~決意~
[六章・孤立無援]
『2月8日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部 フィルネーチェ邸 19時50分』
テルミット達第六護衛小隊とフィルネーチェは食堂で一緒に食事をとっていた。ウィルベール達はただ無言で食事に集中しており、誰も話しかけてくる者はいなかった。
ウィルベールは食事を終えると、腕時計を確認した。
『まだ8時になっていないのか・・・今日は時間が経つのが遅く感じるな・・・』
ウィルベールが体を楽にして落ち着かせていると食堂のドアが開かれ、執事長のグリントが少し血の気の引いた顔で中に入ってきた。
「何事ですか、グリント。」
「ユーグフォリア社の本社からの連絡です。フィルネーチェ様と第六護衛小隊の皆様方に伝えるよう伝言を承って参りました。」
テルミットは少し不穏な顔をした。
「グリントさん、報告をお願いします。」
「はい。『本日2月8日をもってナターシャ・シャル・ローゼンヴァーグ王女とその護衛部隊である第七護衛小隊を国家転覆未遂、及び国家転覆幇助の罪により処刑するとゼリード王子含む序列上位五名のローゼンヴァーグ家の王位継承者が決定したことを第六護衛小隊に伝える。』」
その場の空気が一気に凍り付いた。グリントは伝言を読み続ける。
「『既に第五護衛小隊が第七護衛小隊とナターシャ王女の討伐作戦を実行した。結果としては、第七護衛小隊は隊長、副隊長含む隊員4名の処刑に成功。ナターシャ王女と唯一の護衛小隊の生き残りであるベルツ・ロメルダーツェは行方をくらまし、現在捜索中であり発見次第処刑する所存である。又、名誉あるこの任務を遂行した第五護衛小隊も隊長、副隊長を除く隊員4名が彼らの抵抗のせいで殉死した。』」
『なにが名誉ある任務だ・・・馬鹿じゃねえの?』
ウィルベールは心の中で吐き捨てた。
『ベルツの奴は生き残ったのか・・・流石というべきだが、まずい状況だな・・・』
ウィルベールは友人の無事を確信すると同時に彼の今後の動きが非常に気になった。
「『尚、第六護衛小隊には明日事情聴取を行う。フィルネーチェ王女も帝都ローゼンヴァーグの査問会に参加するようお願いする。諸君が何かしらの虚偽を行った場合、もしくは聴取に応じない場合は敵対勢力と認め、排除することになるだろう。諸君には賢明な判断をするようを助言しておく。』・・・以上です。」
「分かりました。・・・料理長、今すぐ食事を片付けなさい。すぐにこの場で緊急会議を始めます。」
「承知しました。」
料理長の男は他のスタッフを呼ぶと急いで机の上の食器を片付け始めた。ローシャがウィルベールに小さな声で話しかけてきた。
「おかしいですよ・・・どう考えたって嘘じゃないですか!」
「・・・理由なんて何でもいいんだろうな。とりあえずなんかそれっぽい理由をこじつけて、いかにも『私達の方に正義があります』的なことを言っておけば処刑の理由としては十分だろうからな。」
「そんなの無茶苦茶ですよ!法治国家のすることじゃないです!」
「今の帝都は『君主主義的立憲君主制度』を取り入れている。王族であるローゼンヴァーグ家の王位継承者達の決定が国会よりも優先されちまうんだよ。・・・最も、国会でも賄賂やらなんやらで議員たちを買収しまくっているんだろうな。」
「国民が納得するんですか⁉」
「国民の納得なんかいらないんだろうな。奴らの認識からしたら国民は『家畜』で『資源』だ。モノとしてしか見ていないんだろう。」
「・・・ひどい・・・」
ローシャがウィルベールから話を聞かされるとショックを受けたのだろうか、俯いて唇をキュッと噛み締めた。確かにウィルベールでも今のその体制には胸糞が悪くなってくるほど気に食わない事だった。でも、庶民が叫んだところで何にもできはしないのはみんな分かっている。だからこそ、ローシャは悔しくてそのような行動をとっているのだろう。
気が付くと机の上は綺麗になっていて、机の上に置かれているキャンドルに灯った火がゆらゆらとほの暗く照らす。
「・・・先程の話ですが、テルミット第六護衛小隊隊長。どう思いましたか?」
「貴方の上の兄弟姉妹は禄でも無い人達というのを改めて認識させられました。」
「・・・おっしゃる通りですね。まさかこのような直接的な行動に移るとは・・・」
「三日前に第七護衛小隊の隊員の一人が殺害されたのも彼らの差し金でしょう。」
「というか、さっきの伝言でそのことが確定したようなものですよね?」
「そして現在、ナターシャ王女と第七護衛小隊を完全に殺し切ることはできなかったが、奴らが現在支配している場所からは追い出すことには成功した。」
「追い出すって何の為に・・・まさか!」
ローシャが察するとヴィクトルは不機嫌そうに頬を吊り上げた。
「ローシャ・・・君も既に察したと思うが第七護衛小隊が壊滅した今、俺達は完全に孤立している。」
「本部からの応援は・・・」
「無いだろうな。どうせユーグフォリア社もグルだ。俺達は元から殺されるためこの任務にキャスティングされたんだよ。」
「でもなんで・・・」
「あえて成績が悪い奴を集めて、死んだとしても問題ないようにしたのでは?」
「いや・・・カーレスやラインの実績はエージェントの中でも類を見ない程良い。ヴィクトルは結界術に関してはエージェントの中では右に出る者はいないし、ローシャもエージェント育成学校を首席で卒業している・・・ウィルベールに関しては特殊な事情があるが成績は決して悪いとは言えない。第七小隊に関しても同じだろう。」
「そうですね。俺の友人であるベルツも棍術に関しては誰にも負けたことが無いですし、戦闘能力も高いですよ。霊術も使えますし・・・」
「じゃあ、余計分からないじゃないですね・・・」
「多分奴らそこまで深く考えていないと思う。恐らく適当に配属しただろうからな・・・運が無かっただけだよ、俺ら。」
「ウィルベールさん!フィルネーチェ様の前でなんて事を!」
ウィルベールがフィルネーチェの顔を見るとフィルネーチェは表情を暗くして俯いていた。ウィルベールは心の中でやってしまったと激しい後悔に襲われた。
