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裕福な世界統一国家とくすぶるチート転生者

「――俺の家族だというこいつらはいったい誰なんだ。誰なんだあああああ!」

「ぎゃあああああ!」

「ご清聴、ありがとうございました」

「あ、ありがとよ……おー怖かった。嫁さんと再開する下りとか鳥肌立ったぜ……って」

 ビダルは大きく息を吸ってから、

「って、これホラーじゃねえか!」

「なんだよホラーの何が悪い。面白いしタイトルもぴったりじゃねえか」

「いやまあそうだけどよお、ってひでえな誰が思い出切り売りしろって言ったよ!?」

 集ってきた輩が何を言おうと、那由多は聞く耳を持つつもりはない。運ばれてきた皿の中に浮かぶニョッキのような練り物を白いソースに絡めて一口。ジャガイモとも小麦とも違ったモチモチと弾力のある練り物に、牛乳と似て非なる動物由来の乳でできたソースが良く合い、美味い。シャルディとも相性が良く、マスターの腕前に上機嫌になりながら食べ進めていく。

「やるな兄ちゃん、おたくの語り口は大したモンだ。この俺が言うんだ、間違いねえ。しかも、レパートリーはホラーだけじゃねえよな。あの表現力、コメディやギャグ、演劇も嗜んでるだろ? なあ、もう一杯なんてみみっちいこたあ言わねえ。今日の飯代全額奢ってやるからよお、聞かせてくれねえか? 次の――」

「あのな? 俺はアベル統一国に来たばっかだから一般常識から世俗のことまで何でも知りたいお年頃なわけ。アベルルーキーなわけ。だから小噺はいったんおしまい。ここからは俺の番だから明日の天気から初体験の年齢までどんなことでも答えろ。わかったか」

「お、おう。よくわからんけどわかった」

 物欲しそうなハゲをぴしゃり。聞き分けを良くするには勢い良く捲し立てるに限る。

 とにかく、体勢は整った。訊けるかぎりのことを訊こう。

 ジョッキをテーブルに置いた那由多は、本格的に問答を行う姿勢へと移った。

「じゃ、最初の質問な。転生者ってなんだ?」

「なんだってまた随分抽象的だな。おたく自身のことだろうが」

「知らねえよンなの。俺はただ不幸な死に方したから異世界で第二の人生スタートですっつーありきたりな導入受けただけで、右も左もわかんねーんだよ。特殊能力はスタートダッシュ。所持金が少し増えるぜ」

「わびしい能力だな……俺は見たことねえからあれだが、普通はチート能力を授かるモンじゃねえのか?」

「やっぱデフォであるのか。どんな能力がある?」

「色々ニュースで耳にするが、そうだな。最近開かれた総合武闘大会で優勝したのが剣技のチート持ちだって話だ。なんでも一振りで次元を切断できるらしいぞ」

「次元の定義が壊れるやつな。わかったわかった。他には?」

「有名どこだと何にでも変われる万能物質を生み出せる異能者がいたな。なんで有名になったかっていうと純金を量産して荒稼ぎしたせいで、貴金属保護法っていう新法が誕生したからだが。いまはレアメタル系の会社経営して大人しくしているそうだぜ」

「便利な能力なのにセコい枠組みの中に収まっちまってんのな。もったいな。そんなしょぼいのじゃなくて、ないのか? こう、魔王倒して世界救いましたーみたいなやつ」

「おいおい、魔王なんてこの世にいるわけないだろ」

「あ、そういう世界観なわけ」

「今から千年ばかし前に討伐されたからな」

「いたのかよ!? てか随分昔だな!?」

「おうよ。我らが勇者兼ご先祖様、アベル様がやってくださったからな。そりゃあもうすごかったらしいぞ。当時モンスターを統べていた魔族の連中をばったばったとなぎ倒し! いざ魔王と対峙すると、なんとタイマンで殴り勝ち! 仕舞にはあの伝説と謳われる消滅の呪文を唱えて魔王が二度と復活できないようにしたんだそうだ」

「半端ねえなアベル様。チートかよ」

「これについちゃいろんな議論が重ねられてるが、俺はたぶんそうだと思うぜ。戦闘力に魔術の腕前、おまけに全世界の姫様を抱いたイケメンと来りゃあチートじゃねえと考えるほうが不自然ってモンだ」

