106 ゲルングルン地方侵攻2
ラトラップ川から離れた崖の中に空いた洞穴。
シェルダンたちの接近に感づいて、15体ほどのスケルトンがわらわらと出てきた。
「あいつは」
早速、ガードナーがメイスンに核骨の位置を伝えようとする。核骨を砕けばスケルトンは崩れるので、間違った対応ではない。
「いい。5秒やるから魔術を放て」
メイスンが言い、前に出た。半分ほどを一人で引き受けている。
シェルダンは2人を横目で見つつ、5体ほどのスケルトンを鎖分銅で続けざまに片付ける。
(1、2、3)
面白くなってシェルダンも頭の中で秒を数える。試し、というのはいつでも楽しみなものだ。
きっかり7秒後。
(やばいな)
思っていたよりはるかに強い魔力を発している。黄色い円陣がガードナーの前に浮かんでいた。クリフォード以外にも魔術の円陣を顕現できるものがいることに、シェルダンは驚く。
シェルダンはとっさに顔を背けて腕で目を守る。
「サンダーボルト」
ガードナーが別人のように落ち着いた声で発すると、雷光が洞穴の中でほとばしる。
「ひ、ひえええええ」
直後、いつもの甲高い、耳障りなガードナーの悲鳴が響く。何かしくじったのだろうか。心配にはなるが、シェルダンも若干、目が眩んでいる。
「うおおっ」
「な、なんだなんだ」
ハンターやハンスなども不意をつかれて声を上げていた。
「全く、お前は!活躍したときぐらい胸を張れえっ」
視界が戻る。
メイスンがうずくまるガードナーを叱責している。どうやらあらかじめ魔術を撃つと把握していたので、目を庇ったようだ。
消し炭となったスケルトンの残骸、骨が辺りに散らばっている。核骨ごと消し飛ばしたようだ。
「すいません、すいません」
頭を抱えてガタガタと震えているガードナー。自分でも想像以上の威力だったのだろう。
ハンターら他の隊員たちも、視界が戻った者から順に驚愕の表情を浮かべる。
「すげえな、こりゃ。サーペントでも消し飛ぶんじゃねえか?」
ハンスが震え声を出して言う。
属性の相性はあるが、他の軽装歩兵の分隊では倒せない敵も今後、倒せるようになる。そんな可能性を感じさせる一撃ではあった。
「な、なっ、7秒、かかっちゃいました。す、すいません。そ、それにこ、こんな、ぼ、ぼく、い、いちいち、こ、腰抜けそう、あ、我慢します」
ガードナーがメイスンを見上げ、睨まれてしまい、最後だけ勇気を見せた。もちろん、我慢はできていない。既に腰は抜かしている。
シェルダンも軽く驚いていた。
クリフォードなどとは比べるべくもないが、かなりの威力がある。予想以上に使えるかもしれない。
(しかし、幼い時から然るべき教育を受けてたら、こいつ、どうなっていたんだ?)
シェルダンは何か鳥肌が立つのを感じる。
レンドックが口を開くたび、始めるのが遅すぎた、と嘆くのも分かる気がした。
他の呪文はまだどうかわからないが、見事なサンダーボルトであった、とシェルダンは思う。
「よし、やはり5秒だ。もっと短縮しろ」
満足気にメイスンが言う。
何かガードナーと接する取っ掛かりを掴んだのかもしれない。また、メイスン本人としては、ここぞ、という場面、自らの判断でガードナーに機会を与え、成果を上げてくれたので嬉しいのだろう。
「威力は良かったぞ。本職の魔術師並みだろう。だが、暗所では危険だ。もっと使える術、選択肢を増やすのだ」
褒めながら、メイスンが注文をつけている。一旦、面倒を見始めると、面倒見が良いのであった。
対するガードナーはただ縮こまっているだけなのだが。
「狙い通りですか?」
ハンターがシェルダンに近づいてきて尋ねる。
答えづらいことを聞かないでほしい。シェルダンは首を横に振った。
「よし、ここで夜営する。中を片付けるぞ」
一旦、シェルダンは全員に指示を出した。
シェルダンの指示を受けて、ハンス、ロウエン、リュッグが洞穴を片付け始めた。動けるスケルトンなどいないから骨の残骸の掃除である。メイスン、ガードナーも続く。
「他に選択肢が無かっただけだ」
前回の戦闘でも、ガードナーとメイスン、意外と馬が合っているようだった。
剣技に優れたメイスンと火力に優れる、予定のガードナーの連携を練り上げれば、隊としてはかなり強力になる。
つい、シェルダンは夢を見てしまうのであった。実際には人事異動のせいで練り上げる前に2人のうちどちらか、あるいは両方が隊を出ることもあり得るのだ。
