年385 5/17
我々は夜明けとともに足早にベルナスを出発し、ウー=ハン共同体の首都フタイマンに向かった。
幸い、満潮になる前に本土へと戻ることが出来た。道すがら村に立ち寄り兵を募ったところ、4名の若者が加わってくれた。彼らは戦争に生涯を捧げるより、各地を見て回り世界を知りたいと話してくれた。このような考えを持つ者達が世界を変えていくのだろうが、この大陸ではそう上手くはいかない。だが決して無理というわけでもないだろう。
無事本土に到着した後、しばらくの間平原を進むことになった。この地域は馬賊団による隊商への略奪行為が頻繁に起こっており、大勢の護衛を雇える資金力を持つ裕福な商人でもなければ忽ちのうちに何もかも奪い去られてしまうだろう。
といっても奴らはロクな装備も持っておらず、数こそ多いもののクォリール海賊のように脅威的ではない。我々のような少数の部隊でも訓練された兵がいればまず襲われることはない。
この馬賊団に関しては逃げ足だけは一級品なため、周辺の国家も手を焼いており、しばしば賞金がかけられているようだ。街に滞在している間、仕事には困らなそうだ。
ウー=ハンの民達も他の国家同様、元々は別の大陸で生活しており、豊かな大草原が広がる地で遊牧民として平和に暮らしていたらしい。
だがその数が増えるにつれ、孤立して生活していた家族同士が互いに交流することを余儀なくされると、それぞれの家族が防衛のために団結し部族を形成した。緊張感が高まる中、ついに最初の激しい部族間の紛争が始まり、この紛争をきっかけに豊かな大草原に血が流れ始めた。
この機に乗じて彼らを征服せしめんとしたのが、のちに崩壊することになる旧ファマル皇国であった。大規模な艦隊を大平原へと向かわせ、征服戦争が始まろうとしていた。
この知らせを聞いたカイセルという男が争い続ける各部族へこのことを知らせ、迫る外敵へ対抗するため結束を呼び掛けた。彼の必死の呼びかけにより、各部族がカイセルの下へ集結し、彼を可汗、つまり指導者としてファマル皇国の侵略に対抗するための準備を始めた。
これが彼らの始まり、トゥーハン帝国の始まりである。
そして皇国の大艦隊が到着するまでの2年間、砦の建設や防衛兵器の準備を進め、ついに戦争が始まった。
この戦争は実に10年もの長期に及んだ。トゥーハンの防衛もむなしく、皇国は先進的な軍事兵器と軍隊により多くの部族を征服した。だがトゥーハンの思わぬ抵抗に苦戦したのも事実である。
結果皇国は長期にわたる軍事行動による本国の困窮、トゥーハン側は指導者であったカイセルの死を理由に一時的に休戦を結んだ。
だがトゥーハンの新たな指導者となったサハルは3年後皇国に宣戦布告、前回を上回る25年にわたる戦争が始まった。
結果としてトゥーハンはいくつかの部族を取り戻すことに成功したものの、サハルの指導者としてあまりにも配下を顧みない姿勢に各部族から反発の声が上がり、複数の部族が反乱を起こす事態となった。
反乱軍との内戦によってサハルは戦死し、弟のアザルがその跡を継いだが、皇国に下る部族が続出しており、もはや崩壊寸前であった。
そんな中有力な族長の一人であったウー=ハンは、彼に従う部族を率い、トゥーハンへの忠誠を捨てカラディアへと向かった。
その道中、不運にも皇国の軍との戦闘でウー=ハンは命を落としたが、彼の息子達と残りの部族達はカラディアへと上陸した。
ウー=ハンの4人の息子アルサムン、ラウルカン、パラマン、ウフィンが中心となり、大陸東方の平原を開拓し、街を築いた。彼らは父の命を奪った皇国への復讐を誓うとともに、故郷で実現できなかった理想郷を作るため、伝統に基づきウー=ハンの3番目の息子パラマンを可汗へと擁立した。他の部族も彼を支持し、かくして先代の名を冠すウー=ハン共同体が誕生した。
彼らは遊牧民として生活していため馬の扱いに非常に長けており、全ての兵が騎乗している。また弓の腕前もエルフ達を除けば大陸随一である。そのため弓と乗馬を極めた最上級兵こそ数が少ないものの、それ以外の兵達も十分な弓と乗馬の腕前を持っている。野戦はもちろん、攻城戦においても彼らの実力はいかんなく発揮できるだろう。是非部隊に加えたいところだ。
フタイマンの街並みも今まで訪れた場所とは一風違い、独特な街並みだ。家屋が所せましに並んでいるわけではなく、見慣れない円形の家屋やテントが疎らに建てられている。城壁の中で遊牧民の生活がそのまま再現されているようだ。
ベルナスでは逃げ出すように忙しなく動いていたため、ウー=ハンでは休息もかねて少しゆっくりすることにしよう。彼らの生活や弓の腕前も実際に見てみたい。目新しい事柄や発見はいくつになっても心躍るものである。




