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入国管理局

 転生者と思しき人物を見かけた場合は、入国管理局に通達してください。

 広告で一般市民に協力を仰いでいる入国管理局は、特に餌で釣ることもせず、市民の善意だけで転生者を捕捉しているようだ。

 通達(というか通報)を受けて転生者の住処を探り当て、入国許可が下りるまで身柄を拘束する。

 わけもわからず転生させられるのが転生者の常であるものの、不法入国しているのも事実なわけで、おおよそのケースで転生者は抵抗せず捕らえられる。

 後は危険な人物でないことが確認できれば、晴れて入国許可証が与えられる。危険だと判断した場合は知らない。島流しにでもされるのではなかろうか――

 という下りを、とあるサイトにまとめられているのを閲覧していたために、那由多は連行されるのに充分な心の準備ができていた。ありがとう某サイト。いつか記事を書いてくれた人には恩返しをせにゃならん、と密かに胸の内で決め込んでおく。

 任意同行に応じた那由多は、二人組の局員とたわいない話をしながら歩いていく。

 この間、手足が拘束されることもない。記事にあった通り、素直についていけばただの一般人と変わらぬ扱いをしてくれていた。

 家族用の転送装置に乗り込み、那由多ははじめてのワープを体験する。

 わずかな間視界が白く覆われ、直後に画面が切り替わったかのように転送先の地に着く。

 もっと派手な演出はないのかと多少の落胆を覚えたのは内緒だ。某宇宙映画のように景色が棒状に光ることも、ジェット機で飛ぶときのように身体にGが掛かるわけでもなかったのは、隠れ夢見がち青年那由多の心をほんの少しだけ傷つけるしょぼい経験となった。

 そんなこんなでやってきた入国管理局本部。東京でもそうそうお目にかかれない巨大な建物に面食らったが、中に入ってみれば造りは地球産のものと大差なかった。

 案内された部屋には、簡易な椅子とテーブルが数組。テーブルの向こうには妙齢の女性が一人と、採用面接にしてももっと圧迫感があるであろう質素な空間が広がっていた。

「こちらへどうぞ」

 面接官、ではない。局員のお姉さんがすっと手を出して椅子への着席を促した。那由多は粛々と指示に従う。

「はじめまして、私はキャディといいます。以後お見知りおきを。早速で申し訳ありませんが、こちらの用紙にご記入お願いします。入国手続きに際して行っているアンケートみたいなものですので、そう心配なさらないでください。アベル文字が読めないという方には、私が記入項目の内容をお教えします。といっても、みなさんいらしたばかりで読めなくて当然なんですけどね」

 ふふっ、と柔らかく笑うお姉さん。美人系の笑顔がよく似合う素敵な女性だが、那由多はこの表情、この佇まいに覚えがある。

 異世界の住人なのだから初対面なのは間違いない。だが、世界にそっくりさんが三人いると言われているように、人格から何から酷似している人は少なからずいる。

 那由多はノータイムで記憶を掘り起こす。

 あれはそう、警察本部にお呼ばれされた日のこと。


 柔和な笑みの裏に犯罪者絶対許さないウーマンの凶暴性が潜む、さる警視監おばさんの姿だ。


「女警視監……」

「? なにか?」

「いえ、なんでも」

 この人は、手強い。

 記憶が、経験が、那由多にそう語りかけていた。

「俺、アベル文字読め……ます」

 第一印象がとんでもない方向に固まってしまったものの、予定通りの行動に打って出る。

 那由多は日本語ではなく、あえて覚えたてのアベル語を駆使した。

「あら、喋れるの!? すごいわね、どう覚えたの?」

 口の形の変化を読み取ってか、キャディも目の色を変えた。

「友達……います。教えて……もらいました」

 間違いのないよう、単語と単語を切ってゆっくりと話す。

 迎えにきた局員でも試したが、アベル語は言葉が通じるレベルで話せているようだ。ヒヤリングはばっちりでも、喋る方はどんな言語でも慣れるまでに時間が掛かる。どことなくラテン語に似ているので、言葉の扱いに難は覚えなかったことだけが幸いだ。