中の安全を十分に確認した上で、一晩を洞穴で越すこととし、交代で入口を見張る。
シェルダンは、自分の番となって、瘴気で星も見えない祖国の夜空をぼんやりと見つめていた。この洞穴も、もともと知っている。
(万が一、ドレシアと戦闘になって、敗走した場合の隠れ場所のつもりだった)
当時は、自分がドレシア帝国軍に所属し、攻め込む側に回るとは思いもしなかった。
他にも何箇所か潜む場所、橋に川、崖など使えそうな地勢は知悉しておいてある。上官たちが当てにならない分、生き延びるため、自分達ですべてを判断するしかなかったのだ。
「隊長」
洞穴の中から、ハンターが姿をあらわして声をかけてきた。
交代の時間にはまだ早い。何か話があるのだろう。
思っていると案の定、断りもなくシェルダンの隣に腰掛けてきた。
「敵の軍、全く出てきませんが。どう見ます?」
やはりハンターのようなベテランも気になるのだ。
一般の兵士には、アスロック王国への侵攻との指示は出ているものの、詳細は都度、軍令で出すとのこと。嫌でも気になってしまう。
「ゲルングルン地方の価値が、アスロックの中では低いのだろうな」
言われて、頭の中でシェルダンも考えをまとめる。今までは祖国への侵攻ということで、とりとめもない感慨も強く抱いていたのだが。
「ここまで、魔塔から溢れる魔物で荒廃した土地だ。ドレシアでは違ったが、魔塔が立ったなら近くの住人は避難したほうがいい」
シェルダンはロウエンの故郷ソウカ村を思い起こして言う。サーペントに食われかけた村だ。
「一般人も、そういや見かけなかったですな」
ハンターも思い出しつつ相槌を打った。
もはや生産能力もなく、税収も何もない領土なのだろう。元々肥沃な土地柄だったらしいのだが。
「だから防衛するのに、余分な力を使う愚を避けたんじゃないかな」
シェルダンは口に出すごとに考えが先に進んでいくような感覚におちいる。
「むしろ、ドレシアが魔塔を攻略するつもりなら、それはやらせる。セニア様もドレシアにいるのだからな」
それも、魔塔を倒したがっている聖騎士である。
生き急いでいるあの姿を思い出すにつけ、シェルダンは心配になってしまう。
「ははっ、面倒事は全部うちの国任せですか」
乾いた笑い声をハンターが上げた。
「それだけなら、まだいい」
シェルダンはさらに続ける。
「ゲルングルン地方の掃除をドレシアにやらせた上での奪還。その辺が一番ありそうだ、と俺は思うな」
ハンターが嫌な顔をした。
「作戦としては賢くないか?魔物も魔塔も隣に助けてもらって。しかも魔塔とやりあえばうちも相当に疲弊しているだろうから、勝ち目も上がる」
シェルダンの言葉にますますハンターが嫌な顔をした。
こっちが嫌がるのが、敵にとっては良い作戦なのだ。
「なら、敵兵と戦わなくて良かった、とは思えねえですな」
ハンターが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「そうだな、こちらとしては出来るだけ戦力、体力を温存した状態で魔塔攻略をなす、そこが最初の勝負だろうな」
シェルダンは笑ってハンターに告げた。笑うしかない。
アスロック王国がしっかりしていれば、戦争も魔塔攻略も不要であるところ、両方する羽目になっているのだから。
「そうすると、隊長」
ハンターが言いかける。
「あぁ、魔塔攻略をより少ない労力でできるか、ということなら、聖騎士セニア様の働きが鍵となってくるな」
回復術までしっかり身につけて、ゴドヴァン、ルフィナ、クリフォード、ペイドランなどと連携してくれれば、そう難しい話でもないだろう、とシェルダンは思った。
「あの人も成長したようだから、そこまで深刻になることでもないさ」
笑ってシェルダンはハンターに告げた。
いつもお世話になっております。
久しぶりのシェルダン登場でありました。一応、主人公のままなのですが。すっかり影が薄く。本人はそれでいいのかもしれませんが(汗)
ガードナーの魔術もお披露目とさせて頂きました。ガードナー君、いかがだったでしょうか。
ただ、うずくまるだけではない姿も描きたかったので、個人的には楽しかったのですが。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。




