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ジョニトリー!  作者: 夜鷹亜目
ジョニトリーへようこそ!
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第一話

 ――あの一件から三年後。


「私、太田君のことが好きなんです! よければ……付き合ってください!」


 暮れなずむ街並みが一望できる小高い丘。そこで告げられたのは愛慕の情。


 薄っすらと濡れた瞳は円らで、緊張した彼女の顔は真剣でありながらも可愛らしさに溢れている。それに風鈴のように心に染み入る声質や清楚な口調。どれをとっても俺の理想の子だ。

 しかも極めつけは風に靡くそれ。肩甲骨まで伸びる黒のロングヘアー。余計な事は言うまい。満点だ。


 思わず万感の思いに浸ってしまう。目を瞑って彼女――千春ちゃんとの出会いから今に至るまでの記憶に思い巡らせてしまう。


 どれぐらいの間そうしていただろう(多分五分)。目を開けてみれば、けれど千春ちゃんは急かす素振りなども見せず、先ほどとまったく変わらない顔つきで俺の返事を待ってくれていた。健気すぎるよ千春ちゃん。


 無論、これ以上待たせるのは本意ではない。それに、選ぶべき答えはとっくのとうに決まっているのだ。

 ……俺は右手を動かした。



 1.「……ごめん、他に好きな人が」

⇒2.「むしろお願いしたいのは俺の方だ。愛してる。付き合おう」



 カーソルを合わせ、ポチっとマウスをクリックする。と、千春ちゃんは涙を零しながらも、晴れやかな笑みを浮かべた。


「本当に? 本当の本当に? ……嬉しい。私、君に相応しい人になるために、頑張るね?」


 重ね重ね、なんて健気なんだ。世界中が千春ちゃんみたいな人々だけだったら、きっと戦争なんて起きないのに。きっと可愛いという概念だけが信仰される平和な世の中になるのに。そして世界中の千春ちゃんを俺が幸せにするのに……デヘヘデュフフ。


「良いんだよ頑張らなくて。そのままの千春ちゃんでいてくれれば、何もいらないよ!」


 液晶の向こうで千春ちゃんと俺の分身が抱きしめ合うのを見つめながら、俺も思いの丈を述べつつ自分の体を抱きしめる。と、後ろから声。


「朝も早くから気持ち悪い。何をしているでありますか」


 冷ややか過ぎる声に、温かな気持ちに浸っていた俺の心は一瞬で寒さに震えた。溜まらず俺は頭を抱えて絶叫。


「黙れ現実ううう!」

「うわっ。何いきなり発狂しているでありますか」

「千春ちゃん、現実が襲ってくるよ助けて……」

「今度は画面に向かって懇願でありますか……我が兄ながらなかなかの気持ち悪さでありますね」


 その言葉に反応し、俺は振り返りざまに俺と千春ちゃんの愛の巣の乗り込んできた闖入者をビシッと指をさす。


「気持ち悪いとか、それ以上千春ちゃんの悪口を言ったら、いくら彩音でも許さねえぞ!」

「司の悪口に決まっているであります」


 即答して呆れた様子でため息を吐くのは、灰色のスウェットを着た少女――妹の彩音だった。

 俺の自室の入り口に立つ彩音から一度顔を背けて正面を向くと、「ちょっと待っててね、千春ちゃん」と断りを入れ、チェアーをぐるりと回して体ごと彩音の方を向いてやる。そして腕組みをしつつ吐き捨てるように言ってやった。


「大体、ノックもしないで人の部屋に入るとか、どんな教育を受けてんだ」

「ノックはしたであります。耳が腐っているか、ヘッドホンをしているから聞こえなかったんじゃないでありますか?」


 言われて、未だに耳元に流れるBGMに気付く。

「おっと、それは失敬。これは『夕陽の告白』っていう、ドキドキメモリーズのメインヒロインである千春ちゃんが夕陽を背景に告白をするこのシーンだけのために作られた名曲で、他の桃夏や秋奈や冬美のルートでは一切使われないという徹底ぶりがファンの間ではドキドキメモリーズの評価を押し上げた一因でもあるんだデュフフ」

「何言ってるかさっぱり分からない上に、私にはその曲聞こえてないでありますよ」

「聞くか?」

「聞かないであります」


 俺は肩を竦めながらヘッドホンを外した。


「協調性が無いなぁ。これだから三次元はダメなんだ」

「司も三次元であります」

「ああ。だから俺は生まれ変わったら鉛筆になる。千春ちゃんを描くだけの鉛筆だ」

「どんな鉛筆でありますかそれは……大体、その絵を描いてる人ってむさ苦しいおっさんでありますよね? 汗で滲んだ鉢巻着けて、デュフフとか言いながら鉛筆握ってるんでありますよね? そんな来世で満足なのでありますか?」

「大満足ですが何か?」

「今世紀最大のドヤ顔でありますね……」


 心底呆れたとでも言うように彩音は首を振った。こっちこそ呆れた。


「というか何しに来たんだよ。仕事は無いのか?」


 彩音は俺の一つ下で、俺と同じ高校に通う高校一年生だ。だが学業と並行して仕事もしている。その仕事内容はというと、所謂『モデル』ってやつなのだ。


 確かに足は長いし身長もそこそこ高い。百六十後半はあるだろう。見てくれは贔屓目でなくとも整っていると判断できるし、セミロングの暗めな茶髪はいつでも艶々。スキンケアにも並々ならぬこだわりがあるようだし、何よりメイクが上手い。以前その上手さを俺なりに褒め称え『百面相』と呼んでやったのだが、無言で殴られた。きっと照れ隠しだったのだろう。兄には分かるのだ。


