118 軽装歩兵と聖騎士の従者1
「聖騎士セニア・クライン。皇帝マルクス3世の名代として、私、クリフォード・ドレシアはあなたに30日間の謹慎を命じる」
ルベントの離宮にて、第2皇子クリフォードがセニアへの処罰を告げる。クリフォードの執務室だ。イリスはペイドランとともに直接捜索に関わった、ということで臨席していた。ゴドヴァンとルフィナもいる。
(良かった、あんまり厳しい罰じゃない)
ホっと胸を撫で下ろすイリス。
告げているクリフォードも迫力に欠ける。
アスロック王国のときとは違い、セニアには現在、ドレシア帝国における公的な身分がない。罰を与えるにしても名分が薄いのである。罪状も不明瞭だ。
「なんだよ、こんなの。甘いよ」
ただ、隣に立つペイドランが怒り始めてしまう。
怒り自体はセニアのしたことからして、もっともなことではあるので、誰もペイドランをたしなめられない。クリフォードもゴドヴァンもルフィナも皆、困った顔で苦笑しているだけだ。当のセニアだけが力なく項垂れていた。
「クリフォード殿下も皆、なんでセニア様をこんな甘やかすんだよ」
拳を握りしめてペイドランが更に言う。
さすがにイリスは違和感を覚えた。いつもの言動からしてこんなに怒り出すのもおかしいし、珍しい。
(政治に興味のない、クリフォード殿下だけじゃなくって、まともな方のシオン殿下も許可しての決定なのに)
セニアの出奔自体が秘匿であった、という特殊事情もある。表立って、大々的な罰など下せるわけもないのだ。
「悪いのは、セニアをさらって処刑しようとしたアスロックの連中よ。本当は一応、セニアも被害者なの。怪我までさせられて。罰があることすら、ほんとは厳しいことなのよ」
ペイドランに物を言うなら自分しかいない、という雰囲気になっていた。イリスは察してペイドランの顔を正面から見つめて言い聞かせる。
「そんなこと言ってると、あの人、また引っかかるよ。引っかかって、みんなに迷惑かけるのも、悪いことじゃないか」
怒った顔のまま、ペイドランが言う。
さすがに少々暴論だ。セニアぐらいの身分になれば、愚かであることも罪だというのか。
イリスがペイドランと話し出したのを見て、クリフォードがセニアへ向き直る。
「30日間、というのは傷を癒やして、頭を冷やすのには十分な時間だ。それに未だ修得していない千光縛などの神聖術を幾つか極めて、次の魔塔攻略に活かしてほしい」
極めて優しく甘やかすようにクリフォードが加えて告げた。
(ちょっとっ!殿下っ!)
イリスは、まだペイドランをなだめているところである。それなのに、クリフォードがセニアに優しい言葉をかけてしまう。
また、見るからにペイドランが不機嫌な顔をする。
今度は何も言わず、プイッと顔を背け、そのままクリフォードの執務室から出てしまった。誰も追わない。
イリスは自分しかいないので、ペイドランを追う。ちらりと、クリフォード始め他の四人に目をやっても、皆、行って来いという雰囲気だ。『行って来い』、では無いと言うのである。
「ねぇ、ペッド、ちょっと待って!待ってよっ!」
イリスはペイドランの背中を追って、廊下で呼び止める。
つくづく皆、セニア、セニアなのだ。ペイドランが心配にならないのだろうか。
「なに」
怒った顔でペイドランが振り向く。
こんな顔も出来るのだ、とイリスは思った。
「どうしたのよ?別にセニアなんかって、いつもそんな感じなのに。罰が重くったって、軽くったって気にすることないじゃない」
イリスは思ったことをそのまま告げた。
「こんなに巻き込まれて、危ない目にもあって、他人事じゃないよ。君だって一緒に危なかったのに、なんでそんなに喜べるのさ」
ムスッとした顔でペイドランが言う。
嬉しいに決まっている。幼い頃からずっと一緒だったのだ。セニアに対し思うところは都度、出てきても、何かあれば心配で無事を祈るに決まっている。
(ペッドなら、そういうの、分かってくれるって思ってたのに)
イリスは少し悲しくなってしまう。
「別にセニアだって、悪気はないの。あの子なりに一生懸命でみんなの役に立ちたいのよ。って、ねぇ、ちょっと待って」
