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黄昏色の想い歌   作者: 黄昏詩人
2/5

~襲い掛かる影~

[三章・漂う殺意]

『2月5日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部ナターシャ邸 2時30分』


ナターシャ邸に到着し、昼食のおもてなしを受けたズィルバー達第七護衛小隊はナターシャとの心落ち着く1時を過ごした後に準備された待機部屋に案内され、そこで今後の行動について会議を行った。

隊長であるズィルバーとベルツ、マークの三名が直接ナターシャの護衛に就き、副隊長のフランクはドラゴンを使い常に周囲の索敵を行い敵の接近に対する警戒を行う。マルナは第七護衛小隊内唯一の女性ということでナターシャが無防備な債の護衛担当に就くことになる。分かりやすく言えば入浴時や服を着替えているときなどあまり男達に覗かれたくないときである。残ったミグルは第六護衛小隊との連絡係である。

それぞれの役割を決めた後はさっそく行動に移り、ナターシャの護衛に回った。ナターシャは『もう少し楽にしていてもよろしくてよ?』と労いの言葉をかけてくれるのだが護衛をする側としては例え彼女の住処であろうとも一瞬たりとも油断はできなかった。仮に彼女が攻撃を受ければただ単に彼女が傷つくだけではなく、共存派の人間達の行動が一斉に過激になる可能性があるからだ。共存派を主導しているリーダー格である彼女にはそれだけの政治的な影響力も持ち合わせているのだ。ただでさえ支配派と共存派の関係は悪化をたどる一方なのにここでそれを更に悪化させたくはなかった。

夜は2人1組の三組で雪が降りしきる屋外での警戒任務が下された。ベルツはフランクと組むことになり、午前3時から午後6時までの時間帯を担当することになった。

午後二時半過ぎに目を覚まし、ベルツは準備に取り掛かる。フランクはすでに準備を済ませており、ベッドに腰掛けていつでも交代できるような態勢を取っていた。

「フランクさん、早いですね?」

「今回はたまたま早く目が覚めてしまってな。二度寝しようにも中途半端な時間だったもんで起きていることにしたんだ。」

フランクは懐から手帳を取り出し、最後のページにくっつけている写真を愛しそうに眺めた。

「何の写真を見ているんですか?」

「妻と娘の写真だよ。昨年娘が生まれたんだ。」

「へえ!おめでとうございます!」

「見てみるかい?」

フランクはベルツに家族が載った写真を手渡してきた。ベルツは丁度支度を終え、フランクから家族の写真を受け取る。その写真にはフランクとフランクが抱いている満面の笑顔をしている赤ん坊とフランクに寄り添うブロンドの髪をした美しい女性が映っていた。

「綺麗な方ですね、奥さん。」

「だろ?俺の自慢の妻さ。娘はどうだ?かわいいだろ?」

「え、ええ。とても可愛らしいですね・・・」

「だろ?他にもいろんな赤ん坊を見てきたがやはり我が子は一番に美人だな!お前にも分かってもらえてうれしいぜ。」

「は、ははは・・・」

正直ベルツにとって赤ん坊の顔なんてどれも同じに見えるため、あんまり良く分からなかった。ベルツの母親は自分の子供はどの赤ちゃんよりもかわいいと言っていて俺を手放さなかったようだが、フランクがやたらと我が子の可愛さを強調するのを見て親とはそういうものなのかとベルツは思った。

写真をフランクへ返すと、ドアがゆっくりと開き、隊長のズィルバーとマークが全身雪まみれで部屋に入ってきた。

「お疲れ様です、隊長。マークさん。」

「おう。準備は済んでいるか、ベルツ、フランク?」

「ええ。何時でもいけます。」

「よし。では今から警戒任務を任せるぞ。外は冷えるから防寒対策はしっかりしておくんだぞ?凍死しても知らんぞ。」

フランクとベルツはナターシャ邸から雪が降りしきる屋外へと出る。

「それじゃ、俺は館の裏側の警戒を行うからお前は正面の警戒を頼む。館の側面の警戒も怠るなよ。」

「了解です。」

フランクはベルツにそう注意を促すと館の裏側へと向かった。館の真上を何か二つの黒い物体が通り過ぎていく。

「ドラゴン、か。」

ドラゴン、気性がとても荒く手懐けるだけでも相当難儀なものだ。何故なら気性が荒すぎて手懐ける前に食い殺されてしまう恐れがあるからだ。

『俺も何度も食い殺されかけたな・・・運が良かったから死ななかったけど。』

ウィルベールは何度も食い殺されかける経験をし、やっとのことで自分専用のドラゴンを受け取ることが出来たが、受け取ってからも大変で中々懐いてくれなかった。最近ようやくベルツに対する態度が軟化した。

フランクはそのようなドラゴンを何匹も保有している。先程は二匹だけの姿しか見えなかったが、本人曰く合計7匹飼育しているそうだ。ベルツからしたらそんなにドラゴンを育成できるフランクには尊敬の念しかなかった。

