していた。
(あなたたち、1分も離れていなかったのよ?)
セニアは口には出さずにおいた。どうやらすぐ戻ってきたことに不満を持ったのは自分だけのようだ。
「ペイドランらしいわね。でも、あなたはシェルダンではないのだから。それでいいわ」
ルフィナがなぜかセニアを見て、たおやかな微笑みとともに告げる。
「そういうことだ。さ、セニア殿。皆にオーラを」
クリフォードに言われて、セニアは皆へのオーラを完遂した。ペイドランにもかけ直す。
あまり怒らないでください、と言わんばかりにペイドランが肩をすくめてみせた。
全員で転移魔法陣に踏み込む。
セニア、ゴドヴァン、イリスは既に抜剣して不意討ちに備えながら、だ。
果たして第2階層に入ると、数十体、あるいは3桁近い数のスケルトンがたむろしていた。たしかにペイドラン一人で5分保たせるのは難しかったかもしれない。
「このっ」
セニアは突っ込んでいくイリスの背後から閃光矢を放つ。急所に当たらずとも神聖術の効きは良い。再生もできないようだ。当たった部分が崩れて骨片となる。相手の動かせる部位を削れるのだ。
残ったスケルトンとイリスとで乱闘になった。イリスが風のように素早く攻撃し、スケルトンの注意を集めて逃げ回っている。
「うおおっ」
離れたところではゴドヴァンが風車のように大剣を振り回していた。
ペイドランが飛刀で直近のスケルトン数体をそれぞれ、一撃のもとに仕留めていく。よく勘だけでスケルトンの核骨を的確に撃ち抜けるものだ。セニアもスケルトンとアスロック王国時代に戦ったことはある。
(天才、なのかしら。こんな子、初めてだわ)
セニアは思いつつ、自らも剣を振るい続ける。
スケルトンばかりだが一向に数を減らす気配がない。
「私が炎を使おう。数が多すぎるからな。セニア殿っ!私を守ってくれっ!」
クリフォードが指示を飛ばす。
一度、第2階層の状態を落ち着いて見渡したいところではあった。
「はいっ」
セニアは、クリフォードの近くに寄り、ついてきたスケルトン数体を盾で殴打して粉々にしてやった。
「それは腹、あれは頭、そいつは首、肋よ、肋!」
ルフィナがクリフォードの隣でイリスに指示を飛ばしている。核骨も関係なく切り飛ばして粉砕するゴドヴァンには何の指示も出していないが。
イリスとペイドランがそれぞれ、細剣と飛刀で次々と直近のスケルトンを骨片の小山へと変えていく。
熱気がセニアの肌を打つ。クリフォードが詠唱を終えたようだ。赤い魔法陣が中空に浮かんでいる。
「よし、ファイヤーボールだ」
クリフォードが大声で告げる。合図のつもりなのだろう。
全員が転移魔法陣の直近にまで退がった。
赤い魔法陣から火炎球が発射され、スケルトンたちを灰に変える。もはや核骨もへったくれもない大火力だ。
(以前より火力、増してるんじゃないかしら)
クリフォードもただ、仲間から嫌われる妙な企みをしているばかりではなく、より一層の鍛錬にも励んでいたのだろう。
第2階層に着いてから初めて、視界の中にいる全てのスケルトンが消えた。
「ふぅ、一旦落ち着いたね。いきなり乱戦とは恐れ入る。これがシェルダンの言っていた本来の魔塔なのかな」
クリフォードが笑ってのんびりと告げる。
灰色の空に、暗褐色の地面が広がっていた。十字に組まれた杭が地面を埋め尽くすかのように立っている。
(あれ、一本一本の下にスケルトンが潜んでいたのかしら)
セニアは思いつつ、杭の数にゾッとする。まるで、第2階層は墓地のような空間だ。
「そうねぇ、さすがにただのスケルトンたちでも100体超えはきついわね」
ルフィナも相槌を打った。
「数えてたのか?」
ゴドヴァンが大剣を鞘に納めながら言う。
「私の視界にいただけでも186体だったわよ」
ルフィナがさらりと答える。ずっと核骨を見極めながら数まで数えていたのだ。冷静さにセニアはただただ驚かされるばかりである。
ペイドランが天幕の設営に取り掛かる。すかさずイリスも手伝い始めた。魔塔の中でも、本当に仲睦まじい2人だ。
「じゃあ、俺、偵察、行きます」
設営を終えるとペイドランが告げる。黄土色の軍服にたすきがけに剣帯を身に着けていた。
またイリスがついていこうとする。天幕から出ようとするところをゴドヴァンとルフィナに止められていた。
「なんでよ、ペッドばっかり危ないことして!何かあったらどうするのよ」
イリスがゴドヴァンとルフィナ越しにペイドランに言う。
「皆が危なくないように、俺が行くんだよ。イリスちゃんのためにも俺、喜んで頑張るんだ」
ぐっと握り拳を突き上げてからペイドランが、十字の杭の間を駆けていった。
「みんな、おかしいわよ。当たり前に捨て石みたいに一人だけ探索にやって。私も行くわ」
天幕にセニアも入ると、さっそくイリスの愚痴が耳に入ってきた。
「そう言わないで、スケルトン、勘だけで倒せちゃうの彼ぐらいよ。ここはスケルトン多いし、核骨の場所が自力で分からないイリスが行っても足手まといよ」
セニアは背中を向けて座るイリスに告げる。
はっきりと言ったことで、ゴドヴァンとルフィナが苦笑を浮かべた。『足手まとい』はさすがに言いすぎだったろうか。
「でも、ペッドはシェルダンって人みたいに、このキラキラ、オーラっての使えないんでしょ?途中で切れて、瘴気を吸って行き倒れてたらどうするのよ」
背中を向けたまま、さらにイリスが言う。
表情を窺い知ることは出来ないが、ペイドランのことが心配であり、自分への『足手まとい』などという評価はどうでもいいようだ。
「大丈夫よ、そういうときのために、聖木から作られた香木も持っていってるんだから」
セニアは優しくイリスの背中を撫でてやりながら言う。
「でも、火を使えない局面だったら?反対されても勝手についてくべきだったかも。こんなとこにいて、私も人でなしだ」
イリスの心配は現段階では何を言っても解消されることはないのだろう。
納得してもいない。セニアにできるのはせめて話を聞いて捌け口になることぐらいだろうか。
「大丈夫よ。ペイドランの場合、駄目そうなら、さっきみたいにすぐ戻ってくるから」
ルフィナも優しく言い添える。
「そうだぜ。シェルダンとはまた違った強みがやつにもあるからな」
ゴドヴァンもイリスに言葉をかけてくれる。
「誰に言われるでもなく、自分なりに判断を下して戻ってこれるのは、やはり素晴らしいですね」
クリフォードも相槌を打つ。
やはり、早々に戻ってきたのが不満だったのは自分だけらしい。
(やはり、まだ焦っているのかしら。皆を見習って私も落ち着くことを覚えないとね)
思いつつセニアは、ひたすら取り留めもないイリスの心配事に耳を傾けるのであった。




