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ジョニトリー!  作者: 夜鷹亜目
ジョニトリーへようこそ!
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第十一話 アナザーサイド前編

 二十一時半過ぎ。

 太田さんと別れてから急く気持ちが表に出てきたかのように、『私』は駆け足になっていた。

 街灯が点々と照らす小路を制服姿で駆け抜ける。その最中の私の胸中は。

 

『――ああ、もうっ。私のバカバカ! 月曜日はバイトを入れちゃいけないのに!』


 ひたすらに募る後悔の念。弾む息に紛れるように、慙愧に耐えかねて哀愁のため息が零れる。

 元はと言えば店長がいけないのだ。絶対に月曜日は休みにしてくださいって以前から言っていたのに、太田さんのトレーニングのために私を駆り出して。

 それを今日も店長にそれとなく言ったら――。


「あ。たはー。忘れてた。てへっ」


 ――だもの! 何をお茶目ぶって片手で自分の頭小突いて舌出してるのって話っ!

 でももっと元を正せば太田さんがアルバイトに入ってきた時期も悪い! 日曜で無くて土曜に面接をしてくれれば、月曜日までに他の従業員の方にトレーニングのお願いだって出来たのだし。


 って、何を勝手に八つ当たりみたいに考えているんだろう。大本で悪いのは私だ。店長に月曜日の出勤をお願いされた時に、きちんと断ればこんなことにはならなかった。

 頼まれてしまえば断りづらい性格。そんな自分が最も恨めしい。

 次にまた月曜日出勤を頼まれれば、一も二も無く断ろう。うん。

 そう決心したところで、自宅のあるマンションに辿り着いた。


 八階にある我が家までは、エントランスに一つだけあるエレベーターにいつも乗るのだが、今日に限ってエレベーターは現在二十階。

 私はその数字を視認したと同時に再び駆け出した。階段に向かって。その道中の心境は。


『もーーーーーー! 何で、何でよぅ! 神様の意地悪!』


 とても泣きたくなった。というか少し泣いてた。

 ともかく階段を駆け上がって八階へと着く。そして我が家である802号室の前まで来ると、前もって取り出していた鍵で扉を開け。


「はぁ、はぁ。ただいまぁ」


 息を切らしながら、玄関で靴を脱ぐ。と、リビングからとてとてと歩いてくる小さな人影が声をかけてきた。


「えへへー。おかえりー、可憐姉。おご飯食べるぅ?」

「いらない!」

「ええー? 食べないとペコペコで死んじゃうよ?」

「お姉ちゃんは大人だから餓死しないの!」


「大人すごい!」と目を輝かせながら感心する妹の夏帆へ「そう、凄いの!」と言って、私は自室へ駆け込んだ。

 年長組に上がって間もない夏帆を、普段であれば私は溺愛していた。だってあんな可愛くて可愛くて可愛いんだから。って、精神を擦り減らし過ぎて語彙力がとんでもないことになっている。


 でも、仕方ないのだ。あんな可愛い妹を邪険に扱ってしまうのも、語彙力が著しく低下してしまうのも仕方ない。

 だって月曜日だもの。それなのにもうこんな時間。仕方ない。『あの人』が待っていなくても仕方ない。

 自室に入って明かりよりも先にパソコンの電源を入れたのだが、そんな色んな仕方ないが我ながら情けなくて、煩わしくて、認めたくなくて。結果、遅々としてデスクトップ画面に移ってくれないモニターを前に、きつく目を瞑りながらぺしぺしとキーボードを両手で素早く交互に叩いてしまう。

 が、演奏を終えたピアニストのように手を止めてがくんと項垂れる。そしてため息。


「何をやってるのよ私は……」


 私がいけないのだ。なら、他人や物に当たるのは論外だ。

 ああ、そうだ。どうせ『あの人』はもういないだろうし、それを確認したら夏帆を目一杯可愛がろう。戯れて可愛がって、現実逃避してやる。


 だがデスクトップ画面が表示された瞬間、私はスッと顔を上げてからマウスを操作してとあるアイコンを素早くダブルクリック。その間、およそコンマ五秒。そこで気付いたが、私は無表情で無の心境だった。まるでパブロフの犬と化していた。


 次いでローディング画面が表示されると、私の心に感情が帰ってきた。

 溜まらず胸を押さえ、深呼吸しながら念仏のように唱える。


「あの人はいない。いない。いない。いないいないいないいないいない。いない。……でも、いたら良いなぁ」


 自分を落胆させないために自己暗示をかけようとしていたのに、気づけば希望的観測が漏れてしまった。

 うぅ、これで本当にいなかったら私。


「ぐすっ……」


 肩が震えた。顔が強張った。込み上げるものがあった。

 情緒不安定が過ぎる。でも、やっぱり仕方ないじゃない。

 学校では色んな人が私を完璧超人みたいに見ていて、私も期待を裏切らないように頑張っていて、でも、この時間だけはそんな自分を捨てられるのだ。

 あの人の前でだけは、私は――。

「いたあああああああああああああ!」


 物思いに耽りながらも、ログイン画面が表示された途端にとてつもない速さでログインしていた私は、フレンド欄に『あの人』の名前を見つけて思わず立ち上がって叫んでいた。と。


「可憐姉ー? 何がいたのぉ? 大丈夫ー?」

「だ、大丈夫よ。心配してくれてありがとね」


 ドアの向こうの夏帆におざなりながら返事をする。あれだけ可愛い妹だけど、今の私はチャットを打つことに必死なのだ。その内容は。


『ウルフ殿! 遅れてしまい申し訳ないでござるwwwwww』


 ウルフ。それこそが、私が私らしくいられる人。その人の名前を打ち込むだけで、何だか心がむず痒くなる。

 でも、遅れたこと怒られないかな。こんな時間だし、別のパートナーの人といるかもしれない。それは……やだな。

 キュッと胸が締め付けられるような感覚に、唇を甘く噛んでしまう。


 直ぐに彼の元へと向かう。と、そこにはスキンヘッドの黒人さんが一人でいた。彼こそがウルフ殿。

 彼が誰ともパートナーを組んでいないところを見て、私は堪らず安堵してしまった。だが、そうやって胸を撫で下ろす自分を俯瞰して見て『何を考えているのよ私は』と恥じ入る。

 いわゆる、えーと、『やんでれ』? みたいじゃない。

 そうでなくてもストーカー。たかがゲームの中なのに、パートナーがいるいないで一喜一憂するなんて、筋違いだし――。


『別に気にすんな。俺も今来たとこだ』

「きゅーんっ!」


 チャットに表示された彼からの発言を見て、私は打ち抜かれた胸を押さえながらチェアーの背もたれに仰け反った。

 無理です。耐えられません。堪えられません。もう『やんでれ』でもストーカーでも良いです構いません。今の私は正しくそれらと同列でしょうから。

 ピクピクと打ち震えていましたけど、いつまでもこうしてはいられません。

 頭を振って我に返り、直ぐに打鍵する。


 打鍵中、ふと過ぎる。彼との出会いと、彼との、その……馴れ初め? みたいなのを。

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