立て続けのお別れ
おじいちゃんはゆっくりと家を眺めた。
おばあちゃんと暮らした最後の家を。
懐かしみ愛しむように。
「こんな所にあったのか
もう少し早く見つけられたら…」
赤くなった瞳を細める姿にキヨミたちは何も言えなかった。
キヨミがお茶を入れると、その湯呑みを見ておじいちゃんはまた目を細めた。
そうして語ってくれた。
ばあさんが亡くなって、わしは直ぐに老人ホームに入ることになった。
息子の転勤が重なったのもあってな。
ばあさんが居ないのは寂しかったが、それ以上に周りが賑やかだった。
輪に入らず一人で居ても、寂しさが紛らわされるくらいには。
息子たちの足が遠のいても、気にならないくらいには。
けどなぁ。
けど、ばあさんのことを忘れていくのが辛かった。
どうしてかのぉ。
ばあさんとの思い出が無くなっていく。
無くなったのがばあさんの思い出だということすら、気付けなくて。
ただただ空白が増えていく感覚は、恐ろしかった。
最後まで覚えていたのは忙しそうに家事をこなす後姿だったな。
おじいちゃんが懐かしみ目を細めると、目尻の皺がより一層深くに刻まれる。
キヨミの知らないおじいちゃんの月日が垣間見えた。
「ここでのばあさんは、どうじゃった?」
そう聞かれ、一同は顔を見合わせた。
少し迷った末、マコトが辿々しく口を開く。おばあちゃんと一番長く一緒にいたのはマコトだったから。
「あばあちゃんね、ホットケーキつくってくれた。
ママがつくるのとは違うけど、おいしいの。
あと、おばあちゃんのおかげで、にんじんたべれるようになった。
いつもいつも、ぼくのためにごはんつくってくれて、いっしょにねてくれたの
あとね…」
幼い子供が語るおばあちゃんとの思い出を、おじいちゃんは頷きながらずっと聞いていた。
おじいちゃんはマコトの話を聞き終え、一頻り頷くと目頭を抑えながら天を仰いだ。
その姿が揺らぐ。
一瞬貰い泣きをしてしまったのかと思ったがそうではなかった。
おじいちゃんの向こう側の景色が透けて見え始める。
それは目を擦っても変わらず、キヨミは眉をハの字にした。
「おじいちゃん…」
「ああ…意外と早くばあさんと合流できそうだな」
そう笑うおじいちゃんの体の端から白い霧が立ち上る。
まだそれほど長くこの世界にいなかったはずのおじいちゃんが、どうして、とキヨミは手を伸ばした。その手は空をきり、何も掴むことができなかった。
「悲しむことはない
みんな一緒なんだ…」
そう言い残しておじいちゃんは消えてしまった。
「なんで?
おばあちゃんは何年もここにいて、一度は体が透けても元に戻ったのに…」
しゅんと首を垂れるキヨミの横で、マコトも小さな手をギュッと握り肩を震わせていた。
「もしかしたら、未練があったから…」
ショウが呟いた言葉にキヨミはハッと顔を上げた。
「おじいちゃんに逢いたかったから…?
でも…だとしたら…だとしても…直ぐに消えちゃうなんて」
啜り泣くマコトを少しでも慰めようとキヨミは抱き寄せた。
子供特有の高い体温が伝わってきて、逆に慰めてもらっている気がした。