111 聖騎士捕縛2
「さて、見事な腕前ですが」
セニアの正気を察したのか、アンセルスが急に走り出した。
「待ちなさいっ、何を企んでいたのですっ?」
セニアはついアンセルスを追って駆け出してしまう。
商人のアンセルスの足では『自分からは逃げ切れるわけもない』という慢心も頭にあった。
(やはり、なにか企んでいたのね。せめてこの男だけでも捕らえないと、皆に合わせる顔がない)
アンセルスの禿頭を追ってセニアは藪を掻き分ける。
「泣き落としに、ほだされる程度の覚悟で何がなせると仰るので?」
言葉を残して、アンセルスの禿頭が藪の中に消えた。
探す時間すらセニアには与えられない。
重たい、いくつもの足音が接近してくる。
「くっ」
セニアは腕でとっさに顔を庇ってしまう。
木々の合間から、騎兵が飛び出してきた。10騎ほどはいるだろうか。
やはり罠だったのだ。
(それでも、たった10騎なら、私は切り抜けられる)
聖剣を鞘から抜き放って構え、セニアは臨戦態勢を取る。
途中で罠に見舞われることまでは予定調和ではあった。罠を力技で切り抜けてから、藪や森を利用して魔塔を目指す腹積もりだったのだから。
「ほぅ、これはこれはセニア嬢。お久し振りですな。こんなところに今更ノコノコ現れるとは。アイシラ殿の手の者は、実に上手くやったようです」
先頭にいる、見事な白馬に跨った騎兵。金髪の整った顔立ち、引き締まった体躯。エヴァンズの腹心、騎士団長のハイネルだ。
(これは、いきなり際どい勝負になるわね)
セニアは背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
アスロック王国にいたときも、一対一でも武芸では互角の腕前だった。今は一対十なのだ。
「まぁ、実力もないのに、しゃしゃり出たがるあなたのことだ。こちらが下手に出て頼めば、図に乗ってあらわれると、分かりきっていましたがね」
氷の魔槍ミレディン。柄も穂先もすべて純白の槍を馬上でしごきながらハイネルが言う。
「私はあなた達からの依頼を受けてここにいます。助けようと戻ってきた、善意の者に、暴力でもって応じようというのですか?私も協力します。民のため魔塔を倒すことを優先しませんか?」
駄目だろうと思っていても口ではそう言いながら、セニアはじりじりと後ずさる。
「他国の魔塔を、しかも他人の手柄を横取りにしただけの口がっ!何をほざくのだっ!」
ハイネルが激高した。端正な顔を怨念で醜く歪ませて叫ぶ。
凝り固まった怨念を今更、口先だけで解きほぐせるとは、さすがのセニアにも不可能だと分かる。
「貴様のような女が、当代の聖騎士であったことが、エヴァンズ殿下始めアスロック王国の悲劇であった」
この言い回し。まるで武芸に優れたエヴァンズと対峙しているような錯覚をセニアは抱いた。束の間、断罪されたときの惨めな気持ちを思い出す。
「かかれっ!」
ハイネルの号令ですぐさまセニアも我に返った。
騎兵が散開し、正面から2騎が突きかかってくる。
セニアは両手で聖剣を持ち、素早く横薙ぎに振るって、馬の脚を斬った。盾はまだ背中に負ったままだ。
落馬した2騎を後目にセニアは逃げようとした。
ハイネルが表情を変えずに氷の魔槍ミレディンを振るう。
「くっ」
氷の礫が無数に飛んできた。鎧も手甲もない左の上腕を掠めて、セニアの肌に傷をつける。
逃げる間を失った。落馬した2騎がすぐに立ち上がって、槍を向ける。
「いいかっ!生け捕りにしろっ、必ずだっ!死ぬ以上の苦しみをエヴァンズ殿下に与えて頂くのだっ」
ハイネルが叫ぶ。
(そう簡単には)
セニアは正面の2人の槍を捌きつつ、自らの頭上に無数の閃光矢を生み、全方位に向けて放った。
「な、なんだ、これはっ」
まだ騎乗の兵士たちの、乗る馬が光に驚いて棹立ちになった。
(この隙に)
セニアは馬の怯んだ兵士の合間を抜ける腹積もりであった。
「小賢しいっ」
しかし、ハイネルとその愛馬だけは動じない。
「ぐ、ぅぅ」
セニアは上から振り下ろされた槍の重い一撃を何とか受け止める。
「ほうっ、相変わらず剣だけは巧みに扱うのですな」
あざけるようにハイネルが言う。
ハイネルの馬だけは足まで馬甲で守られている上、斬撃を避けるのだ。