「おいいま聞き捨てならねえ言葉が聞こえたぞ。姫様コンプリートだと?」

「ああそうだ、大国の第一王女から小国の末娘まで総ざらい。しかも全員きっちり孕ませたそうだ。いやあ、俺はなんだかんだこいつが世界平和にもっとも貢献したスゴ技だと思うぜ? なあ兄ちゃん、人類の敵だった魔族を征服して兵力ダダ余りになった国家がそこら中にあったとしたらどうなると思うよ」

「考えるまでもねえ、戦争だ。文化や思想、宗教の違いがある隣国に不満がない国なんてあるわけねえ。魔族とやらの戦いで物資不足に陥った国家も少なくねえんだろ? だったらなおさら、略奪行為に走るわな。んで一戦おっ始めるきっかけを得て、後は血みどろの殴り合いだ」

「すげえな兄ちゃん、学者の考察と同じこと言うんだな。元の世界じゃわんさか国があったのか?」

「まあな。じゃ、こっちの世界は実際にはそうはならなかったってか」

「世界各国に広がる勇者の奥さんとその子供たちが、自らの国を鑑みずに尽力したおかげでな。ここがアベル統一国になったのは魔王討伐から五十年後って話だぜ」

「よくそんな短期間でやれたな。内戦がすごいことになってそうだが」

「そこはあれよ。勇者様の才能を引き継いだ優秀な子孫たちがあれこれしたんだろうよ。記録に残っている資料は少ないけどな」

「歴史の勝者が都合の悪い出来事を闇に葬るのはどこの世界でも一緒だな。勇者の子孫様々だな」

「当時は爆発的に増えていたみたいだからな、子孫たちは。つーかあれだぞ、いまじゃ全人類に勇者の血が混ざっているぞ」

「は?」

「千年前までは魔法を使えない人も珍しくなかったそうだが、現代人は全員使えるからなあ。魔法技術の発展の影響もあるだろうが、なにより勇者様がもたらした遺伝子が我々に膨大な魔力を授けてくれたからってのが一番の通説だ」

「なんつー出鱈目な……つーこたああんたも?」

「多分な。これでもクラスで一番氷雪系魔法が上手かったんだぜ?」

「似合わねえ……あんたなら肉体強化や火ィつける魔法のほうが得意そうに見えるが」

「どっちもできなくはねえよ。たださっきも言ったが、全員勇者の末裔だからなあ。隣の席のやつに勝つのも楽じゃねえのよ」

「なるほどなあ」

「それに……」

「それに?」

「ここまで文明が発展しちまうと、肉体強化はともかく攻撃系の魔法なんて磨いても役に立つ機会なんざありゃしねえのよ。だから、俺の氷雪系攻撃魔法なんざ本当に何の自慢にもなりゃしねえ。倒すべき敵もいねえしな」

「は? さっきモンスターいたじゃん」

「シャルディのことなら果樹園で栽培されてるだけだぞ。自生はいない」

「あんな凶悪なフォルムしておいて!?」

「無防備な人を殺せるだけの力はあるが、だからこそ野放しにはしておけないからなあ。百年近く前に全世界でフィールド狩りがあって、そのときにシャルディ含めて危険なモンスターどもはおおむね駆逐したって話だぞ」

「環境保護もへったくれもねえな。うちの世界でやったらユネスコの連中を筆頭に、動物愛護団体や猟銃会の連中までこぞって抗議に来そうだな」

「国民の安全第一じゃないのか、そいつらは。しっかし、面白えな」

「あん?」

「転生者は基本的に魔法が使えないって聞いてたが、本当に魔法が使えない世界からきたんだな、兄ちゃんは。こっちの世界じゃガキでも知ってる常識でも、おたくは逐一楽しい反応を見せてくれる。遠くの地区から来たおのぼりさんでもあり得ねえ驚き方してくれるから、ああマジモンの異世界人なんだなって思ってよ」

「今更かよ。ここじゃ汗掻いてるだけで転生者認定されるんだろ? 面倒極まりないぜ、ったく」

「暑さ対策で魔法が使えないのはえらく大変なんだな。こっちの人間からすりゃ考えられねえな」

「人類全員魔法の達人ってことのほうが信じられねえよ」

「それもそうだな」

 がはは、と笑いながらビダルは立ち上がり、ちょっとトイレと言って席を離れた。

 ふがいないチート持ちの転生者たち、魔王の消滅、国民総魔法使い。衝撃的な情報の連続に疲れた那由多にも、この時間はちょうどいい休憩になった。一口でグラスの中に残っていたシャルディを呑み干し、一息つく。

