107 対談〜第2皇子と軽装歩兵
カディスはドレシア帝国第2皇子クリフォードからの呼び出しを受けて、いろいろな意味で緊張していた。
茶色い光沢を放つ立派な木製扉を目の前にして深呼吸を1つし、意を決してノックをする。
「第2ディガー軍団軽装歩兵小隊第4分隊分隊長カディス・ルンカークであります」
ドアの外から名乗りを上げる。うるさ過ぎず聞こえないということもない、適切な音量であると思う。
「よく来てくれた」
驚いたことにクリフォード自らがドアを開けて招き入れてくれた。
中に入るも護衛も従者も置いていない。完全なる一対一である。嫌な予感がした。妙に焦っているような印象を、カディスはクリフォードから受ける。理由は見当もつかないのだが。
(まさか、シェルダン隊長のことがバレたわけではないと思うが)
自分で打ち消した。それならもっと、物々しく査問という形を取られるだろう。
「本日はお招きに」
跪いて挨拶しようとするカディスだが、クリフォードが制止する。
「呼び出したのは私からだし、一対一だ。堅苦しいのは不要だよ」
かえって嫌な予感が増すので止めてほしい。
「いえ、そのような、畏れ多いことです」
嫌な予感を抑え込みつつ、カディスは恐縮したふりをする。休職中とはいえ、姉の雇い主でもある皇族だ。失礼がないようにうまくやり過ごさねばならない。
万が一にもシェルダンの生存を知られれば面倒なことになる。未来の義兄がまた魔塔上層へ上ることとなるだろう。
そして、戦犯である自分をカティアがどうするのか。考えるだけでも恐ろしい。
「むしろ、いつも副官のペイドランを借りてばかりで済まないね。7人のところを、6人で働かせている格好だ。苦労をかけてきた」
クリフォードが労ってくれた。
少しだけカディスはホッとする。話し向きはペイドランのことだと、暗に仄めかしているような印象を受けた。
なんとなく、ペイドランが普通でないことはルベントにいたときから察していたのだ。まして、シェルダンが魔塔上層に連れて行ったほど腕が立つ。ペイドランのことでなら、妙な呼び出しにもカディス自身は納得が出来る。
「ペイドランのことで、何か?」
カディスは慎重に尋ねる。
「いや、まずペイドランを次の魔塔攻略の際、私が借りる気でいた事は、聡明そうな君なら察していたと思うが」
クリフォードが切り出した。
元子爵家令息の貴族とはいえ、没落した下級貴族である。まったく面識のない、間柄だ。何を根拠に聡明そう、というのか。
それでもカディスは頷いた。
「はい、殿下の侍女をしていたカティア・ルンカークは私の姉です。上司はあのシェルダン・ビーズリー隊長でしたから。有能な軽装歩兵を御活用になることは、その」
うまく言葉が出てこなかった。場にふさわしく、状況もとらえていて、かつ、シェルダンの生存が匂わない言い回しというのは、さすがに難しい。
「うん。シェルダンのことは残念だった。公表はしていないが、彼はあの魔塔攻略では極めて有効な戦力だった。軽装歩兵が魔塔攻略に役立つことも立証してくれたよ。彼がいてくれたら、と今も思うほどだ」
クリフォードが言葉を切った。
表情は殺しているはずだ。他人事のようにシェルダンのことを口にするクリフォードを、はっきりカディスは嫌悪した。
(姉さんが怒るのも無理ないな)
心の中で、カディスは呟いた。
「シェルダンがいてくれれば、セニア殿の――」
そのせいでクリフォードのぼやきを聞き逃してしまう。
「殿下、シェルダン隊長が何か?」
我に返ってカディスは聴き直す。不敬に当たらないかと冷や汗をかく。
「いや、何でもない。ただ、労う場も設けられないまま、彼を死なせて、カティアはまだ立ち直れていないそうじゃないか」
どこか上の空でクリフォードが言う。やはり他人事のような口振りだ。
カディスはムッとするも、耐えた。
公表していないが、ではないのである。もっと感謝すべきだ。カティアからの又聞きではあるが、シェルダン抜きでは戦いにすらならなかったのだから。
「そのシェルダンが認めて仕込もうとした人材がペイドランだ。私としては、本当は軽装歩兵どころか側近として横に置いときたいぐらいなんだがね」
クリフォードが微笑みを浮かべたまま告げる。
ペイドランを気の毒にカディスは思う。好きな女の子との交際を年相応に楽しんでいるところ。命がけの魔塔攻略に巻き込まれて、泣きたいぐらいなのではないか。
「私もペイドランも軍人です。殿下からの軍令となれば否やはありえませんが。ペイドランはそちらのご関係者の女性と交際している様子ですが」
女性まで使ってペイドランを使おうとしていることを、カディスは指摘する。1言ぐらいは言わないといられない気分にされた。
「あぁ、あれは嬉しい誤算でね。セニア殿の従者イリス嬢にペイドランが惚れた。イリスも満更でもない。若い二人が両思いなら良いじゃないか」
しれっと何食わぬ顔で返されてしまう。
あまり効果はなかった。皮肉が通じていない。カディスは内心でため息をついた。
「では、次に魔塔を攻略することがあれば、我が隊はペイドラン抜き、6人で運用いたします。その下話を今日は私ごときのために、殿下自らがしようと?」
カディスは話を戻した。
「それなんだが」
クリフォードが弱々しく苦笑した。いかにも困っているという顔だ。
「もう既に借りている。事後ですまないが、しばらくペイドランを私の手足として使い続けたい」
カディスは目を瞠る。想像を超えた事態だ。
「まだ詳細を教えることは出来ないが、ペイドランには人探しをしてもらっている。既にルベントへ向かっているよ」
こともなげにいうクリフォード。
(これは)
カディスにはもう1つの事態しか思い浮かべられなかった。
(これは、隊長のことがバレたのか?)
