128 露払い2
「隊長のことだ。どうせ闘ろうっていうんでしょう?」
ハンターが苦笑して言う。本当は嫌がっている、そんなシェルダンの胸の内までは分かってくれないようだ。
人の気も知らず、露骨に嫌な顔をしたハンスとロウエンの頭も軽く小突いてやった。
「本隊がこのまま襲われ続けるのも厄介だ。もし、負け戦になって、魔塔攻略に失敗すれば、俺達みたいな一般兵の身でも危ない」
なんだかんだ、いつも似たような理由で真面目に戦っている動機を、シェルダンは部下たちにも述べる。
みな一様に仕方ないか、と納得した顔をした。
「まぁ、隊長についてけば、間違いないでしょう」
皆を代表してハンターが苦笑いして言う。
「もちろん、出来る範囲で、だ。そもそも今回は捕捉できないかもしれん」
シェルダンも肩を竦めて応じた。
相手は馬である。本気で走られると相手の方が圧倒的に速いのだ。
見るからにまた、安心した顔のガードナーを無言でシェルダンは小突く。些細なことだが、なんとなく腹が立つ。
「ひ、ひえええええ」
またシェルダンを見てガードナーが本気で怯える。
いい加減にしてほしい。ガードナーの場合、この反応ばかりは訓練しても治りそうもないのだが。
(大枚はたいて魔術の訓練をさせて。優しい上官だと思うんだがなあ、俺は。自分で言う事じゃないか)
せめて魔物を見て怯えてほしい。ガードナーに対して、シェルダンは切に思うのであった。
「よし、行くぞ」
シェルダンは分隊員全員、一体となってジュバの追跡を開始する。
あまり難しい作業ではない。
木が折れていて、蹄の跡も重量故にくっきり残っていた。時折、折れた槍や剣も落ちている。襲われた兵士か通り道に迷い込んだ兵士のものだろう。
(ペイドランがいれば、もっと楽だったんだが)
シェルダンは苦笑する。勘も鋭くて視力も良い。つくづく便利な部下をクリフォードたちに差し出してしまったものだ。
途中から少しずつ蛇行し始めた。
まっすぐに本隊の方へと向かっていない。
「その、ジュバとやら。俺らだけで倒せるんですか?」
ハンターが並走して尋ねてくる。
「いや、いつもなら本隊に伝令出してるじゃねえですか」
確かにハンターの言うとおりだった。サーペントのときもハイネルのときも、強敵と戦うときにはその存在を知らせるべく、伝令を出している。
「とにかく速いし、ジュバの場合、より弱い方をまず狙う。出した伝令の方を狙われかねん」
シェルダンはジュバの性質を思い出しながら説明する。正確な居場所もわからない以上、伝令が鉢合わせる危険性のほうを考えるべきだった。
「サーペントと違って鱗がないからな。全身を覆う瘴気さえなんとかすれば、打撃、斬撃も通る。ただ、デカい上に攻撃が独特でな。ちょっと倒すのに工夫が要る。7人いないと厳しい」
今の自分が遣う、アダマン鋼の鎖鎌と鎖分銅であれば、十分に倒すことは可能だ。さらにペイドランこそ抜けたものの、アスロック王国の精鋭騎兵と互角以上に渡り合えるメイスンも、本職の魔術師並みのガードナーもいる。
シェルダンは地勢を思い浮かべて、更にここまでのジュバの動線と重ねた。
「水でも飲んでるのかな」
シェルダンは独り言を言った。魔物であっても飲み食いぐらいはする。人を前にすると襲いかかってくるのだが。
この先には、先日ハイネルを叩き落としてやった谷川が流れている。厳密には自分から落ちたのだが、シェルダン自身は叩き落としてやった、と思うことにしていた。
さらに7人で進む。途中からは速さを落として、慎重に。
「全員、なるべく静かに。サーペントのときと同じだ。出来れば先に捕捉して、先手を取りたい」
シェルダンの言葉にそれぞれが無言で頷いた。
もし、谷川で水を飲んでいるなら、上手くすれば高所を取ることもできるだろう。
「隊長」
メイスンが辺りを見回しながら近づいてきた。
