13 侍女とのデート2
最初に向かうのは、ルベント中央噴水広場に程近い劇場である。扇形の大きな建物だ。100人ほどが収容できるという。
カティアとの待ち合わせ前に、シェルダンは前売り券をあらかじめ2枚、買っておいてある。デートということなので隣り合う席を指定しておいた。かなり恥ずかしかったのだが。
「あら、軍の方って気配りが本当にしっかりしてらっしゃるのよね。弟のカディスもこういうところはいつも先回りなんですよ」
ころころと笑みをこぼしながらカティアが言う。
カディスがしっかりしているのは軍人だからということではなさそうだが、あえてシェルダンも指摘しなかった。
「弟殿はしっかりしすぎているくらいですよ。若年ではあっても、分隊の副官を何の問題もなく遂行しているのですから」
入場口で半券を切ってもらいながら、シェルダンはカティアに告げた。
(つくづく、豊かな国だ)
実のところ、シェルダンにとっては観劇自体、初めての経験である。ただ、周りの人の流れに従って動いているだけで良いようだ。
隣にいるカティアは子爵令嬢ということもあってか、慣れているようで落ち着いた顔をしている。入場口でもらったパンフレットに目を通しながら、シェルダンと腕を組んで進む。
演目は『追放された聖騎士』である。某国を追放された女聖騎士が他国の王子に見初められて、そこから運が向いてくる、というストーリーだ。
どこかで見たことがあるような話だ、とシェルダンはつい半ば呆れも抱きつつ、思ってしまう。
劇を見ている間も楽しい、というよりは緊張の度合いのほうが大きかった。
「クリフォード殿下が、セニア様に惚れ込んでいるのを正当化するためにあれを流行らせているんですよ?」
劇が終了し、劇場を出るとカティアが苦笑して言う。
そのまま二人で、近くのカフェに寄った。屋外に円卓の並ぶ店舗だ。飲み物を買うのは店内である。
「どこかで見たような話だとは思いました」
シェルダンは言いながら席を取り、椅子を引いてカティアを座らせる。幼い頃、父が母によくしていた所作だ。
「ねぇ?あそこまでしちゃって。話題になってるから見たかったのだけど、なまじ二人を知ってるからむしろ面白くって」
くすくすとカティアが笑みをこぼす。
シェルダンもどちらかというと、そこまでするのか、という気持ちが勝っていた。ついつい頷いてしまう。確かに滑稽と言われれば滑稽と思える。
「お飲み物はどうしますか?」
代わりに飲み物の注文を尋ねる。
「では、紅茶で」
カティアの返事を受け、シェルダンは飲み物を店員から購入する。自分は熱いブラックコーヒーにした。
飲み物を持って二人で向き合う。気恥ずかしくなって俯くとコーヒーに自分の顔が映し出されていた。なんとなく、やはり自分の顔はカティアには不釣り合いな気がして顔を上げる。
「こうして、街で平和に暮らしていると、魔塔なんて有っても無くっても、だなんて不謹慎なことを思ってしまうわ」
カティアが優雅な仕草で、紅茶の入ったカップを口元に運んだ。
「セニア様の言うように、無理をしてでも崩すべきなのかしら。私、どうも焦りすぎているような印象があるの。結局は聖剣だって、シオン殿下の側に取られてしまいましたし」
確かにドレシア帝国の一般人としては、魔塔というものは実感の湧かない存在かもしれない。
ドレシア帝国の治安がしっかりしているからこその感覚だろうとシェルダンは思った。
「有るよりは、無いほうがいいと思いますよ」
シェルダンはコーヒーの香りを嗅いでから口に含んだ。両親のようにお茶や庭遊びを楽しむ趣味も、今のところシェルダンにはない。が、せっかくなので味わいたいものだと思う。
「今、配備している軍、兵士にかかる費用が浮くわけですから。税を軽くして福祉にその分を注ぎ込めるのでは。当然、近隣の危険もなくなりますし」
政治のことまではわからないのだが。本当に浮いた軍費をそういう風に出来るのかは分からなかった。
「シェルダン様みたいに冷静に言ってくれると、よく分かりますわ。セニア様と話していても、聖騎士であるからには、とか魔塔は邪悪だから、とか。せっかくクリフォード殿下が自分に入れ込んでいるのだから、気楽に愉しめばいいのに、とかつい思ってしまうのよね。あの、切迫した感じを見ていると」