人探し、つまりシェルダンを探しているのではないか。
ルベント、というのも正にそういうことではないか。
「なぜ、私を呼び出されたのですか?」
カディスはさらに警戒を強めて尋ねる。なぜ呼ばれたのか。確証がないからか、シェルダンに対する探りを入れたいのかもしれない。
「いずれ私は皇都駐留の第2ディガー軍団とともに、アスロック侵攻につくわけだが。出陣する前からペイドランは不在となる。他の隊員や周りの分隊に怪しまれぬよう、上手くやってもらいたい」
挙げ句、何のつもりか、よくわからない指示をクリフォードが飛ばしてきた。上手くやれ、とはどういうことなのか。
(やはり、隊長、いや義兄さんのことがバレたに違いない)
カディスは下腹に力を込めてクリフォードを睨みつける。
先日、シェルダンたちからはまた連名でプロポーズ実施の連絡があったばかりだ。今回の任務でシェルダンが無事生還したら、いよいよカディス含めて両家の顔合わせをする手筈である。
「何をどう怒っているのか知らないが、ペイドランは元々密偵だ。ゴドヴァン殿とルフィナ殿に使われていて、この手の仕事には慣れている。君がどう感じようと手放せない」
クリフォードがたじろぎつつも意地になった顔で言う。
ペイドランの話で誤魔化そうとしているのだ。
ただ、一介の軽装歩兵の身で、なぜペイドランが2人の婚約式に呼ばれたのかはこれで判明した。
「では、ペイドランはお二人の用向きで?」
カディスは探りを入れた。
「いや、私の依頼だ。繰り返すがペイドランは私の腹心に欲しいぐらいなんだよ。少し魔塔のことを一緒に振り返っても、実によく覚えていて有能だ」
少し剣呑な響きをクリフォードの言葉も帯びてきた。
「あくまで、ペイドランの身分は私の副官で軽装歩兵ということですが?」
仕方なくカディスもペイドランの話に戻らざるを得なくなった。
「あぁ、分かっている。死んだシェルダンが密偵から外して軽装歩兵にしろと言ってたから、今の形なんだ。ましてや、わざわざシェルダンの元副官である君につけたのもそういう配慮だ」
クリフォードが苛立ちもあらわに言う。
おや、とカディスは思った。いま、死んだシェルダンと言い切ってしまったのを、聞き逃してはいない。
(やはり、殿下の中ではまだ、義兄さんは死んだまま、か)
カディスは考え込んだ。
「まったく、シェルダンがいれば、いなくなってもどうにかしてくれたかもしれないのに」
さらにクリフォードがぼやいた。
やはり探しているのはシェルダンではないようだ。誰だかは話の内容からは分からず、クリフォードも言うつもりはないようだが。カディスもシェルダンでさえなければ、あとは誰でも良かった。
「とにかく、いまは非常事態で、ペイドランの力を借りざるを得ない。君には悪いが、ペイドランはしばらく私が使う。了承したまえ」
無理矢理、話を打ち切られて、カディスは皇城を後にする。
結局、何のために呼ばれたのかはよく分からなかった。
(殿下は相当、動揺してらっしゃったが。いなくなったのは誰なんだ?)
カディスは思いつつも頭を切り替えた。
「とにかく、バレていないようだ。姉さんたちに教えてやるか」
今頃、シェルダン自身もルベントにはおらず、アスロック王国との国境付近だろう。クリフォードやペイドランとばったり会う心配もない。
考えても仕方のないことをカディスは考えないこととした。
いつもお世話になっております。黒笠です。
相当に動揺しているクリフォードでした。
炎魔術以外からきしの人が随分頑張っているな、と私などは思うのですが。少し甘いでしょうか。
やはり彼が輝くのは魔塔で炎を乱射しているときだけなのでしょうか。そもそもあのときは、本当に彼は輝けていたのでしょうか。
私にも分からなくなってきました。
登場人物たちもだいぶ増えてきましたが、誰が活躍してくれて、ここまでご覧いだけているのでしょう。
この人、待ってるのに!って登場人物がいれば、ぜひ教えていただけるととても嬉しい限りです。




