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ジョニトリー!  作者: 夜鷹亜目
ジョニトリーへようこそ!
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第十四話

「太田さんは、メニューでもちょっと眺めて待ってて」


 と残して、獅々田さんはどこかへ去って行ってしまった。

 取り残された俺はとりあえず馬鹿正直にメニューを眺めてみたが、まったく頭に入らない。

 そうこうしていると、獅々田さんが戻って来た。

 てっきり何もかもが終わったのかと思ったが、獅々田さんは俺が先ほど用意していたお冷とおしぼりを盆に載せて運ぼうとする。


「え、まさかあいつらに運びに行くんですか?」

「ん? ええ、そうよ」


 マジか。

 俺が代わるべきだ。男なんだ。女の人を守って当然。でも、俺に守るなんて出来るのだろうか。いや、出来ないな。少なくとも、ジョニトリーにおいては無理だ。俺は新人。獅々田さんはベテラン。俺が何か手を出せば、むしろ彼女の手を煩わせる羽目になるかもしれない。


 悔しくて、垂れ下がった腕をギュッと強く握り込む。

 すると、俺の様子に何かを感づいたのか、獅々田さんが声をかけてきた。


「これはね、太田さんへの謝罪でもあるの。思い違いをして欲しくなくってね。ジョニトリーを嫌いにならないでほしくって。だから、遠くで良いから見ていてね」


 何のことを言っているのか、さっぱりだった。

 俺の返事を待たず、獅々田さんは客席へと出ていく。俺は彼女の後を付けて、遠巻きに眺めた。

 彼女が向かった先は、勿論あの二人の卓だ。

 それまで談笑を交わしていたのに、獅々田さんが近づいてくるとスーツ姿の青年は黙り込んで彼女を見つめ、それに気付いた黒尽くめの青年も振り向いた。そして、ぺろりと舌なめずり。


 ぐ、ぐぐぐ。

 と、憤る俺とは対照的に、獅々田さんは「失礼いたします」と涼しい口調で告げてからお冷とおしぼりを卓に置き始め、それを終えると。


「ご注文がお決まりになられましたら、そちらのボタンでお呼び出し――」


 だが、獅々田さんがそんな定型文めいた言葉を告げ終える前に、黒尽くめの青年が威勢よく挙手した。


「はーい。僕お姉さんをテイクアウトしたいでーす」


 こ、この野郎。よくそんなありがちな台詞が吐けるな。そんなのウチの高校で言ってみろ。獅々田さんのシンパから袋叩きだぞ。というか袋叩きにあっちまえ。

 だが、獅々田さんはそれでも笑みを崩さない。


「当店でそのような商品は販売しておりません」

「ふーん。ざーんねーん」


 白けた顔を見せる黒尽くめの青年だが、俺は彼の手の動きを見逃さなかった。

 獅々田さんから顔を逸らしながらも、手は狙っていた。獅々田さんのケツ――いや、お尻を。

 その素早さ、そして『しれっと』具合足るや、常人には分からないはず。

 俺で無きゃ見逃しちゃう、そんな動作をけれど。


「何をなさろうとしたのでしょう、お客様?」


 獅々田さんも見逃していなかった。

 しかも彼女は、自分お尻を触ろうとしていた黒尽くめの青年の手首をがっしりと掴んでいた。

 さしもの軽薄が目立つ黒尽くめの青年も、それには動転する。


「な、何すんだよ!」

「それはこちらの台詞です。ご回答をお願いいたします。何をなさとうとしていたのですか?」


 一触触発の雰囲気の中で、スーツ姿の青年が卓に頬杖を突きながら口を挟む。


「お嬢ちゃんさぁ、店員なら暴力行為はいけないんじゃない? こちとらお客様なわけだし」

「それは大人しくお尻を撫でられろと仰っているのですか?」


 腕を掴んだまま毅然と言い放つ獅々田さんに、スーツ姿の青年はあくまでも余裕に満ちていた。


「そうは言ってないけどさぁ、俺はコイツがお嬢ちゃんの尻を触ろうとしていたなんて分かんなかったし、実際まだ触ってもいなかったんでしょ? 俺からすればお嬢ちゃんの勘違いとしか思えないんだけど?」

「はっ。こういう所で働いているぐらいだもんな。自分は可愛くて、男から色目使われてるって常日頃から勘違いしている自意識過剰な店員ってか?」


 そうして二人で高笑い。

 そうして俺は怒りでプルプル。


 あ、あいつらああああああ!

 俺は見ていた! 俺が証人だ! それに獅々田さんは可愛い!

 ……なんて、言っても絶対意味が無い。結託していたんだろうとか絶対言われる。

 では俺は本当に触られたと訴え出るか? ……無駄だ。証拠が無いって言って白を切られるのがオチ。


 やる瀬ない。やり場のない怒りだけが沸々と滾る。

 そして無力感。俺には、女の子一人を助ける力も無いんだ。

 獅々田さんは彼らの言い分を聞き終えて、掴んでいた手首を放した。それを俺は悄然としながら眺めていた。

 俺のためを思って接客を代わってくれただろうに。彼女の心境を思えば、胸が痛んだ。


 だが、ふと上がった獅々田さんの声には、俺が想像もしていなかった気配があった。それは明るさ。そして明らかな――。


「お客様は神様ではありますが、お二方は私からすればお客様ではありません。ただの一般人です。その上で、先ほどの言動は侮辱行為と見なしましたが、よろしいでしょうか?」


 ――敵意だった。

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