125 成長〜クリフォードの場合1
セニアからかけられた千光縛の鎖は小1時間ほどで消えた。
「ゴドヴァン殿っ!ルフィナ殿っ!」
クリフォードは乱れた赤色の髪もそのままに、2人に貸していた客間へと駆け込んだ。
ノックもせずに足を踏み入れると、まるで切迫した気持ちを落ち着かせるかのように、風味豊かなお茶の香りが鼻腔をくすぐった。
窓辺で2人、お茶を楽しんでいたようだ。
紫髪の、平素から優雅なルフィナはともかく、筋肉質の大柄なゴドヴァンがカップを片手に縮こまって緊張している姿にはどこか愛敬がある。
「あら、ノックもなしだなんて、随分と慌てていらっしゃるのね」
眉を顰めてルフィナが咎める。いつもと同じく純白の布地に金縁を施したローブ姿だ。
「いつもは殿下、きちんとしているじゃねえか。余程のことなんだろ、察してやろうぜ」
同じくいつもどおり青い騎士服姿の、ゴドヴァンが擁護してくれようとする。大失敗であることも変わらない。
「そう、あなたと違ってね」
ルフィナがすかさず告げて、ゴドヴァンをにらみつける。
「まったく、あなたと来たら、いっつも!この間なんて私が」
ルフィナの何かを刺激したらしく、ツンケンとゴドヴァンを咎め始めようとする。ゴドヴァンが悄気げて謝り出すのもいつもと変わらない。
眼の前にいる2人が平常運転であることにクリフォードは救われたような気分になった。
頭を冷やせとばかりに、セニアから鎖で縛り上げられたことで、だいぶクリフォードも自分を取り戻せている。久しぶりに自らを省みる機会となった。
ただ、振り返ってみればみるほど、心中は穏やかではいられない。
「ペイドランとイリスが我々に愛想を尽かせて出ていくと。2人とも何か聞いていましたか?」
クリフォードは、まだ続いているルフィナのお説教を遮って告げる。
「あぁ、やっぱりそうなったか」
ゴドヴァンがまず言った。テーブルの上にあった焼き菓子を1掴み口に入れて頬張る。行儀の悪さにまたルフィナが怒った眼差しを向けた。
「まぁ、そうなるわよね」
それでも話題が話題なのでお説教の代わりに相槌を打ってくれた。
ただ、クリフォードは落ち着き払った様子の2人に戸惑ってしまう。
「お二人共、こうなるとわかっていたのですか?」
分かっていたなら止めるなり助けるなりしてほしかった。思いつつ、クリフォードは尋ねた。
「そうねぇ、イリスを使ってペイドランを確保しようだなんて。露骨すぎて逃げたくもなるわよね、ってちょうど話をしてたのよ」
ルフィナがたおやかに微笑んで言う。
二人の目には、ここ最近の自分やセニアがどう映っていたのか、クリフォードはひどく気になってきた。
「例えば、俺がルフィナを使ってそれをされたら、ルフィナのためにもそいつを叩き切って、力ずくで奪って逃げる。こう言えばわかるか?」
ハッハ、と豪快に笑ってゴドヴァンが言う。
「もう、ゴドヴァンさんたら」
乙女のように恥じらって頬を赤く染めるルフィナ。
言われてクリフォードも考える。
今回は、はしっこいペイドランだから、行方をくらませて逃げようとした。
自分なら、とクリフォードも思う。
誰かにセニアをダシに使われることがあれば、炎魔術で焼き尽くして灰にしてでも、状況を打破しようとするだろう、とクリフォードは思い至った。
「わ、私はあの二人になんてひどいことを」
ようやく、自分のしようとしていたこと、したことを理解してクリフォードは唖然とした。
それこそ、イリスに直接、ペイドランをこちら側に引き止めろ、うまくやれ、と先日も告げたばかりだ。今思えば、『色仕掛けを使え』ぐらいに、聞こえたのではないか。相手は16歳の少女である。ひどく傷つけたことだろう。
