11 対談〜聖騎士敗北4
「申し訳ありません、セニア様。大変、無礼なことを申し上げました」
シェルダンが止める間もなく即座に平伏する。椅子から下りて頭を地面に打ちつけるまでが流れるように速い。カティアですら反応できないほどだ。ただ、いちいちこの反応のせいで話がまるで進まない。話をしたくなくて、わざとやっているのではないかと思えるほどだ。
「平伏するぐらいなら、最初から失礼なことを言わなければいいんだ」
クリフォードが立腹しつつも、どこか勝ち誇ったように言う。
(それなら、殿下も最初から尋ねなければいいのに)
セニアは苦笑を浮かべた。一体、自分が何をしようとしている、と2人は思っているのだろうか。
(アスロック王国ではないのだから。私はどのみち、悪くもない人を手討ちになんてしないけど)
シェルダンを手討ちにするなど、有りえないことだ。無論、アスロック王国にいたとして、シェルダンを斬るつもりなどないのだが。
「いえ、殿下、シェルダン殿、そうではなく。私も今、自分の力量を知りたいので。シェルダン殿に手合わせをして頂ければ、と」
できるだけ二人に角が立たないよう、言葉を選んでセニアは告げた。
ただし、シェルダンの身体は芝生に突っ伏したままである。
「あの、シェルダン殿、罰とか手討ちとかではないですからね。わざと負けるとかはなしですよ」
セニアは微笑んで平伏するシェルダンの背中に伝える。
クリフォードが打って変わって面白がるような顔になった。
「それはいいな。あれだけ大口を叩いたんだ。セニア殿の実力を、身を持って知るといい」
シェルダンが顔を上げた。考えるような表情だ。ただ、何を考えているのか、得体のしれないところもあって、初めて怖いとセニアは感じた。
「あの、私に足りないものを、思い知らせてくれると、そう期待してお願いしているので」
セニアは不安になって、言葉を重ねた。勝つのが無礼だ、などと言い出しかねない、ここまでのシェルダンの言動である。
「よし、では、早速、ここの訓練場へ」
クリフォードが乗り気になって立ち上がる。
「いえ、ここで」
シェルダンが正座したまま、異を唱えた。
「ここは庭園だ、兵士の訓練場が設けられているからそこで良いだろう?」
クリフォードが難色を示す。
何か考えがあるのだろうか。それに乗ることでセニアは負ける可能性すらある。
「クリフォード殿下、私はここでも良いですよ」
セニアも取りなすように言う。勝ち負けが目的ではないのだ、と自分に言い聞かせる。
「庭師の方には申し訳ありませんが、その方がセニア様には宜しいかと」
シェルダンが落ち着き払って言う。ここに来て平伏ばかりしてはいても、シェルダンが涼しい顔をずっと続けていたことにセニアは気付いた。心底、恐れ入った、という風情はないのである。
父がなぜ、急場とはいえシェルダンと一緒に魔塔へ登ろうとしたか分かってきた。
「分かった。なら、ここに訓練用の木剣を2本、持って来させるから好きにするといい」
半ば投げやりな様子でクリフォードがうなずく。更に従者を訓練場へと走らせる。
数分後、従者が持ってきてくれた木剣を、セニアとシェルダンがそれぞれ手に取った。
軽く振ってから、セニアはシェルダンと向き合う。シェルダンの方は試しすらしなかった。
「では、始め」
クリフォードの合図を受けて、セニアは正面からシェルダンに斬りかかる。
その場に立ったまま、シェルダンが自らの木剣でセニアの斬撃を受け止める。
(あれ?)
数合、更に打ち合う。
身体強化の魔術を使っているらしく、シェルダンの動きも速く鋭い。が、歴代聖騎士の中でも特に剣技を得意とする自分には遠く及ばない腕前だ。
弱くはないし、軽装歩兵も支給された片刃剣をよく振るうので、鍛錬はしっかりと積んでいるようだ。並の兵士よりは段違いに強いだろう。
(でも、なんとか食らいつくのが精一杯って感じだわ)
セニアは力と技でシェルダンを圧していく。
(私、本当にこの人より弱いの?)
