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由緒正しき軽装歩兵  作者: 黒笠


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118/379

118 軽装歩兵と聖騎士の従者1

「聖騎士セニア・クライン。皇帝マルクス3世の名代として、私、クリフォード・ドレシアはあなたに30日間の謹慎を命じる」

 ルベントの離宮にて、第2皇子クリフォードがセニアへの処罰を告げる。クリフォードの執務室だ。イリスはペイドランとともに直接捜索に関わった、ということで臨席していた。ゴドヴァンとルフィナもいる。

(良かった、あんまり厳しい罰じゃない)

 ホっと胸を撫で下ろすイリス。

 告げているクリフォードも迫力に欠ける。

 アスロック王国のときとは違い、セニアには現在、ドレシア帝国における公的な身分がない。罰を与えるにしても名分が薄いのである。罪状も不明瞭だ。

「なんだよ、こんなの。甘いよ」

 ただ、隣に立つペイドランが怒り始めてしまう。

 怒り自体はセニアのしたことからして、もっともなことではあるので、誰もペイドランをたしなめられない。クリフォードもゴドヴァンもルフィナも皆、困った顔で苦笑しているだけだ。当のセニアだけが力なく項垂れていた。

「クリフォード殿下も皆、なんでセニア様をこんな甘やかすんだよ」

 拳を握りしめてペイドランが更に言う。

 さすがにイリスは違和感を覚えた。いつもの言動からしてこんなに怒り出すのもおかしいし、珍しい。

(政治に興味のない、クリフォード殿下だけじゃなくって、まともな方のシオン殿下も許可しての決定なのに)

 セニアの出奔自体が秘匿であった、という特殊事情もある。表立って、大々的な罰など下せるわけもないのだ。

「悪いのは、セニアをさらって処刑しようとしたアスロックの連中よ。本当は一応、セニアも被害者なの。怪我までさせられて。罰があることすら、ほんとは厳しいことなのよ」

 ペイドランに物を言うなら自分しかいない、という雰囲気になっていた。イリスは察してペイドランの顔を正面から見つめて言い聞かせる。

「そんなこと言ってると、あの人、また引っかかるよ。引っかかって、みんなに迷惑かけるのも、悪いことじゃないか」

 怒った顔のまま、ペイドランが言う。

 さすがに少々暴論だ。セニアぐらいの身分になれば、愚かであることも罪だというのか。

 イリスがペイドランと話し出したのを見て、クリフォードがセニアへ向き直る。

「30日間、というのは傷を癒やして、頭を冷やすのには十分な時間だ。それに未だ修得していない千光縛などの神聖術を幾つか極めて、次の魔塔攻略に活かしてほしい」

 極めて優しく甘やかすようにクリフォードが加えて告げた。

(ちょっとっ!殿下っ!)

 イリスは、まだペイドランをなだめているところである。それなのに、クリフォードがセニアに優しい言葉をかけてしまう。

 また、見るからにペイドランが不機嫌な顔をする。

 今度は何も言わず、プイッと顔を背け、そのままクリフォードの執務室から出てしまった。誰も追わない。

 イリスは自分しかいないので、ペイドランを追う。ちらりと、クリフォード始め他の四人に目をやっても、皆、行って来いという雰囲気だ。『行って来い』、では無いと言うのである。

「ねぇ、ペッド、ちょっと待って!待ってよっ!」

 イリスはペイドランの背中を追って、廊下で呼び止める。

 つくづく皆、セニア、セニアなのだ。ペイドランが心配にならないのだろうか。

「なに」

 怒った顔でペイドランが振り向く。

 こんな顔も出来るのだ、とイリスは思った。

「どうしたのよ?別にセニアなんかって、いつもそんな感じなのに。罰が重くったって、軽くったって気にすることないじゃない」

 イリスは思ったことをそのまま告げた。

「こんなに巻き込まれて、危ない目にもあって、他人事じゃないよ。君だって一緒に危なかったのに、なんでそんなに喜べるのさ」

 ムスッとした顔でペイドランが言う。

 嬉しいに決まっている。幼い頃からずっと一緒だったのだ。セニアに対し思うところは都度、出てきても、何かあれば心配で無事を祈るに決まっている。

(ペッドなら、そういうの、分かってくれるって思ってたのに)

 イリスは少し悲しくなってしまう。

「別にセニアだって、悪気はないの。あの子なりに一生懸命でみんなの役に立ちたいのよ。って、ねぇ、ちょっと待って」

 言っている途中で、また歩き出すペイドランをイリスは追いかける。

 本当にらしくない。いつもならせめて最後までは聞いてくれるはずだ。

「だから、そんなの勝手にやればいいんだよ、あの人たちだけで。やってらんないよ、こんなことばっかりで。しかもセニア様のことばっかり皆して持ち上げて。ホントに腹立つ!」

