123 成長〜聖騎士セニアの場合1
「もう一度、ゆっくり言ってくれる?」
できるだけ優しく、動揺を顔に出さないようにしてセニアは侍女のシエラに頼んだ。
もともとセニアはシエラから、イリスがルベントの離宮を出て宿をとったことを、翌日には知らされていた。
(そのときにも、何もしなかったから。私、生返事ばかりで)
もうそれから10日以上が過ぎている。
今、目の前では憔悴しきった顔でシエラが立っていた。頬には涙の流れた痕が残る。
「お兄ちゃんとイリスさん、駆け落ちして、どこか東へ、魔塔のないところで暮らすって。もう、みんなうんざりだって」
しゃくりあげながらシエラが言う。罪悪感と辛さのないまぜになった声音だ。イリスとペイドランが口止めをしていないわけがなく、2人を裏切ってでも注進に来てくれたシエラに頭が下がる。
「そんなっ、イリスッ、ペイドラン君っ」
自分の甘えを、セニアは痛感した。
特に幼い頃から一緒だったイリスに見捨てられるなどとは考えたこともなかったのだ。
「お兄ちゃんもイリスさんも、私だけには言っておきたいって。本当は私、言っちゃ駄目だったけど」
シエラが涙をポロポロ流して告げる。
(この涙も私のせいだわ、ごめんね、シエラ)
セニアはシエラの肩をそっと抱いて撫でてやった。更にメソメソとセニアの胸に顔を埋めるシエラ。
セニアはシエラの肩を撫でながらも、ドレシアの魔塔を倒してからのことを思い返していた。
碌なことをしていない。失敗よりももっと悪いことばかりだ。自分の主張ばかりで周りを顧みていなかった。
(私の不甲斐なさが原因なら)
セニアは自分の頬をパチン、と叩いた。
腑抜けてばかりはいられない。2人に背いてでもセニアを信じて伝えてくれたシエラに報いたかった。
「セニア様?」
シエラが顔を上げる。目の下には涙を流した線がまた出来ていた。
「セニア様、どちらに?」
シエラの声に戸惑いが含まれている。
謹慎中であるのに、セニアは部屋を出ようとしていた。黒い質素な、いつものドレス姿である。
「クリフォード殿下と、話をつけてくるわ」
セニアは言い捨てて、クリフォードの執務室へと走る。グズグズしていると、ペイドランともイリスとも、もう会えなくなるような気がした。
「クリフォード殿下っ!」
ノックもせずに、セニアはクリフォードの執務室へと駆け込んだ。驚くクリフォードの顔を見てから、在室中で幸いだった、とセニアは思う。確認もしないで来てしまった、留守の可能性もあったのだ。
「セニア殿、どうしたんだ?まだ君は謹慎中だよ?」
驚きを引っ込めて、咎めるようにクリフォードが尋ねてくる。
「ペイドラン君とイリスが私達に愛想を尽かせて、東へ立ち去ろうと考えています。ご存知でしたか?」
セニアは息を落ち着けながら、クリフォードに尋ねる。
「なんだって!?」
さすがにクリフォードも動揺を隠せずにいる。机を叩いてから、ペイドランとイリスを探すように辺りを見回した。
「手配して捕縛するしかないか。そこまではしたくなかったんだが」
慌てた様子でとんでもないことをクリフォードが口走る。仲間に対して取る対応ではない。
「何を仰っているのですか?」
一瞬、セニアはクリフォードの言っていることが理解できなかった。
「ああ、君は知らなくていいし、気にもしなくていい。次の魔塔攻略には、なんとしても私があの2人にも同道させる。心配せず、君は神聖術だけを鍛えていてくれ」
クリフォードが髪の毛をかきむしりながら言う。もはやセニアを見てすらいない。
自分が腑抜けている間にみんな、どうしてしまったというのだろうか。
セニアは耳を疑った。更にもう1つの異常にも気付く。
「殿下、ゴドヴァン様やルフィナ様は?なぜこの場にいないのですか?」
本来なら2人も魔塔攻略に向けた話し合いをもっとクリフォードと詰めるべき時期である。
なんとなく嫌な気がした。
「あぁ、あの2人なら、私に任せると言ってくれて、この離宮の別室でくつろいでいるよ。今日も2人でお茶を楽しむそうだ」
のんきに言うクリフォードとは反対に、サァっと血の気が引くのをセニアは感じた。信頼されているとでも、クリフォードは誤解しているようだが。
(関わりたくないって言ってるのが、この殿下にはわからないの?)
