再会は突然に
ショウからの回答は想定外のものだった。
「この世界は時間の感覚が曖昧なんだよね
時計やカレンダーもバラバラ
昨日のことは覚えているし、今日という感覚もある
前に起きたことも覚えてる
でも、何日経ったか覚えてない」
「それは…カレンダーで数えてないから?」
そんなことがあるんだろうか。
素直な疑問をぶつけるも、ショウは首を横に振るだけだ。
当然だ。答えは誰にも分からない。
「『この世界は待合室』って前に言ったけど、夢を見ている感覚に近いんじゃないかな
人は死に際にも夢を見る
走馬灯と呼ばれるものはそれの一種だと考えられているしね
だから正直ここでの思考は要領をえない」
ショウは苦笑いしながらお茶を啜った。
おばあちゃんが入れてくれたものだ。
起きてからのおばあちゃんは普通に生活している。キヨミの方が心配になるくらい。
深く考えず、ただただ習慣化した家事を済まし、ゆるりとした暮らしぶりは穏やかだ。
生きていた頃のおばあちゃんはもっと行動力があり、出かけることも多かったのに。
マコトの話では、家から出るのはスーパーに買い物に行くだけだという。
「夢、か…
確かに夢の世界は見ようと思っても見えないものがあったり、場所も実在するようでしない、不思議な世界だもんね」
「キヨミちゃんはまだ来たばかりだから、あれだけど…
徐々にやりたいこととか減ってきて、穏やかな暮らしに身を任せる人がほとんどなんだよ」
「それって、なんだか死ぬ準備に入ってるみたいだね」
「そうかもしれない
だから、やりたいことはやりたいと思っているうちにやっとくといいよ」
キヨミは湯呑みを両手で抱え、一度目を閉じた。徐々に伝わってくる暖かな感覚が確かにそこにはある。
暗くしずんでいく思考を全て吐き出すように息を吐き出して、残っていたお茶を飲み干した。
「おばあちゃんと散歩に行きたい」
突然の発言にショウは驚いていたようだが、キヨミは笑って続けた。
「昔公園に連れてってもらったことがあるの
その後駄菓子屋行ってアイス食べたんだ」
「楽しそうだね
みんなで行こうか」
ショウもつられて笑顔になる。
やりたい、と思ったことを一つずつこなしていこう。
時間は無限じゃない。
生きているうちにできなかったことも、ここでできるかもしれないんだから。
キヨミは立ち上がり、縁側で日向ぼっこをしているおばあちゃんたちに声をかけた。
マコトは嬉しそうにおばあちゃんの手を引き公園までの道を歩く。
マコトがここへきてどれくらいか分からないが、見た目に合った精神年齢のようだ。
おばあちゃんも穏やかに目を細めている。
「公園なんてどのくらいぶりかしら
不思議ねぇ
昔はよく散歩してたと思うんだけど…」
公園に行く、ということすら思いつかなかったというおばあちゃん。
それは肉体がなくなった弊害なのかもしれない。
公園には先客がいた。
砂場でしゃがみ込んでいる子供が2人。歳はマコトと同じくらいに見える。
そしてベンチに座っている老人が1人。
マコトは目をキラキラさせて砂場を見つめる。
「いっしょに、あそんでくれるかな…」
おばあちゃんはマコトの手をそっと離すと腰を折り曲げて「大丈夫だよ。行っておいで」と言った。
少し戸惑いを見せたマコトだったが、元気に砂場へと走り寄っていく姿を三者三様に見つめる。
「おばあちゃん、疲れてない?
向こうのベンチに座ろっか?」
「じゃぁ俺、飲みもん買ってくる」
ケースケと別れ、老人が座っているベンチの前を会釈して通り過ぎようとしたとき、おばあちゃんの動きが止まった。
じっとその老人を見つめ、老人もまたおばあちゃんを見つめた。
「おじいさん」
「ばぁさん」
2人の声が重なった。
おばあちゃんは顔をくしゃくしゃにして涙を浮かべ、おじいさんと呼ばれと老人は照れ臭そうに頭を掻いた。
その老人はミカのおじいちゃん、つまりおばあちゃんの旦那様だった。
キヨミの記憶よりずっと年老いた姿のせいでちっとも気がつかなかった。
十年以上ぶりの再会に気を利かせ、キヨミとショウは離れたベンチへと座った。だが、2人は並んで座り、互いの顔を見て静かに嬉しさを噛み締めていた。
「元気だったか?
…っていうのも、変な話だが」
「ふふ…そうですねぇ
またこうして会えると思ってもみませんでしたよ」
言葉少なに喜びを伝え合う2人に、キヨミの方が「よかったね。今日公園来てよかった。ほんとよかった」とはしゃいでしまう。
しかし、そんな幸せな2人の時間は長く続かなかった。
そのことに最初に気付いたのはおじいちゃんだった。