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第3話

 学校の敷地内にある寮暮らしの美名美は、由実に言われた通り暗くなってから、たき火同好会の部室がある第一部室棟の裏にやって来た。


 そこはテニスコート1面ほどの広さの裏庭となっていて、眼下に見下ろすグラウンドとの間にコナラが植えてあった。

 ちなみにそこは、古い鉄筋コンクリート造りの第一部室棟だけでなく、体育館棟の裏手にもなっている。


「あれ、テント張らないんですか?」


 テントが張ってある、と思って正面に回り込むとそれはただのタープで、その開口部の右斜め脇にいた由実ゆみに美名美はそう訊ねる。


 たき火同好会の設営の逆サイドでは、女子2人が三脚部分にランタンがぶら下がった天体望遠鏡をのぞき込んで、楽しげに話している。


「構内でテント泊したところで面白みがないのでね。星が綺麗に見えるわけでも無いんだ、寒空の下で寝るデメリットを上回らないのだよ。美名美くん」


 いつもの様に、少しかすれた低めの声で、こねくり回す様な物言いをする由実は、キャンプテーブルの上で、スキレットとキャンプコンロを使ってステーキ肉を焼いていた。

 コンロの対角線上に、LEDのランタンが置いてあって、彼女の手元を照らしていた。


「まあ……、それもそうですね」

「だろう?」


 美名美が空を見上げると、街の明かりのせいでほとんどの星がはっきり見えず、たき火に当たっていないと我慢出来ない程度には寒さを感じた。


 すでにまきが燃えているき火台と2組の背もたれ付きキャンプチェアが、タープの開口部からやや手前に置かれていて、美名美は左側のモスグリーンのものに座った。


 ジャージにエプロンを着けて作業する由実を、彼女は少し椅子を動かしてその後ろ姿を見つめる。


「美名美くん。肉という物はだね、タンパク質の塊である以上に、様々なメリットが存在するのだよ。

 まず、即物的なものとして、食べるとうまい、というものだ。もっとも、人間は本能的に味が濃く脂っこい物をそう感じるようだがね」

「そうなんですか」

「うむ」


 すると、これもいつもの様に由実の長話が始まり、その独特の語り口を美名美は楽しげに聞く。


「生理学的な見知で言うと、肉類――特に牛肉や豚肉を摂取すると、消化管内で分解され、トリプトファンというアミノ酸によってセロトニンが生成されるのだ」


 更に話を続ける由実だが、ちらっと一瞬左を見て、こっそりこちらに寄ってくる2人の姿を確認し、その視線の先を美名美も見て確認する。


「あ、俗に言う幸せホルモンですね」

「そうだ。分泌されたその効果で、どうやらストレスを解消できるそうな」

「やっぱり、お肉を食べた方が良いんですね」

「そういう事だ。そこで物欲しそうにこちらを見ている者の、眉間のしわもすっかりなくなるというものだ。だろう?」


 近寄ってきて遠巻きに肉が焼ける匂いを嗅いでいた、先程天体観測をしていた2人組に、由実は肉を裏返していたトングで指してそう言う。


「時に美名美くん。私は常々感じているのだが、ミンチにしない限り牛肉は表面を焼けば、中は生でも問題ないというのはいささか人間に――」

「ちょっと! 人を物で指した上に、後は触れないのやめなさいよ!」


 話に割り込んできた、前髪パッツンの黒髪セミロングの女子が、悲しいじゃないの! と声を張って由実の隣にやって来た。


「都合良すぎますね」

「うむ。良すぎるのだ」

「初対面なのに良い度胸してるじゃない……」

「すいません」

「良いわよ。別に」


 ジト目で由実のノリに乗っかった美名美へ言う彼女は、特に気にしてなさげな様子で続けて言った。


「私は皮肉屋ではあるがケチでは無い。分けて欲しいのならばそう良いたまえよ諸星真梓もろぼしまあずくん」

「なんでわざわざフルネームなのよ」

「他意は無い」

「もー、せっかくあんたの後輩に自己紹介しようと思ってたのに。あ、よろしくね美名美ちゃん。月面観測同好会は兼部歓迎よ」

「あ、どうも。すいません結構です」

「それは悪い事をしたね真梓くん。ところで、肉は5人前用意してあるぞ。遠慮せずに好みの焼き加減を言いたまえ」


 足元のクーラーボックスを開いた由実は、A5ランク、と書かれたシールが貼ってある、生肉の真空パックを真梓と呼んだ自身の幼なじみに見せた。


「ここらでなかなか手に入らない島根和牛だ。断るデメリットは、吹けば飛ぶわら小屋のような、大したことの無いプライドを1つ捨てる程度の事だと思うがね?」


 もう完全に食べたいという意思を隠せていないが、真梓はぐぬぬ……、と険しい顔をしてためらいを見せる。


「はいはい! 美姫みきちゃんは食べたいです!」


 真梓の後ろにいた、彼女より頭1つ背の低い少女がビシッと手を挙げて、由実にそう申し出た。


「うむ。素直でよろしい。して美姫くん、焼き加減は?」

「ベリーウェルダンで!」

「ほう。乙ではないか。任せたまえ、これを少し焼けばじきにそうなる」

「美姫あなたね……」

「あ、マーちゃんはミディアムレアが食べたいって言ってました!」

「ちょ! ばらさないでよ! なんかこう――」

「おお、恐らくちょうど今、そのぐらいであるな」


 卑しん坊みたいじゃない! と言おうとするのを遮り、由実は肉を脇に置いてあった浅いパッドに移し、ささっとナイフで切って紙皿に盛り付けると、奥のパッドに置かれたあらかじめ加熱したニンジンをスキレットで熱し直し、最後にパセリを添えた。


「……!」

「どうしたのだ? 1番を美姫くんに譲らせた罪悪感でも?」

「別にマーちゃんならいいよー。えー、美名美さんどうも、月面観測同好会の真白ましろ美姫ですー」

「あ、はい。ご丁寧にどうも」

「……。せ、せっかくだから頂こうかしらっ!」


 サムズアップする、伸ばしっぱなしの栗毛を1つに縛る、美名美に真白美姫と名乗った幼なじみに促され、竹製のフォークで付け合わせから食べ始めた。

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