 ずっとこんなに不満を抱えながら、一緒に捜索をしていたのか、とイリスは驚いていた。

(でも、こんなに文句言ってるけど、実際に1番働いていたの、ペッドじゃないの)

 追跡のときも聞き込みのときもいかんなく有能さを発揮していて、イリスは改めて見直してもいたのだ。

(正直、ホントのホントに惚れちゃったのに。ううん、あれが嘘なわけが無い。何か気待ちが変わるようなこと、あの後にあったんだわ)

 探索中のしっかり者のペイドランは、今、眼の前で子供みたいに怒る姿とはまるで別人だった。

「ねぇ、セニアのこと、嫌になったのは分かったわよ。あんな情けないんじゃ、仕方ない。でも、私も一緒にいるの。私を助けると思ってさ。怒るのやめてよ」

 自分に向けてくれていた気持ちが嘘だとは思えない。自分でも不快に思いつつ、イリスは自分をダシに使った。

 すぐに失敗だったと悟る。

「君さ」

 険しい声でペイドランが切り出した。やはりイリスにとっては初めて聞く声だ。

「なに?」

 知らず、イリスもきつめの声で応じてしまう。そうさせられたことが、やはりイリスにとっては悲しいのだが。

「俺が君のこと好きなの、こんなに好きなの利用して、クリフォード殿下たちと一緒になって、魔塔に上らせる気だろ。シェルダン隊長の時みたいにさ。最後は捨て石みたいに死なせるつもりなんだ」

 本当に怒っているのだ。イリスは気付いた。この話を始めてからずっと、イリスのことを『君』呼ばわりだ。

 半端な覚悟で踏み込むべき話題ではない。今までの心地良かった関係の全部を壊しかねない言葉だ。

 ただ、『魔塔に上らせる』云々のくだりとシェルダンの名前でイリスもピンときた。

 レイダン・ビーズリーだ。

(レイダンさんに何か吹き込まれたの?こんなことになるなら、独りでなんか行かせずに私もついてけば良かった)

 イリスはほぞを噛む。

 一人息子のシェルダンを失ったのはクリフォードやセニアたちのせいだ、と思っている人物だ。ペイドランのことも重ねて、クリフォードやセニアのこと、自分の事を悪し様に吹き込んだのかもしれない。

「ひどいよ、皆。俺の命も心も、使い捨ての駒ぐらいにしか思ってないんだ」

 クリフォードたちについては、本当にそうかもしれないから否定しきれないことも悲しい。そして、イリスにとっては言われたくない言葉ばかりである。

「ペッド、私は、そんなんじゃないよ。ホントは分かってるでしょ?」

 イリスは泣きたくなってきた。貴人の思惑もあって始まったのかもしれない関係であっても、信頼関係自体は築けていると、思っていたからだ。

「君、俺のこと、元密偵だって、馬鹿にしてたよね」

 挙げ句、ペイドランが昔のことを蒸し返してきた。唇を噛んでいる。怒るために怒っているのだ。

「やめてよ、ペッド。あの時と今とじゃ」

 状況がまるで違う。たくさん良い所や頼りになる所を見せてもらった後なのだ。

「とにかく、俺、君はクリフォード殿下に言われて、俺を魔塔攻略に参加させるために仲良くしてるんだって、それで一緒にいるだけだって知ってるんだよ」

 言い捨てて、ペイドランが去っていく。

 不思議と腹は立たない。特に最後の方は売り言葉に買い言葉だ。お互いに本音ではない、と思いたい。そして、ただ悲しかった。

(それに一回はしなきゃいけない話だとは分かってたんだけど、ペッド、しんどいよ)

 イリス自身も薄々、ペイドランとの仲はクリフォードらに取り持たれている、接近させられている、と思う節はあったのだ。

 ただ、仲良くなれるかどうかは結局、自分とペイドラン次第ではないかとも思っていた。

(ね、ペッド、私の心まであの人たち、思うように出来ないんだよ)

 思いつつも、直接、言っていれば違ったかもしれないのに、とまた思い返してイリスは悄気げてしまうのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] セニアは軽い罪ですみましたがそれに怒りを露わにするペイドラン。 それにおいて自分も魔塔攻略の為のコマだとすらかんじてしまう。 これはシェルダンの事もあるのでしょうが。 ビーズリー家に関わった…
[一言] レイダンさんの振る舞いが王国のスパイなんじゃないかって思える節がありますね。こうやって国内の不穏分子を作って内戦を扇動する類の。
[良い点]  ペイドランが怒るのも分かりますが、ちょっと言い過ぎな気もしますね~。シェルダンと比較して「感情に振りまわされて、若いな~」と思ってしまいました(←上から目線)。  でも、そこがペイドラン…
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