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永遠のはじまり  作者:
17/26

つらい記憶 1

風はない。けれど穏やかな空気の流れを感じてキヨミは目を閉じた。

近くでは身長も体重も変わっていなかったマコトが膨れっ面を晒している。


「ぼく、おおきくなりたかった。

 おとなになりたかったのに」


死んでしまっている今、それは叶わない願いだった。

そんなマコトの気分を変えるために登った屋上は思いの外広かった。

設備という設備は時計台くらいなもの。

考えてみれば、エアコンも付いてなかった。


マコトは広い屋上を満喫して走り回る。先程の不機嫌さは飛んでいったようだ。


「あんまり端っこ行って落ちるなよ」


柵のない屋上を心配して、ケースケが声をかけつつ追いかける。

マコトはわかっているのかいないのか、楽しげにケースケから逃げていく。


「二人とも危ないよ」


呑気に笑って端まで行き下を覗き込んだキヨミが実は一番危なかった。


校舎は二階建て。三階から見下ろすくらいの感覚で街を眺めようとしただけだった。

しかし下を見た瞬間、キヨミは平衡感覚を失いふらりと倒れ込む。


「危ないっ!!!」


ショウが駆け寄り、腕を掴んでくれなければ、真っ逆さまに落ちていたかもしれない。


しかし私の意識はそんなことは些細なことと見向きもせず、掘り起こされた記憶の渦に呑まれた。


遠くで三人が私の名を呼ぶのにも気づかずに。




その日、私は屋上に呼び出された。

高校に入学して一ヶ月ほど経ってのことだ。


見知らぬ人も多いクラスで純粋に楽しく過ごせたのは二週間くらい。

その頃から違和感があった。私の方をチラチラと見る視線。それに気付き振り返れば意味深な表情を浮かべフイっと視線を逸らすクラスメイト。


そんなことが何度も続いた。


その中心にはいつもレイナがいた。

レイナは活発でクラスの中心的な女子だった。良くも悪くも目立つ。

素行がいいかといえば、良くはない。

髪は明るく染め、制服は着崩して、けれども持ち前の明るさと話術で、先生からは少し注意されるだけ。


特な性格だ、とキヨミは思っていたが、それ以上の感想もそれ以下の感想も持ってはいなかった。

自分とは違う人種。同じクラスだろうとそうそう関わることもない、と。


だがレイナはそうではなかったらしい。

目立つようなことはしていない、勉強も運動も並のキヨミだったが、レイナの気に触ったようだ。

悪口を言われているのは容易に想像がついた。それでも実害はないと気にしないよう努めた。

それがさらにレイナを苛立たせたとも知らず。


机の中にさりげなく入れられた手紙には『直接話したいことがあります。放課後屋上に来てください』とあった。

差出人の名前もなく、見覚えのある字でもない。

深く考えもせず、その手紙に従ったのは、キヨミが今までの人生恵まれていた証拠なのかもしれない。


屋上にはレイナとその友人たちがいた。


レイナの顔を見るなり、何を言われるのかと恐怖に身がすくむ。

空調の機械や貯水タンクが並ぶ屋上は、閉鎖的だ。

生徒は基本立ち入り禁止だが、鍵は壊れており簡単に開く。一部の生徒たちの間では有名な話だった。


「あの…」


沈黙と突き刺さるような鋭い視線に耐えかねて、キヨミが口を開けば、それを皮切りにレイナの罵倒が始まった。


「アンタ何なの?

 その長ったらしい髪とかすごいキモイんだけど。

 自分は清楚なお嬢様ってアピール?

 そうやって男に媚び売ってんの?

 このビッチ」


完全なる言いがかりにキヨミの頭は真っ白くなった。

長い黒髪以外何一つ合っていない。

キモイというのは主観の問題なので、レイナがそう思っているなら否定する気は無いが、だったら極力関わらなければいい。


単純に考えて、『キモイから学校辞めて』と言われて『わかりました、辞めます』とか無理に決まっている。

そんなわがまま通るわけがない。

一体レイナは何がしたいのか。キヨミには見当がつかない。


「何言われてるのかわかんないってアホづらも腹立つっ

 天然ぶりっ子気取ってんじゃねぇよ」


怒りに顔を歪めたレイナに同調する周りの人たちが、徐々にキヨミとの距離を詰めていく。


それには恐怖を感じ、じわじわと後退る。

きっと何を言っても無駄なのだ、と肌で感じた。それでも藁をも掴む気持ちで「そんなつもりは…」と引き攣った顔を横に振る。

手を伸ばせば触れられるほどの距離でレイナの右手が振り上がった。


殴られる。


そう思ったが、現実は違った。

頭を掴まれ、頭皮に爪が食い込んだと思えば、そのまま髪を掴まれ捻り上げられた。

長い髪はさぞ掴みやすかっただろう。

そのまま髪を抜かれ河童のようなハゲができるのでは、と痛みに耐えながら思った。

涙が滲んだ目をぎゅっと閉じ、やめて、と叫んだ。が、それがきちんと声になったかはわからない。


次の瞬間、引っ張られていた髪がジョキリという音ともにふわっと軽くなった。

恐々目を開ければコンクリートの床に落とされた黒い髪が見えた。

それを呆然と見つめる。

キヨミには何が何だかわからなかった。

レイナに目の敵にされる理由も、目の前に落とされた髪がどういうことなのかも。

ただただレイナたちの笑い声が耳から離れなかった。

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