「・・・すみません。姫の前なのに失礼なことを言ってしまって・・・別にフィルネーチェ様が嫌だという訳では・・・」
「分かっていますよ、ウィルベールさん。貴方の発言が私に対して敵意を向けていないという事は。」
「・・・本当に申し訳ありませんでした。」
ウィルベールが謝罪の言葉を述べ場が静まり返ると、執事長のグリントが声を上げた。
「皆様、実はもう一つ伝言がございます。」
「もう一つ?」
「はい。実は先程、第六護衛小隊宛てに手紙が届いておりました。」
「誰からのだ?」
「第七護衛小隊隊長、ズィルバー・クランク様からのです。」
「何時届いていたんだ?」
「手紙は本日の午後七時に伝書鳩で届きました。・・・鳩の背中にこのような手紙が。」
グリントは手紙をテルミット達に見せた。手紙は少しボロボロでテルミットが手紙を開くとひどく乱雑な文字が書き並べてあった。まるで急いで書いたかのような感じでテルミットの手が少し震える。
「・・・内容を読み上げるぞ・・・『第六護衛小隊へ、自己紹介は少し省かせてもらう。もう私には時間が無いからな・・・今私達は第五護衛小隊に襲撃を受けている。すでに部下を三人失った・・・俺は別動隊の囮として今動いている。ナターシャ姫は部下が無事に脱出させてくれるだろう・・・』」
「なんで隊長の手前が囮役を引き受けているんだよ・・・」
テルミットの手が震えが激しくなる。ウィルベール達は静かに息を呑んだ。
「『敵の事について分かったことがある。それはなんで俺達がこの隊に割り振られたからだ。社長は適当に割り振ったとあるが、あれは嘘だ。それぞれの護衛小隊はそれぞれ専門のチームで引き抜かれているんだ。実際俺達を襲っている第五護衛小隊の奴らは暗殺部隊の奴らでその中でも特に選りすぐりの奴が集められていた・・・通りで俺の部隊に戦闘員が少ないと思ったよ・・・俺達の隊もベルツとかいう若者を除いて諜報部隊出身だからな・・・あいつには大変な負担をかけてしまった・・・』・・・部隊ごとに引き抜かれているのか?」
「・・・確かに言われてみればそうですね。隊長とカーレスさん、ラインさん、ヴィクトルさん達は、前から一緒の部隊なんでしたよね?」
「そうだ、ローシャ。お前とウィルベールを除き俺達は第六護衛小隊に配属される前からすでに顔見知りだった。最初は偶々かと思ったが・・・ところでローシャとウィルベールには何か共通点はあるか?」
「俺達は同じ部隊じゃないですし、部署も違います。・・・でも全く関係ないとは言えないんです。」
「どういうことだ?」
ウィルベールは妹とローシャの関係について話した。
「俺とローシャなんですけど、実は俺の妹を介して知り合いだったんです。・・・過去にローシャを魔物から助けたこともあります・・・」
「お前達が知り合い同士だったとは・・・やはり何かあるな。」
「ですね。意図して組まれたのは間違いじゃなさそうですね。」
テルミットが再び手紙を読み始める。
「『後、なんで俺達が選ばれたのかは俺達の思想と関係あるらしい・・・それによって、ユーグフォリア社の幹部はエージェントの中で特に邪魔になりそうな奴らを上位から12人をわざと選んで配属させたらしい・・・完全に最初から殺す気があったようだな。ずっとその機会を待っていたそうだ。』・・・それがこのタイミングでか。」
「まあ、隊長や俺達の思想は共存派の方に加担していますからね。実際に前の部隊では共存派の人達とは深い交流をしていましたから・・・ウィルベールとローシャは何か上層部の癇に障ることをした覚えはあるか?」
「私は・・・癇に障るかどうかは知りませんが、学生時代に共存派の方と慈善活動のボランティアをしていました。迫害を受けている種族の方を保護したり、住処を作ってあげたり、食事を提供してあげたりと・・・」
カーレスがローシャの話を聞いて何度も軽く頷く。どうやら何か分かったようだ。
「それで成績優秀でなおかつ霊導弓の使い手で戦闘能力もある。様々な霊術も使える。それもまだ20歳にもなっていない女性がだ。いざ自分たちに牙をむかれた時の処理に困ると上層部は判断したんだろう・・・ハッキリと分かったな、ローシャ。お前も俺達と同じ、抹殺リストに含まれているらしいな。」
「そんな・・・」
ローシャは机の上にそっと両手を置き、手を組むと両手をギュッと握りしめ、震わせた。その顔には悲しみと憎悪の感情が現れており、ローシャがユーグフォリア社に対して何とも言えない感情を持っていることはその場にいる者ならば誰でも察することが出来るだろう。
カーレスはウィルベールの方を向いた。
「ウィルベールは何か思い当たることは?」
「俺ですか?特に慈善活動もしていませんし、共存派とか支配派とかあまり興味なかったので・・・なんで自分が選ばれたのか良く分かんないです。」
「そうか・・・。」
カーレスが首を傾げて考え込み始めるとローシャがウィルベールに尋ねた。
「もしかしたら・・・ウィルベールさんの特別な血が関係しているんじゃないですか?」
「俺の血?」
「はい。前にウィルベールさん、自分は人間種と精霊のハーフだって言っていましたよね?精霊なんてそもそもこの世にまだ存在していたとは私達も思っていませんでしたし、ウィルベールさんの事を会社の上層部の幹部達が知っていたとするならば危険な芽は潰しておくにこしたことが無いのでは?伝承によると精霊の血は他の種族の血よりも霊力を多く含んでいるという事らしいですから・・・」
ローシャの言葉を受け、ウィルベールは自分の右掌を見る。特に何も傷跡などはなく、なんでこんな仕草をしたのが自分でも深くは考えてはいなかったが、ウィルベールはただ自分の掌を見つめながら自分なりに考えた。
『俺の血・・・もしそれが奴らの俺を抹消する理由だとしても・・・本当にそれだけなのか?』
特に根拠はなかったが何故かウィルベールは自分の血だけが自分が殺される理由では無いと考えてしまった。実際は本当にただ精霊の血を引くだけだから潰しておきたいだけなのかもしれない。
ウィルベールは色々な可能性を考えてはみたものの、結局の所、真相を知るには上層部の連中に聞くしか知るすべはなく、それ以外はただの空想に過ぎないと思い考えることを止めた。
