129 露払い3
ハンスとロウエンが石を投げようと振りかぶった。
「リュッグ、やれっ!」
シェルダンは怒鳴る。
良くは見えないが藪の中から大きな音とともに光が上がった。
空に赤い光が生じる。ただの警報だが、これで自分たちがしくじっても、本隊は無防備ではない。これを機会にジュバへの警戒を、本隊にもしっかりやって貰えればと思う。
信号弾の音に反応して、ジュバが頭をもたげた。辺りを見回す。
「うおおおおっ」
ハンスが大声を挙げて石を投げつける。届いていない。
「だあぁぁぁぁぁっ」
裂帛の気合とともにロウエンも石を投げる。真っ直ぐにジュバへと向かう。直撃しそうだったのだが、ジュバが全身をより濃い瘴気で覆って防ぐ。
もとより石はただの挑発だ。見え透いた誘いだが、所詮、相手も馬なのであった。人間の戦略的意図など察することはできない。
ジュバの目が2人を捉える。
甲高いいななきをあげて、2人の方へと駆け上がっていく。まるで紫色の嵐のようだ。恐ろしく速い。
「しまった、あまり坂の意味がなかった」
シェルダンはあっという間に接近されてしまったハンスとロウエンを見てボヤく。
なんとか2人とも横に大きく逃げて踏み潰されることだけは防いだのだが。藪なども使って上手く逃げている。
(弱ったな。かなり脚の速い個体だった)
魔物にも多少の個体差はある。シェルダンにも今回のジュバの素早さは予想外のことだった。
鎖分銅で攻撃すれば、瘴気の上からでも負傷をさせられ、2人を助けられるかもしれないが、おそらく仕留めるには至らない。以後、瘴気が健在なまま用心されると面倒だ。
「くそっ!」
巨大な相手にもひるまず、ハンスが片刃剣を抜き放つ。一拍遅れてロウエンも倣う。いつもどおりハンスの半歩後ろにさがった。
「ガードナー、詠唱だ」
シェルダンは短く告げる。
無言でうなずき、ガードナーが詠唱を始めた。中空に黄色い光を放つ魔法陣が生じる。
間に合うのか。既にジュバの背には瘴気で作った乗り手が浮かび上がる。手に持っているのは槍、一番よくいる種類だ。
だが、片刃剣の2人は馬上から一方的に突かれることとなる。よくいる種類だから何かが楽だ、ということは当然、まったくない。
「私が出ましょう」
メイスンが抜剣した。異様な迫力を醸し出している。
戦地に来てからのメイスンの剣技は異常だ。訓練の時は実力を隠していたのだろう。セニアやゴドヴァンに対するのと近い感覚を今となってはシェルダンも抱いていた。
ただ、それだけにメイスンもトドメ役としておきたい。瘴気を払ってから2人がかりで攻撃すれば確実に容易く仕留められる。
「おらあっ」
迷っていると、ハンターが怒声とともに巨大な木の枝を、ジュバの脚に投げつける。
「ビヒッ」
大事な脚に衝撃を加えられ、ジュバが血走った目をハンターに向ける。
「こっちだっ」
今度はロウエンが脚に斬りかかる。瘴気の膜で防がれ、かすり傷ぐらいしか与えられない。
また、ジュバがロウエンの方へと向き直る。
数秒の攻撃だが、ガードナーの詠唱には十分すぎる時間だった。
黄色い魔法陣がガードナーの前で展開している。つくづく、おぞましいほどの魔力だ。片刃剣よりも杖を持たせたほうがしっくり来て良いかもしれない。
「ハンスッ、ロウエンッ、下がれっ!」
シェルダンは大声で指示を飛ばす。
転がるようにして、ハンスとロウエンが藪の中へと逃げ込んだ。
「ガードナー、やれいっ!」
隊長の自分を差し置いて、メイスンが怒鳴る。
別に構わない。面子や面目に拘る自分ではないのだから。
「サンダーウィンド」
別人のように静かな声でガードナーが告げる。
雷を纏った風が生じ、ジュバの巨体を雷撃に晒す。
「ビヒィッ」
四つ脚で踏ん張るも瘴気の膜を完全に雷風で薙ぎ払われたジュバ。それでも、嵐が過ぎ去ると何やら誇らしげに首を上げていななく。
(効かないぞって?甘いんだよ)
瘴気のない巨大馬など要するにただの馬である。
シェルダンは右前脚の関節に鎖分銅を叩きつけた。
「ビヒッ」
右前脚を折りかけてよろけるジュバ。
更に左前脚、首など思いつく限りの急所をシェルダンは鎖分銅で一方的に撃ち抜いた。
時間と余裕を与えれば、また底力のように瘴気を絞り出してくる。仕留めるならこの好機で仕留めるしかないのだ。
「うおおおおっ」
メイスンがシェルダンの作った隙を活かしてジュバとの距離を詰める。
シェルダンはメイスンを巻き込まぬよう、ジュバの左眼を撃ち抜く。なんとか上手くいった。狙いづらい部位なのだ。
「どぅあああっ」
気合を乗せて、メイスンが支給品の片刃剣を振り下ろし、ジュバの首を一刀両断した。腕力だけではない。気合を乗せるのは技のようなものだ。
(嘘だろう)
シェルダンですら、支給品の片刃剣でジュバの首を一刀で落とす者など初めて見る。ゴドヴァンとセニアにも出来そうだが、あの2人はそもそももっと良い得物を手にしているのだ。
首を失ったジュバの体がドスゥン、と重苦しい音を立てて倒れる。
「ひ、ひえええええ」
ガードナーが腰を抜かしそうになっている。
自分も少し悲鳴をあげたいぐらいだ、とシェルダンは思った。それぐらい、メイスンの腕前には驚かされている。
(まったく、誰なんだ、こんな人事をするやつは)
内心でシェルダンはボヤいた。一癖も二癖もある人間を2人も寄越すなど。メイスンといい、ガードナーといい、普通の兵士からはかけ離れた存在だ。上手くいっている今は大戦力である一方、間違った対応をしていたら、雰囲気をぶち壊す傲慢な分隊員と、とんだ足手まといである。
「やりましたな。いや、危ないところでした」
メイスンが剣を布で拭い、鞘に納めながら言う。
遠目に藪の中からハンスとロウエンが這い出してくるのも見えた。
「隊長の鎖鎌はつくづく、恐ろしいほどの威力ですな。風を切る音の心強いことといったら、ないですよ。癖になりそうです」
告げて、メイスンが声を上げて笑う。見るからに上機嫌で饒舌になっていた。
「ガードナー、貴様もよくやったぞ。与えられた役割を果たす。軍人はこうでなくてはな」
今回はうずくまってもいないため、怒られずにすむガードナーであった。
「あ、ああ、ありがとうございます」
ガードナーが直立したまま、礼を述べる。やはり、少しは成長したのかもしれない、とシェルダンも思った。
「あぁ、おっかなかったぁ」
ハンスがぼやきながら、近づいてきた。ハンターにリュッグ、ロウエンも無事だ。
「確かにサーペントより凄かった」
ロウエンもジュバの巨大な亡骸を見て告げる。
集団の近づいてくる気配がしてきた。リュッグの信号弾を見た本隊からの増援だろう。
その後、シェルダンたち第7分隊は応援に来た小隊長らに状況と経緯を説明し、お褒めの言葉を授かるのであった。魔塔攻略着手前に、部下たちに手柄を挙げさせられたことにシェルダンは満足する。
クリフォードら第2ディガー軍団が到着したのはその3日後であった。




