プロローグ3
『おまえは死んだ』
そんなことを突然言われて信じられるわけがない。
だって、私はまだ中学生なのだ。病気で寝込んだ記憶も、事故にあった記憶もない。タチの悪い冗談だ。
私は頬を引き攣らせながらケースケの表情を伺う。
そこにもう笑顔はない。少し困った様な、憐れむような顔。とてもからかっている様には見えなかった。
ドクン
心臓が嫌な音を立てる。
頭がクラクラする。
こんなにも体が動いているのに、『死んだ』なんて。
縋るようにショウを見た。
彼もケースケ同様の表情で私を見ていた。
ショウはゆっくりと息を吐き出して、私が座っていたベンチをポンポンと叩く。
そこに引き寄せられるように、一歩、二歩、進む。
見たことのある景色と、知らない街並みが入り乱れている世界。
ここが死後の世界…?
ボスンと音を立ててベンチに腰掛けた。
「これは、夢…でしょ?」
天を仰ぎ見る。そこには知っている空はない。ただ明るく白い靄が立ち込めていた。
「まぁ、そうだったらいいんだけどね
長い長い夢であれば、いつか目覚めることが出来たなら…」
ショウは私と同じように上を見上げた。
「今はそう思ってればいいさ
そのうち嫌でもわかる」
ケースケの声は冷たく、ナイフのように私の心を抉る。
胸が痛い。モヤモヤして苦しい。
なのに、涙が出なかった。
思いきり泣いて喚けば、スッキリできるかもしれないのに。
私が視線を上から地面へと落としたのを合図にキョースケが語り始めた。
二人の死を。
ケースケとショウは幼馴染だった。家は少し離れていたが、母親が元同級生だったのだ。さらに同時期に同じ産院で出産したがきっかけとなり、定期的に遊ぶ仲になった。時にはお泊まりすることすらあった。
とはいえ、小学校高学年ともなり、母親と共に行動することも少なくなると、徐々に疎遠になった。
完全に会わなくなったのは中学の学区が別れたせいだ。
高校も別の道を歩んだ二人が再会したのはバイクの免許をとる為通った教習所。
二人はまた連むなり、度々ツーリングに出かけていた。
その日もそうだった。
隣県とはいえ二時間足らずで着いてしまう峠にある飲食店。そこが二人のお気に入りだった。
ケースケはそこのカレーが、ショウはそこのナポリタンが好きだった。
暑い日にはソフトクリームを食べ、寒い日はホットコーヒーを飲んだ。
店員の娘も可愛かった。
その日もその喫茶店で昼食をとったその帰り。
突然の雨に降られ、少し休んでいこう、とショウが合図をしたその瞬間、天と地がひっくり返った。
何が起きたのか、転んだのか、跳ね飛ばされたのか、全く理解できなかった。
稲光に照らされたショウの体がゆっくりと宙を舞っている。まるで作り物の人形のように軽々と。雨の中飛んでいた。
それがケースケの最期に見た景色だった。
ショウー!!!!
最期に発した親友の名は音にならなかった。
ショウが地面に着くより先にケースケの意識が途切れた。
生々しい事故の惨劇も、私にとってはテレビでニュースを見ているのと変わらなかった。
だって、二人は今キヨミの目の前に普通に存在している。
高校生のバイク事故。珍しくもないだろう。
冷たい感想しか持てないのは実感がないからだ。
「ショウ…さん、も事故のこと覚えているんですか?」
「あぁ、ケースケが山の木々に飲み込まれていくのを見ていた
直後火柱を見た
バイクが爆発でもしたんだろうね」
私の呟きに淡々と答えてくれた。
その感情の見えない声がとてつもなく深い悲しみを帯びている気がした。
それでも私は、自分の手のひらを見つめて頭を振った。
「私…信じられません」
手のひらを返し、甲を見る。
そして足を伸ばしてみる。
膝上のプリーツスカートから伸びる足は当たり前に動いた。
紺色の靴下にも黒いローファーにも見覚えはないけれど、それは確かに自分の意思で動く私の足。
手を胸にあてれば、心音が伝わってくる。
「私にはそんな死を連想する記憶なんてないもの」
私は気づいたらここにいた。
昨日何をしてた?朝は?今日は休日だっけ?それとも平日?学校は?
これは夢だ、と話しながら、どんどん湧き上がる死への疑惑に押しつぶされそうになる。
「私は中学三年生になったばかりで、病気もしてない
怪我するようなことも…覚えがない
気づいたらここにいた
そんな死なんてあります?」
「……」
ケースケは無言でこちらを見つめ下唇を噛む。
ほら、きっとこれは夢。不思議で不可解な悲しき悪夢。目を覚ませば思い出すこともないただの夢。
そう思い込みたくて、私は笑ってみせる。
「信じる信じないは君の自由だ
でも、眠ったまま息を引き取る人だっている
それに…」
ショウは無情だ。私が現実を受け入れられない子供かの様に言う。
そして見たくなかった現実を突きつけられた。
「それに少なくとも君は中学生じゃない
着ているその制服は県立高校のものだろ?」
私は視線を自分の胸元へ落とす。
白いシャツにブレザー。ブレザーの襟には志望校である県立高校の校章が鈍い光を放っていた。
その校章を指でなぞる。
頭を殴られた様なひどいショックを受けた。
ズキズキと痛みまで感じている。
なのに…私は死んでいるの?
「記憶喪失、か?」
ケースケの声が遠くで聞こえた気がした。