フィルネーチェはテルミット達に静かに告げた。
「・・・皆様に一つご提案があります。」
「何でしょうか、フィルネーチェ様?」
テルミットが返事をすると、フィルネーチェは深く深呼吸をしてからテルミット達6人に告げた。
「皆様・・・私と一緒に・・・兄上と姉上達と戦いませんか?」
フィルネーチェの急な交戦宣言にテルミット達は思わず動揺する。
「フィルネーチェ様・・・何故、ご自分の家族と戦おうと?・・・その真意を聞かせていただけませんか?」
ローシャは心に動揺を抑え込み、落ち着いたトーンでフィルネーチェに問いかけた。
「私は今、激しい怒りを覚えています・・・妹は・・・ナターシャは・・・私と一緒にこの国を・・・世界を民族の隔たりのない様なものにしたいとただその一心で活動してきたのに、私の兄や姉達は太古からの思想である天族や魔族による人間種やその他少数民族の支配を続け、彼らを差別し続ける方針を取ろうとしている・・・別に思想を口にするのは百歩譲っていいとしましょう・・・」
フィルネーチェは机の上に置いている手を固く握りしめた。
「でも、その目的の為ならば自分の妹を殺そうとありもしない罪を擦り付け、貶め侮辱した・・・私は許せないのです・・・こんな悪行を行う者共のことがっ!」
フィルネーチェは今までウィルベール達の前では見せたことがない様な激しい怒りの籠った声を出した。表情は懸命に平然を装っているが、もう既に抑えきれない怒りが顔から溢れていた。その様子を見たローシャはフィルネーチェから顔をそらし、少し俯いた。
「フィルネーチェ様・・・貴女のお気持ちはとても良く分かります・・・が、現実は感情でどうにかなるというものではない事位、貴女なら簡単に想像つきますよね?」
テルミットがフィルネーチェに話しかける。
「現在の帝都ローゼンヴァーグの世論は未だに支配派が圧倒的多数、そして帝国軍と親衛隊の指揮権も支配派が持っており、その背後には私達が所属している民間軍事企業ユーグフォリア社が存在している・・・もしかすれば、他にも帝都をサポートする組織があるかもしれない・・・いや、確実にありますね。『この世界』に限らず。」
テルミットは天界や魔界の組織がローゼンヴァーグを支援していることを仄めかした。実際、魔界や天界も未だに支配派の支持が圧倒的である現状、同じ思想を持つ帝都と経済的にも軍事的にも協力関係になっているであろうことは容易に想像できた。
「フィルネーチェ様・・・貴女はそのことを理解した上で本気で彼らと『戦争』しようと思っているのですか?・・・この際、はっきりと言わせてもらいますが、勝ち目は無いですよ。」
テルミットははっきりとそう言ったが何も間違ってはいなかった。フィルネーチェは個人の軍隊を何も保有していない。今彼女の下にいるのは護衛担当になっているウィルベール達第六護衛小隊の6名のみ。それに対し、敵勢力の数は帝国兵、親衛隊、第一から第五護衛小隊含むユーグフォリア社・・・その他の勢力含め、軽く6桁はいっているであろう。帝国兵だけですでに6桁いっているのだから。
仮にフィルネーチェに賛同してくれて一緒に戦っている組織が現れたとしても、支配派側の圧倒的人数と技術力の前にこちらの勝ち目は薄いことには変わりは無かった。そして、敗北すれば確実に現在人間界で声が大きくなりつつある共存派の声がなくなるであろうことも明白だった。勝ち目は極めて薄く、負ければ思想そのものが消えかねない・・・普通ならば彼らと戦おうとはしないのは明らかだった。
しかし、フィルネーチェの目はもう既に覚悟を決めているようで、真っ直ぐと一転の迷いのない瞳でテルミットを見つめた。
「はい。私は自分が信じる思想の為・・・妹が信じる思想の為に戦います。敵がどんなに強大であろうと、私は引くつもりはありません。」
『この姫様・・・頭悪すぎだろ・・・勝ち目が無いのに戦いに挑むなんて愚の骨頂だな。』
ウィルベールは心の中でありのままの思いを呟いた。
「皆様が嫌がるのも無理はありません。・・・これは、私が勝手に決めた事ですから・・・もし嫌ならば、離反しても構いません。私はそれで貴方達を恨むことは決してしませんので・・・賢明な判断をしたと・・・そう思うことにします。・・・普通の人ならそうしますでしょうから。」
『まあ、普通なら逃げるよな。誰も死にたくないからな。』
ウィルベールはそう心の中で呟き辺りを見渡すとテルミットやローシャ、その他の仲間達も皆一言も発することなくそれぞれの考えに耽っていた。フィルネーチェの方を見ると、彼女の目は相変わらず堂々としており、覚悟を決めた戦士の目そのものでこんな男らしい目をするのかとウィルベールは内心尊敬してしまった。
ウィルベールはそんなフィルネーチェの姿を見て、笑みを浮かべた。
『でも・・・そういう分が悪い戦いも・・・嫌いじゃあ無い。』
ウィルベールがすっと右手を上げると、フィルネーチェやテルミット達が一斉にウィルベールの方を向いた。フィルネーチェは少し、きょとんとした目を向ける。
「・・・俺は貴女についていきますよ、フィルネーチェ様。俺の任務は貴女を護衛することですから。」
「ウィルベールさん・・・」
フィルネーチェがどこか嬉しそうな眼をしてウィルベールの目を見つめる。
「本当に・・・私と共に来てくれるのですか?」
「ええ、勿論です。どうせ、俺達も元から組織から殺されるために派遣されているようなものだからな。・・・ただやられっぱなしなのも俺の性に合わないもんでね。向こうがその気なら、こっちだって素直に殺される訳にはいかない。出来るだけ道連れにしてやりますよ。」
ウィルベールが鼻で笑い飛ばしながらフィルネーチェに話しかける。
「ウィルベールさん、フィルネーチェ様には丁寧な言葉遣いしないと。」
ローシャがそう呼びかけると、ウィルベールの真似をして右手をすっと上げる。
「ローシャさんも・・・」
「はい、私もフィルネーチェ様、貴女について行きますよ。」
ローシャがフィルネーチェに優しく微笑む。