そのようなことを考えながら正面玄関のあたりを巡回していると徐々に雪が降り止み始め、午前五時を回る頃にはすっかり雪は降り止んでいた。そのまま特に何も起こることはなく午前六時になりこの日の夜の警戒任務は終わりを告げた。三時間も外にいたので体を動かしていたとはいえ流石に体の芯からの震えが止まらなかった。館の裏側から2匹のドラゴンが雄叫びと共に空高くへと急上昇していき、あっという間に姿が見えなくなった。

ドラゴンが飛び立った後、フランクが正面玄関前に姿を現した。ベルツがお辞儀をすると、フランクはベルツに話しかける。

「お疲れ様。特に異常はなかったか?」

「はい。少し寂しかったですけど特に異常はありませんでした。」

「お前は自分のドラゴンは持っていないのか?」

「1匹だけ持っていますけど・・・」

「ならそいつを連れてこればいいじゃないか。そうすれば寂しくなんかないぞ?」

「でも俺のドラゴン、昔よりマシになったとはいえまだ気性が荒いままなんです。もし暴れたりしたら到底抑えられませんよ・・・」

「心配するな、もし暴れた時は俺が何とかしてやる。」

「・・・助かります。」

フランクが手を貸してくれると言ったとき、ベルツは物凄い安堵感に心が温まった。彼ならばきっと自分のドラゴンでも手懐けられるかもしれない。ベルツがそんなことを考えているとフランクがベルツに一つ質問をした。

「ベルツ、君に1つ質問をする。」

「何でしょうか?」

「・・・ドラゴンと仲良くなるためにはどうすればいいと思う?」

ベルツはフランクの急な質問に少し戸惑った。

「えーと・・・『自分の腹を見せる』・・・ですかね?」

「それだと対等な関係にはなれない。餌にされてしまうぞ。」

「じゃ、じゃあ『力で押さえつける』・・・とか?」

「それだと敵と認識されて殺されちまうぞ。・・・というか本当にそれで合っていると思って発言したのか?」

「いいえ・・・すいません。全く分からないです・・・」

ベルツが首を傾げながらフランクに答えるとフランクは静かに答えを述べた。

「ドラゴンと仲良くなる方法・・・それは『自分の本心をありのまま伝える事』、だ。」

「・・・フランクさん。その答えはさっき自分が言った『自分の腹を見せる』と同じことなんじゃないですかね?」

「確かに、似ていると言えば似ているがニュアンスが微妙に違うと俺は思っている。『自分の腹を見せる』と言うのはドラゴンに対して服従をするという事。本来生き物にとって腹を見せるという事は相手より自分は格下なのだと教えるようなものだからな。」

「確かに・・・そうですよね。」

「一方『自分の本心をさらけ出す』と言うのは、相手に嘘偽りなく真実のみを話すことによって、相手から信用を得る方法として有効だと思っている。特にドラゴンは気性が荒そうに見えるが実際はとても繊細な生き物で相手の心を読み解くことが出来る。」

「そうなんですか?ドラゴンの操縦免許を取るときの教官はそんなこと一言も言わずにただ自分の方が上だと教え込ませるんだとしか言わなかったですけど・・・」

「それはその教官が明らかに間違っているな。・・・多分そんな教え方をしているからいつまでもドラゴンの操縦免許取得の授業の時に死人が出るんだろうな。」

フランクは腕を組み、険しい表情をした。

「フランクさんが教官をしたりしないんですか?」

「勿論俺も教官の一人だが全員の面倒を見ることは出来ない。それに私も他の教官達に今でも指導方針の改善を求めてはいるのだが一向に聞き入れてもらえないんだよ。・・・どうも年をとればとるほど素直に人の助言を聞き入れることが出来なくなるらしく、毎回協議をしてみると言うだけで会議では全く取り上げてもらえないん。」

「・・・」

ベルツはフランクに非常に深い同感を覚えた。ベルツも仕事をやっていると上司から無理やりな注文を受けたり、明らかに仕事の流れが非効率なことを提示しても全く改善してくれない事を何度も体験しているからだ。

きっと俺の教官だった男のように力で無理やりドラゴンを押さえつけることによってうまく操れるような奴もいるのかもしれない。恐らく本人たちはそれを信じていて、自分が間違っていることを認めるのが出来ないのだろう。

しかし人間もそうであるように無理やり服従させられたものは決して服従したものに健全な感情を抱くことはない。人間だって相手から無理やり命令されたり力づくで抑えられれば腹は立つし、憎く思うし、場合によっては殺意を持つかもしれない。

「まあ、ドラゴンはあんな見た目だから、皆からすればライオンのような猛獣と武器も何も持たずにじゃれ合ってみろって言っているようなもんだからな。・・・実際私も何度も食べられそうになったよ。」

