ケースケの過去
ケースケの泣き腫らした目元をキヨミはそっと撫でると、そのまま抱きしめた。
そうして捕まえていなければ、ケースケもショウを追っていってしまうんじゃないかと、恐れながら、きつくきつく抱きしめた。
キヨミの腕の中でグズっと鼻を啜る音が聞こえた。
コポコポ…
急須から注がれるお茶の香りは人を癒す効果がある。
だが現状において、それは焼け石に水だった。
暗くどんよりとした空気まではどうにも出来ない。
こんな時、自然に和ませてくれたおばあちゃんも、気を遣ってくれたショウも、もう居ない。
そのことが3人に重くのしかかる。
自分たちはあっさり死んでしまったが、残された側の気持ちが嫌でも分かった。
「3にんになっちゃったね」
最年少であるマコトがポツリと呟くと、2人ははっと顔を上げた。
これじゃいけない、とばかりにケースケが笑顔を作りながら話し始める。
「案外ここに入れる時間は短いのかもな
でも…でもさ、死んだ後もこうしていろいろ出来るってすげぇことじゃん
生きてったっていつか死ぬわけだし、暗くなってもしょうがない
っていうか、案外またここを去っても合流できるかもしれねぇだろ?
だから、さ…だから…
後悔しないように今を生きようぜ」
最後に勢いよく拳を振り上げたケースケを見てキヨミとマコトは視線を交わす。そして次の瞬間笑った。
それはとても自然に込み上げてきた笑顔だった。
「んふふ…」
「あはは…」
「…何で笑うんだよ」
二人の笑顔は嬉しいが、笑うとこじゃないだろ、とケースケは複雑な気持ちになった。
「だって…もう、私たち死んでるのに、『生きよう』だなんて…」
言いながら、キヨミの目尻に雫が浮かび上がる。
それを指先で飛ばした。
「…本当に生きているみたいだね」
死んだ記憶は確かにあったのに。そのアンバランスな感覚は夢見ているような状況と重なった。
不思議な世界だな、とキヨミは改めて思う。
もしかしたら、この世界は次へのステップの準備期間なのかも。唐突に死んでしまった人の心の整理をつける場所なのかも。
いろいろな考えができるが、どれも合っているようで間違っている気がして、口には出さなかった。
「言葉のアヤじゃねぇか」
ケースケは笑われたことに少しばかり納得いかず拗ねたように口を尖らす。
けれど重い空気が少し軽くなった事実にそれは長く続かない。
「俺、二人にもっと俺のこと知って欲しいんだ」
穏やかに語り始める。
「ショウのこと、俺全然わかてなかった
それが…すげぇ悔しい
分かってても結果は変わんなかっただろうけど、でも…知っておきたかった
だから二人のことも知りたい」
ケースケはキヨミとマコトの目を変わるがわる見つめた。
「もちろん無理にとは言わない
だから、まず俺のことを知って欲しい」
ケースケのまっすぐな瞳に二人は笑いを収め深く頷いた。
そんな劇的な話はないんだけど、と前置きをして、ケースケは語り始めた。
母親が8歳の時、病気で亡くなったこと。
その後はずっと父親と二人暮らしだったこと。
時折父方の祖母が面倒をみにきてくれたこと。
狭いアパート暮らしで、ずっと一人部屋に憧れていたこと。
父親は真面目に働いていたが、家事が出来ず、だらしない感じで、食事はもっぱら近所のスーパーのお惣菜だったこと。
高校生になってバイクに乗りたくて、ガソリンスタンドでバイトを始めたこと。
そうして免許を取りはしたけれど、欲しいバイクはどれも高くて、そんな時父親が壊れた中古車を持って帰ってきた。そしてそれを一ヶ月かけて直してくれたこと。
楽しそうにケースケは語った。
手振り身振りを交え、時折懐かしそうに目を細めて。
それを聞くキヨミとマコトも楽しくなってきて、「それで?」「どうしたの?」って前のめりになった。
楽しい時間が過ぎるのは早い。
気付けば外は薄暗くなっていた。




