124 成長〜聖騎士セニアの場合2
風のようにセニアはルベントの街を駆ける。
幸いにして、イリスたちの宿屋は離宮のすぐ近くであり、看板も大きかったので、方向音痴の自分でも迷わずに来ることができた。
「ここだわ」
セニアは勝手に宿屋へ入り、女主人が目を回している間に階段を駆け上って、シエラから聞いていた部屋に至った。
「イリスッ!」
ノックもせずに扉を開けてセニアは足を踏み入れた。
「あっ、ごめんなさい」
そして思わぬ光景を前にして、セニアは2人に謝罪することから始めた。
ちょうど窓辺にて、夕日を背景にペイドランとイリスが口づけを交わしているところである。
「ちょっ!セニアッ?!」
イリスがびっくりしてペイドランに縋り付く。
「え?なんで?謹慎は?」
ペイドランもぎょっとして、イリスを抱きしめたまま尋ねてくる。
ちゃっかり仲を深めている2人の強かさに、ついセニアは微笑んでしまう。
「2人とも、ここを離れて、もう私達とも決別するつもりなんでしょう?私、このまま、お別れなんて、嫌だから」
セニアの言葉にペイドランもイリスもバツの悪そうな顔をする。
「シエラだね」
「シエラだわ」
2人して顔を見合わせて言い合った。息がぴったりである。ただ、シエラがこの件で2人に咎められないかセニアは心配になった。
「正直、もう、あんたの顔、見たくなかった」
しんみりとした口調で、まずイリスが切り出した。
「騙されたこともだけど、騙された後のことのほうがむしろ、俺、まだ許せないです」
ペイドランもセニアを睨みつけて言う。今更、どの面下げてあらわれるのだ、と言わんばかりだ。
「言っとくけどセニア、クリフォード殿下と一緒になって、私達を捕らえて無理に言うこと聞かせようって言うなら、私達も本気で抵抗する」
イリスが細剣の柄に手をかけて告げる。覚悟を決めた表情をセニアは美しいものと感じた。さり気なくペイドランも懐に手を差し込んでいる。
改めて羨ましい。どこまでも真っ直ぐであり、自分にとって大事なものを見失わないペイドランとイリスが、だ。
「そんなことしないし、私がさせない。もちろん、2人が本気で立ち去る気なら止めないわ」
誤解を解こうとしてセニアは告げた。
だが、2人ともまだ硬い表情のままだ。
「そう言うなら、ここに来ないで欲しかったです」
ペイドランの言うとおりではある。
「お願いが、したくて」
セニアの言葉にイリスだけがおや、という顔をする。セニアとの付き合いが長いだけあって、比較的まだ好意的なのはイリスのほうだ。
「死ぬかもしれない魔塔攻略に、全部、我慢してついてこいってお願いですか?」
ペイドランのほうが噛み付いてくる。我慢すべき全部、とは一体何なのだろうか。
「いいえ」
セニアは首を横に振る。
なんの信頼関係もない間柄でしていいお願いではない。
「ペイドラン君は、シェルダン殿から指名される形で当時、魔塔攻略に巻き込まれた。あのときはまだ、軍人としては直属の上官もいて、また密偵としてもゴドヴァン様やルフィナ様という雇い主もいたから、ついてきてくれた」
セニアは当時を思い出して告げる。自分についてきてくれたわけではないのだ。
ペイドラン本人にとっても思わぬ話だったようで戸惑いもあらわにイリスと顔を見合わせている。
「イリスは、私の従者として長く仕えてきた。その経緯とペイドラン君を繋ぎ止めておきたいクリフォード殿下の思惑があって、魔塔攻略に参加してもらう流れだった」
セニアはうつむいた。本当は最初にきちんと2人の経緯や気持ちを確認すべきだったのだ。
「2人にちゃんと、私はお願いしてないから。改めて私たちと仲間になって。そして、私もあなたたちの仲間の聖騎士として、もうひどいことはさせない、言わせない。私自身も恥ずべき真似も、情けない姿も見せない。ちゃんと2人の話を聞いて、独りよがりにならないから」
みっともないことに涙がポロポロ流れてきた。
自分のしてきたことを思うにつけ、申し訳なくなってくる。
「わ、私のほうが2人よりも2歳も年上でお姉さんなんだし。ホントのホントに、しっかりするから」
セニアはしゃくりあげそうになるのを何とか我慢しつつ告げる。みっともない姿は見せない、と宣言したばかりなのに泣くのでは説得力がなさ過ぎてしまう。
