114 強襲〜重装騎兵への攻撃1
「隊長」
魔塔が見える森の中にある開けた場所、第7分隊全員で待機をしていたところである。シェルダンも手頃な木を背もたれにして、休んでいた。
リュッグが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「どうした?」
シェルダンはこの休憩中、鎖鎌の点検と称して、ほれぼれと黒い光沢を眺めていたのであった。付近の魔物も軽装歩兵全体でだいぶ駆逐している。
「念話を、傍受しました。アスロック王国側の符牒です」
緊張した顔でリュッグが言う。
シェルダン、ハンター、メイスンの3人が驚く。
まだ若い他の3人のほうは、リュッグの凄さが分からないのかキョトンとしている。
「なんだと?もう、そんなことまで、お前、分かるのか?」
シェルダンですら、リュッグの念話の教養がそこまで進んでいるとは思ってもみなかった。
まして、自国の符牒はおろか他国の符牒まで頭に入れているなど、軽装歩兵で通常できることではない。シェルダンの場合、祖国につき、アスロック王国軍の符牒は頭に入っているが、念話を傍受出来なかった。
「皇都の教養で頂いた資料を予習しておいたので、今、解読できてるアスロック王国の符牒も頭に入れました。部外秘なので黙ってましたけど」
おどおどしながらリュッグが言う。
シェルダンはリュッグを念話育成専科にねじ込むときの煩雑な手続きを思い出した。甘く見ていたが思いの外、大変だったことに小隊長と2人、げんなりしていたものだ。
(あぁ、そんなこと言ってる場合じゃない)
シェルダンは首を横に振った。
「内容は?」
せっかく、今まで謎に包まれていたアスロック王国軍の動きを部下が感知してくれたのだ。活かしてやりたい。
「何か重大な荷物を馬車で運ぶそうです。護衛は10か9人の騎兵だそうです。すいません。まだ、細かくは解読できなくて」
申し訳無さそうにリュッグが言う。
出来ればシェルダンとしては、中途半端に符牒を解読して報告するのではなく、符牒をまるまる暗記して復唱して欲しかった。
シェルダンとて、元アスロック王国の軍人である。多少古いが符牒も全て頭に入っていた。おそらく余裕のない祖国のことだから大きくは変えていないだろう。
「分かった」
シェルダンは腰に鎖鎌を巻き直した。
声に込めた闘気にハンターとメイスン以外が驚く。
「仕掛けるんですか?」
念の為、という顔でハンターが尋ねてくる。ハンター本人には仕掛けたがっているシェルダンの意図は分かっているはずだ。若い面々に説明してやれ、ということだろう。
「初めて掴んだ、アスロック軍の動きだ。最悪一人でも、出来れば全員、生け捕りにして。何を企んでいるのか、聞き取りをやりたい」
シェルダンの説明を聞いて、ハンスが嫌な顔をした。シェルダンの言う『聞き取り』には漏れなく手足の骨を砕くことも含まれるからだ。
(うん、あとで修正が必要だな)
軟弱なハンスの反応を見て、シェルダンは思った。
「あ、あと隊長、ハイネルって、名乗ってました」
更にリュッグが言う。
意外な名前を聞くものだ。
「ほー」
シェルダンは付近の地勢を思い出しつつ声を上げた。特に騎馬を迎え撃つのに有利な地勢を、だ。
「知っている、名前なんですか?」
メイスンが体を屈伸させながら尋ねる。国境付近の貴族だったメイスンならば知っているか、とシェルダンは思っていたのだが。
「知ってるも何も、アスロック王国の精鋭、重装騎兵隊の騎士団長様と同じ名前じゃないか?」
氷の魔槍ミレディンの遣い手。清廉な男であり、彼の率いる重装騎兵隊は腐敗とは無縁だった。味方ならともかく、敵となれば甘い相手ではない。
「あぁ」
メイスンが思い出した、という顔をした。やはり記憶にはあったが結びつかなかっただけのようだ。
「なんですって?」
代わりにハンターが驚く。
「まぁ、同じ名前なだけだろう。だが、もし本物ならここで殺しておきたいな」
舌なめずりして、シェルダンは告げる。
今後、ドレシア帝国軍がアスロック王国と戦うにあたって間違いなく最大の強敵となる男だ。ほぼ総大将に近い位置にいる相手なのではないか。
(それがたった10騎で?しかも既にこちらの制圧した土地で?)
