109 聖騎士の足取り2
「で、どうしたのかね?こんなところで。皇都で頑張っているんだとばかり思っていたが」
いたずらっぽく笑ってレイダンがイリスを見て尋ねる。
「こんな可愛いお嬢さんと一緒だなんて、恋人さんかな?」
レイダンの問に、ペイドランは赤くなって俯いた。
(恋人同士に見えるんなら嬉しいな)
惚気けたことをつい、思ってしまうのだった。
「私はイリスって言います。聖騎士セニア様の従者です」
礼儀正しくイリスが名乗る。きりっとした横顔にペイドランはつい見惚れてしまう。きりっとしていても可愛いのである。
「ペッドとはまだ出会ってから、時間経ってないけど、はい、お付き合いしてます。ルベントに噴水のキレイな広場があるっていうから」
恥じらいつつもイリスが一芝居打ってくれた。
セニア出奔のことは極秘事項だ。たとえ相手がシェルダンの父レイダンでも言えない。
(芝居でも、付き合ってるって言われるのも嬉しいな)
まだ、ペイドランは明確には交際を申し込めていなかった。デートには応じてくれるので、だいぶ親しくなれたとは思っているのだが。
レイダンが聖騎士セニアの従者と聞いて、ほう、という顔をする。
「あぁ、そうか。また、君もセニア様の魔塔攻略に巻き込まれたのか」
急にレイダンが勝手に納得した。ウンウンと頷いている。君も、というのは失った息子シェルダンのことを言っているのだろうか。
「え?」
どういうことか分からず、ペイドランは訊き返してしまう。
イリスも意外そうだ。
「うん?セニア様もルベントにいらしていたよ。お忍びという感じではあったが。アスロックへ、魔塔攻略のために侵攻するという噂は聞いてるよ」
さらりとレイダンがとんでもないことを言う。
セニアを目撃したのだ。レイダンも当然、シェルダン同様、アスロック王国の出身だ。たとえ髪色を隠していても、セニアを見間違うことなどないだろう。
「シェルダンを失った私としては、複雑な心境だがね」
悲しげな口調でレイダンが言った。
セニアを目撃した後に自分とイリスを見かけたから、気になって声をかけたのだろう。
「ちょ、ちょっと待って、レイダンおじさま」
イリスが口を挟んだ。
(おじさまって言い方、イリスちゃん、可愛いな)
こんなときでも、ペイドランはイリスの可愛さにほっこりしてしまう。
「セニアを見たんですか?どこで?」
先走る気持ちのあまり、なりふり構わない質問をイリスがしてしまう。セニアへの敬称も忘れている。
ペイドランには止める間もなかった。
「うん?」
面白がるような顔をレイダンがする。優しそうな人だが甘く見てはいけない。あの、シェルダンの父親である。
セニアを探していたこと、行方不明であることが、確実に一瞬でバレた。
「うん?一緒に行動しているわけじゃなかったのかな?」
失言だったことを教えてくれるだけ、レイダンは優しい。シェルダンならば黙っていただろう。
「あっ」
イリスが慌てて口をふさぐ。
いくらシェルダンの父親とはいえ、一般人である。ホイホイと口外していいことではない。セニアの不在、一般民衆を不安にさせるには十分過ぎる話題だ。
「街の外れで見たよ。西側のね。繰り返すが人目を忍ぶような。極秘の任務中かと思っていたよ。髪を隠していたがね、元アスロック王国の民なら顔だけ見れば誰でも分かる」
ニヤリと笑ってレイダンが言う。
「ご無事だったよ、もし心配をしていたのなら、安心するといいよ」
こういう思いやりをサラリと見せてくれるのも、レイダンの優しさだ。知り得た情報を悪用するつもりはないと示してくれている。
「それは、良かったけど。それ、いつのことですか?」
イリスがそわそわしたような、落ち着かない口調で尋ねる。
元気で闊達な印象のあるイリスには珍しい反応だ。
「もう2日も前のことだよ。この街を出た可能性が高い。もし、セニア様にその気があったのなら、今頃は国境すら越えたかもしれないよ」
レイダンが親切にも教えてくれる。国境の話を自ら出してくるなど、セニアに関するペイドランやイリスの事情を察していると言っているようなものだ。
