03
起きて早々に手懐けた影からの情報によると、やはり現代の聖女は自分を乙女ゲームのヒロインと思っている節があるらしい。
周囲にキラメンズ(キラキライケメンズの略である。命名:私)を侍らせている時は蝶よ花よと無垢で無邪気な乙女を演じているらしいが、自身に与えられた部屋で一人きりになった途端、現状を独り言をつぶやきながら回想する悪(巧み)女が現れるらしい。
ちょっと痛い。いや、かなり。
多分、人に知られたら致命傷になるやつだよそれ。
独りの時ほど本性が現れやすいとは示唆していたけれど、こうもすんなり王道な展開を披露してくれる現代聖女に呆れを通り越して称賛したい勢いだ。
報告を受けているうちに、知識は六百年前にやってきた私と差して変わらないように思えたので、大丈夫そうだなと判断する。
ちなみに現代聖女やその取り巻き立ちには、初代聖女が目覚めた事を内密にしていて、むしろ私を目覚めさせた連中の間に箝口令が敷かれているらしいので、まったくもって知らないらしい。
眠っていたとはいえ、結晶漬けになっていたから顔が割れているし、白昼堂々歩けば悲鳴を上げられ地面に額をこすり付けて平伏されるか、失神されるかのどちらかなので私は与えられた部屋にこもりっきりだ。
現代聖女に至っては、自分が選ばれた事に有頂天になっているらしく、召喚された初回以降、義務付けられている初代聖女への祈りをあれやこれやと理由を付けてサボっているので、顔を覚えているかすら怪しいとの事。
自分で言ってはなんだが、ものぐさなので引きこもり生活は嫌いじゃない。
かと言ってそれをずっと続けられるかと言えば、周囲が黙ってはいないので面倒だなとも思っている。
叩き起こされてから早一ヶ月。
現代の政情や世界情勢も頭に叩き込んだが、どうも世界は召喚した聖女に対して権力を持たせすぎている。
聖女の管轄は教会だが、教会自体がどの国にも属していない不可侵領域みたいなものになっていて、どの国にも平等に神を信仰する機会を与え、それを受け入れるも拒否するも国側が自由にしていい。
ただし、聖女は世界にとって世界平和の象徴であり、どの国の王にも命令権はなく、教会から命令することも不可能。
つまり、異世界で一番偉いと言われても過言ではない。
聖女は文字通り“聖女”であるから、きっと清く正しく美しい行いをしてくれる女性が現れると信じてやまない世界の平和ボケの結果である。
もう一つの理由として、私が眠る六百年前に勇者が確立した初代聖女――つまり私の神格化。
元々複数の神様が存在しているが、魔王を倒した存在として初代聖女=平和の神みたいな扱いになっている。
当の本人である勇者は、伝説の勇者止まりなのだからやり方がエグい。
アイツめ、人に責任押しつけやがって、である。
ちなみに勇者の血縁者は見つからなかった。
むしろ彼は私が眠りについてからしばらくして、行方をくらませたらしい。
国にとっては大きな損失になるのだが、国の監視など彼にとってはハエを追い払う程度の事だ。
ただ、私に操を立てて生涯独身で通したという、言い訳がましい伝承だけはしっかり残っている。
操って乙女か。
多分本人を目の前に言うと、照れて喜ぶんだろうから言わないけど。
どう苦言してもプラス思考に受け取る勇者が私は大層嫌いです。
ここ、テストに出ます。
配点高いから気を付けて。
さて、そろそろメタボな神官長サマがしびれを切らせて、ハゲ散らかしているので、彼の髪が一本でも残るように私は仕方なしに動くことにした。
神官長を始め、十数名の神官と二十名以上の騎士を引き連れて王宮を歩く私の姿は、周囲から見れば圧巻だったろう。
私が目覚めた事を知らない人達は我が目を疑うように頬を抓る人も居たし、唇を震わせたかと思うとボロボロと泣き出した人も居る。
あれ? なんか私、想像以上に期待値高くなってない??
そんな疑問をおくびにも出さずにしずしずと歩き続ける私に、本性を知る複数の神官達が「やればできるんじゃないか」って私の背後でボソボソ言っていたのはちゃんと聞こえてる。
今日の椅子は決定したらしい。
おもいっくそ体重かけて、メタボな神官長と一緒に座ってやるから覚悟しろ。
今履いているぺったんこな靴じゃなく、ピンヒールも用意しなければ。
さてさて。
そんな道中の話はさておいて。やってまいりました乙女ゲームの巣食う魔の部屋。
騎士達が中に居るキラメンズの罵倒や静止を無視して突入。
キャーっという声も聞こえてきたが気にしない。
男っぽい野太い声だった気がするけど気にしない。
たぶん現代聖女の声だ。
声が低い聖女なんだよきっと。
そう思う事にしよう。
あっという間に粛清された部屋の中を確認した神官の一人が、静かに頭を垂れて部屋へ通じる道をあける。
キラメンズは私の顔をみるなり絶句し、そして平伏した。
どうやら頭を垂れたキラメンズの中に、王子様も含まれているようだったのだが、私は神格化されているため王様よりも偉い。えっへん。
唯一自分と対峙しているのは現代聖女である少女だ。
集団の中に私を見て「誰っ!? 何なの一体!? ちょっとマルクス!?」と動揺しながら平伏した王子様の肩を必死に揺らしている。
まぁまぁ愛らしい少女である。
一方私は美人の部類だ。どやぁっ。
神と崇められるには充分な美貌を持ち合わせているので、初代聖女の勝ちである。
何が? 知るか。勝ってるったら勝ってるんだい。
胸は観るな畜生。
そこに視線を落とさぬよう、自分を迎え入れて頭を下げる連中を一人一人じっくり頷きながら見つめ、最後に現代聖女を見つめてうっそりとほほ笑む。
それはもう、嘘みたいに作り笑いをする――うっそりと。
唇に弧を描いただけで、現代聖女が「ひっ」と青ざめるんだから失礼しちゃう。
ようやく静まり返った室内に私はゆっくりと告げた。