「私はこの任務に配属される前からフィルネーチェ様の様々な活動を見てきました。貴女は妹のナターシャ様と一緒に私達人間種やその他少数の種族の人々を差別することなく接してくれ、今この世界で広がっている民族共存の意識を強めてくれました。私は・・・そんな未来を潰そうと考える人達を・・・許せない。」
『ローシャって思慮深そうな性格ぽかったけど・・・本当は、感情的な性格なのか?』
ローシャの普段のお淑やかでふわっとしたイメージを吹き飛ばすような真っ直ぐな瞳に熱い炎を灯した様子を見て、ウィルベールは思わず彼女の認識を改めることにした。
ローシャは視線をウィルベールの方に向けると、両腕で小さくガッツポーズをとる。ちょっと可愛く感じた。
「ウィルベールさん!一緒にフィルネーチェ様の理想を叶えましょう!きっと私達なら成し遂げられます!」
「あ・・・ああ・・・そうだな・・・」
『意外と暑苦しい性格なんだな、ローシャ・・・』
ローシャの急なアプローチにウィルベールは困惑を隠せなくなった。ウィルベールはあまり、女性からぐいぐいと迫られるのに慣れていなかった為、内心とても恥ずかしくなっていた。
ローシャとウィルベールが互いに向かい合っていると、そっとラインが手を挙げた。カーレスがラインの方を振り向く。
「ウィルベール、ローシャ、僕も混ぜてほしいな。」
「ライン・・・お前・・・」
ローシャがラインの方を振り向き、目を輝かせる。
「ラインさんも一緒に来てくれるんですか⁉」
「ああ。君達2人がフィルネーチェ様の護衛を続けるという意志を見せてくれたのに、先輩である僕が任務を投げだせる訳がないだろう?・・・それに、僕も彼女の思想はとても素敵なことだって思うんだ。・・・だから僕もローシャ達と一緒に護衛を続けるよ。」
「ラインさん・・・ありがとう・・・」
フィルネーチェがラインに向かって深く頭を下げると、ラインもそれに倣い頭を深く下げる。フィルネーチェが頭を上げても、ラインは頭を下げたままだった。
テルミットが3人の様子を見て、深く息を漏らす。
「・・・全く、情けないな、私は。」
テルミットが右手をすっと上げて、自分も護衛を続けるという意志を明白に示した。
「本来は隊長である私が真っ先に手を上げるべきだったのに、手を挙げられなかったとはな・・・情けない話だ。」
テルミットは少し俯くと、視線をフィルネーチェの方へと向ける。
「フィルネーチェ様、こんな臆病者ですが今後とも、貴女の護衛に就かせて頂きたく思います。・・・どうぞ、宜しくお願いします。」
「テルミットさん・・・そんな自分を責めないで下さい。貴方は自分の命を賭けてまで私の我儘に付いて来てくれた・・・私はそんな貴方を誇りに思います。」
「・・・ありがたきお言葉、感謝致します。」
テルミットはフィルネーチェの言葉を受け、深く頭を下げた。そのテルミットの体は少し震えていた。
テルミットが頭を下げていると、カーレスとヴィクトルが同じタイミングで手を上げる。
「皆が任務を続行するなんて言い出すから、抜けづらくなってしまったな。・・・私も残ろう。」
「同感だ・・・俺にはこの空気で部隊から抜けたいなんて言う勇気は無い・・・私もこのまま任務を続行させてもらう。」
カーレスとヴィクトルはやや棘のある言い方だったが、どうやら彼らも部隊に残ってくれるようで、これで第六護衛小隊の全員がこのまま任務を続行するという意志を示した。フィルネーチェがウィルベール達の姿を一通り眺めて、改めて感謝の言葉を述べた。
「皆様・・・本当に有難う御座います・・・貴方達が私の傍にいてくれるというだけで、勇気が湧いてきます。・・・生き残りましょう。そして平和になった世界で『姫と護衛者』という関係ではなく、『友人』という親しい関係で皆さんと笑いあえる時まで・・・」
フィルネーチェはそう静かに言うと、すっと席から立ち上がりテルミット達に会釈をした。
「それでは私は部屋へと戻らせて頂きます。・・・おやすみなさい。」
フィルネーチェはそう言って、執事長のグリントと共にダイニングルームを出ていった。2人が部屋から退出し、テルミット達6人だけが室内に残された。
「・・・じゃあ、俺達も部屋に戻るぞ。各自部屋に戻り次第、今日の哨戒任務の準備に取り掛かれ。ウィルベール、ローシャ、しっかりと準備するんだぞ。」
そう言うと、テルミットは席を立ち、部屋から出ていった。カーレス、ヴィクトル、ラインも部屋から出ていき、室内にはウィルベールとローシャの2人だけがぽつんと残された。
「・・・俺達も早く部屋に戻るか。ここにいても仕方ないし・・・」
「そうですね・・・」
ウィルベールが席を立つと、ローシャも後について立ち上がり、ウィルベールの後ろについて一緒に部屋に戻った。2人がいなくなった部屋では煌々と明かりが点いた部屋にゆらゆらと揺れる蝋燭の炎だけが残された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『2月8日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部フィルネーチェ邸 20時30分』
フィルネーチェとの会議を終えたウィルベールは、待機部屋でこの日の警戒任務の準備を始めた。準備を終えたウィルベールは部屋に掛けられている古時計を眺め時間を確認する。
『まだ8時半になったばっかりか・・・』
ウィルベールはそのまま自室で待機することも考えたが、少し館の中が気になり仲間達が集まっている部屋を荷物も何も持たず、さっと出て行った。
『王女も暇なときは家の中を歩き回っても良いと言っていたからな。ちょっと散歩してみるか。』
まだ午後9時を過ぎていない為、廊下は天井のシャンデリアに備え付けられた電球によって煌々と照らされている。午後9時を過ぎるとこの電球が一斉に消え、使用人達が壁に備え付けられている蝋燭に火を灯し、廊下を少々不気味に照らす。
ウィルベールは壁に飾られている豪華な衣装に身を包んだ様々な男女の絵画が並んでいる。いつもこの廊下を通っているのだが、特に意識することが無かった為何が飾られてあるのか全く把握しておらず、新鮮な気持ちで絵を眺めた。
