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ジョニトリー!  作者: 夜鷹亜目
ジョニトリーと甘い夏!
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第十九話

 果たしてあれから一週間が経った。

 平生に通学し、平穏無事にジョニトリーで勤務をし、つつがなく何事も無く生活していた。


 先日の一件だが、警察での聴取は無事に終えて解放された。

 ……ただ本当に無事だったのかは、未だ定かではない。

 そりゃそうだ。俺が女装している事を、獅々田さんは知っていたのだから。

 けれど、彼女はその詳細を俺には言ってこなかった。愛猫さんにも告げ口していないみたいだし、勿論学校に広めている気配も感じられなかった。


 訳が分からない。しかしながらこちらからその事を尋ねる事はなく、今に至る。


 教育係である獅々田さんとシフトは毎回被っている。だがあの事、つまり俺が女装している事については一切触れてこない。無論学校でもそうだ。

 以前と変わらず、獅々田さんは俺を『太田さん』という美少女として扱ってくれている。ありがたいと思いながらも、不気味に感じるのも当然。


 一体どういう腹積もりなんだか。と、ここ最近は授業中にずっと獅々田さんを盗み見ている。だがこれと言っておかしな様子は見受けられない。

 獅々田さんはいつも通りに優美にして素敵。正しく可憐。ある種異次元的存在の彼女の心中など、俺みたいな矮小な存在がいくら思いめぐらせても答えなんて出るはずも無い。

 と。


「あ。あれ、太田さんじゃね?」


 さん付け。以前であれば自分とは結び付けられなかった呼ばれ方だったが、ジョニトリーでの勤務も都合二十時間を超え、その最中に呼ばれる名前にはさんが付けられていて。

 よって、俺は思わずピクンと反応してしまったが、直ぐに俺では無い人物の事を指しているのだと察して、ビクンとなった自分を恥じた。悔しくはあるがまったく感じていない。


 窓際の男子の声に、周りの男子も窓の外を眺めて色めき立つ。


「あ、マジじゃん。いやー、太田さんやっぱ美人だよなー。とても年下とは思えないぜ」


『太田さん』とやらは、しかし男子だけに人気があるみたいでは無いようだ。女子たちもうっとりした様子で声を上げ始める。


「すごいよね、あのプロポーション。正にモデルって感じ。今日もモデルのお仕事終えてきた感じかな?」

「じゃないのー? でもやっぱり佇んでても歩いてても様になるっていうか。太田さんがいると常に目を見張っちゃうよねー」

「そうそう。太田さんがクラスメイトだったらなぁ。毎日鼻血出しまくりだったのに」

「それ貧血になるだけでしょー」

「そうかな? 血行が良くなるんじゃないの? 鼻の通りも良くなりそう」

「ならんならん。それに、太田ならうちのクラスにもいるじゃん。それで鼻血出してなよ」


 言って、前方に座る女子二人がこちらを見てきた。当たり前だが俺は視線をしれーっと逸らす。すると。


「いやいや、無いでしょ。太田君で鼻血って。むしろ直ぐに凝固しそう」

「たしかーに。はぁ、同じ太田繋がりでもこうも出来が違うだなんて、神様は残酷だよー」

「ねー。でもどうする? これでもしも太田君と太田さんが兄妹とかだったらさ」

「あははー、冗談きついって! もしそうだったら、私切腹するよ!」

「確かに! 私も切腹する!」


 よーし、言ったなこいつら。言質取ったからな。腹切れよ。介錯は俺がしてやるからよ。

 ――と、言えるはずも無くて、代わりに。


「お前ら、静かにせんかー!」


 世界史のヨボヨボお爺ちゃん先生が怒号を上げた。

 その声を皮切りに、徐々に喧騒が収まる最中で俺は窓の外に目をやった。

 クラスメイト達が誉めそやし感嘆していた対象は、やっぱり彩音だった。

 俺は彩音と兄妹であると学校の誰にも告げていない。彩音だってそうだろう。


 ただ学校で出くわせば挨拶ぐらいは交わす。別に隠しているわけではないから。言う必要が無いから誰にも告げていないだけ。


 と、校庭を横断して校舎へと向かう道すがらに彩音が俺に気付いて無表情で手を挙げてきた。

 俺も無表情で軽く手を挙げて返す。と。


「あ、彩音ちゃんが俺に挨拶してくれたぞーーー!!!!」

「いや待てよ、俺にだろ!」

「ちょっとアンタたち、バカ言ってんじゃないわよ。私に向けてに決まってるでしょ!」


 喧々囂々の中で、世界史の先生の怒号が再度上がっても誰も気にも留めなくて。

 俺はげんなりとしながら、収拾のつかなくなってしまった教室内を見回す。

 すると。


 ……獅々田さんと目が合った。

 あの日、交番で俺が彩音と一緒にいたのを目撃した獅々田さんなら、俺達が兄妹であることにも察しが付いているはず。

 もしもここで何か口にされたら面倒だな。女装癖があると口にされるよりかはマシだが、それでもクラスメイトから何を言われるか分かったもんじゃない。

 ――しかし彼女は。


「あ……」


 ただ一瞬の微笑みを向けて、直ぐに前へと向き直った。

 思わず声を漏らしてしまった俺は口を閉じ、手慰みにシャツの襟を摘まんでパタパタと仰ぐ。

 喧騒の中で黙している俺と獅々田さんだけが事実を知っている状況が、どうしてだがむず痒く感じられて。


 ……どこか遠くで鳴くセミの声が、夏の到来を否応なく予期させた。

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