カティアが心底うんざりした様子でまくし立て、ため息をついてみせる。
「はぁ、セニア様がそのような」
ずっと近くで見ていると思うところも溜まってくるのだろう。来る日も来る日も魔塔、ではうんざりして当然だ。
「クリフォード殿下はクリフォード殿下で、セニア様が大事だからあまり魔塔やアスロック王国に関わらせたくないみたいなのよ」
身分の高い人たちの話は、していて、やはり面白い。ついシェルダンも身を乗り出してしまう。
「それで私にあのような」
シェルダンは先日のクリフォードの様子を思い出して言った。
「えぇ、間男かそうでなくともアスロック王国の出身者だから、もう会わせるのが嫌で、嫌で、嫌で。大抵のセニア様のお願いは鵜呑みなのに、シェルダン様のことだけは、理由を何かとつけて拒んでいたわ」
カティアが心底おかしそうに微笑みかけてくる。シェルダンもおかしくなって、つい笑ってしまう。
「でも、会わせてみたら杞憂で、今度は無礼だ卑怯だって怒り出して。私はもう、あのとき笑いをこらえるのが大変だったわ」
そういえばあのときカティアは一貫して微笑んでいた。本当は爆笑したかったようだ。
「しかもシェルダン様ったら自決する真似事までして。二人とも驚いていて、あのときの顔ったら」
シェルダンの下手な芝居まで見破られていたのだった。勝って自決する馬鹿などいない。セニアの敗北感を紛らわせてやりたかっただけだ。
「見破られてましたか」
シェルダンは苦笑して言った。
「だって、あまり上手な芝居ではありませんでしたわ。セニア様がまた変な思い詰め方をするから、気を逸らさせたのでしょ?」
クスクスとカティアが笑みをこぼした。少し気を落ち着けるためかまた、紅茶を口元に運んだ。
「芝居と分かっていたなら、叩くのも少し加減してくださっても良かったのでは?」
わざと恨めしげな表情を作って、シェルダンは告げた。
「私のほうが芝居が上手なことを教えてさしあげたくて」
悪戯ぽい表情をしてもカティアは、どこか優雅で美しい。こんなカフェで向き合っているのが信じられないほどだ。
「まったく、カティア殿には敵いませんね」
シェルダンは心の底から言った。しっかり者の弟が育つわけである。隙を見せたらやりこめられる生活だったに違いない。
「あら、シェルダン様だって、よく見てらっしゃるじゃないの。やはり戦場で部下を持つ御方って感じたわ。クリフォード殿下やセニア様も見習ってほしいぐらい」
自分の何をカティアが評価してくれているかはわからない。ただ、話をしていて楽しいとは感じる。
「しかし、クリフォード殿下はセニア様にご執心ですか。よほど魔物から助けられたのが有難かったのですかな」
劇の内容を思い出してシェルダンは言った。確か劇の中でも似たような場面があっはずだ。
「そこからして、ですわ。そもそもセニア様が叩き斬った魔物も、クリフォード殿下なら炎魔法で一撃だったのよ?あれは完全に見た目の美しさや性格に惚れてるの。聖騎士だ、なんだは二の次よ、二の次」
確かにセニアを見るクリフォードの眼差しは愛情あふれるものではあった。
「あんな下心丸出しの人はいないわよ。そもそもルベントの離宮に引っ込んだのも、セニア様を独り占めしたいからだし。聖剣をとられたら、今度は慰めるのに大忙し」
他人の色恋は本当に面白い。シェルダンは聞き入ってしまい、すっかりコーヒーが冷めてしまった。
「セニア様もお美しい方だけど。完全無自覚よ、あれ。頭の中は剣と魔塔ばっかり。ゴドヴァン騎士団長に負けてからは訓練ばかりよ」
カティアが言いながら紅茶を飲みきってしまう。
「クリフォード殿下は魔法の修練ばかりだったし、セニア様は聖騎士のことばかり。近くで見てると本当に疲れるの」
深くカティアがため息をつく。
「ふふっ」
そして微笑みをこぼす。
「シェルダン様は本当にゴシップ好きね、コーヒーがすっかり冷めてますわよ」
カティアがシェルダンのカップに手を当てて言う。
「は、いえっ」
男子がゴシップ好きとは恥ずかしい。シェルダンにもそれくらいの感覚はある。
「いいの、カディスから聞いてます。シェルダン様はゴシップ雑誌を毎週、丁寧に目を通して、しかも兵舎の書棚にきれいに並べているのよね」
軍営でのシェルダンの姿は全てカティアには筒抜けだと思ったほうがいいようだ。