どうやら飾られてある絵画はローゼンヴァーグ家の血を引く者達が描かれているようで絵画の下には名前と生没年が刻まれており、生没年に限っては未だ生年しか刻まれていないものもあった。
『流石天族・・・といったものか。生年から没年までの期間が300年とか400年とかあいているやつもあるな。』
幾つか眺めていると、フィルネーチェが純白のドレスに美しい薔薇の形をした金の髪飾りをつけ、天色の落ち着いた気品のあるカーディガンを羽織った絵画が飾られてあるのを見つけた。彼女の絵からはとても大人びた上品な印象を受け、前に見た彼女の二人の姉の絵と比べたらフィルネーチェが長女であると言われても不思議でないほどだった。
ウィルベールはしばらくフィルネーチェの絵を眺め、その横にある絵に目を移そうとした時ローシャが声をかけてきた。
「ウィルベールさん、何をしているんですか?」
「ローシャか。・・・ちょっと屋敷の中を見て回ってた。」
「屋敷の中を?何故?」
「なんでって・・・あの部屋少し居心地悪かったんだよ。なんかみんな変に緊張しているというか、何というか・・・」
ウィルベールは少し溜息をつく。
「ローシャこそ、なんで部屋の中で待機せずにここに来たんだ?」
「・・・私も少しあの部屋の居心地が悪くて・・・」
ローシャはウィルベールの傍に近づき、先程までウィルベールが眺めていたフィルネーチェの絵を眺める。ローシャはただじっとその絵を見つめると囁くようにウィルベールに話しかけた。
「綺麗な方ですよね・・・フィルネーチェ様。・・・羨ましいです。」
ローシャはそう自信なく話したが、ローシャも世間一般から見たら美人なのはウィルベールから見ても間違いなかった。しかし、なんで今そんなことをわざわざウィルベールに呟いたのかはウィルベールには理解することが出来ず、ウィルベールはローシャに対する返事を少し躊躇ってしまった。
「ローシャさん、貴女もとても美しい方ですよ?」
ローシャの後ろから優しくて少しふわっとした感じを受ける女性の声がし、ローシャが驚いて後ろを振り返る。ウィルベールも思わず振り返り、ローシャが見つめる方を見るとそこにはいつの間にか目の前に飾られていた絵画に描かれていたフィルネーチェが静かに立っていた。寝間着なのか少し薄着のドレス風の服を着ており、髪も結んでいなかった。
ローシャが恐る恐るフィルネーチェに尋ねる。
「フィルネーチェ様・・・いつから私の後ろに?」
「『綺麗な方ですよね・・・』からですね。」
「・・・」
「ローシャ、先ほども言いましたけれども貴方もとても美しいですよ。私は今まで多くの貴族の女性を見てきましたけれども貴方はそれに類するほど・・・いや、彼女たちよりも整った顔をしています。・・・もっと自信をもっていいと思いますよ?」
フィルネーチェはローシャの顔を覗き込むようにして見つめる。ローシャは思わずフィルネーチェから恥ずかしそうに目線をそらす。
「・・・貴方の雰囲気はどちらかといえば私に似ていますね。ナターシャ似ではありませんね。」
フィルネーチェはそう言うと自身が描かれてある絵画の横に飾られてあるえの前に移動し見つめた。その絵には、フィルネーチェと同じ純白のドレスに花萌葱色のカーディガンを羽織り、金の美しい彫刻がなされたカチューシャをつけたミディアムボブの髪型をしている女性が描かれてあった。
フィルネーチェと比較すると少し目元が鋭く感じ、フィルネーチェより少し高潔さというか何か自身の血を誇り高く思っているようなそんな凛としたフィルネーチェとした違った美しさを感じる。フィルネ―チェが母親似とするならば、ナターシャは父親似であると少し前に見たフィルネーチェの両親の絵画を見てウィルベールはそう思った。
フィルネーチェは優しくナターシャの絵画に微笑んだ。その微笑は何処か彼女を心配するような少し悲しい感じもした。
「ナターシャ・・・無事でいてね。妹の貴女がいないとお姉ちゃん寂しいわ・・・」
フィルネーチェの呟きにウィルベールは優しい口調で返事を返した。
「大丈夫です、傍にはまだベルツがついているんです。きっとナターシャ様は無事ですよ。」
フィルネ―チェはベルツの方を見る。その目はどこか少し潤んでいるように見えた。
「そのベルツという男性は第七護衛小隊の唯一の生き残りの方・・・でしたよね?お知り合いの方なのですか?」
「ええ、ベルツとはもうこの仕事をやってからずっと組んで活動してきましたから・・・あいつがどれほど強いのかも知っています。だから大丈夫ですよ、そう簡単にあいつは死にませんし、ナターシャ様もきっと無事です。」
「・・・」
「まあ、不安があるとすれば・・・ナターシャ様とうまく話せるかが心配になってきますね。」
「えっ?」
フィルネーチェはウィルベールのその言葉に思わず気の抜けた声を上げてしまう。
「あいつ、女性と話したことが殆ど無いんです。俺が直接、あいつが女性と話しているのを見たのはあいつの故郷にいる友人だけですからね。」
「任務中や会社にいるときには絡みがなかったのですか?」
「ええ、全く。仕事の時は女性から特に話を投げかけられることもありませんし、こっちから話しかけることもありません。任務の時や会議で女性達と話す時も少し緊張しているのか、いつものあいつの喋り方じゃなくなっていますからね。普段のあいつを知っている俺が見ると違和感凄いですよ。」
「へえ・・・」
「だから俺前あいつと食事している時に言ったんですよ。故郷の女友達と話すような感じで話したらいいんしゃないかって。でもあいつ、『何故か緊張してしまって上手く話せないんだ・・・』て言って本人も少し困っていたようなんですよ。」
「そのベルツさんの故郷にいる女性の方とはどういった関係なのか知っていますか?」
フィルネーチェが急にベルツの色恋沙汰を探るような質問をウィルベールに投げかけてきた。ウィルベールはその時にやっぱりフィルネーチェも王女でありながら他人の恋愛事情に首を突っ込みたくなるような一人の女性なんだなと思った。
「あいつの女友達はすでにあいつの別の友人と付き合っているんです。あいつもそのことを知っていて、二人のことをとても応援しているんです。だから恐らく、二人には特に恋愛感情はなく、昔からの幼馴染としての感じしかないんでしょう。」