もし本物なら理由は分からないが、大きな好機である。
ビーズリー家の家訓としても勝ち戦のほうが、生き延びられる確率は当たり前に高くなるという。ハイネルを始末できれば今後、ドレシア帝国が勝ち、自分も生存できる可能性も高くなるということだ。
「本営に報告は?そして応援が必要ではありませんか?」
メイスンの言うこともよく分かった。
戦闘を挑み、返り討ちに遭う可能性も高い。相手は騎兵で10人ほど、と数の上でも多いのだから。移動の報告だけでも確実に入れておいたほうが良いというのだろう。
「ハンス!ロウエン!お前たちで本営に報告してこい。2人だけだ。魔物に気をつけてな」
シェルダンは、ハンスとロウエンの2人に命じた。
戦力の配分を考えるとこの2人に頼むしかないのである。リュッグやガードナーでは、単独行で魔物とはやり合えない。
「わ、分かりました。隊長たちもお気をつけて」
ハンスが緊張した面持ちで言う。ロウエンも頷いている。
「よし、相手は騎兵だ。足は速い。急ぐぞ」
シェルダンはハンスとロウエンの背中を見送ってから、ニヤリと笑って言う。悪い癖だと自分でも思うが。
「ははっ、結局5人ですか。勝てますかね」
苦笑してハンターが言う。前にも似たようなことがあった気がする。
「やりようはある。それにこちらは不意を打つ、有利な格好だからな」
たしかサーペントの時だった。シェルダンは思い出す。
(あのときは、ペイドランとリュッグに伝令を頼んだったんだよな)
束の間、ペイドランがどうしているのかを、シェルダンは考えてしまう。
首を横に振った。今となっては気にすることではない。ペイドランがいればかなり心強くはあるのだが。
シェルダンは残りの4人を率いて、目当ての場所へと向かった。アスロック王国軍が確実に通り、かつ騎兵を迎え撃つのに有利な地勢だ。
谷川にかかる石造りの橋。馬車で何かを秘匿で運ぶのであれば、ここしかない、という地点だ。岸のギリギリまで森がせり出している。
(ここなら隠れたまま待ち伏せて、橋を通ると分かっている敵の不意をつける)
シェルダンは思いつつ、分隊員を集める。
「俺が騎兵どもを鎖鎌で馬から叩き落とす。ハンターとメイスンは馬車を襲え。御者を始末しろ」
馬車の中身も気になるが、アスロック王国の馬車は危険である。御者のほうは兵士ではなく、ただ御者だろう。
「くれぐれも、俺が行くまで馬車自体には手を出すな。開けるなよ。罠の可能性が高い」
シェルダンの念押しに2人が頷いた。
「リュッグとガードナーは俺の補助だ」
先頭の騎馬を倒せばそれがそのまま障害物になる。
厄介なのはハイネル一人だ。不意を打ってもまともに戦って倒すのはかなり難しい。一工夫も二工夫も必要な相手である。
「ガードナー」
少し思案してから、シェルダンはガードナーに声をかける。
「はいぃっ」
怯えた声でガードナーが返事をする。
シェルダンはとても不安になった。
「ハイネルが本物なら。お前は全力で魔術を叩き込め」
端的にシェルダンは命じた。
返事をせずガードナーがただ不安そうな視線を返す。
「ひ、人に、魔術を?」
ただの怯えとは違う恐怖を滲ませて、ガードナーが言う。気持ちは分かるが、あまり丁寧に話を言って聞かせられる状況でもない。
「そうだ、全部、俺のせいにしていい。俺の命令のせいでお前は人に魔術を撃つんだ。お前の責任じゃない」
シェルダンの言葉にガードナーが驚いた顔をする。驚かれるようなことでもない。分隊長に限らず隊長というのは、そういうものだ。
「だから、俺の合図で何も考えずに魔術を撃て」
シェルダンの言葉に、ガードナーが強張った顔で頷いた。
リュッグにも指示を出して、シェルダンは3人で藪に身を潜める。
あとは、本当に重装騎兵たちがここを通るかどうかだ。