言っている途中で、また歩き出すペイドランをイリスは追いかける。
本当にらしくない。いつもならせめて最後までは聞いてくれるはずだ。
「だから、そんなの勝手にやればいいんだよ、あの人たちだけで。やってらんないよ、こんなことばっかりで。しかもセニア様のことばっかり皆して持ち上げて。ホントに腹立つ!」
ずっとこんなに不満を抱えながら、一緒に捜索をしていたのか、とイリスは驚いていた。
(でも、こんなに文句言ってるけど、実際に1番働いていたの、ペッドじゃないの)
追跡のときも聞き込みのときもいかんなく有能さを発揮していて、イリスは改めて見直してもいたのだ。
(正直、ホントのホントに惚れちゃったのに。ううん、あれが嘘なわけが無い。何か気待ちが変わるようなこと、あの後にあったんだわ)
探索中のしっかり者のペイドランは、今、眼の前で子供みたいに怒る姿とはまるで別人だった。
「ねぇ、セニアのこと、嫌になったのは分かったわよ。あんな情けないんじゃ、仕方ない。でも、私も一緒にいるの。私を助けると思ってさ。怒るのやめてよ」
自分に向けてくれていた気持ちが嘘だとは思えない。自分でも不快に思いつつ、イリスは自分をダシに使った。
すぐに失敗だったと悟る。
「君さ」
険しい声でペイドランが切り出した。やはりイリスにとっては初めて聞く声だ。
「なに?」
知らず、イリスもきつめの声で応じてしまう。そうさせられたことが、やはりイリスにとっては悲しいのだが。
「俺が君のこと好きなの、こんなに好きなの利用して、クリフォード殿下たちと一緒になって、魔塔に上らせる気だろ。シェルダン隊長の時みたいにさ。最後は捨て石みたいに死なせるつもりなんだ」
本当に怒っているのだ。イリスは気付いた。この話を始めてからずっと、イリスのことを『君』呼ばわりだ。
半端な覚悟で踏み込むべき話題ではない。今までの心地良かった関係の全部を壊しかねない言葉だ。
ただ、『魔塔に上らせる』云々のくだりとシェルダンの名前でイリスもピンときた。
レイダン・ビーズリーだ。
(レイダンさんに何か吹き込まれたの?こんなことになるなら、独りでなんか行かせずに私もついてけば良かった)
イリスはほぞを噛む。
一人息子のシェルダンを失ったのはクリフォードやセニアたちのせいだ、と思っている人物だ。ペイドランのことも重ねて、クリフォードやセニアのこと、自分の事を悪し様に吹き込んだのかもしれない。
「ひどいよ、皆。俺の命も心も、使い捨ての駒ぐらいにしか思ってないんだ」
クリフォードたちについては、本当にそうかもしれないから否定しきれないことも悲しい。そして、イリスにとっては言われたくない言葉ばかりである。
「ペッド、私は、そんなんじゃないよ。ホントは分かってるでしょ?」
イリスは泣きたくなってきた。貴人の思惑もあって始まったのかもしれない関係であっても、信頼関係自体は築けていると、思っていたからだ。
「君、俺のこと、元密偵だって、馬鹿にしてたよね」
挙げ句、ペイドランが昔のことを蒸し返してきた。唇を噛んでいる。怒るために怒っているのだ。
「やめてよ、ペッド。あの時と今とじゃ」
状況がまるで違う。たくさん良い所や頼りになる所を見せてもらった後なのだ。
「とにかく、俺、君はクリフォード殿下に言われて、俺を魔塔攻略に参加させるために仲良くしてるんだって、それで一緒にいるだけだって知ってるんだよ」
言い捨てて、ペイドランが去っていく。
不思議と腹は立たない。特に最後の方は売り言葉に買い言葉だ。お互いに本音ではない、と思いたい。そして、ただ悲しかった。
(それに一回はしなきゃいけない話だとは分かってたんだけど、ペッド、しんどいよ)
イリス自身も薄々、ペイドランとの仲はクリフォードらに取り持たれている、接近させられている、と思う節はあったのだ。
ただ、仲良くなれるかどうかは結局、自分とペイドラン次第ではないかとも思っていた。
(ね、ペッド、私の心まであの人たち、思うように出来ないんだよ)
思いつつも、直接、言っていれば違ったかもしれないのに、とまた思い返してイリスは悄気げてしまうのであった。