「フランクさんもそんな経験を?」

「私だって初めからドラゴン達と心を通わせられた訳じゃないんだ。あいつらと仲良くなる時に左腕も失くしている。」

「えぇ⁉」

ベルツが驚いた声を上げると、フランクは左腕の袖をすっと捲る。フランクの肘から先には木製の義手がはめ込まれていた。

「あの時は痛かったよ・・・あまりの痛さで意識が飛んでしまったからね。」

フランクは笑顔で笑い飛ばしていたが、ベルツからすればなぜこんなに笑っているのか理解が出来なかった。

「良く諦めませんでしたね・・・自分ならもうドラゴンに関わりたくありませんし、何よりドラゴン達に恐怖と憎しみを感じてしまいますよ。」

「確かに、この出来事の後にドラゴンに会いに行くのは結構怖かったよ。」

フランクは朗らかな笑みを浮かべる。

「でもあいつらは俺が来るととっても喜んでくれたんだ。それにすぐに俺に頭を深々と下げたんだ。あいつ等からしたらじゃれ合っていただけだからな。」

「じゃれ合っているだけで腕が取れるんですかね?」

「ドラゴンの顎は非常に強靭で鉄の塊でも難なく粉々に砕くことが出来る。それにドラゴンの表皮はダイヤモンドのように固く、傷つきにくい。そりゃあそんな奴らの感覚でじゃれあったら人間なんて一瞬で食い殺されてしまうよ。」

「ははは・・・そうですよね・・・」

ベルツはそんなことも笑顔で済ませてしまうフランクに尊敬の念と何処か得体のしれない不気味さを感じた。恐らくそんな性格だからドラゴン達とも仲良くなれたのだろう。

「まあ、根気強く粘ればいつかは懐いてくれるさ。・・・おっと、長話をしすぎたかな?」

「・・・ですね。まだ冬だというのに日が昇ってきましたよ。」

「もう隊長達も起きているころだろう。報告することにしようか?」

「はい。」

フランクとベルツが館の中に入るとメイド達が2人にそれぞれ暖められたタオルを渡した。2人は感謝を述べて、冷え切った体を温める。タオルをメイド達に返し、仲間達がいる部屋に入る。すでに部屋の中にいた仲間達は起床していて、それぞれの準備に取り掛かっていた。

隊長のズィルバーが2人に気が付くと話しかけてきた。

「フランク、ベルツ、2人ともお疲れだったな。特に異常はなかったか?」

「はい。特に不審な者はいませんでした。」

「分かった。では、次の命令があるまでに準備をしつつ休んでいるとい・・・」

ズィルバーが2人に話しかけている時に急に何者かが部屋のドアを軽く叩いた。ドアがそっと開くと、中に執事長のドルギンが入ってきた。

「皆様、早朝より失礼いたします。」

「執事長、何の御用ですか?」

ドルギンはズィルバーに軽くお辞儀をすると静かに話し始める。

「実は皆様にお願いしたいことがございます。急な依頼で申し訳ありませんがよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ。私達にできる事なら何なりとお申し付けください。」

「ありがとうございます。・・・では、要件を述べさせていただきます。皆様方に今からナターシャ様の朝の日課の警護をしていただきたいのです。」

「日課・・・ですか?ナターシャ様は何をしておられるのでしょうか?」

「お嬢様は天気の良い日の早朝に朝食の準備が終えるまで裏の庭で馬術と馬上射撃の練習をしております。この館全域にはこの敷地内には結界が張り巡らせておりますが万が一という事もありますので是非皆様方にはお嬢様に危害が加わらぬよう警護をしていただきたく思い参上しました。・・・急で申し訳ありませんが受けて頂けますでしょうか?」

「勿論です。ナターシャ様は今どちらにいらっしゃいますでしょうか?」

「既に裏の庭へと向かいました。」

「分かりました。今すぐ向かいます。」

ドルギンは深く頭を下げると、部屋からそっと出て行った。ズィルバーが部下達に号令をかける。

「お前達、今の話は聞いたな?急いで準備を済ませ、裏庭へ行くぞ。・・・フランク、ベルツ、お前達は先に行け。俺達もすぐに合流する。」

「了解しました。・・・ベルツ、行こうか。武器は忘れるなよ?」

「はい。」

フランクとベルツは部屋出ると、急いで家の外に出る。空には日が昇り、地面の雪に陽の光が反射し美しく輝く。

「私は今からドラゴン達を呼んで上空から警戒する。ベルツは直接ナターシャ様の所へ向かってくれ。」

「了解です。」

フランクは口笛を吹くと、空から7つの黒い影が一斉に近づいてきてフランクの周りに着地する。フランクは目の前に座ったドラゴンにまたがると一気に空高く舞い上がる。フランクの姿はすぐに見えなくなり、周りにいたドラゴン達もまた咆哮を上げてフランクの後に続いていく。

「フランクさん凄いな・・・7体ものドラゴンを率いているなんて・・・」

ベルツは空高く舞い上がったフランクに自分の使命を忘れるほど感心していた。ふと本来の役目を思い出したベルツは急いで館の裏にある広大な庭まで走った。敷地内にベルツの雪を踏む音が響き渡る。