(だめ、打ち合っては。逃げないと)
セニアは転がるようにして槍から逃れ、ハイネルと距離を取る。背中の盾も片手に持って構えた。
更に馬上からの槍による刺突の連撃をセニアは盾で受け流す。
ハイネルの足止めにより、残りの9人に取り囲まれた。
自分に向けられる槍の穂先を見て、セニアは覚悟を決める。ここにいるのは自分を確実に捕らえるため、選りすぐった兵士なのだ。
斬り倒さないと、到底逃れることは出来ない。
セニアは聖剣と盾を構えたまま、巨大な閃光矢を生み、弾けさせた。
「うわっ」
動揺を見せた一人。まだ若い兵士だ。
容赦なくセニアは袈裟斬りに斬りつける。
「ぐあぁ」
兵士が血を噴き出して斬られた兵士が倒れる。
「ラッセルゥッ!セニア、貴様ぁっ!魔物ではなく、人を斬るっ!それが聖騎士のやることかぁっ!」
ハイネルの悲痛な叫びがセニアの胸の内を抉る。
とにかく包囲の一角が崩れた。セニアはそこから藪の中へと駆け込む。
藪を抜けて、追いすがる騎兵の馬脚を斬って止める。
「舐めるなぁっ」
遠目に見える馬上で、ハイネルが槍を薙ぐ動作をした。
「きゃあっ」
防ぐも、盾を冷気の波が打った。衝撃によりセニアは無様に地面を転がった。
(ハイネルだけは振り払えない。このままでは)
やはりハイネルを避けては通れない。
セニアは立ち上がり、聖剣を構えてハイネルと対峙する。先程と同様、9人の兵士が槍を持って自分を取り囲む。だが、今度は一定の距離を取って、一向に攻撃してこない。
「どういう、つもりですか?」
転がって立ち上がるまでの僅かな間で心境の変化でもあったのか。見逃してくれるなら大歓迎だ。
「私は貴様とは違う。部下に余計な血を流させたくないのだ」
悠々と兵士の間を歩き、ハイネルがセニアに接近してきた。
「貴様が罪もない兵士を斬るような、人非人でもあるということが先のラッセルの犠牲でよく分かったからな」
ハイネルが低く、氷の魔槍ミレディンを構える。穂先を地面すれすれにまでつけていた。
槍のように冷気が伸びる。
「ぐっ」
足元近くまで至った冷気が無数の氷の槍となってセニアを襲う。
何とかセニアは後ろへ飛び退きながら盾で受ける。
盾のすぐ向こうにはハイネルがいた。
振り下ろすセニアの斬撃をハイネルが難なく避ける。
「っくうぅ」
鎧ごと槍の柄で脇腹を打たれた。
恐ろしいほどの力で体を飛ばされて、セニアは再び地面を転がされてしまう。
「弱い、弱過ぎる。何が聖騎士、何が水色の髪の聖女だ。我々はこんな女に踊らされ、苦しめられてきたのか」
怒りに震えながらハイネルがセニアを見下して告げる。
セニアは悔しさを覚えつつも、聖剣を杖代わりにして立ち上がった。ハイネルの腕前は、自分がアスロック王国にいた頃よりも更に鍛え上げられているようだ。
周りにいる兵士たちも、自分とハイネルの一騎打ちを観戦しているだけである。
(このままでは勝てない。やるしかない)
自分もアスロック王国時代にはなかった技術を身に着けているのだ。
セニアは腹を決めた。武芸では敵わない以上、神聖術に頼るしかない。
ありったけの法力を聖剣にこめる。
「うん?な、なんだ、その光は」
ほとばしる光に流石のハイネルも動揺をあらわにする。
集めた光をそのまま刃と成して、ハイネルに向けて放つ。
「な、なにっ、うわぁ」
避ける間もなく、光の刃に胸を貫かれるハイネル。
(え?)
胸を押さえ、しゃがみこむハイネルを見て、セニアは声を上げた。
無傷である。光刃は失敗したのだ。
「おのれっ、貴様っ、目くらましとは卑劣なやつめっ」
立ち上がり闇雲に槍を振り回すハイネル。
幸か不幸か、光量だけはあったので目潰しとなったらしい。他の兵士たちも似たような状態だ。
(今なら、逃げられる)
セニアは駆け出そうとする。
「そうはいきませんよ」
声がした。
思ったときにはもう、首筋に衝撃を受けていた。意識が遠のき、体が崩れ落ちる。
「だめっ、私は、魔塔を」
しがみつこうとしてもだめだ。意識が切り離されていく。
「アイシラ様のため、エヴァンズ殿下に大人しく処刑されてください」
薄れていく意識の中で、かろうじてセニアにはオレンジ色の髪だけが見えた。




