終焉の日
運命の日は誰にも悟られることなく、その日を迎えた。
国のトップも、国防機関の精鋭たちも、学者も識者も宗教家も。
世界中にいる人々をかき集めても、ただの一人も気付けなかった。
天にいる神に祈りを捧げようと。
暇な一日をぼうっと空を眺めることに費やしても。
変化は一瞬の出来事であり、予兆なんてものは欠片もなかった。
そして、ここにも一人。
「んだあ? 突然暗くなってんじゃねえよ、朝っぱらからスコールってかあ!?」
酒瓶片手にパンツ一丁でふらつく青年、名を那由多。
逆立った寝癖をそのままに、目蓋を擦りながらカーテンを掴む。
わざわざ酒瓶を持った方の手を出すものだから、酒瓶とガラスがぶつかり、乾いた音がだだっ広い部屋に鳴り響く。くわんくわんと、アルコールの残る頭にも反響する。
当然、彼も気付けなかった。
今日という日が平凡な一日の始まりであることを信じて疑わず、呑気に迎え酒を浴びることしか頭になかった。
しかし、事ここに至って気付く。
いきなり太陽が隠れ、室内が暗くなったことにより。
カーテンを開け、壁一面にはめ込まれた大ガラスの先。遥か上空に控えるそれを視認したことにより。
巨大な隕石が、そこにあった。
まだ成層圏の向こうにあるだろうその隕石は、あまりに大きすぎた。
地上にそびえる東京ツリーやスカイタワーなど目ではない。
東京湾を持ち出してきてようやく比較対象になるといったところか。
とにかくその隕石は大きく、そして近すぎた。
携帯電話から今更のようにアラームが鳴る。
警告の内容など見るまでもない。だが、警告されたところで何になるというのか。
那由多の住まうこの地をを粉々に砕くだけに飽き足らず、世界各地に滅びをもたらすであろうに。
いったい、どこに逃げ場があるというのか。
那由多は空に浮かぶ冗談みたいな塊を眺めながら、手にしていた酒瓶を呷り、口の中を満たす。
舌の上に乗る確かな味わい。鼻から抜ける酒精の香り。
名残惜しむように喉を鳴らし、胃から込み上げてくる高揚感を楽しみながら、ただ一言。
「ああ、酒うめえ」
そう言い残して、人生初にして最後の月見酒ならぬ石見酒を果たした。
直後、一面の窓ガラスが粉々に砕け散る。
大気圏に突入した隕石が桁違いの衝撃波をもたらし、容赦なく窓ガラスを叩き割ったのだ。
窓ガラスの前に仁王立ちしていた那由多に、散弾のように飛び込んでくるガラス片の暴威を阻止する術はなく――
――人類の終焉を見届ける前に、あっけなく死んだ。