庭に着くとそこは一面の銀世界で葉のついていない針葉樹が庭の外に所狭しと生えていた。

ベルツが庭の正面を見つめるとナターシャが馬に乗りながらベルツから見て向かって右側の森にライフル銃を構えている。

ナターシャの銃口の先を見つめていると、木の陰から的が急にいくつも出てきた。ナターシャは的が出てくると間髪入れず全ての的に銃弾を命中させる。弾丸は全て的の中心に命中しており、なかなかの腕前だ。弾薬の再装填も素早く手馴れているように見える。

ナターシャはふうっと一息つくと前方を見て、ベルツの姿を確認するとベルツの方へと馬を走らせる。

馬はベルツの前で止まり、ナターシャがベルツに話しかける。

「あら、どうして貴方がここへ?確か・・・ベルツ・・・でしたわよね?」

「はい、そうです。」

どうやらナターシャはドルギンから護衛を向かわせるとは言っていなかったようだ。もしくは言う前に既に外へ向かっていたのかのどちらかだろう。

「ドルギン様からナターシャ様の警護をするよう仰せつかりましたので只今参上しました。」

「まあ、ドルギンが・・・相変わらず心配性な方ですこと。」

ナターシャがふと微笑んだ。ベルツはナターシャに先程の射撃の様子について話す。

「今ナターシャ様の射撃を拝見させてもらいましたが、素晴らしい腕前で驚きました。一瞬で全ての的の中心を撃ち抜くとは・・・」

「小さい頃から射撃の練習をしておりましたから別に驚くことではありませんわよ?」

ナターシャは馬を操り、ベルツに背を向ける。

「もう一度お見せしますわ。よく見ていてくださいな?」

ナターシャは奥の方へと走って行き、馬が雪を踏む音がどんどん小さくなっていく。

ベルツはふと自分の妹の姿をナターシャに被せる。

『あいつが生きていたらナターシャ様と同い年か・・・』

ベルツは妹の事を考えながら腕を組み、ナターシャを見ていると急に無線機からフランクの慌てた声が聞こえてきた。

『ベルツ!姫の周りに異変は無いか⁉』

「いいえ、特に何も異常はありませんが・・・何か問題でも?」

『敷地内の結界が破れているのをたった今確認した!』

「え⁉結界が破れたのならすぐに警報が鳴るはずではないのですか⁉」

『そのはずなんだが・・・破れたところに何か術式が貼られていた。・・・恐らく警報を防ぐものだろう・・・』

「・・・」

ベルツは辺りを見渡すと、ベルツは棍を両手に持ち構える。

『結界が破れているのなら既に何者かがこの敷地の中に入っている可能性が高い・・・只穴をあけて帰るような間抜けではないはず・・・』

遠くでナターシャがベルツに向かって呼びかける。

「ベルツ!今から行きますわ!」

ナターシャが銃口をベルツから向かって左側の森に向ける。森の陰からいくつもの的が出てきてナターシャは再びすべての的の真ん中を撃ち抜いた。

「どうです、ベルツ!」

ナターシャが弾薬を装填しながらベルツに大声で呼びかけ、馬をこちらに走らせてくる。

その時、左側の森から二つの黒い影が飛び出してきた。

『狼型の魔物!大きさは2メートル程か!』

「ナターシャ様!」

ベルツは一気に走り出す。足に霊力を込め、身体能力を向上させナターシャとの距離を一気に縮める。

ナターシャはベルツが凄い勢いで向かって来るのを見て、辺りを見渡す。ナターシャは魔物達と目が合うと、銃を思わず構えた。

「な、何ですのっ⁉」

ナターシャは銃弾を放つが動揺しているのか一発も魔物に当たることはなかった。魔物は一気にナターシャとの距離を縮める。

魔物の爪がナターシャの乗っている馬の首を切り落とすと、馬はバランスを崩しナターシャの体が宙に放り出される。もう一匹の魔物がナターシャめがけて飛び掛かり、爪をナターシャの首元に狙いをつける。

「あっ・・・」

ナターシャは思わず、思考を止めてその魔物を見る。魔物が腕を振りかぶり、ナターシャの首目掛けて降り下ろす。

ベルツの眼に映る眼を見開いたナターシャの姿と自分の妹の姿が被る。

「ナターシャ様っ!」

ベルツは足込めていた霊力を爆発させる。足元の雪が吹き飛び、ナターシャと魔物の間に一気に入りこみ、棍を構える。棍がベルツの霊力を纏い始め、金色に輝きだす。

『ロメルダーツェ流棍術、地の舞、第一幕・・・轟波!』

ベルツは体を回転させ、魔物の胴に棍を当てる。棍が魔物に当たった瞬間、棍から霊力の衝撃波が放出され、棍の衝撃と霊力の波が魔物に襲い掛かる。棍が直接当たった魔物と傍にいた馬の首を切り落とした魔物は奥の森まで吹き飛んでいき、木にぶつかる。木にぶつかった魔物は体が潰れ、内臓が口からはみ出して絶命した。

