100 新生第7分隊〜ハンス3
翌日の夜、軍務を終えたシェルダンは着替えを済ませると、カティアを迎えにルンカーク家へと急ぐ。新調した薄青ボタンシャツに灰色のズボンという出で立ちだ。
「お待ちしてました」
ほんのりと頬を赤く染めてカティアが出迎えてくれる。いつもどおり優雅で美しい。レースのついた薄桃色のブラウスに薄い明るい茶色のロングスカートを身に着けている。
「やはり、そういう格好だと、鎖鎌が分からなくて良いですわね」
カティアがシェルダンの腹をツンツンとつつく。
ガチャガチャと鎖鎌がいつもの音を立てた。
「そういうカティア殿もいつもどおり美しいですよ」
シェルダンは自然と口にすることができた。もっと勇気のいることを今日は言う予定なのだ。多少、気障なことでも本音であればいくらでも言える、とシェルダンは思った。
「お上手ね」
クスクスと笑うカティアを連れて、シェルダンは以前、デートで食事をした、川辺にある料理屋の『ホワイトリバー』を訪れる。
白を基調とした外壁に、オレンジ色の灯りがきれいに映えていた。昼間の清廉なイメージとはまた違い、別の魅力を夜の顔は持つのだ、などとシェルダンは感慨を抱く。
「ここも随分久しぶりに感じますわ」
店内を見渡してカティアが言う。
以前には昼食を食べに来た。夜の時間帯に来ると、照明が温かくて、店内の雰囲気も少し変わる。日中は太陽光をうまく取り入れて明るい雰囲気を醸している店だ。
「えぇ、魔塔へ上がる前ですね。最後に来たのは」
自分の決意が見切られているのではないか。思いつつもシェルダンは応じた。
「お夕飯時もにぎわってるのね」
カティアがまっすぐにシェルダンの目を見つめた。
いたずらっぽい光を見るに、やはり自分の決意は伝わっている気がしてしまう。
(こういうとき、聡明な人と交際すると緊張してしまうな)
全ては手のひらの上、その上で自分は期待を超えられるのか。シェルダンはポケットの中にある指輪ケースを弄びつつ思う。
周囲にいるのは、恋人同士と思われる男女ばかりである。気づくな、という方が無理なのかもしれない、とシェルダンは思い直した。
これから夕飯を終えて、川辺も散策し、自分の無事を祈ってくれた神聖教会を背にしてプロポーズする予定である。
「美味しいですわね」
心ここにあらず、という顔でカティアが言う。まるで、シェルダンの緊張が伝染してしまったかのようだ。
「ええ」
揚げた魚を食べていても、今一つ味がわからない。
それでもカティアとの食事は楽しい。2人で歓談しつつ、料理とぶどう酒を嗜む。久しぶりのデートなのだ。
ホワイトリバーを後にする。
「少し、歩きましょう」
シェルダンはカティアの手を取った。2人で並んで散歩道を行く。
「風と川の音が気持ちいいですわね」
うっとりとした顔でカティアがシェルダンの肩に身を寄せて言う。
木々の合間から夜空の中に尖塔が見えてきた。神聖教会の1角だ。
夜間、神聖教会の正門前はなぜだか照明が施されている。温かく優しい照明であり、恋人たちの告白する場所としてよく使われていた。
「カティア殿」
シェルダンはプロポーズすべくカティアを正門前に誘おうとして目を見張った。
先客がいる。
ハンスがニーナの前で跪き、指輪を渡していた。何事かをハンスが告げると、ニーナが泣きそうになりながらもうなずき、指輪を受け取っている。
カティアもハンス達に気付いた。
さすがにハンスとニーナのいる前で、二番煎じのようなプロポーズはしたくなかった。待ってからノソノソ2人で出ていくのも雰囲気が台無しである。
何事もなかったように雑談して場所を変えるのだ。
「あー、カティア殿、ご存知でしたか?セニア様が現在、皇都グルーンの治療院で治療行為に勤しんでおられると。あの剣を振り回すばかりの人が変われば変わるものですね」
大失態である。
カティアの顔色が見るからに変わった。無表情になる。
「知りません」
硬い声でカティアが言う。
せめてもっと違う話題を繰り出すべきであった。なぜよりにもよって、女性にプロポーズしようというときに、別の女性の話題を出してしまったのか。
「セニア様、セニア様って。そんなにおっしゃるのなら、もう一度、セニア様と魔塔へ上ったらいかがですか?私、もう知りませんわっ。死んでないことも白状しに、皇都にでもどこにでも行ってくださいっ。帰りますっ」
カティアが小走りで駆けていく。
シェルダンは、離れていく華奢な背中を見送って、ため息をついた。
(今のは、俺が悪い)
だいぶ、しんどいことを反撃で言われてしまったが。
おそらくカティアも違う人間の話であれば、いつもどおり笑って応じてくれただろう。ハンスたちとプロポーズの場所が被ってしまったことも、良い思い出、笑い話に変えられたはずだ。
(なんで、よりによってセニア様を、くそ)
毒づきつつも、シェルダンはカティアの後をそっと追った。何を言われようとされようと、カティアの安全が第一だ。女性の夜歩きは危ない。
ちらりと、まだ話し込んでいるハンスとニーナに視線を送る。
(まったく。お幸せに、な)
ハンスらの幸せを祈りつつ、シェルダンはすたすたと歩き始めた。カティアがたとえ駆けていても、シェルダンならば歩いて追いつける。
一心不乱にカティアが駆けていく。時折、腕で涙を拭っているようだ。ひどく傷つけてしまったことに、シェルダンは心を痛める。
「何が鎖鎌、魔塔の功績だ」
吐き出すように呟いた。
功名心で良い気になっていたのではないか。シェルダンは自問する。どれだけのことをしたとしても、成し遂げたとしても、一緒になりたい人と幸せになれなかったなら意味がないではないか。
やがて、カティアがルンカーク家に到着する。父母に事情を説明もせずに、部屋へ駆け込んだようだ。すぐに灯りがついて、寝台に華奢な体が飛び込んでいた。
シェルダンはグッと指輪を握りしめる。
「まだ、許してもらえるのなら」
しっかり謝罪して、もう一度やり直すのだ。そのうえで拒絶されるならもう仕方がない。結局、女性の家までついてきてしまった格好だが、みっともなくとも何でも、シェルダンはカティアにお詫びがしたいのであった。
いつもお世話になります。閲覧、感想投稿に応援、とても励みとなります。ありがとうございます。
なんだかだ、しながらも100話に到達しました。
ハンス君の場面でのキリ番到達に付き、需要度外視で、ハンス君のストーリーを書いてみようかと思っています。
もう一話、早ければカティアかシェルダンだったのですが。ハンス、えぇ、ハンスです。
上手くかける自信がまるで、ないのですが(汗)あくまで記念ものということで、ご了承ください。
なお、本編も上手くかけているのか?諸説あるかと思いますが、ご了承ください。
ただ、読んでくださる方にはいつも本当に感謝を。ありがとうございます。読んで頂けることが本当に嬉しいです。