 ――実はこの行為、相手の言語に合わせて使っているようにみせて、狙いは失礼な言動を誤魔化すためにある。

 異国の言語で話す際、慣れていない人だとニュアンスの伝達祖語がたびたび発生するのを聞いたことはあるだろうか。

 意味を知っただけの単語だと、実際に会話に登場させたときとんでもないスラングに変換されてしまうことがある。

 無知ゆえの失態。那由多はそんな『外国あるある』を異世界でも駆使しようと企んでいるのだ。

 ――悪知恵上等。言い訳のネタならごまんとある。

 などと、舌先をちらつかせていることを伏せて用紙にペンで書きこんでいく。

「名前……那由多」

「書くこともできるのね、すごいわ! あ、記入漏れはないようにお願いね?」

「わかり、ました。出身……地球。日齢……日?」

「一年の時の流れは星によって違うから、日数でカウントするのが習わしなのよ。だいたいどこも一日の長さは変わらないそうだから」

「へえ……」

 つまり複数の異世界がここに繋がっている、と。

 また一つおかしな事実を確認した那由多は、指折り数えて計算を始めた。

 当然、こんなものは演技だ。計算など一瞬で完了している。

 だが、あまり頭の回転が良いことを見せつけても良いことは一つもない。

 今回はスローペースに、わざわざ相手の言語に合わせる誠実な男を演じるのだから。

「家族構成……独身。チート……チート?」

「あら、地球にはチートに対応する言葉があったはずですが、ご存じないですか? 異能、神様から授かった常人にはない能力のことですよ」

「ない……です」

 こんなふざけた項目が堂々と載っているから驚いただけで、ないものはない。

 だから後ろめたいことも何もないのだが、

「本当ですか? もしあなたが危ないと感じる能力を授けられていたとしても、そんなことで入国拒否などしませんから安心してくださいね?」

 キャディは探りを入れてきた。アベル国でも解析の進んでいないチート能力のことを相当警戒しているようだ。

 考えれば、それも当然のことか。

 なにせ、こちらもこちらで魔法の警戒をしているのだから。

「入国経緯……死んで、生き返った。気づいたらここにいました」

「それは、お気の毒に……自分の意思なく連れてこられた貴方を、アベル統一国は歓迎します」

「地球人……」那由多が遠い目を窓の向こうに向ける。「隕石で、みんな死にました」

「えっ、それは……」

「あなた、知ってますか?」

 ありがたい言葉を頂いたところ悪いがここは勝負所。

 那由多は主語を抜いてジャブを繰り出した。

「知っているとは、なにをでしょうか?」

 自然と小首を傾げるのは、切れ者の証拠だ。一拍の間も置かずに返す反応の良さも見事。

 しかし全身から溢れ出る警戒心だけは拭えない。チートが使える輩を数多く相手取ってきたからこそ滲み出る油断のなさが、逆に浮いてしまっている。

「地球人、です。この世界にもいます、よね?」

 こちらは、同郷の士を探している体でいるだけなのに。地球のことを知っていることを口走ったのが運の尽きだ。

「ええ、いらっしゃいますよ」キャディは至って平静そのものだ。

「何人かいたはずですが、全員の連絡先となると何とも。私の知り合いに一人いますので、ひとまずその方だけでも連絡を入れておきますね」

「お願い、します」

 犯人を知っている風ではない。

 ただし、人類滅亡に至らせられる魔法になら心当たりがある。

 おおかた、こんなところか。

 ついでに地球人の伝手を一人確保できたので万々歳だ。反応が見られたので、那由多はいったん仕掛けるのを止めにする。

 間違いなく魔法にもチートにも造詣が深い大ベテラン。そのことがはっきりしただけでも十分な収穫だった。

 ――切れ者の女警視監。強烈な第一印象は、未だ覆りそうにない。

 これはもう、あれだ。キャディさんというより、キャディ女史という感じ。なんだかよくわからないけれど、那由多はどうしても心の中で彼女に敬意を払ってそう呼びたくなっていた。

「アンケートにご協力頂きありがとうございました。続けて、入国審査に移ります。ああ、簡単な質疑応答を行うだけですのでそう緊張なさらず。こちらも事情はわかっていますから」

 アンケート用紙の残りを埋めると、キャディさん改めキャディ女史はラフな口調で入国審査を始めた。理解している優しいお姉さんの姿勢が憎い。

「では、渡航目的ですが……強制的に連れてこられたんですもの、目的なんてありませんよね」

 言葉ではなく首を縦に振ることで返した。実際、目的を持ったまま転生したわけではないので嘘ではない。地球を再生するという意思が、既にミーナではなく那由多のものになっていたとしても。

「では次……滞在期間についてですが……これについては省略します。形式上お付き合い頂かないといけないとはいえ、無粋なことを訊いたこと、お詫び申し上げます」

 今度は手のジェスチャーとともに横に振る。キャディ女史のできる女っぷりがすごい。

「滞在先についてですが、あのアパート。神様の計らいであてがわれたものとみていますが、違いますか?」

「そう、です」

「やっぱり! ネット上の手続きだけで契約を済ませられる住居を狙って、神様がわざわざ用意してくるケースが多いんですよねー。では、お住まいは現在住まわれているあのアパートでよろしいですか?」

「はい」

 テンポが良くて助かる。ちょろい野郎はこのリズムに乗せられるだけでまんまと流されるんだろうな、と分析していると、

「では、最後に。ご同行の方はいらっしゃいませんか?」

 飛んできた。とびきりのキラーパスが。

「あら、その様子だと一緒についてきちゃった神様はいませんか。もしいたら、神様にも住民票の登録だけはお願いしているのですが……ごめんなさいね、変なことをお尋ねして」

「いえ」

 那由多は神様がついてくることなんてあるのかふーん、と呆けたフリを貫き通す。

 ――危なかった。某サイトを閲覧していなかったらうっかりボロを出すところだった。

 某サイト――日本語翻訳を載せていた、あのサイトのことだ――のページに記載されている文章の中に、神の存在を悟られるべからず、とあったのだ。

 理由は至って単純。神様付きと見なされると、それだけで重度の監視対象に引き上げられるからだそうだ。

 転生者がいることでその存在を証明された神様は、チート以上に謎の多い存在だ。那由多もネット上をくまなく調べてみたが、まったく情報が出てこなかった。トップシークレットであることは間違いない。

 なので他の神様が捕捉されているかどうか定かではないが――少なくともこんな記事があるくらいだから神様がいたことは確かだろう――未知数の相手として国防組織が警戒を強めるのは至極当然の流れだ。もしいるとわかれば、徹底した監視が為されることは想像に難くない。

 那由多としてもそのような事態に陥るのは避けたかったので心の準備だけは怠らず、今回功を奏したというくだりだ。

 それにしても恐ろしいのがこのキャディ女史だ。いかにも人受けしそうな微笑みは、尋問の際に優しく接して取り込もうとする二人組の片割れのようだ。油断ならないが、警戒心を見せるわけにもいかない。加減が難しいものだ。

「回答、ありがとうございました。では、続けて住民登録に移りますのでこちらの用紙をご覧ください――」

 第一ウェーブ、終了。

 第二ウェーブに続く。

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