ベルツはそのまま宙でナターシャの体を受け止めるとそのまま地面に膝をつき着地した。ベルツはナターシャの顔を見ると状況があまり把握できていないのか驚いた表情のまま固まっていた。

「ナターシャ様!ご無事ですか⁉」

「・・・」

「ナターシャ様!」

ベルツがナターシャの手を握り、何度も呼びかけるとナターシャがゆっくりとベルツの方に顔を向ける。

「ベルツ・・・」

「ナターシャ様!何処か怪我をしたところはありませんか⁉」

「いいえ・・・特にありませんわ・・・」

ナターシャはベルツの手をぎゅっと握りしめた。まるで自分が生きていることを確認するかのようにしっかりと。

「ベルツ・・・ありがとう・・・」

「・・・姫がご無事で何よりです。」

ベルツはナターシャをゆっくりと立ち上がらせる。ナターシャは先程まで自分が乗っていた馬の傍まで行き座り込んだ。馬の切り落とされた首からは大量の血が噴き出ていて、首の周りの雪を赤く染め上げていた。

ナターシャはそっと両手を合わせると、黙祷を捧げる。ナターシャの合わせた両手が細かく震える。

「ごめんなさい・・・キャトレット・・・」

ナターシャが小声で呟く。

「・・・この馬の名前ですか?」

「ええ・・・生まれたての仔馬の時からずっと一緒にいましたの・・・」

ナターシャは目を瞑ったまま黙祷を捧げている。あまりの出来事にまだ直視できないのか目を開けようとしない。

ベルツはそっとナターシャの傍に座り込むと手を合わせる。祈ったところで何もならないという事は分かってはいるが何故か体が勝手に動いていた。

ナターシャは横を振り向き、ベルツが黙祷を捧げている姿を見る。

「ベルツ・・・この子の為に祈ってくれて感謝しますわ・・・」

「・・・申し訳ありません。私がもう少し早く駆けつけていれば・・・」

「何を言っているのですか。貴方が後悔する必要はありませんわ。」

「・・・」

「そう言えばこの子は今日私が馬小屋に行った時、私にすり寄ってきましたの。この子は恥ずかしがり屋でいつもは何も感情を表さないのに・・・もしかしたら、今日自分が死ぬという事が分かっていたのかもしれませんわ・・・」

「勘・・・と言うものでしょうか?」

「ええ。・・・私の勘違いかもしれませんが。」

ナターシャとベルツはただ地面に座り込み続けた。

太陽の光がナターシャ達を温かく包み込む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『2月5日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部ナターシャ邸 19時30分』


魔物の襲撃の後、ナターシャは館の中に戻り、ズィルバーとマルナの二名がナターシャの直接の護衛に就いた。ベルツ達残った4名の隊員と使用人達で他にも結界内に入り込んだ魔物はいないか入念に確認したが一体も見当たらず、昼過ぎには調査は終了した。

朝の事件の後からナターシャの様子は優れず、朝食は一切手をつけず、昼食もほとんど手をつけずにいた為、ドルギンがナターシャに心配そうに何度も話しかけていたが、ナターシャはドルギンともあまり会話をすることなく、自室に籠ってしまっていた。

太陽が沈み始め、空が赤く夕暮れに染まっていく頃、ドルギンがズィルバー達が待機している部屋に訪れる。ドルギンはベルツ達に軽く頭を下げる。

「第七護衛小隊の皆様・・・夕食の準備が出来ましたのでお呼びに参りました。」

「ありがとうございます、ドルギンさん。」

「では、私は今からナターシャ様をお呼びに参ります・・・お先にダイニングルームへとお向かい下さい。」

ドルギンが静かに言うと、ズィルバーがドルギンに話しかける。

「ドルギンさん、私達も一緒にナターシャ様の所へ行ってもよろしいでしょうか?」

ドルギンは静かにズィルバーの方へ振り向く。その表情はどこか嬉しそうに見えた。

「・・・勿論です。きっと皆様の姿を見ればナターシャ様も安心するはずですから・・・では、私はこの先の廊下で待っております。準備が出来次第、ナターシャ様の所へ向かうとしましょう。」

そう言うと、ドルギンはすっと部屋から出て行く。ズィルバーはベルツ達とアイコンタクトを取り軽く頷くと、廊下へ繋がるドアへと歩いていく。

皆が歩いていく中、隊員のミグルがズィルバー達に話しかける。フランクやベルツ達も後ろを振り返り、ミグルの姿を見る。

「皆さんはお先に行っていてください。私は少々仕事が残っておりますので・・・」

「情報の整理か?そんなもの夕食を食べた後でもいいだろう?」

ズィルバーが言うと、ミグルは小さく首を振る。

「もう後少しで終わりますので・・・中途半端にしたくないんです。すぐに終わりますのでお先に夕食を頂いてもらって構いません。」

ズィルバーは少し目を細めた。

「分かった。・・・なるべく早く来るようにはするんだぞ?」

「はい、承知しました。」

ミグルは事務処理に戻り、報告書と本部との通信履歴などの情報をまとめ始める。ズィルバー達は作業を再開したミグルを背に部屋の外へと出る。ドアをゆっくりと閉め、廊下にいるドルギンにズィルバーが話しかける。

