116 強襲〜重装騎兵への攻撃3
リュッグとガードナーには周囲への警戒という名目で休憩をさせつつ、シェルダン自身は馬車の方へと近付いていく。馬車の脇には、メイスンとハンターが見えた。メイスンの斬り倒したらしき御者も見える。
「隊長っ」
メイスンとハンターが接近するシェルダンを認め、自ら駆け寄ってきた。
「御者を倒しました。かなり剣をよく遣う相手で、ただの御者とは思えないほどでした」
メイスンが汗を拭いながら報告する。
御者についても読み違えていたのだ、とシェルダンは反省した。おそらく部下の一人に御者をさせていただけであり、あの精鋭兵の一人だったのだ。
メイスン以外をぶつけていたら、命を落としていたかもしれない。
「いや、実際、メイスンがいなけりゃ、危ないところでした。俺には2人の、剣の動きすら見えなかったんで」
ハンターも強いが、あくまで一般の軽装歩兵として、だ。アスロック王国の重装騎兵隊の精鋭剣士となど渡り合えるわけもない。
相手の腕前を見て、メイスンが先頭に出た。目に浮かぶようだ。
「私もなぜ御者に2人も必要なのか、と思いましたが戦ってみて、納得しました。あれは、我が隊では私と隊長以外、無理です」
馬車の傍らに転がる御者の死体を見やって、メイスンが告げた。買いかぶり過ぎだ。正攻法の接近戦では自分も厳しい。
「すまん」
シェルダンは知らず危地へと送り込んでいたことを2人に侘びる。
「それに、こっちは敵将のハイネルに逃げられた」
結局、戦果は馬車だけという状態だ。
リュッグの傍受した念話では、重大な荷物とのことだが。
シェルダンは馬車本体を一目見て、げんなりとした。
底部に不自然な筐体が取り付けられている。見慣れた筐体だった。
深々とため息をついてしまう。
「やっぱり罠だな。毒だ」
シェルダンは分隊員を制して近付かないようにさせる。
アスロック王国、お得意の罠だ。
馬車が放置されているのを見かける、あるいは確保すると中身を確認したくなる。だが、迂闊に開けると底部に仕掛けてある筐体から毒煙が噴出されるのだ。かなり強力な毒であり、近くにいる者を敵味方問わず皆殺しにしてしまう。
シェルダンもアスロック王国の軍人時代にはお気に入りでよく使っていたものだ。
「おそらく、これをゲルングルン地方の魔塔近くに仕掛けて、我が軍に犠牲を出させる腹積もりだったんだろうな」
シェルダンの言葉に全員が凍りついた。
国力に劣るアスロック王国側が、唯一ドレシア帝国に優れる点があるとすれば苛烈さ、厳しさだろう。
長年、魔塔から溢れる魔物や盗賊と小競り合いを続けてきた国である。真っ当な部隊はドレシア帝国側が眉をひそめるような方法も容赦なく取ってくるのだ。
「どうしますか?」
ハンターが渇いた声で尋ねてくる。
「俺がこの馬車を遠くへ運ぶ。そして、そこで、解除する」
罠の馬車にも弱点はある。高価なのだ。今のアスロック王国の国力ではあまり数を作れない。ドレシア帝国軍に大打撃を与えるほどの量を設置できないのである。
「よく、盗賊相手に使ったからなぁ。仕組みも解除方法も知ってる。そんなに複雑じゃあない。だが」
万一、変えられているなら。人気のない場所で解除を試みた方が良い。犠牲は自分一人で済む。
(それだけじゃあないんだが)
馬車とハイネルを見て、念話を使ったことも鑑みて。シェルダンは気付いたことを言えない自分に憂鬱になる。
「万が一、巻き込まれると危ないし、他に人がいると気が散るんでな」
言っていて、シェルダンは自分も嫌になってしまう。自分でもよく、それらしい理由をこうも考えつけるものだ。
分隊員たちは自分を信じて疑わない。ハンターやメイスンが納得して頷く。
リュッグだけは馬車の作りに好奇心を刺激されているようだが、逆らってまでついてくるとは言わない。ガードナーについては、ただ毒を怖がっている。
「こ、こんな、あ、危ないもの。ほ、放って、ここに置いとくのはだめなんですか?」
ガードナーが良いことを思いついたと言わんばかりに、おもむろに提案してきた。
「バカッ、別の隊が引っかかったらどうするんだ」
シェルダンは苦笑いしてガードナーを叱りつける。
「ひ、ひえぇぇ。すいません。すいません。でも、さっきから、隊長にばっかり、危ないこと頼りきりで。申し訳なくって」
ガードナーの言葉に、シェルダンはさらに罪悪感を抱く。
自分が死んだふりをせずに済んでいれば、何か別な対応があったのではないかと思ってしまう。
(申し訳ないのは俺の方だ。すまない。手柄を手柄にしてやれなくて)
思いつつもシェルダンは事情を口にはできなかった。
既にハンスとロウエンが本隊に報告したものの、実は何もいなかった、と虚偽の報告をする腹積もりである。
「じゃあ行ってくる。魔物か他にも、それに敵兵がまだいるかもしれない。皆も気をつけてな」
代わりにシェルダンは告げて、御者台に座り、手綱を取った。
国境のラトラップ川を目指す。馬車に揺られながら、シェルダンは考えていた。馬車の置き場所は国境であれば、間違いないか。
「ハイネルは侮っていた。軽装歩兵しかいないと。実際、ガードナーの魔術にせよ、念話を傍受したリュッグにせよ。ハイネルにとっては、想定外の事態だったはずだ」
2人がいなければ、敵の移動を感知することも、ハイネルを撃退することも出来なかっただろう。
本人たちにはまだ言っていないが、今回の功績はリュッグとガードナーに因るものだ。メイスンもよく、自分の読み間違いを補う活躍をしてくれたと思う。
目当ての場所についた。
「お前たちに思うところはない。行け」
シェルダンは馬を追い立てた。森の中のどこかへと、馬2頭が姿を消す。
完全に一人となった。さらに暫く気配を探る。何も、誰も出てくる気配はない。
シェルダンは深くため息をつく。
「やるか」
呟いて気合を入れると、馬車の扉に仕掛けられた罠をシェルダンは解除し、馬車だけをそのままにして、その場を後にするのであった。
いつもお世話になります。
セニアの出奔から始まった一連の場面は以上となります。特に今回の「強襲」については、2話編成予定のところ、足りないなぁと思って書き足していたら、3話となってしまいました。申し訳ないです。
聖騎士であり、神聖術を磨きつつも、未だなんかダメなセニアですが。一応ヒロインなはずなのですが。こんな扱いであります。近々、前の話を読み返してみて、セニアの容姿については加筆してみたいな、とも思います。髪色と美人さんということ以外、あえて書かずに来たのですが。掘り下げていく内に必要な気もしてきて。日々推敲であります。
ブックマークや評価ポイントを頂けることが増えたように思います。ただでさえ、楽しく描かせて頂いております中、本当に有り難いことで、嬉しいです。いつもありがとうございます。




