居場所を求めて
体は軽いのに心がずっしりと重い。これが精神的疲労というやつだろうか。
キヨミは座り心地のいいバリ風のソファーに体を預けた。
誰もいない洒落たオープンカフェ。時折目の前を人が通過するものの、人数はそれほど多くはない。
「キヨミの家見つからねぇな
本当にこの辺りなのかよ?」
ケースケはしゃがみ込んでキヨミの顔を覗き込む。
それをチラリと視界の端で確認して大きなため息をついた。
「そのはず…なんですけどねぇ
だって、ミカちゃん家があそこでしょ?
なら、ウチは…
ああっ、何で無いの!?」
頭を抱えながら、キヨミは幼馴染であるミカの家から自宅までの道のりを、出来るだけ詳細に思い出すよう努めた。
確かにあれはミカちゃんの家なのに。
「生きていた頃と世界が違うんだから、仕方ないよ
俺の家もまだ見つかってないし」
ショウが慰めるようにカフェラテを差し出す。
キヨミは感謝を告げ、素直に受け取ったが、その表面に描かれた鳥の姿に目をパチクリさせた。
無数の羽を広げた優がな姿は白鳥だろうか、孔雀だろうか。
キヨミには正確にはわからなかったが、それがラテアートと呼ばれるものであることは知っていた。
だからこそ疑問を抱く。
「あのこれって…」
店員がいる気配はない。
率先してショウが飲み物を取りに行ったのだ。
「ん?」
「ショウさんが、これ描いたんですか!?」
尊敬の眼差しで詰め寄れば、それに答えたのはショウ本人ではなくケースケだった。
「こいつカフェでバイトしてたんだよ
飯も美味いんだぜ」
ショウのことなのにケースケがドヤ顔をするあたり、本当に仲良しなんだなぁ、と少し羨ましくなった。
「簡単なものしか作れないけどね」
「いや、充分すごいです
すっごく可愛い!
スマホあれば写真撮りたかったなぁ」
言いながらキヨミはテーブルに備え付けられていた砂糖を鳥に向かって落とし、スプーンでグルグルとかき混ぜてから口に運ぶ。
「うん、味も美味しい!」
「…女って残酷だよな」
「まぁ、そういう飲み物だし…」
ケースケとショウの半目の視線が何を意味するのか、キヨミには理解できないかわりに大事なことを思い出した。
「あ、お金」
飲食店で飲み食いするには金銭が必要だ。小学生でも知っている常識に慌ててポケットを探ったが、財布も小銭も見当たらなかった。
「この世界にお金は必要ないよ」
「そーなんだよ
店だろうが何だろうが、自由に使いたい放題」
ケースケがニシシと笑うと、尖った犬歯が覗いた。
「働いている人がいないんだよね
でもこういった消耗品が無くなることもない
不思議だよね」
都合のいい夢みたいと曖昧に頷いた。
目の前のカフェラテを一口飲む。温かいそれが喉を通っていく感覚は確かにあった。砂糖の甘味もほんのりする苦味も確かに感じている。
「本当に不思議…」
たまに通り過ぎる人たちもみんな死んでいるのだ、と思えば背筋がすっと冷えていく。
何一つ生きている時と変わらない気がするのに、店には店員が居らず、空は白い。
「うん、不思議だね
だからこそ解き明かしてみたい
この世界の仕組みを」
ショウの瞳が小さな子供のように輝いて見えて、キヨミの口元が綻ぶ。
「だから私の記憶を一緒に探してくれるの?」
キヨミにとってはずっと疑問だった。
なぜ、こんなに色々教えてくれるのか。
なぜ、一緒にいてくれるのか。
なぜ、私に声をかけてきたのか。
下心がある、怖い人なんじゃないかと考えたこともある。それでもこのよくわからない世界で一人になることは、それ以上に怖かった。
「正直何していいかわからなかったから、色々声をかけて回ってたんだ」
「そーそー、すげぇ暇だし
バイク乗っても何かつまんねぇんだよ」
暇つぶしだったと思うとちょっと複雑な気持ちになるが、それでもひとりぼっちじゃないことをキヨミは嬉しく思う。
「暇なのにバイクには乗らないんですか?」
「今でもバイクを好きな気持ちに変わりはないけどな」
「事故の影響、かな
しっくりこないんだよね」
ケースケとショウはそれを皮切りにスピードがとか、疾走感がとか、しばらくの間バイクの話に花を咲かせた。
話についていけないキヨミはそれをBGMに物思いに耽る。
私は何が好きだったけ?
人並みに友達がいて、部活も弱小だったせいかゆるい雰囲気で、家では…。
ピキッ
頭の中の奥の方で、小さな音が鳴った。それは不快感を伴って、キヨミの心に小さな染みを作る。
深く息を吸い込んで見上げた空は変わらず白かった。
次回からキャラも増え賑やかになる予定です。