108 聖騎士の足取り1
ペイドランはイリスとともにルベントの街を訪れていた。恋人たちの行き交う中央噴水広場にいる。
地道に皇都から聞き込みを続けて、アンセルスとセニアの足取りを追ったのだ。体力に優れるセニアの方はともかく、アンセルスの方は時折、休むなり食糧を買うなりで、食糧品店や小売店などで目撃されている。
また、セニアは目立つ水色の髪を布などで隠しているのかもしれない。同じ髪色の目撃情報はなかった。
「グスっ、私がもっと、優しくしてれば」
噴水脇のベンチに並んで腰掛ける。
打ちひしがれたイリスが何度目かも分からない後悔を口にする。
「仕方ないよ。あそこまでやるとは誰も思わなかった。イリスちゃんのせいじゃない」
ペイドランもペイドランで、何度目かも分からない慰めをイリスに投げかけた。
ミリアに強襲されてアンセルスをペイドランたちが見失った後。治療院に腹を刺された、という負傷者が担ぎ込まれたのだそうだ。折悪しくルフィナも他の深刻な病人を診察していた時だった。
その男の次にまた別の人を治療してもらうため、受付のものが診察室に行くと、もうセニアの姿はなかったのだという。
セニアにとっては治癒術士たちの目を盗んで、身をくらますぐらい、本気を出せば容易いことだ。身体能力が違い過ぎる。
「自分で自分の腹を刺してまで、セニア様といちかばちか接触するなんて、さ」
ペイドランはさらにつぶやいて言う。
アンセルスといえば、セニアにしてみれば本来、教練書を奪った敵のうちの一人だ。
ゲルングルン地方への案内を餌としたのだろうが、よりにもよって、そんな人間についていくなど、そこまでセニアが愚かだとは誰も思わない。
「どういう言われ方したのか知らないけど。みんなであんなに止めたのに。あんな奴にノコノコついてくなんて。俺、セニア様のほうが許せないよ」
苛立ちもあらわにペイドランは告げる。
「違うの、ペッド。私がね、間が悪くて、前の晩に大喧嘩しちゃったの。それできっとセニアったら意地になって。私、あんなのがセニアとの最後の会話になるの、やだよ」
イリスが言って、涙を流す。
その話も幾度となく聞いた。聞く限り、悪いのはしつこ過ぎるセニアの方だ。しかも、イリス相手に自分をダシに使ったことも許せない。
「イリスちゃんは、何も悪くない。助けてはやるけどさ、セニア様。でもクリフォード殿下とかから、こっぴどく叱られた方がいいよ」
本当はルベントのキレイな街並みも、こんな形ではなく、楽しい旅行やデートで訪れたかったのだ。
「おいしいお店とか、おしゃれな服屋さんに小物屋さん。観光名所とか、せっかくいろいろ知ってるのに」
ブツブツ文句を言うペイドラン。
急いではいるが間に合わないかもしれない、とペイドランは思う。ルベントまで来てしまった以上、国境までもうすぐというところだ。
(腹減った)
ペイドランは広場の隅に出ていた屋台から揚げた魚を挟んだパンを購入する。昼前だというのに、まだ朝食もとっていないのだ。
「ペッド、ありがとうね」
パンを受け取ったイリスが言う。時折、涙を流していた。跡がくっきり残っている。
「パンのこと?もっと食べる?」
ペイドランは自分の食べかけを見て告げる。うまくすれば間接キスだ。
「違うわよっ、もうっ」
イリスが久しぶりに笑ってくれた。
「追跡のこととか、聴き込みとか。私一人じゃどうしていいか、分かんなかった。前に、こそついているとか言ってごめん。本当にありがと」
照れくさそうにパンをかじりながら礼を言うイリス。
好きな女子から手放しで礼を言われて嬉しくないわけがない。
くすぐったい気持ちにペイドランは襲われる。ペイドランも照れ隠しにパンを頬張った。
「ペイドラン君かな?」
急に上から声がした。
気づかないなどありえない。弾かれたようにペイドランは顔を上げる。
しかし、相手を見て無理もないと納得した。
「あ、レイダンさん、お久しぶりです」
ペイドランは灰色の髪をした中年男性に告げる。
シェルダンの父レイダン・ビーズリー、本気で気配を消されると、たとえ自分でも気付きづらい相手ではある。
「誰、この人?」
ヒソヒソ声でイリスが尋ねてくる。
「シェルダン隊長のお父さんで、今は俺の鎖鎌の先生だよ」
ペイドランはイリスに紹介する。
対するレイダン本人は思考を読めない微笑みを浮かべて立っていた。
「え、ペッド、あんた、わざわざ先生について習ってたの?飛刀使えるのに?」
イリスがペイドランとレイダンとを見比べて尋ねる。
確かに言うとおりだが、飛刀は先日のように投げ切ると終わりだ。
「うん、頼んだら、特別だよって」
ペイドランは頷いて言う。シェルダンの死後、形見の鎖鎌をどうにか使いたくて、悩んだ末、シェルダンの父親に頼むことを思いついたのだった。
「倅は、魔力持ちで身体強化が使えたが、私は魔力なしでね。それでは使い方がだいぶ変わってくる。私に目をつけたペイドラン君の慧眼に免じて、教えてあげることにした」
微笑んでレイダンが言う。
「本当は家伝の技で門外不出なんだがね」
そこをあえて教えてくれるのには、シェルダンの死も影響しているのだろう。思うにつけ、ペイドランはまた寂しくなってしまった。
ルベントからの異動直前に直接頼んで習い始め、皇都グルーンに移ってからも手紙のやり取りをして教えてもらっている。
「へえー」
しげしげとイリスがレイダンを眺める。かなり不躾な態度であり、レイダンが怒り出さないかヒヤヒヤしてしまう。
「シェルダンって人、相当カッコ良かったんでしょ?」
声を潜めてイリスが尋ねてくる。声を小さくしてもこの距離では聞こえてしまうのだが。
「うーん、そうだね。女の人には人気あったよ。本人は気にもしてなかったけど。でも、どうして?」
戸惑いつつもペイドランは答える。
「だって、お父さんも渋くて格好良いじゃない」
イリスがレイダンを見て、ほれぼれと言う。
「じゃ、俺も渋くなるよ」
安直なことをペイドランは告げた。そう簡単になれるものでもないのかもしれないが、イリスに好かれたい一心である。
「あんたはあんたで良いとこあるから、大丈夫よ」
優しく微笑んでイリスが言う。
「まったく、私はマリエル一筋だよ」
苦笑いしてレイダンが告げる。
ふと、ペイドランはなぜこんなところにレイダンがいるのか気になってしまう。ルベントに住んでいるのは知っているが、中央噴水広場には若者が多く集まるのだ。
(何か大事な用でもあるのかも)
ペイドランはじっと、思考の読みづらいレイダンの顔を見つめた。