イリスたちから与えられた衝撃で、頭が冴え始めているセニアにはよく分かった。ただ、こんなになるまで、勝手な独り相撲をしてしまったのかと、後悔がずしりと肩にのしかかる。
(なんてこと、完全にみんな、バラバラだわ)
強かなゴドヴァンとルフィナのことだ。いざ始まる、その直前であっても、無理だと思えば容赦なく中止させるか、自分たちは参加しない、ぐらいの決断をためらわずに下すだろう。
まして、婚約したばかりで、次には結婚を見据えているのだ。無駄死にするかもしれないようなことには、関わりたくないのだろう。
(落ち着いて、まずは1人ずつよ。急に皆を1つにすることなんて、私には出来ない)
眼の前にいるクリフォードの目を覚まさせることから始めよう、とセニアは思った。次にペイドランたちに許してもらい、ゴドヴァンたちの信頼を取り戻すのだ。
シェルダンが死んでからペイドランに対して異様な執着を見せるようになっている。何が何でも優秀な軽装歩兵が必要だ、という考えに縛られているかのようで。
「殿下」
セニアは目を瞑る。ずっと上手く扱えなかった神聖術。
今のクリフォードにはピッタリ合致する。
「千光縛」
セニアは法力を放った。
「なにっ」
クリフォードが声を上げる。
細かい無数の光で出来た鎖が床より生じ、捕らえてきたからだ。
「ご覧のとおり、もう、千光縛は出来ます。私はイリスとペイドラン君を呼び戻してきます」
静かな声でセニアは告げる。
炎魔術の使い手であるクリフォードを束縛したところで意味はない。意識と口があれば魔術を放ってくるのが魔術師というものだ。
「待て、セニア殿、まだ謹慎が」
光の鎖に束縛されたまま、クリフォードが言う。本気で抵抗しないことにクリフォードの気持ちも見えていた。
「元より私には公的な身分はありません。罰自身が不当です。私を守るため鍛錬に集中させるためのものであったとおっしゃるなら、それももう不要です」
セニアは穏やかに微笑んで見せた。かといって、クリフォードを咎め立てしたいわけではないのだ。
「セニア殿?」
クリフォードが戸惑いをあらわにする。
「殿下、一生懸命になさったことですし、私も散々しくじったので責められませんけど、大失敗ですわ」
炎魔術以外からっきしの人が情報収集や人事などの苦手なことをしようとした。死んだシェルダンの穴を埋めようとして、かなりの無理をしていたのだろう、とセニアには分かる。
直接、焼き殺したのは自分だ、という負い目も自身の中であったのかもしれない。
「少なくとも、私だけは責めませんから。ただ、私に過ちを挽回する機会を頂けませんか?」
セニアは縛り上げたクリフォードを前に真剣に頼んだ。許可がなくても当然行く。だが、快く送り出して貰ったほうが、上手くいく気がする。
クリフォードがイリスやペイドランに何をしたのか、詳しくは知らない。相当に酷いことをしたのだろう、とは思う。
「分かった」
クリフォードが頷いた。首は動かせるのだ、とセニアは関係のないことを思う。
「むしろ、すまない。私のやり方が良くなくて、こうなったのに、尻拭いをさせてしまって」
済まなそうに言うクリフォードに、セニアは申し訳なくなった。
「いぇ、私が皆さんの忠告を聞き入れなかったことがそもそものきっかけですから」
セニアも頭を下げた。
いざ、執務室を出ようとしてハタと気付く。
「殿下、申し訳ありません、私、まだ解除できません」
千光縛をかけたまま、出るわけにもいかない。
「いや、私にも罰と、頭を冷やす時間が必要だ。こういう術はそのうち消えるから、少しこのままにしてくれ」
クリフォードが苦笑して告げた。やはり、根っから悪い人間ではないのだ、とセニアは思う。
そして、シエラの言っていた宿屋へと急ぐのであった。




