126 成長〜クリフォードの場合2
「御二人から私は、どのように見えていましたか?」
気になっていることをそのまま、クリフォードはゴドヴァンとルフィナの2人に尋ねる。
2人並んで愛おしげに見つめ合う姿に、クリフォードは憧れてしまう。いつか自分もセニアと並んで若い者の悩みを聞くときなど来ないだろうか、とつい夢想してしまった。
「無理してんなぁって」
ゴドヴァンが豪快に酒をあおって告げる。一口で器が空っぽだ。
すかさず、ルフィナが注いでやっていた。
「既にお二人共、まるで夫婦のようですよ」
クリフォードは早速、軽々しくも口に出してしまう。
酔うと口が軽くなる。クリフォードは自分の酒癖をそう、把握していた。
ドレシアの魔塔攻略後の宴でも、大いに明るくなり幾つか放言による失敗をしてしまったものだ。
「もうっ、酒癖も悪いの?ホントに炎魔術以外はだめな人なのねぇ」
たった一言で随分な評価である。
ルフィナがペチペチとゴドヴァンのたくましい前腕を叩いて言う。
「そんな人が取り仕切ろうとしているのだから、これは厳しいわねぇって、思って見てましたよ」
ツン、とルフィナが横を向いて言い、そのまま愛おしげにゴドヴァンを見上げる。ゴドヴァンも見つめ返す。
「私とゴドヴァンさんも、あなたやセニアさんが頑張っているのは知ってたから、助けたかったけど。でも、最後は当人たちだし、シェルダンの穴を埋められるかは難しいわよねぇ」
ルフィナが言い、グラスを両手でくるむように持って酒を少し呑んだ。ほのかに上気させた頬が色っぽい。
「でも、確かに埋められるとしたら、ペイドランぐらいかしら」
首を傾げて、ルフィナがゴドヴァンに尋ねる。
「シェルダンはシェルダンだ。あまり、ペイドランに代役を求めるのは可哀想じゃねぇか?あいつの良さを潰しちまう」
意外にも酔った頭で至極真っ当なことを言うゴドヴァンに、クリフォードは驚いた。
失礼だろうか。
「そういうちゃんとしたこと、急に言うから、私も好きになっちゃうのよ。他の人の前では豪快なだけのあなたでいてね」
真っ赤な顔になって、ルフィナが惚気ける。しだれかかって、困惑するゴドヴァンの腕やら胸板やらをペタペタ触り始めた。
心配しなくともゴドヴァンとルフィナの間に割って入ろうという猛者はもう、この国にはいないだろう、とクリフォードも思った。
「心配せずとも、国の皆が御二人の仲を応援しております。そんな惚気は良いのです。ペイドランの良さ、とは?」
酒癖のままにクリフォードは尋ねる。
ゴドヴァンとルフィナが顔をこちらに向けた。つい先程までキスしそうな勢いで見つめ合っていたのだ。
「なんと言ってもまず、あの当て勘よねぇ」
まずルフィナが切り出した。
「あぁ、ありゃ、天性の才能ってやつだな。教えて身につけさせられるもんでもない」
ゴドヴァンも頷いて言う。さらにもう1杯。すかさずルフィナが酒を注ぐ。
「それに普通の勘もかなり鋭いから。ホントに便利だから密偵してもらってたのよ」
ルフィナがまた更に酒をあおるゴドヴァンをニコニコしながら見つめている。そしてまたすぐに注ぐ。
「あいつなら、単独での魔塔上層の偵察も出来るよ。本人はシェルダンより苦労しそうだけどな、オーラ使えないし」
ゴドヴァンから、だいぶ酒の匂いがするようになってきた。なぜか男ぶりが増したように見えるから不思議だ。
「ただ、シェルダンと違って、子供っぽくて。考えが分かりやすいのは良いんだけど、素直で可愛いし。ただ、あの子もあの子で心配なのよ」
頬に手を当てて首を傾げるルフィナ。まるで母親のようだ。怒られそうなことを言いかけるクリフォード。
「ま、俺とルフィナの子供みたいなもんさ」
ゴドヴァンのほうが早かった。
ルフィナが真っ赤になってうつむく。
「もうっ、気が早いんだから」
何やら勝手に曲解して、たくましいゴドヴァンの上腕をツンツンとつつく。
さっきから真面目な話になるたび、無理矢理惚気けられている気がする。
2人を眺めつつ、クリフォードはセニアと出会ったときのことを思い出していた。
ルベントの郊外、国境付近にてサーペントが現れたとの報せを受けたのだ。自ら焼き尽くしてやろうと出向いたところ、横から現れた騎乗の聖騎士が一刀両断したのだった。
(私も安っぽい男だ)
恥じらうように無事を確認する聖騎士の美少女に一目惚れした。本当は、サーペントごとき、助けられるまでもなかったのだが。
