115 強襲〜重装騎兵への攻撃2
(そろそろ来るか?)
リュッグが念話を傍受してから、騎兵が移動する時間をシェルダンはある程度計算していた。
静かにただ闘気を高めている。
(あぁ、馬車も連れてるなら、もう少しかかるか)
シェルダンは思い至り、頭の中で計算を改めた。
さらにしばらく待つと、かすかに馬の足音が響いてくる。
近づいてきた。
「ひっ」
悲鳴を上げかけたガードナーの頭を、シェルダンはバコンと叩いて黙らせる。
先頭にいる白馬の重装騎兵。馬と同じく純白の魔槍を握っている。
(いやはや、そのまさか、か)
間違いなくアスロック王国重装騎兵隊騎士団長ハイネルだ。橋を目指して真っ直ぐに駆けてくる。待ち伏せされているなど想像もしていないようだ。用心のかけらも感じられない。
信じられない思いを抱きつつ、シェルダンは腹を決めた。
「やるか」
高ぶる気持ちのまま呟いて、鎖鎌を腹から解く。
風車のように回し、ハイネルの乗馬の脚を狙う。不意を討ってもハイネル本人を初手で討つことは出来ないだろう。
だが、馬なら別だ。
「ビヒィッ」
「ぐわあぁっ」
馬とハイネルが同時に悲鳴をあげた。鎖が直撃し、馬の脚が折れて倒れたのだ。橋の手前で人馬ともに倒れている。
「ハイネル様っ?!」
後続もハイネルを心配して、足を止めた。何人かは馬から降りて助け起こそうとまでしている。上官思いの感心な部下たちだ。
容赦なく、シェルダンは鎖分銅を放る。
「ぎゃあっ」
馬に乗っている者からだ。頭を分銅で撃たれて、一人が落馬する。確かめるまでもなく絶命しているだろう。
「マ、マンソンッ!」
ハイネルが変わり果てた部下の姿を見て絶叫する。
まだ、シェルダンの位置にすら気づいていない。
「ガヒッ」
もう一人、またしても無防備な頭を兜の上から砕く。
「タックゥッ」
またもや落馬して果てた部下を見てハイネルが叫んだ。
「気をつけろ!狙われているぞ」
ハイネルが警告する。そのハイネルを守るように部下たちが囲んだ。
シェルダンは更に鎖分銅を放る。アダマン鋼で出来た鎖分銅の威力は鋼鉄製の鎧兜の上から骨を砕いて致命傷を与えるほど。
「くっ、鎖だっ!鎖を投げているものがいるぞ」
何人目かを撃ち倒したところでハイネルがようやく気付いた。一撃叩き込んだらすぐに鎖分銅を回収しているので、まだシェルダンの位置までは分からないようだ。
(もう遅い)
思いながらシェルダンはハイネル以外の重装騎兵全員を始末した。
精鋭部隊なのだろうが、不意を討たれれば誰でも、どんな集団でも脆い。ましてや、シェルダンの鎖鎌など見たこともなかったのだろう。
「おのれっ、おのれぇっ」
変わり果てた部下たちを一望し、ハイネルが端正な顔を歪めて叫ぶ。まだこちらを探しているようだ。
「す、すごい」
リュッグが呆然として呟く。
ガードナーの方は凍りついたように固まっていた。
「2人とも横へ飛べっ」
シェルダンはリュッグとガードナーに指示を出す。
弾かれたように慌てて、2人とも転がるように逃げていく。
飛んできた氷の礫を、シェルダン自身は鎖を回転させて防ぐ。
「そこかぁっ、何奴っ!」
ハイネルがようやく自分たちを見つけたのだ。血走った目で叫ぶ。
名乗ったところで、下級の軽装歩兵である自分たちのことなど覚えてはくれないだろう。
「こちらが制圧した地を、ノコノコたった10人で動いてらっしゃるからですよ」
代わりにシェルダンは相手の甘さを指摘してやることとした。
「何を貴様っ!下郎が!」
自分たちの地味な軍装を見て、『下郎』と告げ、ハイネルが氷の魔槍ミレディンを構える。冷気や氷属性の魔術を操ることのできる魔槍だ。有名なので何をしてくるのかもシェルダンは大体知っている。
