120 軽装歩兵と聖騎士の従者3
イリスは何度も足を運んでいた、ルベントにあるクリフォードの離宮、その執務室にて、叱責を受ける羽目になった。一対一である。言いつけた癖に顔すらこの場に出さないセニアには、ますます幻滅した。
「困るなぁ、イリス」
クリフォードが困りきった顔で言う。まだ、もったいぶって何のことかを言わないのだ。
「セニア様を思いっきり引っ叩いたことですか?」
とっとと話を済ませて欲しいのでイリスは先回りしてやった。気持ちはうんざりしたままである。
「え、そんなことをしたのかい?最近、離宮にいないな、と思っていたが。セニア殿と喧嘩したせいだったのか?」
クリフォードの表情からして本当に驚いているようだ。どうやらセニアを叩いたことではなかった。やはり言いつけるようなことをセニアはしなかったのだ。
「はい。あまりに腑抜けたこと言ったので。おまけに私、セニア様のせいで、ペッドと喧嘩する羽目になっちゃったし」
イリスは淡々と告げる。離宮から唐突に姿を消してもクリフォードなどは気にも留めなかったようだ。自分やペイドランのことなど、クリフォードにとっては、やはりその程度なのだろう。
(そもそも殿下がセニアを甘やかしたから、ペッドが怒ったのに。なんなのよ)
自分は一切なんにも悪くない。なんならペイドランも同じだ。自分たちはなんにも悪くない、だというのに嫌なことばかりなのだった。
イリスは忌々しい思いを抑え込もうとする。
「あぁ、それだよ」
クリフォードが苦り切った顔をする。
「はい?」
思わずイリスは間の抜けた声を上げてしまう。何の話か分からない。
「だから。ペイドランと喧嘩しただろう?困るなぁ」
説明する気もなさそうな顔が気に入らない。さっきからずっと一方的な物言いである。
「どういうことですか?」
苛立ちながらもイリスは尋ねる。
「今朝、改めてペイドランに魔塔攻略に同行するよう依頼したのに断られたよ」
さぞ、イリスに非があるかのようにクリフォードが言う。しかも至極当たり前のように。
「なんで、私にそれを困ったって、おっしゃるんですか?」
そろそろ我慢の限界だ。イリスは聴きたくないと思いつつも、尋ねてしまう。
「そりゃ、人の好いた惚れた、に相性はあるが。君はペイドランと気が合うみたいだった。ペイドランのほうは、ほぼ確実に君に惚れた。そして私たちにはペイドランが必要だ。シェルダン亡き今、換えが利かない」
クリフォードが言葉を切った。少し考えをまとめているようだが。自分がどれだけ下劣な話をしているか分からないのだろうか。
「君は私の庇護するセニア殿の従者で、今までには、私の用向きも、何度かこなしてくれてたじゃないか。そんな君にはもっと、ペイドランを繋ぎ止めておいてほしかったよ」
クリフォードが全部を言わせるな、と言わんばかりにイリスを見てくる。
世の中にはもっと露骨な人間もいるだろう。それと比べれば。
確かにクリフォードの場合、そういう意図をあらかじめ持っていたのではない。たまたま生じた、ペイドランがイリスを好いてくれた、という状況を目の当たりにして少し利用しようと思っただけだ。そして、自身にとって都合のいい展開を期待しただけである。
最低ではない。多分もっと悪い人間はどこかに誰かいる。
「最低です、殿下」
それでもイリスは最低だと思ったので、かすれた声でクリフォードに告げた。憎たらしいことにクリフォードの表情に動きはない。
「私とペッドの気持ち、踏みにじって。そんなに他所の国の魔塔を倒すの、大事ですか?」
セニアだけではなかった。クリフォードもロクでもない人だったのだ、とイリスは幻滅する。
(こんなのと、ペッドは魔塔に上ったの?きっと、もっと嫌な思い、いっぱいしたんだわ)
ついには、敬愛する上官まで失ったのではやり切れないだろう。もっと寄り添ってしっかり話をするべきだった。
「イリス、魔塔は甘くない。手段を選んでいては死ぬかもしれない。利用できるものはなんでも利用して、それでも足りないかもしれないんだ。私はそれをシェルダンの命で学んだ」
ただの自身の正当化だ。
「ペッドはどこにいますか?」
言い合う気にもなれなくて、イリスはただ尋ねた。
