10 対談〜聖騎士敗北3
「いまだ生き残り、力を増しているであろうヒュドラドレイクを、お父上ほどには神聖術を扱えないセニア様が倒すのは不可能である、と私は考えます」
淡々とシェルダンが語る。
(こんな人が市井にいた、だなんて)
まだ半ば信じられない気持ちでセニアはシェルダンを見つめる。
(多分、嘘じゃない。お父様の死には疑問がいくつもあったし、あの国は)
シェルダンの話していた出来事は、当時のアスロック王国によって秘匿されたのではないか。国民に絶望を与えるような内容だ。それで、初陣の功績もなかったこととなり、シェルダンも誰にも知られぬまま、下級の軽装歩兵として歳月を重ねたのだろう。
「確かに私にはまだ父レナートほどの力はありません」
セニアは項垂れてしまう。
本来、聖騎士の業は男児が継ぐ。セニアは、父親が男児の誕生を待ったため、聖騎士としての訓練を始めたのが先代達よりも遅かった。そして、神聖術について手厚く手ほどきを受けることなく、父を亡くしてしまったのである。
光の刃、光属性の波動放出など、聖騎士ならではの技である『神聖術』を、まだまるで使えないのだ。実情は聖剣を振り回すだけの、ただの剣士なのである。
「剣術の腕前はお父上を上回っていらっしゃいますが、そちらのお力を卓越して使用された、とは聞きませんので」
シェルダンの視線が暗く、険しいものに変わる。
「今のセニア様では、私ごときにも敗れてしまうかもしれない、と。本日お目通りかない、そのように思い至りました」
言われてもセニアとしては不思議と悔しくはなかった。ただの無礼や挑発でこういうことを言う人物ではないと分かってきたからだ。
「何、それは」
むしろ、なぜかクリフォードのほうが腹を立ててくれている。
「クリフォード殿下、シェルダン殿は経験豊富な兵士です。何か根拠があって仰っているのでしょう」
セニアは取りなすつもりで言った。
「それに、シェルダン殿にはもう1つ聞きたいことがあるのではないですか?」
最初に幾つか、と言っていたセニアにも心当たりの問題である。
カティアが口を挟まず、じっとシェルダンの横顔を凝視していた。先程までの恐縮ばかりしているのを楽しむ様子から、敬意を込めたものに変わっている。
「あ、あぁ、そうだったね」
クリフォードが気を取り直して、また、シェルダンの方を向く。
「シェルダン、もう一つ聞きたいことがあるんだが、それについて。私と兄の間の争いは知っているかい?」
クリフォードが兄のことを持ち出して苦笑した。
「はぁ、噂程度ですが」
シェルダンが興味なさそうに相槌を打った。平伏をしていたのと同じ人物とは思えない。
「ふふふ」
なぜだか隣でカティアも楽しそうだ。
ドレシア帝国第1皇子のシオン・ドレシアと第2皇子のクリフォード・ドレシア。正室から生まれた年長の第1皇子と
妾腹出で年下の第2皇子である。本来ならばシオンが皇位を継ぐところであるが、魔術の素養があり、そちらの能力が高く、民に人気のあるクリフォードが現皇帝を迷わせた、らしい。結果、貴族も二分するような政争となりつつある。
「兄と私と、どちらが次の皇帝となるのか、大きな問題なのだが。まぁ、それはそれとして、ね。今度はセニア嬢を認める認めないの問題になってしまった」
クリフォードがすまなそうにセニアを見る。事あるごとにシオンがクリフォードに張り合っているのだという。詳しくは他国人であるセニアにも分からないのだが。
「いつもなら、私は炎魔術の研究に忙しい。兄の子供じみた茶々など放って置くのだが、さすがにセニア殿のことでは私も譲れない」
クリフォードに言われて何故かくすぐったいような心持ちにセニアはなってしまう。地方都市のルベントにいるのも第1皇子シオンからの干渉を避けてのことだった。
(でもやりすぎじゃないかしら。それに殿下、皇都での仕事とかはどうしてるの?)