「魔物にもお詳しいようですが。もしジュバとやらも詳しくご存知なら、今のうちに我々にも情報の共有を」
適切な依頼だ、とシェルダンは思う。始めると熱中して思考が先へ先へと進んでしまうのも、自分の悪い癖だ。
(恵まれてるな、俺は)
カディスのときと同じだ。まるで性格の異なる副官が2人いるかのような錯覚をシェルダンは抱く。
メイスンの言うとおりに、一旦停止し、7人で輪になって頭を突き合わせた。
「奴はただのデカい馬だ。だが、瘴気を纏っているのが厄介でかなり頑丈だが。こっちにはガードナーがいる。サンダーウィンドも確か撃てたな。あれで瘴気を消し飛ばす。その後から袋叩きにすればいい」
まずシェルダンはジュバの倒し方を部下たちに伝えた。
「そして、奴は人を攻撃するとき、瘴気で乗り手を作る。そいつが槍やら剣やら槌やらで攻撃してくるんだ。もちろん、巨体での突進も警戒しなくてはならない」
シェルダンは次にジュバのしてくるであろう攻撃を伝える。ハンス始め皆が嫌な顔をした。間違いなく厄介な相手だ。
「何か弱点や急所はあるんですか?」
ハンターが鼻の頭をボリボリ掻きながら尋ねてくる。
「小回りが利かない。だから、注意を逸らしつつ3から4方位で攻撃するのがいいと思う。それに遠距離からの攻撃も、あまりしてこない」
シェルダンの言葉に少しだけ皆の表情が和らぐ。無策で挑もうとしているわけではない、と改めて分かったからだろう。
「あとは馬だというなら、脚への攻撃も嫌がるかもしれませんな」
メイスンが口を挟んできた。
シェルダンは頷く。
「あぁ、嫌がるだろうな。ただ並の馬より頑丈だから、嫌がるだけであまり効かないかもしれん」
アスロック王国にいた頃にも何度かやり合ったことがある魔物だ。シェルダンは苦い思い出を掘り起こした。
「いざ攻撃してくるまで何が出てくるか分からんからな。本当に気をつけろ」
ずっと槍のジュバばかりを相手にしていて、急に弓矢を飛ばしてきたときには驚いたものだ。掠めてかなり痛い思いをした。今となっては懐かしい思い出だ。
再び追跡に戻る。
ほどなくして、谷川のほとりで水を飲む紫色の巨大な馬を発見した。
「でけえし、強そうだ」
ハンスがいつもどおり、心に浮かんだままをボヤく。
シェルダンもいつもどおり頭を叩いてやった。
「隊長、俺達、踏まれて終わりじゃ」
ロウエンも今回は危惧する。
踏まれれば終わりなのは当たり前だ。体高は2ケルド(約4メートル)もある上、全身が筋肉で力強い。紫のモヤが体を包んでいるのは瘴気である。
「そうだ、だから踏まれるなよ」
シェルダンは笑ってロウエンに告げた。
「ハンス、ロウエン、俺が合図を出したら、大声を出すなり、石を投げるなりして森の中に引き込め」
シェルダンは、背後が藪と木立になっている地点を指さして告げる。
ハンスとロウエンが頷いてそちらへ向かう。
「メイスンとガードナーは俺と一緒に仕留める。ハンターとリュッグは少し離れて信号弾だ」
シェルダンの指示通りにそれぞれが配置につく。
「ガードナー、今回はサンダーウィンドだ、いけるな?」
メイスン、ガードナーとともに藪に身を潜めてシェルダンは尋ねる。
ガードナーが強張った顔で頷いた。
「お前のサンダーウィンドで瘴気を払ってから、俺とメイスンが仕留める。サンダーウィンドの初撃がお前の全てだ。集中しろよ」
さらにシェルダンはガードナーに説明してやる。
「はいっ」
魔術が絡むと、思いの外、しっかりと返事をしてくる。こんなときでなければ成長を喜ぶところだ。
綻びそうになる頬を引き締めつつ、シェルダンは気合を入れ直した。
こちらは谷川から離れた少し高い位置にいる。水辺からこちらへジュバが来るには坂が味方して時間を作ってくれるだろう。
「よし、始めるぞ」
シェルダンは告げて右手を掲げた。