瞬間的に一目惚れをしたということは、つまり、見た目に惚れたということだ。本当に一瞬だったのだから、内面など知りようもない。
いざ知り合ってみて、見た目の可憐さ、美しさとは裏腹に内面は魔塔と剣のことしか頭になくて困惑したものだ。それはそれで、今となっては高潔であり、助けたいものと思えるのだが。
「本当に私は、燃やし尽くす以外、能のない男です。こんな私が果たしてセニア殿の隣に立つのに相応しいのでしょうか」
不安を、ついクリフォードはこぼしてしまう。
自分は皇族である。形式的には一般人のセニアと釣り合うかなどという不安は平時では口にも出せない。だが、何かと失敗続きなのだった。弱気にもなる。
「殿下は後衛だから、立つのは後ろだろ?」
ゴドヴァンが至極真面目に告げる。ここにも戦闘のことを真っ先に考える人間がいた。
「もうっ、お馬鹿ねっ!殿下がおっしゃりたいのは、け、けけ、結婚のことよ」
絶賛恋愛中の治癒術士がゴドヴァンを叱りつける。
「似た者同士で、お似合いじゃないの?」
笑顔で首を傾けてルフィナが言う。
「あぁ、そういうことか。セニアちゃんだって、剣と神聖術と魔塔のことばかりだもんなぁ」
ようやく理解してゴドヴァンが相槌を打った。
ふと、この二人はなぜ魔塔に同道してくれるのだろう、とクリフォードは思う。
「みんな多かれ少なかれ似たようなものよ。ゴドヴァンさんも武芸ばかりだし、私も治癒魔術のことばかり。ただ、視野まで狭くしないようにね、気をつけなさいな」
酒の影響だろうか。ルフィナがいつもよりも親しげな口を利いてくる。
結局、この二人の場合は、シェルダンと違って優しいのだろう。だから無理まではしない。しっかり優しさと自分たちの実力、魔塔の危険性とを天秤にかけて行動している。
だから、本当に無理だと思えばあっさりと退いてしまうのだが。
(兄上も私には優しい)
兄からも存分に魔術をふるえ、と出発前に言われたことをクリフォードは思い出した。
「私も皆さんのようになれますかね」
また、ポロリとクリフォードはこぼしてしまう。
炎魔術の腕前は更に向上している。他のことを人に押し付けてばかりでは、あまりにも申し訳なくて。
(かねてから修練していた、二重詠唱も極めたのだが。自分という人間には何か足りない気がする)
人間としての足りなさを、別のなにかの技能で補おうというのがそもそもの誤りだったと今は分かる。だが、何を補えというのか。
「さっきの、ペイドランの話じゃないが、殿下は殿下だ。他の人間になろうとすることはねぇさ。なれもしねぇしな」
ゴドヴァンが言い、また酒をあおった。
「炎魔術を使いこなせるだけ、良いじゃないの。殿下は炎魔術でもって、魔物を倒す。倒せないときには、セニアさんやペイドラン、仲間を頼ればいいのよ」
ルフィナもたおやかに微笑んで告げる。
ニコニコと平時では見られない笑顔だ。
「まぁ、だから、大事なのはあれだよ、仲間意識ってやつだな。セニアちゃんも殿下もな。大事にしてればその分だけ返してくれるさ」
ゴドヴァンが説教臭いことを言う。
クリフォードとしては不快ではなかった。誰ともこんな話をしたことがなかったのだ。
心の底から納得してクリフォードは頷いた。酔いのせいか逆にすっきりと頭に入ってくるのだ。
「本当は、教えごとじゃなくて、素で出来る子もいるのだけど。セニアさんや殿下は出自が独特だから、そのへんは駄目よねぇ」
ケタケタとルフィナが言い放った。
少し様子が変わってきた気がする。
「よ、よし、ルフィナ、殿下も分かってきたみたいだし、そろそろお開きに」
ゴドヴァンが慌て始めた。
「嫌よ、まだ始めたばかりじゃないの」
ルフィナがまるで小娘のように駄々をこね始めた。
「どうしたのです?」
小さな声でクリフォードはゴドヴァンに尋ねる。
「ルフィナは本当に酔っ払うと説教を始めて、最後には脱ごうとするんだよ」
酒くさい息でゴドヴァンが言う。ちらりとルフィナの酒瓶に目をやっていた。
ゴドヴァンにすぐ注ぐので目立たなかったが、いつの間にかルフィナも一人で酒瓶2、3本を空けている。
結局、二人は間に合わずルフィナに正座させられて女性の扱いについて、こってりと絞られたあと、なぜだが脱ごうとするルフィナを必死で制止する羽目になるのであった。




