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第22話

 ドカドカと雪が降り続き、ついに大雪警報が発出されたため、3時間目までで臨時休校になったある日の正午。


「あ。暖かい」


 寮生の美名美はうっかり食材を買い忘れ、それを聞いた由実ゆみにお昼をご馳走してくれる、と言われたので部室にやって来た。


「やあやあ美名美くん。寒かったろう? 温まっていくと良い。ちょうど白菜豚バラミルフィーユ鍋も仕上がった頃だ」


 薪ストーブの前で上に乗っている土鍋の様子を見ていた由実は、ノックして入ってきた美名美へそう言いつつ手にミトンをはめて、鍋を逆サイドに置かれた教室机の上に鍋敷きを挟んで載せた。


「――んがっ。……出来たのかい?」


 すると、寝袋に包まってカウチとローテーブルの間で爆睡していたみやびが、その長身をぬうっと起こして、寝ぼけ眼でも分かる精悍せいかんな顔立ちを由実に向けた。


「なんでこんな所で寝てるんです?」

「ハカセ殿は実験で徹夜したそうだ」

「いやあ、流石に若いって言っても限界が来てね……」

「そして、ついでに昼飯にたかろうと思ってそこで寝ていたわけだ。まったく、自分の部室か部屋で寝たらどうだね」


 悪態を吐きながらも、由実は雅のためにも具を小皿に取り分けていた。


「そうしたい所だけど、実験中で窓を閉められないんだ。あと寮まで行くのも寒いし」

「なんの装置だね。また爆発するのではないかね?」

「しないよー、加湿器の仕組みを利用した水抽出装置だからね」

「またそれは珍しく役に立ちそうなものではないか」

「ボクの発明は基本そういうコンセプトなんだけどなあ」

「私はうっかり超磁力爆弾等を発明しないかいつも心配だがね」

「センセイ氏はボクをダミ声の熊の博士か何かだと思っていないかい?」


 由実の定位置の向かいに置かれたパイプ椅子に腰掛けた雅は、愉快そうに笑って息で冷ましてから出汁をすする。


「熱くないかね?」

「大丈夫さ」


 白菜の葉っぱの部分を使ったものを口に入れ、バラ肉とはいえブランド豚の上質な脂の旨味に、雅は満足げな様子で1つ息を吐いた。


「ささ、美名美くんもそこへかけなさい。隠岐おきで取れた米を現地の水で炊いた美味しいそれも用意してあるぞ」

「ええー。お米あるならボクにも教えておくれよー」

「言われなかったのでな」

「お役所かな?」


 満足そうに頷いた由実は、ケトルの代わりに電子レンジの上に置いてある、小型炊飯器を指さしながら美名美へ言うが、


「あ、すいません。由実先輩、私ちょっと外で遊んでくるので後で食べます」


 ちょっと申し訳なさそうに彼女はそう言って荷物をカウチに置くと、ダウンジャケットを着て入り口の辺りに立つ。


「……そうかね。存分に楽しんでくるといい」


 再度、すいません、と言って頭を下げた美名美を見送った由実は、引き戸が閉まると風船がしぼむ様にションボリした顔をした。


「ありゃりゃ。残念だったね」

「……」


 米を自分でよそっている雅が苦笑いしながら慰めるが、由実は何も言わずに窓から部室棟裏の広場を見下ろす。


「……」


 そこには月面観測同好会の真梓まあず美姫みきがいて、やって来た美名美と合流すると、早速美姫が20センチほど積もった新雪の上に寝転がり人型を付けた。


 美名美も同じ様にばふっと仰向けに寝転がり、それを見ていた真梓はちょっと呆れた様子で笑っていた。


「センセイも行ってきたらどうだい」


 席に戻った雅は箸で米粒の小さな塊をつまみながらそう言って、米そのものの風味を味わうように咀嚼そしゃくする。


「……私が極端な寒がりであると知らないハカセではなかろう?」

「当然。ウルトラ寒がりコンビ・ユミミヤで鳴らしたからね」

初等部時代わかかりしころの恥を思い出させるな」

「ごめんごめん」


 小学2年生の由実が謎のテンションで名乗って、後々彼女の中で黒歴史と化したコンビ名を出され、ぶすっとした顔をする彼女は雅に抗議する。


「……私の味付けが不満だったか?」


 そこで、雅がごまだれを自身の小皿に投入していた事に気付いた由実は、不満半分危惧半分といった様子で彼女へ訊いた。


「いやいや、そんな事は無いよ。それにこれセンセイ特製のヤツさ。ほら」

「ぬ。私の味付けの延長線上にはあるか……」


 小皿の脇に置かれている、ごまだれの入ったプラ容器は由実が3日前に雅へあげた物だったため、不承不承といった様子で自分を納得させた。


 定位置の窓際に座った由実は、しつこく息を吹きかけて小皿の具と汁を冷ましつつ、きゃっきゃと眼下ではしゃぐ美名美達3人をチラチラ見る。


「素直じゃないなあ、センセ――いてっ」


 そのいじらしいとも思える挙動に、雅がニヤニヤしながら由実へ言うと、無言で彼女に足を踏まれた。


「素直とかそういう話ではない。私はハカセが寂しいだろう、と思って付き合っているのだよ」

「はいはい」


 ふん、と鼻を鳴らした由実は、眉間にしわを寄せつつそう言い訳し、白菜ミルフィーユを念入りに息を吹きかけてから口にする。


「流石にもう少し良い所食べたらどうだい?」


 冷蔵庫の中にもう3人前ほど用意してあるが、ほぼ脂身部分だけ挟まった切れっ端ばかり食べている様子を見て、雅は鍋の中にあるまともな部分を指さす。


「そんなに腹は減ってないからいいのだよ」

「だからご飯が2合ぐらい減ってるんだね」

「どうしてそういう所はめざといのだね……」

「ほら、ちゃんと食べておくれよ」


 嘘では無くすための偽装工作だったが、雅には一切通用せずに小皿へ具を入れられた。


「譲るのは美徳だけれど、センセイが損をするだけなのは違うと思うよ」

「別に損をしているとは思ってはいないのだがね」


 2層ずつ細かくめくって冷ましながら、余計な事を、といった様子で、ごまだれをちょっと乗せて食べてみた。


「流石はハカセの味覚だ。旨いじゃないか」


 カッ、と目を見開いた由実は、そう言って雅を絶賛する。


「センセイの料理ですっかり舌が肥えちゃってね。センセイ無しじゃいられないかもしれないや」

「貴殿と一緒には暮らさないぞ」

「シェアハウスいいかな、みたいな事言ってたじゃないか」

「あれはその場のノリだ。ハカセ以外は本気にしてはいないだろう」

「そうかなあ」


 雅と適当な会話をしつつ、由実は眼下で雪だるまを作り始めた美名美達を見やる。


「誘って欲しかったんだね」

「……白状するとその通りではある」

「美名美嬢は無理強いみたいな事はしないんだろう?」

「うむ。美名美くんは私と違って〝良い子〟なのでな」

「ボクはセンセイが〝悪い子〟だとは思わないけれどね」

()。その話を私の城(このへや)でしないでくれたまえ」

「ごめん。()()


 急速に不機嫌な表情になった由実へ、雅は素直に謝って話題をそこで止めた。

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