「お待たせしました、ドルギンさん。準備は整いましたよ。」

ドルギンはズィルバー達を少し不思議そうな顔で見渡した。

「ミグル様の姿がありませんが・・・」

「彼は今あと僅かに残っているという事務作業に取り組んでおります。夕食の後でもいいのではないかといいましたが、どうしたものかあいつは昔から真面目な男でしてね・・・課題を中途半端に残すのが嫌いなんですよ。後で遅れてくると思います。」

「ミグル様とは以前から同じ部隊で?」

「ええ。もうかれこれ20年以上の付き合いになりますね、あいつとは。・・・昔から何にも変わってないですよ。」

ズィルバーが懐かしいことを思い出すような穏やかな表情をする。以前同じ部隊だったマルナとマークも似たような表情をする。ドルギンも何か思うところがあったのか、少し微笑む。

「・・・では今からナターシャ様の所へ参りましょう。」

ドルギンがナターシャの部屋の方まで歩き始め。その後ろにズィルバー達が続いていく。ナターシャの部屋に向かう途中でズィルバーがドルギンに話しかける。

「ドルギン様はナターシャ様に何時から仕えておられるのですか?」

ドルギンは歩調を少し遅くする。

「私はナターシャ様がこの世に生を受けた時から仕えております。」

ドルギンは窓から外の風景を眺める。沈み行く太陽が地平線を赤く染める。

「ナターシャ様のご両親はナターシャ様が生まれた2か月後に暗殺されました。・・・その後、后様の遺言で私がナターシャ様の後継人として育てることになりました。」

ベルツはその事件について父から聞かされたことがあった。ガルテューゾ事件という前帝王とその妃が暗殺された事件で、その帝王と妃がナターシャの父親と母親だ。このガルテューゾという名前はナターシャの父親である前帝王の名前から付けられた。

事件の内容を簡単に説明すれば、ナターシャの両親がローゼンヴァーグ帝都内の博物館を視察中に、直属の護衛部隊であるローゼンヴァーグ親衛隊内に紛れ込んでいたスパイによって暗殺されたという事件だ。この時、同行者としてナターシャの姉であるフィルネーチェと生まれてまだ2ヶ月しかたっていないナターシャも同行していた。

ナターシャの両親も共存派の思想を持って活動していた為、この事件は支配派の連中が裏で糸を引いていた黒幕ではないかと噂されているが、今でもその真偽は分かってはおらず、真相は今でも闇の中だ。

ベルツはぼそりと呟いた。

「ナターシャ様は、ご両親の顔を直接は知らないのですね・・・」

ドルギンはベルツ達の方を見ず、ただ窓の向こうの景色を眺める。

「はい。私は元々后様の使用人として仕えておりましたので、この事件を聞き、后様が亡くなったと知った時はもう涙が止まりませんでした・・・」

ドルギンは右掌を見る。

「后様の遺言に従い、ナターシャ様をこの館で育て始めましたが・・・ナターシャ様を見ていると后様を思い出します。特にあの凛とした目・・・あの目は間違いなく后様から受け継いだものでしょう。顔も、今の4姉妹の中でナターシャ様が一番后様に似ております・・・」

ドルギンは再び、廊下を歩き始める。

「ガルテューゾ前王はとても大人しい方でしてね、少し頼りないところがあったのですけれど、その分后様が男勝りな性格でして・・・陛下を常にリードしておりました。もはやこの国を治めているのはガルテューゾ陛下ではなく、后様の方ではないかと皆言っておりました。」

ドルギンはふと笑みをこぼし、ズィルバー達に一枚の写真を手渡す。その写真にはナターシャの両親の姿があり、母親だと思われる后の手の中には赤ん坊がいた。写真の日付からして恐らくこの赤ん坊はナターシャだろうと推測できる。

父親の顔はとても大人しそうな顔をしており、争いなどを好まなさそうな雰囲気を醸し出しているが、母親の方は凛とした真っ直ぐな目をしていて、非常に整った美しい顔をしていた。確かに、この整った凛とした顔はナターシャにそっくりだ。

ドルギンは話を続ける。

「后様はとても素敵な女性でした。常に陛下を心身ともに支え、私たち使用人達を見下すことなく公平に一人の人間として認めてくれました。陛下が抱いていた民族の共存政策にも積極的に賛同し、とてもアグレッシブに活動を行っておられた。皆、后様の事を愛しておられたのです。恐らく后様の娘であるフィルネーチェ様やナターシャ様は母親の真似をしておられるのだと思います。・・・本当は他の兄弟姉妹達も一緒に活動してほしいのですけどね。」

