131 ゲルングルン地方の魔塔第1階層2
ペイドランは木立の中を駆ける。
基本的には登り坂が続く。体力的には問題はない。イリスほどではないが自分も走るのは得意だ。出てくる魔獣はほとんどがバット、時折スケルトンの群れである。
(結局、鎖鎌は実戦で遣うの無理だってなったけど)
飛刀でスケルトンを倒しつつ、ペイドランは思う。
付け焼き刃の技術よりも磨いた飛刀の技術を活かしたほうが良い、との助言をレイダンがくれたのであった。
(使う機会、無いと思ってたけど)
ペイドランは腰の2本の短剣に手をやった。
ドレシアの魔塔攻略後に、クリフォードがご褒美と称して与えてくれたものだ。下賜というらしい、とイリスが後でもっともらしく教えてくれた。
だが、自分にとって短剣とは投げる消耗品だ。高価なものなど要らなくて、家のどこかに放り投げていた。
陽光銀と月光銀という聖なる鉱石で作られたもので魔物には有効らしいが。短剣の二刀流をする人でないと使いこなせないだろう。
(こんな高価なもの、投げて、どっかやったら、怒られちゃうって思ってた。レイダンさんは凄いな)
他にも使いようはあると考案してくれたのがレイダンだった。ゆえにペイドランも今回は奥の手として携行しているのである。
考えながら進んでいくと、遠目の丘にジュバという巨大な馬型の魔物が見える。
(あそこだ)
ペイドランは思い、足をそちらに向けた。
炎の竜が出現してジュバを呑み込んだからだ。クリフォードの炎魔術だろう。
バットを片刃剣で斬り倒しながらペイドランは丘の方へと向かう。イリスとの訓練で片刃剣の技能も向上した。バット相手くらいなら対応に困らない。
「ペッド」
藪の中からひょっこり、プラチナブロンドの髪をした、可愛らしい顔が現れる。碧色の澄んだ瞳が自分を捉えた。
「イリスちゃん」
魔塔の林で、2人は再会を喜んで抱き合った。どれだけの時間、抱き合っていたのか。あまり長い時間ではないようにペイドランは思う。
「もうっ、行きましょ。セニア達が待ってるんだから」
照れくさそうに恥じらってイリスが言い、身を離した。
名残り惜しさを隠せないペイドランを見て微笑む。背伸びして耳元に顔を近づける。
「この魔塔を無事に攻略出来たら、いくらでも仲良くできるわよ。私達」
優しく耳元で嬉しい言葉を囁くイリス。
「うん、何があっても俺が絶対に守るから」
ペイドランはもう一度ギュッとイリスを抱きしめて告げた。本当はいくらでも何度でもギュッとしたいのである。
肩の辺りでイリスが頷く。
2人で連れ立って合流地点へと向かう。
煙のまだ上がるジュバの焼死体の傍らに4人が立っている。
「お待たせしました」
ペイドランは一番近くにいたルフィナとゴドヴァンに告げる。クリフォードとセニアにも目礼をした。
ともに戦うと決めた以上、この2人ともわだかまりを残すつもりはない。一丸とならないと、魔塔攻略に失敗し自分やイリスが命を落とすことに繋がるのは、ペイドランにもよく分かっている。
「また、よろしくね。ペイドラン君」
セニアが微笑んで言う。聖剣を奪われている。ドレシアの魔塔でも使用していた名剣を握っていた。月光銀で作った剣だと以前言っていたのをペイドランは思い出す。
「よし、第2階層を目指そう。この階層で一番強いとされるジュバとやらも私にとっては、敵ではないな」
クリフォードが焼け焦げたジュバの亡骸を見て告げる。相変わらず燃やすことには絶対の自信を持っているようだ。
「個体差、かなりあるみたいだから、油断、ダメです。それに炎魔術が効かない敵、出てくるかも知れないから。やっぱり油断、ダメです」
ペイドランはたしなめながらクリフォードを抜き、更に、にこやかなゴドヴァンとルフィナも抜いて先頭に立った。
6人で第2階層への転移魔法陣を探す。
「ペッド、よくスケルトンの核骨が分かるわね」
20体ほどのスケルトン達を倒してからイリスが告げる。
ペイドラン以外はルフィナかクリフォードに位置を教えられないと、スケルトンの核骨が分からないらしい。
「なんとなく、だよ。間違ったらもう1回やればいいだけだから」
ペイドランは片刃剣を握ったまま答える。ゴドヴァンにまた1000本ほど持ってもらってはいるが、前回の反省を活かして飛刀は温存していた。
クリフォードも魔力温存のためジュバ以外には炎魔術を使わずにいる。
「まったく、すごい奴を彼氏にしちゃったわね、私」
冗談めかしてイリスが言う。抜き身の細剣を手にしたままだ。とても嬉しい言葉なのだが。
怖い環境に身を置いている。ペイドランは微笑んで応じるに止めた。本当は小躍りしたいぐらいに嬉しい。
「おっ、あれだな」
ゴドヴァンが遠くの山間を指差した。
例のごとく他の誰にも見えないのだが。クリフォードに視線を送られてペイドランは首を横に振る。
「もうっ、あなたったら、みんな貴方みたいに出鱈目な視力はしてないのよ?見つけたなら案内してちょうだい」
ルフィナがツンケンとしながら言う。
ドレシアの魔塔でも、シェルダンと自分が追いつく前にはこんな感じだったのだろうか。
(そういえばレイダンさん、なんでここの魔塔に出る魔物、知っていたんだろ)
用心深く辺りを覗いながらペイドランは思う。
事前にもらった冊子のうち特に読むように言われていたものは、ゲルングルン地方の魔塔に出そうな魔物を網羅したものだった。
(ジュバもスケルトンもバットも。あと、他の気持ち悪そうな、ここに出そうな魔物も)
ゲルングルン地方の魔塔は、セニア追放後に立ったものだと聞く。つまりレイダンたちが国を出た後に立ったということでもあり、知る由もないと思うのだが。
(誰かがレイダンさんに情報を流した?でも、誰が?)
考えてしまうもペイドランは首を横に振った。
レイダンの冊子にあったとおりの魔物が今のところ現れていて、冊子はとても役に立っている。それで十分ではないか。
「シェルダン隊長の代わりが、この冊子か」
ペイドランは呟き、飛刀を放った。バットを撃ち落とす。片刃剣でも良かったのに、一本無駄にしてしまった。
また、転移魔法陣に近付いたことで視界から見失う。
見失いはしても、位置はしっかり把握している。ゴドヴァンに教えてもらいながら進む。
「よし、まず1つ、だな」
笑ってゴドヴァンが告げる。
赤い転移魔法陣の前に到着した。どこまでも赤い光が上に向かって伸びている。
斥候の役割を果たすのは自分だ。
「セニア様、俺にオーラを」
ほうっと息を吐いてペイドランは心を決めた。
何がいるかもわからない。シェルダンの話ではいきなり魔物の群れに突っ込まされることもあるのだという。
イリスが心配そうだ。
「ペッド、私も一緒に行くよ。2人の方がきっと良いよ」
愛情豊かなイリスだが、気持ちだけで十分だ。
ペイドランは頬を緩めつつも、首を横に振る。
「だめだよ、魔塔は、そういう場所だから。お互いに守り合えるとは限らない。1人ずつのほうがいいんだ。色んな意味で」
もし誰かが死ぬ羽目になるのだとしても、一人で済むのだから。
そっとイリスの華奢な肩を抱いてから、ペイドランはセニアからオーラをかけられ、転移魔法陣へと足を踏み入れるのであった。