「あ、ありがとうございます」
うつむいてイリスが礼を言う。
「じゃあ、俺たち、そろそろ行きます」
ペイドランは立ち上がった。
グズグズしている暇はないと分かったからだ。レイダンの言うとおりなら確かにもう国境を越えてアスロック王国に入っただろう。
(本当はセニア様が国境を越える前に接触したかったけど)
ペイドランはつかの間、引き返してクリフォードと合流すべきかを考える。
イリスと目があった。切迫した顔で急かすような視線だ。
「ね、ペッド、早く行きましょ。セニア様とはぐれちゃうわ」
今更ながら、はぐれただけ、と装うイリスが可愛い。
ペイドランは微笑んだ。
「待ちなさい」
有無を言わせぬ口調でレイダンが言う。
「え?」
イリスが自分の方に縋り付いて背中に隠れる。珍しい反応だ。触ってもらえてペイドランは不謹慎にもうれしいのたが。
「禿頭の男以外にも手練がそれとなく距離を置いて、ついていたよ。てっきり私はセニア様の護衛と思っていたがね。違うのなら侮ってはだめだよ」
レイダンの言っているのは剣士ミリアたちのことだろう。
ペイドランたちのように、セニアを追跡している人間が飛びついてきたら、不意を討って始末するつもりなのだ。
(そんな、簡単にやらせるもんか)
ペイドランは思う。今回はしっかり剣帯に100本の飛刀を持ってきているのだ。
「はい、一度は交戦してる相手ですから」
素直に頷いてペイドランは告げた。
「気をつけなさい。あと、ペイドラン君」
初めてレイダンが悩むような顔をした。
「うん、この件が落ち着いたらうちに来なさい。君には教えておきたいことがあるから」
そして、何かを踏ん切るかのようにレイダンが言う。
きっと、とても重要なことなのだ、とペイドランは思った。
「分かりました。絶対に行きます」
ペイドランはうなずき、イリスに背中を押されるようにしてレイダンから離れる。
ルベント中央噴水広場からかなり離れるまで、イリスに背中を押されてしまう。
「どうしたの?俺、君一筋だから、レイダンさんの話が縁談だとしても断るよ、絶対」
振り向いてペイドランはイリスに告げる。
イリスが真っ赤な顔をして俯いた。
「もうっ、真面目な話したかったのに、なんであんたはそう、うーっ、もうっ」
身悶えするようにイリスが怒り始めた。
「真面目な話?」
ペイドランは話の水を向けた。不自然にならないよう、今度は並んで歩き始める。
「ねぇ、シェルダンって人も、あんな感じだったの?」
イリスが不安そうな顔で並び、質問してきた。
「うん、似てたよ、なんで?」
ペイドランは訊き返した。イリスのしたい話がまだ分からない。
「いや、なんか油断ならない人だなって、思ったら途中から話してるの怖くなってきたの」
イリスの言いたいことも、ペイドランにはよく分かった。
密偵も兼ねていたころには、自分もシェルダンを恐れ警戒して近づかなかったものだ。
「そりゃ、私、失言したけど。それだけで全部バレるなんてさ」
イリスの立場からしたら、怖いのかもしれない。
「何を考えてるかも読めなくて。分かんなかったし。なんか怖かった」
しみじみとした顔でイリスが言う。
「うん、俺もシェルダン隊長とのことなければ、怖かったかも。でも、信じられる人たちだよ」
言うと、イリスがじとりとした視線をペイドランに向けてくる。
はぁーっとため息をついた。
「ほんと、あんたは。密偵向いてないわよ。軽装歩兵で良かったんじゃない?」
急にペイドランの話になった。イリスがニヤニヤ笑いをする。
「え?どういうこと?」
驚いてペイドランは訊き返す。
「可愛げがあってさ。嘘つくのは苦手。でも隠れるのとかは上手。密偵みたいなことは向いてないわよ。シェルダンって人が無理くり軽装歩兵にしたのも、その辺を見てたんじゃない?」
笑顔でイリスが言う。
必ずしも手放しで褒められているわけてはないようだが、それでも自分のことを見てもらえているようで、ペイドランは嬉しかった。