ドルギンは手を握りしめ、震える。

「だからこそ・・・私は悔しいのです。あの時、あの場にいて后様を守れなかったことが・・・」

ドルギンの声が震え、やや涙声になっていた。それほどまで、ドルギンはナターシャの母親を慕っていたのだ。

「后様は・・・敵が襲い掛かってきた時にナターシャ様を抱きしめ、その場に蹲ったそうです。敵の刃がナターシャ様に当たらないようにしっかりと。・・・后様の体には無数の裂傷があり、何度も刺されたのでしょう・・・刺されている途中で既に息絶えていたという報告も入っています・・・でもそれでもナターシャ様は無傷でした・・・后様は・・・その命を懸けてまでお嬢様を守り切ったのです・・・」

母親の執念ともいうべきなのか、その話を聞きベルツは改めて母親という生き物の偉大さを感じる。

「ですから私は后様が繋いだナターシャ様の命をこの命を懸けて守り抜くと決めました。・・・でなければ、私はあの世で后様に顔向けができません。」

ドルギンはナターシャの部屋の前に来ると、立ち止まった。

「それにナターシャ様は家族がいない私にとって・・・孫娘のような存在ですから。ナターシャ様は小さい頃私の事を『お爺様』とずっと言っておりました。呼ばれていた時は少し恥ずかしかったですけどね。」

ドルギンは軽く微笑む。

「・・・おっとすみません、つい話しすぎましたね。では今からナターシャ様をお呼びします。」

ドルギンはナターシャの部屋のドアを軽く数回ノックする。

「ナターシャ様、夕食の準備が出来ました。」

部屋の中からは何も返事は無い。ドルギンは再び話しかける。

「ナターシャ様、何も口につけないというのはお体に悪いですよ?今日は朝食はおろか昼食も碌に口をつけていないではありませんか。せめて夕食だけでもお取りください・・・」

ドルギンがそう話しかけると、暫くしてナターシャが部屋からゆっくりと出てきた。その顔はどこか疲れているように見える。

「ドルギン・・・それに護衛小隊の皆様・・・」

ナターシャはベルツ達の姿を確認すると、顔を少し俯けた。

「ごめんなさい・・・迷惑をかけましたわね。」

ズィルバーがナターシャを慰める。

「大丈夫ですよ、ナターシャ様。さあ、一緒に夕食を食べましょう。・・・ドルギンさん、案内宜しくお願いします。」

「かしこまりました。」

ドルギンは軽く一礼すると、ダイニングルームの方に向かって歩き始め、ナターシャ達もその後ろに続く。ナターシャを囲むようにズィルバー達は歩く。

ベルツはナターシャの顔を横目でちらりと見ると、相変わらず元気のない疲れた表情をしている。やはり、朝の出来事がまだ頭から離れないのだろう。ベルツはナターシャの精神が心配になった。

ダイニングルームに着くとナターシャ達はそれぞれの指定されている席に座る。すぐに食事が運ばれてきて、食事が始まる。

ズィルバー達はナターシャがまた食事をとらないのではないかと不安になっていたが、ナターシャはゆっくりながらもしっかりと食事をとっている光景を見て、少しほっとした。

出されたオニオンスープもサラダも羊肉のステーキもしっかりと完食したナターシャの血相は良くなっていて、ナターシャはゆっくりと口をティッシュで拭う。表情も少し落ち着いたようだ。ドルギンも安心したようで穏やかな顔で食器を下げていく。

ベルツは腕時計で時刻を確認すると、時刻は20時30分になっていた。ベルツ達も食事を終えた今になってもミグルは未だに来ない。ベルツがズィルバーに小声で話しかける。

「ミグルさん、何をやっているのでしょうか?」

「さあ・・・いくらなんでも遅すぎるな。ベルツ、悪いが見に行ってもらえるか?」

「分かりました。」

ベルツが席を立ち、ダイニングルームからホールへ出るドアのノブに手をかけ、引いた時違和感を覚えた。

ベルツが食器を下げているドルギンに話しかける。

「ドルギンさん・・・食事中はこのドアは閉めていますか?」

ドルギンは首を横に振る。

「今日は閉めておりませんよ?いつもは食事が終わるまで施錠しておりますが、本日はミグル様が後程いらっしゃるという事ですので鍵はかけませんでした。」

ベルツは強くドアを引いたり押したりするがガタガタッと音が鳴るだけでドアは全く開かない。ベルツがノブの所を見ると、紫色の不気味な紋章が鎖のようにノブに絡まっていた。