 一度、情報を整理する必要があった。

「マスターにも得意魔法があったりするのか?」

 それは小賢しい酒場での会話の繋ぎにも、アルコールで脳を焼かれた酔っ払いによる作為のない話の振り方とも捉えられる。

「私が得意なのはカクテルとちょっとした小料理だけですよ」

 だからマスターから小粋な返され方をされて、那由多は心底楽しくなった。実際に魔法が使われるところのひとつでも見られればという狙いがあったが、これはこれでいい。異世界でも雰囲気の良い酒場を味わえるのであれば、これ以上に価値のあるものはなかった。

「ですが、先の攻撃魔法同様、いまの時代となっては料理の腕前に大した価値はありません。嘆かわしいものです」

 この店には通うことにしよう。そう決め込んでいた矢先に、ダンディズム溢れる店主から深いため息が漏れた。何事かと訊ねたかったが、

「その話、今度ハゲがいないときにじっくり訊いていいか?」

 トイレの個室からカラカラカラ! とトイレットペーパーが勢い良く巻き上げられる音が響いてきたので、那由多はカウンター上に万札を一枚置いて立ち上がった。どう計算しても釣りが返ってくる金額だが、また来ると決めた那由多は「余りは次来た時のお代ってことで」と一言断りを入れた。

 マスターは紙のお金ですか、と受け取った紙幣をなぜかとても貴重なもののように受け取りながら、

「もう行かれるので」

「せっかく美味いものを食ったんだ。あとは気分良く帰りたいだけさ。じゃ、また」

 遠まわしにハゲから小噺の催促をねだられるのが嫌だと伝えると、マスターは「またお待ちしております、異世界の方」と気持ちの良い返事をしてくれた。機嫌を良くした那由多は、後ろ手を振って店を去る。


 もっと詳しく訊きこみたいのは山々だったが、創作魂に火のついたハゲからおねだりを躱しながら新しい情報を得るのは骨が折れる。なによりミーナに聞きたいことが山ほど増えたことで、撤退を優先すべきだと判断した那由多は、すっかり日の暮れたコンクリートジャングルに吹く温い風を浴びながら夜道を歩く。

 やはり、酒場は良い。酔った勢いのせいにしてストレートに話を進めることもできるあの場所ほど、情報をかき集められる場所もない。金か利権か女が絡まなければ本音ばかり飛び交う世界なのだから、なおさら重宝するものだ――。

 などと、少々洒落た気分でシャルディの余韻に浸っていると。

「待ちやがれ兄ちゃんよお!」

「うわなんだこのハゲぶべらっ!?」

 背後から背骨がへし折られん勢いでタックルをかまされた。

 直前に「瞬発力強化Ⅲ!」といった叫びが遠方から聞こえてきたが――まさか、優に百メートル以上はあろう店先からこのわずかな時間で駆け抜けてきたとでもいうのだろうか。

「ひでえじゃねえか兄弟、なにも俺を置いていくことはねえだろう? ささ、戻って話の続きと洒落込もうぜ」

「ええい離せハゲ、俺は転生したてでもうおねむなんだ! ちっとは気遣いやがれ!」

「いいや俺にはわかるね、兄弟はここで手放したら二度と帰ってこねえ、エピソードわざわざ話すの面倒だからほかの飲み友達とつるんでる兄弟の姿がそこにあるってことくらいな!」

「そこまで想像できるならちっとはこらえろよ! 節度と距離感を大切にしやがれ!」

「うるせえ! 『筋力強化Ⅲ』!」

「なにすんだこのハゲ! 筋肉ダルマ!」

 ハゲが呪文を唱えると、一瞬肉体全体が青白く光り、次の瞬間には紙細工でも手にしているかのように那由多の胴体を軽々と持ち上げた。抗議して手足を暴れさせるが、ハゲはまるで意に介さない。

「ええい本気で離せや! さもなくば全力でおまわりさん呼ぶぞ!」

「ばっ、それはやめろ! 逮捕されたらどうする!?」

「どうもこうも犯罪すれすれだろうがこの状況は! わかった、話なら時間があるときにしてやるから! だから今日のところは帰しやがれ!」


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