おばあちゃんとの再会
最後にキヨミが来てからもう十年以上の月日が流れている。だというのに、三階建てのその家は、いまだに綺麗な姿を保っていた。
ミカの家である。
キヨミが知る唯一の手がかりといってもいいこの場所に再び戻ってきたのだ。
「ここが幼馴染が住んでたって家?」
「うん…小学校入る時に引っ越しちゃったけど」
そっと足を踏み入れる。
庭は手入れがされていて花が綺麗に並んでいる。
昔勝手に詰んで遊んだことをちょっとだけ反省をして、インターホンを鳴らした。
ケースケとショウの話では手頃な家を勝手に自分の住まいにしていることも多いという。
その一方で空き家も多く存在しているらしい。
誰か住んでいるのか、それとも誰もいないのか。そんなちょっとのことで緊張してしまう。
もしかしたら、昔のようにミカが出てくるのでは、そんな錯覚をして。
数秒の間をおいて、ドアが内側から開いた。
「…だぁれ?」
中から出てきたのは小さな男の子だった。
「ミカって男だったのか」
ケースケがボケだが本気だかわからない感想を口にしたが無視した。
「えっと、昔この家に住んでいたミカちゃんって子の友達、なんだけど…
わかんない、よね?」
「ミカちゃん、しってる」
「え?」
キヨミの驚きをよそに男の子はドアを開けたまま部屋へと戻ってしまった。
「入っていいのかな…?」
キヨミの言葉にケースケとショウも首を傾げた。
「ミカちゃんのこと、知ってるみたいだったね」
「弟…とかか?」
「うーん、私は知らないけど…」
引っ越してから生まれたとすれば、ありえない話ではない。
だが…。
「あの子も、死んじゃった、ってこと?
…あんなに小さいのに」
ショウは小さな呟きを零すキヨミの横顔を見つめ、眉尻を下げた。そして一度だけ瞬きをして、背中を押す。
「何はともあれ話を聞いてみよう」
キヨミは促されるまま敷居を跨いだ。
ミカの家の中は昔のまま変わっていない。
おばあちゃんがいつも飲み物とお菓子を出してくれた丸いちゃぶ台で、今は小さな男の子がそれを再現していた。
「あら、お客さん?
マコト君の友達かい?」
和室の入り口で立ち止まっていたキヨミたちに奥から現れた老婆が笑いかける。
背筋をピッとのばして、目がなくなるほど細くし笑うその顔は、キヨミの記憶よりもずっと若いミカのおばあちゃんだった。
「おばあちゃん…?」
「…あれまぁ
キヨミちゃんかい?
大きくなって…まぁ…」
嬉しそうに笑いさあさあと部屋に招き入れ麦茶を出してくれた。
自分を覚えていてくれたことにじんわりと胸が熱くなる。
「久しぶりにおばあちゃんに会えて嬉しい」
「ありがとうね
おばあちゃんも嬉しいよ」
うんうん、と頷くがその表情はどこか寂しげだ。
当然だ。『ここ』にいる=死んだ。ということなのだから。
簡単にケースケとショウを紹介すると、おばあちゃんはマコトとの出会いを教えてくれた。
一人で迷子のようにウロウロしていたたところを保護したらしい。話を聞く限りではミカの弟ではなさそうだった。
「こうして若い人ばかり来て…
おじいさんは一向に来てくれないのにねぇ」
おばあちゃんは廊下の方に目を向けた。廊下を挟んだその先にはミカおじいちゃんの部屋があったはずだ。
いつもムスッとしているおじいちゃんはちょっと近寄り難くて部屋にまで行った記憶はない。たまに廊下ですれ違うと「ゆっくりしていきなさい」と皺々の骨張った手で頭を撫でてくれたが、当時のキヨミはそれが少し怖かった。
ちゃぶ台の上に乗せられた菓子入れにまん丸の飴玉を見つける。レモンや桃、ぶどう、といったフルーツの飴だ。
中でもみかんの味が大好きで、童心に帰ったようにそれを下から引っ張り出す。
「懐かしいなぁ
これ好きだったんだよ」
「ふふ…キヨミちゃんはみかんばっかり食べてたねぇ
ミカは桃ばっかり…
だからおじいさんが他の飴をよく舐めてた
それで『無くなったから』ってよく買いに行ってたんだよ」
「おじいちゃんが…?」
「あの人は昔気質の人だから、小さな子供とどう接していいかわからなかったんだよ
でも二人の遊んでいる声を嬉しそうに聴いてたのよ」
「へぇー、いいじぃちゃんだったんだな」
そういってケースケがレモン味の飴を口に放り込んだ。すっぺぇ、と口をクシャとさせた。
懐かしさに目を細めたキヨミに、おばあちゃんはこっそり耳打ちした。
「で、どっちが恋人なんだい?」
「…!?」
キヨミは慌てて否定したが、いまいち信じてもらえた気はしなかった。