「そうなのですね・・・」
フィルネーチェは何故か少しがっかりしたように肩を落とす。
「何でフィルネーチェ様が落ち込んでいるんですか・・・」
「あ・・・いや、別に・・・」
フィルネーチェは少し戸惑ったような態度をとったが、すぐに落ち着いた雰囲気に戻った。いや、無理やり戻したというべきだろうか。どちらにしろベルツの話をした後、フィルネーチェはどこか安心したように軽く微笑んだ。
「でも貴方の話を聞く限り、ベルツさんはとても強い人なのですね。そのベルツさんが妹の傍にいるのなら安心できます。」
フィルネーチェがそう言うと、ローシャはフィルネーチェにナターシャについて尋ねた。
「フィルネーチェ様・・・一つ質問をしてもよろしいですか?」
「どうぞ?」
「ナターシャ様は・・・フィルネーチェ様にとってどのような存在なのですか?フィルネーチェ様の妹であることは存じておりますが・・・」
「そう・・・ですね・・・」
フィルネ―チェは少し俯いて思考を始める。少しの間の後、考えがまとまったのかローシャの顔を優しく見る。
「ナターシャは・・・私にとって可愛い大切な妹であると同時に、私の『唯一』の家族です。」
「唯一?」
フィルネ―チェはローシャの反応に頷くと、悲しそうな表情をした。
「私達ローゼンヴァーグ家はあまり兄弟姉妹間の仲が良くありません。共存派だった父と母がこの世を去ってから特にその状況は悪化しました。特に私やナターシャのような共存派は支配派の上の五人に相手をしてもらえません。」
フィルネーチェは両手をぎゅっと握りしめた。
「でもあの子、ナターシャは本当に可愛い妹なんですよ?小さい時からずっと私の傍から離れようとしませんでしたし・・・ようやく離れたかと思えばほぼ毎日手紙を寄こすほどなんです。・・・寂しがり屋なんです、私の妹は。そして私も妹が私を想う程、私も妹の事を大切にしています。・・・私の『唯一』心を許して気軽に話が出来る・・・家族ですから。」
フィルネーチェのその言葉にウィルベールとローシャは思わず黙り込んでしまった。
今回のナターシャ王女の襲撃事件には自分の兄弟姉妹が関わっているという疑惑も高まり、血の繋がっているはずの兄弟姉妹で殺し合いをしているという現状は彼女からすれば耐えられないほど悲しくて、恐ろしい事なんだろう。それに襲撃されたのが、自分が昔から溺愛している妹で彼女自身が唯一心を許せる相手であるという事もあり、彼女の心は今ウィルベール達が想像している以上に不安定になっているのかもしれない。
ウィルベールには妹が、ローシャには弟がいるが二人ともやはり自分の妹や弟が行方不明になったらきっと心配で夜も眠れないだろうと二人は考えた。三人の間の空気が少し気まずくなる。
しかしフィルネーチェはそんな濁った場の空気を打ち消すように一転して、急に少し自慢気な顔になった。
「でも、妹のナターシャも誰かに守ってもらわないと生きていけないような弱い女では無くて、結構強いのですよ?射撃の腕は誰にも後れを取ることはありませんし、妹の治癒術は誰もが驚くほど凄いのですよ?妹は謙遜をしていつも私には遠く及ばないと言ってくれますが、もう私では妹には勝てませんわ。」
フィルネーチェが妹を先程の悲しげな表情から一転して嬉々とした表情でべた褒めする。その姿に、少しウィルベールとローシャは彼女の意外な一面を垣間見ることが出来たと思った。
「そ、そうなんですか・・・」
「ええ、私の自慢の妹ですから。」
フィルネーチェは自慢げに妹のナターシャの紹介を軽くする。フィルネーチェは再びナターシャの絵画を見つめるとそっと静かに呟いた。
「・・・じゃあ、もうお姉ちゃんは寝るね?・・・お休み、ナターシャ・・・無事でいてね・・・」
フィルネーチェはをルベールの方を向く。
「では私はこれにて床に就くとします。・・・お休みなさい、ウィルベール、ローシャ。」
フィルネーチェはウィルベールとローシャに軽くお辞儀をすると自分の部屋の方へと歩いていく。その後ろ姿はどこか安心したように軽やかなものだった。
ローシャがウィルベールの傍に近づき、話しかけてきた。
「フィルネーチェ様・・・落ち着いた女性かと思いましたけど意外とお茶目な性格でしたね・・・」
「だな。正直俺も相当驚いた。」
ウィルベールは少し考え込むように少しだけ顔を俯ける。
「でもあんなに妹のことを誉めているのを見ると本当に大好きなんだっていう事は伝わってきたな。あんなに愛してくれる姉を持つなんてナターシャ王女も幸せだろう。」
ローシャは心配そうにウィルベールに尋ねる。
「・・・ナターシャ様、大丈夫ですかね?」
「あいつが傍にいるならまだナターシャ王女は無事ってことだろ?大丈夫さ。あいつなら王女を守り切れる。」
「信じているんですね、ベルツさんの事。」
「まあ俺より強いからな、あいつは。」
ウィルベールは先程フィルネーチェが向かった方向を見る。すでにフィルネーチェの姿はなく、長い廊下にはウィルベールとローシャの二人だけが取り残されていた。
「・・・そろそろ部屋に戻るか、ローシャ。警戒任務の時間にもなりそうだからな。」
「はい。今日もよろしくお願いします!」
ローシャは元気に返事をすると、ウィルベールと一緒に待機部屋の方に戻る。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『2月8日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸中央部 帝都ローゼンヴァーグ
21時30分』
帝都ローゼンヴァーグはナターシャ姫がテロリストとして指名手配されたという報が出回ったことにより、いつもの賑やかな喧騒は姿を消し、寂しく雪が降り積もっていた。街には街灯だけがその知らせを知らないまま、煌々と点いていた。そんな中、フーリとノーガンの2人は第5層から第6層へと昇る階段をゆっくりと昇っていた。
「あ~あ、折角仕事が終わったかと思ったら帝都まで呼び出されるなんて・・・」
「・・・」
「ノーガン何か言ったらどうさ!さっきからずっと黙ってばっかりでないでさぁ!」