「え?」
クリフォードが虚をつかれて、間の抜けた声を上げる。
「私がペッドを説得すればいいんですよね?私もペッド抜きで魔塔に上るの嫌だから。説得します」
イリスは腹の中で渦巻く怒りを抑えて告げた。
クリフォードが見るからにホっとする。
「そうか。理解が早くて助かるよ。こんな卑劣なやり口、セニア殿には見せられない。私が嫌な役回りをするしかないんだ」
自分でもろくでもないことをしている自覚があることだけが、唯一の救いだ。ただ、言われてしまえばますますイリスがセニアに腹を立てると気付かないのだろうか。
(ホントにどいつもこいつもセニアばっかり)
なんとなくクリフォードの言葉を聞きつつイリスは思っていた。
笑ってしまうことに、ペイドランがいるのは、イリスの泊まっているのと同じ宿屋である。部屋番号までをイリスはクリフォードから聞き出した。
後はロクにクリフォードとは話もせずに、宿屋へと戻る。クリフォードから聞いていた部屋のドアをためらいがちにノックした。
「ペッド」
ささやくように告げる。
返事がない。どうせ床で大の字で寝ているのだろう。想像してイリスはついつい笑ってしまった。
「ペッド、仲直りしましょ?ね、少しでいいから話をさせて」
すがるような気持ちでイリスは告げる。不安になってきた。イリスのこともペイドランは怒っていたからだ。
動く気配がない。全部ドアの外から大声で言わないと駄目なのだろうか。
もう一度ノックしようとして、口を開く前にドアが開いた。
「イリスちゃん?」
そういえば気配を消すのがペイドランは上手いのであった。
「もうっ、呼んでるときぐらい気配、消さないでよ。心臓に悪い」
思わずいつもの調子でイリスは怒る。
「あ、ごめん、つい」
同じく、いつもの調子で、つい謝ってしまうペイドランが可愛い。
お互いに顔を見合わせて笑いあった。
(良かった)
心の中で渦巻いていた不安が霧散した。
ペイドランが部屋へと招き入れてくれる。自分の借りている部屋より少しだけ狭い。
寝台が1つに書き物机、食事などを摂るのに使うテーブルが据えられている。
ペイドランがテーブルを片付け、椅子を勧めてくる。それに対して、イリスは微笑みかけ、寝台に腰掛けた。隣をポンポン、と叩く。
「仲直りって。そりゃ気不味いけど。でも、俺、イリスちゃんより、セニア様に怒ってたから変な感じ」
ペイドランが並んで腰掛けながら言う。
「お互いに、結構激しく言い合ったんだからケンカよ、ケンカ。だから仲直りしましょ」
イリスはあえてはっきりとそう言い切ってやった。むしろペイドランのほうからかなり詰られていたような気もするが。今となってはどうでも良かった。
「でも」
ペイドラン自身も似たような自覚があるのだろうか。言い淀んだ。
「ねぇ、ペッド、覚えてる?」
本当に話をしたいのは、そこではない。イリスは強引に話を変えた。
「え?」
話の展開がまるで読めないのだろう。ペイドランがまた混乱している。
「皇都でさ、一緒に東の方、旅行しようねって言ってくれたこと」
イリスは深呼吸した。
「ねぇ、ペッド。魔塔もセニア様もクリフォード殿下も、全部ほっぽりだして、東の方で一緒に暮らしましょ」
あんな話をクリフォードからされて、魔塔攻略の説得など、最初からするつもりはなかった。
(あんな人たちの言いなりになんかならない)
イリスはそっとペイドランの肩に頭を預けて、決意するのであった。
いつもお世話になります。
イリスから見た本件については一旦以上となります。ここまで順調すぎるくらい順調でしたが、ちょっと諍いであります。後で読み直して悶絶しそうな箇所ですが。
いずれまたしっかり手直しはするつもりです。
一発でこれだ!という書き方が出来ないことが申し訳なく、いつもすいません。
早く魔塔攻略の場面を描きたいものの、まだ段階を踏まないと(汗)
ここまでの読了、本当にありがとうございます。
追伸)好きな登場人物などもし、いらっしゃる方いれば、ぜひ知りたいです。誰のおかげでこの作品が読まれているのか。とても気になるのです。ただ、そこまでお手間取らせるの恐縮なので、出来れば、ですが。




