113 聖騎士移送
ハイネルはセニアの所持していた聖剣を手に取り、検める。
目くらましを喰らい、ヒヤリとした場面もあったが、無事にセニアを捕らえることができた。
(そして、聖剣も我が手に)
やはり聖剣に間違いない。汚れない剣身の輝きは他の剣とは一線を画す。
あとは教練書を取り返し、自分が聖騎士となれれば魔塔攻略への大きな一歩となる。
「マンソン、王都の方へと念話を飛ばせ。重要人物を捕らえたと」
ハイネルは聖剣の煌めきに満足して頷き、鞘に収めながら部下に命じた。
「そして、馬車1台と護衛8騎でこれより王都へ向かうと」
8騎と告げるとき、ハイネルは胸の痛みを覚える。
非道なセニアの手にかかり、かけがえのない部下を一人失った。
命じられたマンソンも悲痛な顔で頷く。言われずとも暗号符牒で送るはずだ。
ドレシア帝国側の軍勢もゲルングルン地方にかなりの数、入っているようだが、大半は軽装歩兵である。念話の符牒を解読することはおろか、傍受することも出来ないだろう。
「ハイネル様、ラッセルを埋葬してまいりました」
部下の一人、タックが告げる。
「あぁ、すまない」
心の内で死なせてしまったラッセルにも謝罪し、しばし皆で黙祷を捧げた。
黙祷を終えると皆で憎々しげにセニアを見下ろす。腹が立つほどに、美しい女を捕らえたわけだが、誰一人、下卑た考えなど抱かない。
(このような女ですら、傷一つなく処刑台に乗せることが、そのまま我らの高潔さを世に示すこととなる)
言われずとも、ハイネルの部下たちは分かっている。
全員、胸にあるのはセニアの非道への、義憤だけなのだ。
盾を奪い、聖剣は取り戻し、鎧を脱がせ、武装の解除だけはしたのだが。
「手足だけは全てへし折ってやりませんか?」
ラッセルと親しかった、ドントスが提案する。
極めて魅力的な発案である。すでに何人かは槍を構えていた。
「ならん。すべての沙汰はエヴァンズ殿下に任せるのだ。みんな、忘れるな。この女の1番の犠牲者はエヴァンズ殿下なのだ」
ハイネル自身も耐えて、首を横に振った。
「抵抗が激しかったことにしては?このままでは、ラッセルのためにも、俺は気持ちのおさまりがつきません」
ドントスがすがるような目で言う。まだ、17歳と若く、ラッセルとともに最年少だった。
本来なら叱責すべきところだが、セニアの非道ぶりを知るだけに、ハイネルも強く責める気になれなかった。
「駄目ですわよ。五体満足できれいなまま処刑したほうがより効果的ですから」
涼し気な声が会話に割り込んできた。
樹上から、山猫の面を被った女性の剣士が降りてくる。本人は『剣士山猫』と自称している。
「山猫殿のおっしゃるとおりだ。みんな、我慢しろ。気持ちは分かるが、耐えるんだ」
ハイネルも重ねて言い、皆もしぶしぶ納得してくれた。
「本当にそう。でも、きっと、この女の処刑をご覧になれば皆様も溜飲が下がることでしょう。我慢なさって」
エヴァンズの婚約者アイシラの、個人的な護衛だという。しなやかな身のこなしをしていて、かなりの実力者と分かる。
「話は済みましたね。私は一足先に王都アズルへ帰りますわ」
猫のように静かな身のこなしで、剣士山猫が森の中へと姿を消した。
ハイネルはその背中に頭を下げる。
まんまとセニアの卑劣な目くらましにかかった自分たちの失態を補い、不意打ちで気絶させてくれた。あれがなければ、逃げられていたかもしれないのだ。
「ハイネル様、念話の通信、恙無く終了いたしました。ゲルングルン地方を抜けた先に迎えの軍を寄越すとのことです」
通信をやり遂げたマンソンが報告する。
本来なら、念話の通信は傍受される危険があるので重要な報せほど使わないのだが。符牒もドレシア帝国に漏れているおそれはあるものの。今、入っているドレシア帝国側の下級の軽装歩兵では、読み解けないだろう。
何より、ハイネルとしては一刻も早く、エヴァンズに朗報を報せてやりたかった。
「よし、そろそろ出よう。荷物を馬車へ運び込め」
聖騎士セニアを荷物呼ばわりすることに、ハイネルは暗い喜びを覚えた。
部下たちが数人がかりで、縛り上げた上に猿ぐつわまではめたセニアを馬車に運び込む。
ハイネルは聖剣を腰に差して凱旋したい気持ちを抑えて、馬車の隅に安置した。
「罠にさわるなよ。いま、発動すれば我々まで死んでしまう」
ハイネルは部下たちに告げる。
アスロック王国の考案した毒馬車の罠だ。罠を解除せずに扉を開けると、底部に仕込んだ筐体から毒煙が噴出する。かなり強力な毒煙を用いており、半径3ケルド(約6メートル)以上離れていても命が危ない。
当初は、主に盗賊などを一網打尽にするために使われていたものだ。単純な作りだが実によく引っかかる。
自分で持っているより、罠まで仕掛けた馬車に置いておく方が運ぶ面では安心だ。そして、万一セニアを奪還されたとしても、もろともに毒で殺すこともできる。
「私はセニアとは違う。これはアスロック王国の公的なものだ。私物として所持するのは間違っている」
ハイネルは聖剣を見下ろして呟いた。
なお、脱がせた鎧と盾は既に、ラトラップ川のドレシア帝国側に捨ててある。ドレシア帝国側にもセニアの身柄がアスロック王国の手にあることを知らせてやらねばならないからだ。
(ようやく、あの国の目も覚まさせてやれるな)
満足しつつ、ハイネルは部下たちに騎乗を命じた。
一人だけどうしても馬に乗れない部下がいる。
「エイゴ」
ハイネルは徒歩の部下に声をかけた。セニアによって愛馬を失った、2騎のうちの一人だ。
「お前に、セニアのこの馬車の、御者を命じる」
ハイネルは厳かに告げた。任務の結果、騎兵にとって魂の片割れともいえる愛馬を失ったエイゴへの慰めのつもりである。
「はっ」
エイゴもハイネルの意図が分かっている。感動で瞳をうるませていた。
「お前の愛馬の仇だ。憎しみを込めて、お前が死地へとこの偽聖騎士を送りこんでやるのだ」
やはり手足の骨ぐらい砕かせてやるのだったか。
ハイネルは数々あるセニアの悪行を思い出すにつけて、つい、甘い誘惑に負けそうになってしまう。
「はいっ。ハイネル様、このような名誉ある役目を頂き、本当にありがとうございます」
はらはらと涙を流してエイゴが礼を言う。
そしてキビキビとした動きで馬車の御者席へと乗った。実際のところ、エイゴの剣の腕前が優れているので適任だということもある。
「よし、みんな行くぞ。胸を張って、王都へと帰るのだ」
高らかに告げて、ハイネルは出発の号令をかけた。
それぞれの馬が走り出す。
偽聖騎士セニアにとっては死出の旅、正しく辛さに耐えてきたアスロック王国にとっては、栄光への旅路だ。そんなことを、馬上にてハイネルは思うのであった。
いつもお世話になります。
描いている分には楽しいハイネル劇場でした。セニアを無事に捕らえて、アスロック王国のため、移送しようという前段でありました。
セニアはどうなってしまうのか。楽しんでいただければとても嬉しいです。