クリフォードは頭を抱え込んでしまった。
「酒だな」
ゴドヴァンが唐突に思いもよらぬ単語を口走った。
クリフォードは顔を上げる。
「そうね、まだお昼すぎだけど。お酒がいいわ」
ルフィナも頷いている。
ゴドヴァンが立ち上がり、棚へと向かう。ルフィナもルフィナで茶器を片付け始めた。
「ちょっと、今はあまり良いお酒を置いてないのだけど。急なことだもの。我慢してちょうだいね」
申し訳無さそうにルフィナが言う。
元よりクリフォードは酒により好みをする方ではない。酔いたいときに飲むのなら酒は別になんでも良かった。
グラスを3つ、テーブルの上にルフィナが並べている。
「しかし、今はそれどころでは」
ペイドランたちへの説得にセニアが失敗したらどうすべきかを話し合おうと思って、やってきたのだ。
「そもそも殿下はなぜ、ペイドランたちの目論見を知ったの?」
ルフィナが尋ねながら、ゴドヴァンの運んできた酒瓶を受け取る。
「それは、セニア殿が大慌てで言いに来てくれたのです」
クリフォードは自分の前に置かれたグラスに琥珀色の液体が波波と注がれるのを見つめつつ答えた。
もともと酒類など一切置いていなかったはずなのだが。
2人で向き合って晩酌するために用意したのだろう。
愛し合い、仲むつまじく過ごしている二人を想像してクリフォードは羨ましくなった。
自分も魔塔を1つ攻略すればセニアと、まるでゴドヴァンらのような熱烈さで愛し合えると思っていたのだが。
「そのセニアさんが、ものすごい勢いで走っていくのが、ここからでも見えたから。大丈夫よ、セニアさんに任せておけば。あの娘、土壇場には強そうじゃないの」
冗談めかしてルフィナが告げる。
「あぁ、きっと、今頃、大泣きで二人の脚に縋り付いてでも止めてると思うぜ」
ニヤニヤと笑ってゴドヴァンが言う。それのどこが面白いのだろうか。清純な少女の涙を笑うなど。
クリフォードはじとりとした眼差しを大柄な騎士団長に向ける。
ルフィナも同感だったらしい。
「もうっ、何よ、その意地悪な言い方は。そんな言い方してると、わ、私、あ、あなたのこ、こと、き、きら、あ、ムリ」
口が裂けても『嫌い』とは言えない惚気をルフィナが披露した。
ゴドヴァンも『嫌い』と言われるのではないかと緊張した面持ちで待つのである。最初から悪いことを言わなければいいのに、とクリフォードは思う。
「わ、悪かった。気をつける、すまなかった」
ゴドヴァンが謝罪し、クリフォードの方を向く。
「殿下、腹を割って好きなようにお互い話をしようぜ。それには酒だ。多少の失言も失敗も酒のせいだ。なっ」
人懐こく言ってくれるゴドヴァン。
意地を張っても仕方ない。自分もここへ駆け込んできたのは誰かと話をしたかったからだ。
クリフォードは、黙ったまま頷いた。
「そういや、シェルダンとも呑んだんだよなぁ」
しみじみとした口調でゴドヴァンが言う。
「そうよねぇ、あの子は本当に酔っ払って酔い潰れると、テーブルやら机やらに突っ伏してシクシク泣くのよ」
面白がってルフィナも相槌を打つ。
「いつも、余計なこと言いたくないからって、潰れるまでは呑まないようにしてるらしかったがな」
ゴドヴァンが説明を補足した。
生きて戻してやれていれば、シェルダンとも呑む機会があったのだろうか。あのシェルダンが泣いているところなど、クリフォードには想像もつかなかった。
ただグイッと、自分の前にあるグラスに注がれた酒をクリフォードはあおるのであった。
味はまだよく分からない。