ノーガンはひたすらフーリの呼びかけを無視して階段を上る。フーリも何度も呼び掛けてはみるものの、ノーガンが全然反応を示さないので諦めて口を尖らせながらノーガンの後に続いていく。
最上層である第六層にノーガンとフーリが到着すると、目の前には帝都の絶大な権力を象徴するかのように聳え立つローゼンヴァーグ城が待ち受けていた。
「いや~、やっぱりこのお城はすごいね!流石、人間界最大級の城と言われるだけのことはあるよ。」
「・・・」
フーリが城を仰ぎ見ている間に、ノーガンは相変わらずフーリの発言に反応を示すことなく城前の広場を歩き、帝都の正門へと歩いていく。フーリはしばらく城を仰ぎ見ていた為、ノーガンと距離をとられたことに気が付くと、走ってノーガンの下に駆け付けた。
ノーガンが城の正門へと繋がっている階段を上り、フーリも後に続く。無駄に広い階段に2人だけしかいないのと、城の圧倒的威圧感でまるで自分たちが小人になったのではないかと錯覚を起こしてしまいそうになる。
ノーガンとフーリが正門前の階段を上ると、正門の前にいる衛兵が2人を止めた。
「ノーガン・ハルシー様とフーリ・ルーティス様ですね。」
「ああ・・・」
「お待ちしておりました。ゼリード王子が謁見の間にてお待ちです。」
「分かった。・・・行くぞ。」
「は~い。」
フーリはノーガンに軽く返事をすると、ノーガンの後ろについていくように城内に入っていく。城の中はほぼ電気が消灯されていて蝋燭の明かりだけが不気味に城内を照らしているだけだった。正門をくぐり城内に入ると、巨大なホールが2人を迎え、そのホールの中央から天へと高く上るような巨大な階段が真っ直ぐに伸びていて、所々左右に分かれている通路が存在する。その通路を進むと、談話室や書庫室、宝物室、寝室、客室・・・その他様々な部屋が存在しているが、今回2人が向かっている謁見の間はその階段を上り切った正面の扉から入ることになるため、今回は特に気にする必要なかった。因みに、ゼリード王子の護衛を担当することになっている第一護衛小隊は城内に入ってすぐ右側にある来賓客専用部屋を寝床、作戦室としている。
2人が長い階段を上り終え目の前に聳え立つ正門と同じぐらいの巨大な扉の前につくと、扉を守って立っている衛兵4人がゆっくりと重々しい扉を開ける。扉が完全に開くとそこは城内とはうって変わって電気がついたやたらと明るい光景が広がっており、ノーガンとフーリが謁見の間に入るとドアはゆっくりと閉まっていった。
謁見の間はこの城の中で最も広い場所で、大抵の祝い事はこの場所で行われる。そして、そのような式典を行うのに相応しい様な豪華な造りとなっており、遥か上に存在する天井には神々しい天使達が描かれた宗教絵が描かれている。
2人が奥にある玉座に近づくと、そこには玉座に腰を下ろしたゼリードとその前に佇んでいる4人のエージェントの服を着た老若男女が立っていた。
「ようやく来ましたね・・・」
もう年齢が7,80歳はあるであろう一人の老婆が2人の姿を見て、呟いた。ノーガンとフーリは膝をつくと、頭を下げた。
「遅れてしまい申し訳ありません、ハナビ様。フーリを連れて来るのに時間がかかってしまいした。」
「ごめんね~ハナビ。ちょっとお腹減っていたから、つい寄り道しちゃってさ・・・」
フーリが相も変わらずふざけた返事をすると、ノーガンはフーリの頭を鷲塚むと頭を地面へと押し付けた。ゴンッと鈍い音が謁見の間に響き渡る。
「お前・・・せめてこの場位は真面目にしろ!」
「いててて・・・わかったよぅ・・・」
フーリはおでこを両手で摩りながら顔を上げる。
「ノーガン、もうその辺にしてあげましょう?貴方って力加減知らないから、目が離せないのよね・・・」
綺麗な青色の髪で肩につかないぐらいの少々癖毛のある女性がノーガンに向かって話しかける。
「・・・別に俺は注意をしただけだ。それに、俺はフーリの教育係だ。お前にとやかく言われる筋合いはないな。」
「と言っても、いっつも貴方暴力に頼ってばっかりじゃない?教育者なら、暴力に頼らず言葉で教え込ませないと・・・」
「だよね~、フィーナ!やっぱり僕、フィーナと一緒にいたいなぁ!」
フーリが元気よく立ち上がると、近くにいた金髪の短髪で髪質がツンツンしている男がフーリの頭を軽く叩いた。
「全く、お前はいっつもそんな感じだな、フーリ。」
「ねえ、カリス!何時になったらまたカリスが僕の教育係になってくれるのぉ?僕、カリスが教育係になってくれていた時の方が楽しかったよぅ!」
「そういってくれて俺はうれしいなぁ・・・でも、残念だがしばらくはお前の教育係になれそうにない。俺はフィーナとエレメントを組んでいるからな。文句を言うんなら、隊長に言うんだな。」
「ハナビ!今すぐペアを変えようよ!ノーガンとカリスを交代させてよぅ!」
ハナビと呼ばれる老婆がフーリの方をちらりと見る。
「認めません・・・我慢しなさい。」
「そんなぁ!」
フーリがとてもがっかりしたような表情と共に叫ぶと、ハナビの下にいる1人の男が静かに呟いた。
「静かにするんだ・・・ゼリード様をいつまで待たせる気だ・・・」
フーリがゼリードの方を見ると、ゼリードはフーリ達の方を静かに睨みつけていた。
「あっ・・・忘れてた。」
フーリがそう呟き、第一護衛小隊全員がゼリードの方を見る。
「・・・そろそろ話してもいいかな?」
「いいよ~!さあ、僕達に何のはなじぃっ⁉」
フーリのふざけた返答にノーガンがフーリの頭に拳骨を食らわした。フーリは頭頂部を押さえ、しゃがみこんだ。
「申し訳ありません、ゼリード様。後でこいつにはきつく言っておきますので・・・どうか、無礼をお許しください・・・」
「・・・ふん。」
ノーガンの謝罪にゼリードは鼻で笑い飛ばすと、ノーガンに向かって話しかけた。
「では、本題に入ろうか。・・・と言ってもノーガン、君からの報告だけだがな。」
「はい。」
ノーガンは作戦報告に入る。
「先日、ゼリード様から承った王位継承序列第七位のナターシャ王女抹殺作戦を本日第五護衛小隊のサポートという形で私とフーリが実行いたしました。結果としてはナターシャ王女の抹殺には失敗、第七護衛小隊はベルツ・ロメルダーツェという1人の隊員を除き殺害に成功、現在逃走した2名の行方を第五護衛小隊の残った隊長と副隊長の2名に追跡させております。」