実のところ、セニアから見てクリフォードはクリフォードで問題があるように見えるのだ。
「そして先日、またいちゃもんをつけてきてね。アスロック王国から亡命し、我が国の民となった以上、聖剣は皇室に納めるべきではないかとね」
クリフォードが苦々しい顔のまま告げる。
シェルダンが首を傾げた。
「しかし、セニア様などの聖騎士様のご使用でないと、聖剣はただの名剣に過ぎませんが。第1皇子殿下はそれについてはどのように?」
父とともに戦った事があるだけあって、シェルダンは聖剣のこともある程度知っているようだ。
「だから、私もセニア殿でないと使いこなせないから駄目だ、と主張したんだが、そこから話が逸れてね」
クリフォードには、聖騎士と聖剣の関係については伝えてあった。現皇帝の面前で、話をしてくれたらしいのだが。
「はぁ」
見るからにシェルダンが興味を持てなくて困惑している。身分が上の人達の、下らない足の引っ張りあいだから関係ないぐらいに思っているのだろう。侍女のカティアも話には興味がないようで、もっぱらシェルダンを眺めている。
「なんでも、兄上の配下にセニア殿よりも強く、聖剣を使いこなすに相応しい男がいるという。その男がセニア殿に勝てたなら、聖剣をその男に渡せというんだ」
クリフォードが困りきった顔で言う。クリフォードから話を聞かされたときには、第1皇子のしつこさに辟易したものだ。そして、聖剣がかかっている、となれば自分も負けられない。勝った後のことを考えると暗澹とした気分になる。
「ちなみにその、相手の方はどちら様ですか?」
シェルダンが丁寧な口調で尋ねる。第1皇子配下ということで、自分より身分が上の人間と分かりきっているからだ。
「ゴドヴァンという兄上の統括する騎士団長だ」
クリフォードが相手の名前を明かす。
セニアは会ったこともない男である。同じ軍属のシェルダンならばなにか知っているだろうか。しかし、シェルダンの表情にはなんの変化もない。
「私は魔術師で、剣の強い弱いには疎くてね。セニア殿が凄腕とは分かるのだが。まぁ、勝ってくれるだろうとは思っているが、軍人の君はどう思う?セニア殿はゴドヴァンに勝てるだろうか?」
クリフォードがセニアに微笑みかけて尋ねる。本来、単なる軽装歩兵にするべき話ではない。だが、セニアの恩人でもあり、凄腕ということで話すこととする。クリフォードと前夜に話し合ったのだった。
「極めて難しいのではないでしょうか」
先程もはっきり言い切ったことで、クリフォードをいきり立たせた遠慮があるのか。シェルダンが顔色を伺うように言う。
「なんだとっ?」
ただ、要するに勝てない、と言っているのでクリフォードが色をなした。
(殿下、お怒りになるのなら訊かない方が)
当の本人であるセニアのほうが呆れてしまう。短い付き合いでもクリフォードが根は聡明な人物だ、とセニアにもすぐ分かった。ただ、セニアのことになると若干、視野が狭まるようなところがある。そして悪化の一途を辿っていた。原因はわからないのだが。
「先程、申し上げた通り、今のセニア様では私にも勝てません。まして、腕利きの騎士団長様になど、勝てるわけもないでしょう」
シェルダンが俯きながらも言葉をはっきりと並べていく。隣ではやはりカティアが微笑んで、応援するようにそんなシェルダンを見つめていた。
「それにセニア様のアスロック王国での実績は立派でこそありましたが、魔物相手のもの。人間同士の立ち会いはまた別のものです」
シェルダンは縮こまりながらも理路整然、はっきりと言い切った。
(確かに、でも)
クリフォードが睨むようにシェルダンの話を聞いている。そもそもクリフォード本人からして、セニアの腕前も相手の腕前も知らないからこそシェルダンに尋ねたのだ。食ってかかる方が間違っている。
セニアは少し違うことを思っていた。直接会ってみて、シェルダンは自分の何かに失望したのだろう。
アスロック王国時代には、魔物を討伐しては手放しで感謝され、剣の腕前も聖騎士史上最高、とまで評価された。ただ、経験不足は自分でも否めない。魔物討伐といっても、すべて魔塔からあぶれ出てきた群れである。中にいる魔塔の主は愚か、各階層の上級魔物と対峙したことすら無いのだった。
(でも、何が?)
ただ、シェルダンが直接セニアに会ってみて、自分でも勝てる、と思うのはまた別の要因がある気がした。
(知りたい、いいえ、知らなきゃいけない。たとえクリフォード殿下の前で醜態を晒すことになってでも)
セニアはすっくとその場に立ち上がった。