「今日はオフであります。明日は秋向けにファッション誌の撮影がありますけどね」

「ふーん。まだ蝉も鳴き始めてないのにご苦労さんでさー」

 にべも無く言ってPCに向き直ろうとしたら、むんずと頭を掴まれぐるりと捻られ回転。チェアーごと体を彩音の方へと向かされた。


「それで。司、アルバイトを始めるのでは無かったのでありますか?」

「そうだよ。今日も三時から面接だ。それが何だよ?」

「今回の面接で何回目でありますか?」

「あん? えーと。ひ、ふ、み……」


 何となしに天井を仰ぎながら指折り数え、五本の指を折ってから少しばかりの逡巡を挟んで答える。


「百回ぐらい?」

「一気に飛びましたね……司、受かる気あるのですか?」


 言ってから彩音は腰に片手を腰に当てた。所謂モデル立ち。ちっ。カッコつけやがって。ちょっと前まで俺と一緒に喜々として鬼ごっこしてやがった癖によ。


「あるに決まってんだろ。無けりゃ行くわけも無い。しかもこれからは出費が激しいんだ。受からなきゃ死活問題だ」

「出費? 何に使うのでありますか?」


 再度指折り数えてみる。


「まず、千春ちゃんの中の人がボーカルを務めるバンドのCDを買うだろ。んで、千春ちゃんの公式抱き枕カバーが発売されるから買うだろ、ってああ、ちなみに十作目な。それまでのはコンプリートしてる。それと他にはアニメドキドキメモリーズセカンドシーズン~この世の向こう側~の第六巻が発売されるから買うだろ――って、これがまた良いんだ。とにかく作画が神がかってる。あれは正しく傑作、いや神作。そしてその続編でもある劇場版ドキドキメモリーズ~あの世の向こう側~の前売り券を買うだろ。あとあと、コミケでキャラソンとフィギュアと公式抱き枕カバー十一作目とアニメの台本のレプリカと同人誌を買い漁るだろ。その上で同人誌は使用用と保存用と布教用に買うから……そうだな、ざっと二十万は欲しいな」


 言い終えてから指折り数えていた手をパッと開いて彩音を見ると、呆気に取られていた。俺の千春ちゃんに対する愛情に感銘を受けているのだろう。

 と思っていたら、彩音はどうしてか額を押さえた。


「……昔は運動神経も良く、それなりに爽やかで、然程賢くはありませんでしたが、まぁまぁモテた自慢の兄だったのに」

「安心しろ。二次元の中では未だにモテモテだ」

「……何でこんな子になってしまったのでありますか?」

「これ以上ないぐらいの憐みの目を向けるな……なるべくしてなった。それだけだ」

「微笑みがちな物凄い清々しい顔して言ってますけど、全然格好良くありませんから。むしろダサいであります。それに大体、布教用か何か知りませんけど、司には布教するような友達もいないのではありませんか?」

「うぐ……ま、まぁ、未来は常に未知数だからな。あっ。――俺は未来に生きているんだ」

「その思いついた傍から何でも口にする癖をまず直した方が良いであります」


 普段から口喧しい所がある彩音だが、今日はどうも一段とつっかかってきやがる。


「何なんだよ。嫌味を言いに来ただけか?」


 仏の太田と自称して久しい俺も、流石に苛立ちを隠せない。すると彩音は表情を引き締めた。


「百回も面接を落ちるのは、つまり根本的な部分で失敗してるからだと考えるのが妥当であります。だから、今日はその原因を突き止めてアドバイスをしようと思ったのでありますよ」


 本当にありがとう妹よ、俺の今の気持ちを一言で表すなら、そりゃ『ありがた迷惑』だ。

 と言いかけたが、実際問題こちらとしてもこのまま面接を落ち続けるのも本望ではない。


「つっても、彩音にアドバイスなんて出来るのか?」

「モデルの仕事をかれこれ五年やっているであります。司よりは社会経験も豊富でありますよ」

「ま、そうか。んで具体的にどうするんだよ?」


 すると彩音はニッと笑って「ふふん」と鼻を鳴らした。何だかムカつく。


「私が面接官を務めるので、司は本番の面接と思って私の質問に答えるでありますよ」

「はい、めんど――ぐへ」


 面倒と言い捨ててPCに向き直ろうとしたら、首根っこを掴まれた。そしてそのままチェアーごと床に倒され、ずるずると引き摺られる。


「善は急げであります。リビングで早速面接開始です」


 細いくせして剛腕で、俺の抵抗に彩音の腕はびくともせず、結果成すすべも無く連れ去られてしまった。


 部屋を去る最中、PCの画面に映されたままの千春ちゃんへ手を伸ばす俺の姿は、傍目から見ればジュリエットとの仲を引き裂かれたロミオを彷彿とさせたことだろう。多分な。

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