別れの足音
人間というのは勝手なものだ。
生きている時はたいして大事にしていたわけでもないのに、別れが近づくと途端にそれが恋しくなる。
どうして側にあるうちに大事にできないのだろう。
「死んでここに来て、しばらく経つと消えちゃうんだよ。
それがいつなのかは決まってない。
数ヶ月後か、何年、何十年先か。
だからこの世界が死者で溢れることはないんだ」
ショウは静かに教えてくれた。
キヨミはそれを静かに聞く。
まさかこの世界でもお別れがあるなんて、と思いながらもずっとここにいることは、それはそれで怖いような気がした。
この世界は曖昧で、不安定だ。
「消えた人たちはどこに行くの?」
「………
ここは待合室みたいなものだ、っていう人がいた。
閻魔様に裁きを受ける前の待合室。
順番がくると天国か地獄に連れてかれる。」
まぁ、実際行ってみないと分からないんだけどね、とショウは笑った。
「天国も地獄も無ぇと思ってたけど、こんな世界が有るなら、有ってもおかしくねぇよな」
「おばあちゃん、てんごくにいくの?」
そうだな、とケースケがマコトの頭をくしゃくしゃと撫で回す。マコトは少しほっとしたような顔で笑ったが、そこには寂しさが滲んでいた。
どれだけおばあちゃんと一緒にいたか分からないが、別れは寂しいに決まっている。幼児であれば、より辛いだろう。
キヨミは自身も胸を押しつぶされそうになりながら努めて明るく振る舞った。
「でも、すぐに消えちゃうわけじゃないんだよね?
今までもこういうふうになったけど、戻ったんでしょ?」
「電源を切ったみたいにすぐ消えることはないと思うけど、それでも長くはないよ。
覚悟しておくべきだと思う」
ショウの言葉は重く鋭く心を抉る。
でも、正論だ。
どんなに誤魔化しても。
「マコトも今後のこと…おばあちゃんがいなくなったら、どうするか、考えてみて」
ショウの視線がマコトに突き刺さる。それを遮るようにケースケが答えた。
「俺たちといればいいじゃねぇか。
マコトがここに来て何年経ってるかしらねぇけど、小学校前の子供が一人でいるよりずっといい」
な?、とマコトに同意を得るが、マコト本人は浮かない顔を浮かべている。
「無理しなくていいよ。
今は出来るだけおばあちゃんと一緒に過ごそうよ。
私もそうしたいし」
自分自身答えが出せないだけなのに、マコトに寄り添うようなふりをした。
そんな自分を見てみぬふりをして、笑いかけるとマコトは笑顔を返してくれて、それが思いの外心を抉る。
小さな子の純粋な瞳がこれほどの攻撃力を持つとは、弟も妹もいないキヨミは知らなかった。