「失敗?・・・何の為にお前達に頼んだと思っている?」
「・・・申し訳ありません。」
『うわ~・・・めっちゃ怒ってるし・・・』
ノーガンが謝罪し、フーリが心の中で呟く。
「・・・なぜ殺せなかった?」
ゼリードの質問にフーリが答える。
「第七護衛小隊の副隊長がさぁ、結構がんばってね、あの男のせいで屋敷まで逃げ帰っていたナターシャ姫をとり逃しちゃったんだよね・・・まさか、四肢を完全に切り落としても襲ってくるなんて正気じゃなかったね。」
「へえ、中々根性のある奴だったんだな。どんな攻撃をしてきたんだ?」
カリスが興味深そうにフーリに聞くと、フーリは大きなジェスチャーをしながら返事をする。
「えっとね!そいつ自体は全然攻撃しなかったんだけど、ドラゴンを操っててね、命令を出して攻撃してきたんだ!あんなに統制が取れた動きをするドラゴン達なんて初めて見たよ!・・・まあ、殺したけど。」
「ドラゴンを操って・・・ねぇ。やるじゃんその男。殺すには惜しい奴だったな、多数のドラゴンを一気に正確に操れる奴なんて滅多にいないからなぁ。」
「・・・だが、敵にすれば厄介極まる。早期に潰せてよかった・・・よくやった、フーリ。」
ゼリードがフーリに労いの言葉をかける。
「わあ、王子が褒めてくれたよぅ、ノーガン!」
フーリがノーガンに嬉々として報告すると、ノーガンはフーリを思いっきり睨みつけて視線をゼリードの方を見つめた。フーリはそんなノーガンの対応を見てテンションが上がったまま話しかける。
「もしかして、ノーガン・・・ノーガンも褒められたかったぁ?実際、ノーガンがほとんどドラゴン処理したようなもんだからねぇ~!」
「・・・」
「そうなのか、ノーガン?・・・残念だったなぁ?」
カリスが少し馬鹿にするようにノーガンに話しかける。ノーガンは顔に血管を浮き出して怒りを懸命にこらえる。
そんな会話をよそに、ゼリードは第一護衛小隊に話しかけた。
「・・・とりあえず、まだ第七護衛小隊を完全に全滅しきれていないのとナターシャを殺しきれていないのが現状だ。・・・2人の追撃には第五護衛小隊に任せるとする。ノーガン、奴らに指示を出し、追撃させろ。」
「承知いたしました。」
ノーガンは深くお辞儀をする。
「僕達が追撃に行かないの?」
フーリの問いかけに、ゼリードは静かに答えた。
「お前達には『別の要件』をこなして貰う。今回皆に集まってもらったのはその用件を伝えることも含まれている。・・・だが、その前に1つ話しておくべきことがある。」
ゼリードが奥の謁見の間の扉に視線を移し、他の隊員も目を向けると、そこにはいつの間にか謁見の間に侵入していたルーウェンの姿があった。
「ようやく、私の事に気付いてくれましたね、皆さん。」
ルーウェンは不気味な笑みを浮かべながら、ゼリード達の方へと歩いていく。
「ルーウェン特別秘書官!何時からそこに・・・」
カリスが恐る恐る話しかける。
「フーリが『フィーナと一緒にいたいなぁ!』と言った辺りからかな?てっきり皆俺の気配に気づいているのだと思ってけど・・・まさか本当に気付かなかったとはね。」
『この男・・・俺どころか隊長にすら感づかせないで部屋の中に侵入するなんて・・・油断できねえな・・・』
ルーウェンは少し狼狽えているカリスを横目で見て軽く笑い飛ばすと、ゼリードの前へと進んだ。玉座に座っているゼリードの前まで来ると、ルーウェンはその場で立ち止まり腕を組んだ。
「ところで・・・私に何の用ですか?わざわざ社長から貴方からローゼンヴァーグ城へ来るようにとの伝言が入ったから急いできたんですよ?・・・さほど重要な内容なんでしょうね?」
ルーウェンはゼリードに怖気づくことなく話しかけると、ゼリードは特に不快を表すような表情をとることなく用件を伝える。
「ルーウェン特別秘書官、貴方には第三護衛小隊を率いて2月14日に天界で開かれるローゼンヴァーグの式典にて、出席する妹のフィルネーチェと第六護衛小隊の排除をお願いしたい。」
ルーウェンが不快な顔をする。
「ゼリードさん。・・・貴方、それ本気で言ってます?」
ルーウェンがゼリードを睨みつける。
「貴方が勝手に第一護衛小隊と第五護衛小隊、そしてわが社の兵装を纏った親衛隊を派遣したことで今我々の会社は軽く混乱状況になっている事は既にお伝えしましたよね?それに確か、式典は昼間に行われるんでしたっけ?・・・また同じことを繰り返せと・・・私達に再び会社の信用を落とせと言っているのですか?」
「そのことに関しては、既にマクスウェル社長と話はつけてある。今回の件に関しては勝手に動いた私に非があるが、今度の作戦では上手く貴方達に被害が及ばないよう立ち回るつもりだ。」
「・・・」
ルーウェンが首を傾げ半目になりながらゼリードを見つめる。
「恐らくマクスウェル社長から追って指示があると思う。その指示に従って任務を遂行してほしい。・・・頼めるか?」
「・・・分かりました。直ちに第三護衛小隊と連絡を取り、合流次第こちらで作戦を練り、当日任務を遂行します。作戦にかかる経費はすべて帝国側の負担という事で・・・この内容で契約成立・・・としてよろしいですね?」
「構わない、好きにしろ。現場での指揮もお前の一任とする。」
「了解しました。ではこれで私は失礼させて頂きます・・・」
ルーウェンは短くお辞儀をするとくるりと体を翻し扉の方へと歩いていく。ルーウェンが開いた扉の向こう側に消え、その姿を消すとフーリがカリスの下へと近づき、話しかける。
「あの人、何か変わった感じだったね~。」
「そう・・・だな。相変わらず、あの人の事は良く分からない・・・本当は何を考えているのか、さっぱりな。」
そうカリスが呟くと、ゼリードが小さく咳をして皆の視線を集める。
「・・・では、別件の指示を終えたところで、今から本来の要件を伝える。」
そう言うとゼリードは静かに第一護衛小隊に要件を話し始めた。
外では静かに雪が降り積もり、町の街灯が雪を銀色に輝かせて一面銀世界に彩る。