「俺、こんな姉はちょっと」
案の定、早速ペイドランの呆れ返った、という物言いが飛んできた。
ただ、涙を拭いつつ顔色をうかがうに、うっすらと微笑んでいるようだ。いや、どちらかというと苦笑いに近い。
「あー、もうっ、どこが姉よ。泣いちゃって、ほんと、手がかかるんだから」
イリスも苦笑いしつつ、ペイドランから身を離し、セニアの肩を背伸びして抱く。ポンポン、と慰めるように優しく叩いてくれた。
「ほんとに仕方ない人だね。イリスちゃん、東で暮らすの延期でいい?」
ペイドランが苦笑いを浮かべて告げる。
「そうねぇ、この聖騎士、心配で目が離せないもん」
イリスも同じく苦笑いを浮かべて、相槌を打つ。
「え、2人とも?」
驚いてセニアは顔を上げる。こんな大泣きの説得で良いのだろうか。
「あぁ、もうっ、なんて顔してんのよ。ほんとにもう世話の焼ける聖騎士ね。どこが姉よ、おバカ」
イリスが笑って言う。
ペイドランも横に立っていた。
「肝心なこと忘れてたわ。期待しちゃいけないの。あんたは剣以外からっきしで本当に取り柄なくて。私がいなきゃ、駄目だってこと。もう、そんな泣かれたら、見捨てらんないじゃないの」
イリスがどこからかハンカチを取り出してセニアの目元を優しく拭いてくれた。
「俺も、泣いて謝ってくれるんなら、もういいです」
ペイドランも照れ臭そうに言う。
「拗ねてダンマリしてるから、罰が軽いとか怒ったけど。反省してくれたんなら、いいです。でも、もう引っかかっちゃダメだし、俺らの話も聞いてください」
更にペイドランが言い足す。
セニアはコクコクと頷いて見せる。
「あと、やっぱり、姉って感じしないよね」
ペイドランがイリスのほうを見て告げる。
「そうねぇ、手のかかる妹って感じよね。もっと、剣術以外も頑張らせるべきだったわ」
イリスがうんうん、と頷いて言う。小柄なペイドランとイリスに言われるとセニアはいたたまれなくなった。
「クリフォード殿下も似たようなもんだけどね」
なぜだか話題がクリフォードへと向かう。
「ね。あの人が仕切ろうってだけで、私らも何か察するべきだったわね」
イリスも一連の経緯でクリフォードには怒っているのであった。
「あの、2人とも、殿下のこと、私からも」
セニアはおずおずと切り出そうとする。
「いいわよ、別に」
イリスがペイドランの方を向いたまま言い切った。
「あの人、イリスちゃんみたいに面倒見てくれる人いないのに、よくここまで生きてこれたよね」
ペイドランも相槌を打った。
「奇跡よ、奇跡」
2人してセニアの前でクリフォードのことを好き放題に言い始めた。
腹に溜まっていたものがあるらしい。しばらくは2人でクリフォードの悪口を言い合っていた。
「ほら、セニア、帰ろ」
ひとしきり言い合って満足したのか、イリスが唐突に身を翻し、セニアの手を握った。
「ペッドも送ってってくれる?私ら、女の子2人で不安だから」
更にペイドランに甘えた口調で頼んでいる。
セニアとしては自分とイリスなら大概恐れるものはないと思うのだが。
「俺よりよっぽど2人して強いのによく言うよ」
ペイドランが苦笑して告げる。
どうやら2人ともルベントの離宮へ来てくれるつもりらしい。
「2人とも許してくれるの?」
セニアはペイドランとイリスを見比べて尋ねる。
「もうっ、そういう野暮は言わないのっ!仲間なんでしょ?察してよ。私もペッドも結構、気不味いんだから」
早速イリスに怒られてしまった。
それでも、魔塔と神聖術のことだけを気にしていればいいわけではない、と身を以て分かっただけ、自分はマシになれたのだとセニアは思うことにした。
自分一人だけで魔塔に上れるわけではないのだから。
いつもお世話になります。
魔塔攻略着手直前に逃亡仕掛けたペイドランとイリスをセニアが引き留める回でありました。読んでみてのとおり泣き落としであります。
表題との関係も少し難しい場面でした。私は悩んでいますが、セニアらしいといえばセニアらしいかもしれません。彼女はいつも、決めそうで決まらないので。
各話の出来不出来には正直、悩まされていますが、それでもいつも楽しく書かせて頂いております。
本当にありがとうございます。