「たった3人の、その下郎の軽装歩兵にあなたは殺されるのですよ」
シェルダンは更に挑発する。我ながら安い挑発だが。
足元では打ち合わせどおり、リュッグが作業をしている。1対3でもまともにやり合えば勝てる相手ではない。本当は300人ぐらいは欲しいところだ。
「おのれっ、おのれえっ!」
滑稽なぐらいに激高するハイネル。
とうとう怒りに任せて槍を構えて突っ込んできた。単純極まりない行動だが、恐ろしく速く、受ける圧力も恐怖も尋常ではない。
「リュッグ」
シェルダンは短く告げる。
「は、はい」
しゃがみこんで接地していた信号弾の発射筒。リュッグが魔力を籠めて、信号弾をハイネルに向けて発射した。
赤い光がほとばしる。
「ぐあっ、なんだっ!目がっ!」
ハイネルが片手で目を押さえつつ、もう片方の手で闇雲に槍を振るう。どれだけ達人でも光が眩しくないわけはない。
遠距離通信用の信号弾を目の直近でまともに受けたのだ。しばらくは視界がおかしいままだろう。
「ガードナー」
もう一人の部下にシェルダンは告げる。
感心なことにガードナーの前には黄色い魔法陣が既に浮かんでいた。
単にハイネルが突進してくる圧力に怯えて、慌てただけのようだが。
「サ、サンダーボルト」
黄色い魔法陣から雷光が迸り、避けることの出来ないハイネルを直撃する。
「ギャアアアッ」
絶叫するハイネル。
殺してしまったと勘違いしているようで、ガードナーがギュッと目をつむる。
「安心しろ、あれで死なないから厄介なんだ」
シェルダンはのたうち回るハイネルを見て、半ば呆れながら言う。普通は雷に討たれれば即死なのだ。もはやシェルダンにもどういう理屈なのかも分からない。
せいぜい少しの間、麻痺している程度だろう。
「あとは俺がやる」
シェルダンは風車のように鎖分銅を振り回し、存分の力でもって、ハイネルの頭を狙う。
「グアアッ」
右腕で頭を庇ったハイネルが悲鳴をあげる。骨ぐらいは砕けたようだが。
(嘘だろう。なんで反応できる?)
流石に半ば恐怖を覚えながら、シェルダンはもう一度、ハイネルの頭を狙う。
「ギァァァッ」
今度は左手でハイネルが庇う。だが、もう両腕を砕いた。魔槍を取り落とさないのはさすがだが。
「ちいっ」
シェルダンは更に一方的にハイネルに対して鎖分銅を放ち続ける。動かないはずの腕で急所を庇う。
それでも、急所を狙い撃つシェルダン。ゴツゴツと鈍い音が何度も響いた。
本能だけで危険を察知して、致命傷だけは避け続けるハイネル。じりじりと後ずさっていく。
(しかし、近づくのは危険、か)
途中からハイネルの目が光を取り戻したことにシェルダンも気づいている。敵が狙っているのは、業を煮やして接近してきたシェルダンへの不意討ちによる反撃だろう。
なおも距離を保ったまま、鎖分銅を叩きつけ続ける。
(くそっ、決め手にかける)
流星鎚があれば、腕ごと頭か背骨を打ち砕けるだろう。だが、流星鎚は魔塔にしか使わない、とシェルダンは誓いを立てていた。今は所持すらしていない。
とどめを刺せぬまま。ハイネルが橋のない崖の縁に至り、自ら谷へと落ちていった。
(逃げられた、か)
重傷を負わせ、しばらくは動けないはずだが命だけは守りきられた格好である。
「さすがに、一筋縄では行かない、か」
形の上では勝ったが、ハイネル以外の兵士も見るからに手練れであり、殺すしかなかった。聞き取りは不可能である。
当初の目的は達せられず。
なぜ、たったの10騎ほどでゲルングルン地方にいたのか。軍を引き上げさせてどうするつもりだったのか。分からないままである。
「とりあえずあとは、馬車からなにか情報が得られるか、だな」
メイスンとハンターはうまくやっただろうか。
シェルダンは思いつつ、少し離れた馬車の方へと向かうのであった。