疑問に感じてしまうほど、セニアとシェルダンでは実力に隔たりがある。勝てる、と言っていたのはただの挑発だったのか。
セニアは勝負を決すべく大きく踏み込んだ。
木剣を振り下ろす。シェルダンも切り上げていたが、衝突の瞬間、力で弾き飛ばしてやった。
無手になったシェルダンが降参せず、後ろへ飛び退いて大きく距離をとった。
(勝てる)
セニアは木剣を振り上げて、シェルダンを打ち据えようとする。
振り下ろそうとした木剣。
シェルダンが上着をたくし上げて、腹の何かを解いた。
「あっ」
思ったときにはもう、木剣に鎖が巻き付き、セニアは芝生の上に引き倒されていた。首筋には鋭利な鎌の刃がつきつけられている。
首元が痛い。シェルダンの膝が背中の急所に置かれているようだ。
「卑怯なっ!」
クリフォードが怒鳴る。
「誰も、剣術の勝負とは申し上げておりません。戦いでは私の勝ちですね」
淡々とシェルダンが告げる。
セニアの上からシェルダンがどいた。
地面に引き倒すことになると分かっていたから芝生の上が良いと言ったのだろう。どれだけ先を読んでいたのか。鎖鎌を使われたことよりも、全てが掌の上であったようなことが敗北感を増していた。
「ぬぅ、しかし」
なぜかセニア本人よりもクリフォードのほうが腹を立てている。
「実力が勝敗の全てではありません。セニア様より弱い私でもこの手を使えば勝てる、と最初から踏んでおりました。難なら私は、自分の方が強い、とすら申し上げていない」
言いたいだけ気の済むまで言うと、静かにシェルダンが平伏した。
「しかし、卑劣な手で聖騎士セニア様を侮辱したことは間違いのない事実であります」
先程の平伏とは違う。何か覚悟を決めたような気配を醸し出している。
「私の首を、セニア様自らに討って頂ければ。家門が自分の代で途絶えることは無念でありますが」
なぜ、手合わせの模擬戦に負けて、勝った相手の首を討たなくてはならないのか。さすがにセニアにも、シェルダンの頭の中身がさっぱり分からなくなる。
「いや、君は何を言っているんだ?確かに卑怯な、とは言ったが」
さすがのクリフォードも呆れ果てている。
シェルダンの思考についていけないのだ。
「わ、私もそんなことは望んでません」
セニアも言い添えた。ただ、嫌な予感がする。
首を討て、と言ったシェルダン本人の手には鎖鎌がある。
「かしこまりました、では」
シェルダンが上体を起こし、首に鎌の刃を当てて、自決しようとする。
(なんで?)
あまりのことに不意をつかれ、セニアは反応が遅れた。
間に合わない。目の前で人を死なせてしまう。
思ったとき、ガツン、と大きな音が響く。
カティアが手元のお盆で、シェルダンの頭を殴ったのだ。更に数度、音が響く。
「あら、頭の中身が硬い人は、頭の外側も硬いのですね」
薄く笑みを浮かべ、カティアが凹んだ金属製のお盆をしげしげと見つめて言う。
圧倒されたようにシェルダンの動きも止まる。
「シェルダン殿に、私も腕を上げたくて挑んだ結果です。打ち負かされたぐらいであなたの死など望みませんわ」
セニアはこの機会を逃すまいと言った。
クリフォードも頷いている。
「私もだ、卑怯な、と言ったのは忘れてくれ」
お盆で殴った本人のカティアがなぜだか、吹き出しそうな顔をしている。シェルダンが来てからカティアの感情と表情の動きがセニアにはまるで理解できない。
「はぁ、それでは自決はやめにするとしましょう。侍女殿にもご面倒を」
シェルダンがまた頭を下げて立ち上がる。自決したにしてはいやにあっさりとした態度だった。
「いいえ、久しぶりに面白かったから良いですわ」
何が面白かったというのか、やはりセニアにはカティアの考えがわからない。
「では、失礼をいたします」
丁重な態度でシェルダンが一礼して、二人の前から去っていく。なぜだかカティアも一緒だ。自分もクリフォードも全てこの2人の掌で踊っていただけなのではないか。
魔塔を征するのには、いま、どうしようもなく自分には実力が足りないのだ、ということだけかセニアには分かった。
そして、果たして1か月後、セニアはシェルダンの予想どおり、皇都にてゴドヴァンとの対決で敗れ、聖剣を召し上げられてしまったのだった。