『結界⁉こんなもの誰がっ!』

ベルツはズィルバーに報告する。

「隊長!ドアに結界が張られています!」

「何ッ⁉」

ズィルバーは席から急いで立ち上がり、ベルツの傍に駆け寄る。ベルツはズィルバーに再び結界について話す。

「この結界から感じられる霊力はこの部屋の誰とも一致しないし、ミグルさんの霊力とも一致しない・・・」

「つまり部外者・・・敵という事か!」

「それも私達に気付かれずに結界を張るスキル・・・只者じゃありませんよ。」

ズィルバーが青ざめた顔をして、無線機でミグルに連絡を取ろうとコールをする外交にミグルは応答しない。

ベルツは体に霊力を纏い、ドアから少し離れる。ズィルバーはベルツの行動を察し、ドアから離れる。

「すみません、ナターシャ様。このドア・・・蹴り破らせていただきます!」

ベルツは一気に加速し、ドアに向かってタックルをする。ドアにかかっていた結界が砕け散り、ホールにベルツはドアと一緒に滑り込んだ。ベルツはそのまま中央の階段を上り、待機部屋まで走り出した。

ズィルバーはダイニングルームに残っているフランク達に指示を出す。

「フランク、マルナ、マーク!お前達三人はナターシャ様の傍から絶対に離れるな!死角を無くし、警戒しろ!ドルギンさん!今すぐ使用人達の安否を確認して全員ホールに集めてください!」

「分かりました!」

ドルギンは急いで、屋敷の使用人達の安否を確認し始める。ズィルバーはベルツの後を追って走り出す。

ベルツは走りながら、屋敷の中の霊力を観測し始める。

『ダイニングルームに4つ・・・これはナターシャ様とフランクさん、マルナさん、マークさんの霊力。・・・そして今後ろから猛スピードで追っかけてきているのが隊長の霊力。そしてミグルさんの霊力は・・・』

ベルツは屋敷全体に意識を集中させ、探索するがミグルの霊力が探知できないことに少し焦りを覚えた。

『何度も探しても探知できないっ・・・まずいぞ!』

ベルツはさらに足を早め、部屋に向かう。廊下を駆け抜け、待機部屋のドアを視界に捉える。その時、部屋の中からミグルの僅かな霊力が感じ取れた。

『まだ生きてる!まだ間に合う!』

ベルツはドアの前まで来ると叫んだ。

「ミグルさん!」

ベルツはドアを思いっきり開け、室内の状況を確認するとその光景にベルツは思わず言葉を失った。ベルツが立ち尽くしていると後ろからズィルバーが追い付き、室内の様子を見る。

「ベルツ!何があっ・・・た・・・」

ズィルバーも部屋の中の光景を見て思わず言葉を失う。それほど室内は凄惨な状況だった。

壁中に血が飛び散り、机やベッドがひっくり返され、つい先程までこの部屋で待機していた後継とはうって変わっており、信じられなかった。窓際の壁にはミグルが壁に背中をつけ、座り込んでいたが、ミグルの体からは大量の血が噴き出ていて、左腕は無かった。近くには何か人らしきものが燃えており、性別すら分からないほど真っ黒になっていた。恐らくこの燃えカスになっている奴が今回の襲撃者だ。他にはバラバラになったメイドの死体がある。

「ミ、ミグル!お前っ!」

ズィルバーはミグルの名前を叫ぶと、室内に飛び込んだ。ベルツも続いて室内に飛び込む。

ミグルはズィルバーに小さく呟いた。

「すみません、隊長・・・夕食・・・食べ損ねました・・・」

ズィルバーの声がどんど小さくなり、ミグルはの意識は薄らいでいった。そしてとうとう、視界も見えなくなり、声も聞こえなくなった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『2月5日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部ナターシャ邸 19時50分』


ズィルバー達が部屋を出てから20分ほどで処理は終わり、ミグルは身だしなみを整えていた。皆、夕食はいつもナターシャと一緒に頂くため、身だしなみを整えることはナターシャに対するマナーとしても大切なことだった。

すでに太陽はほとんど沈み、空には星々が見え始める。身だしなみを整え、部屋を出ようとドアノブに手をかけようとした時ドアがすっと開く。ドアの向こう側からメイドがタオルを持って部屋の中に入ってくる。

「あ、すみません。もう皆さん夕食を取られているものと思いノックもせずに部屋に入ってしまって・・・」

メイドは頭を深く下げる。

「いえいえ、大丈夫ですよ。私も今から夕食を取る予定ですから。」

ミグルが左手を少し振り、問題ないことを表現する。メイドが部屋についているバスルームにタオルを持って入っていくのを確認すると、ミグルは廊下へ出てドアをゆっくりと閉める。

『急いでいくか。隊長達はもう食事をとっている事だろうし。』

ミグルがダイニングルームに向かって歩き始めた瞬間、ガシャァン!と何かが思いっきり割れる音が部屋の中から聞こえた。ミグルは再び部屋の中に入り、先程メイドが入っていったバスルームのドアを開け、中を確認する。

「大丈夫ですっ・・・か?」

ミグルは慌ててバスルームの中を見たがメイドの姿はどこにもなく、床には幾つかのガラスのコップが割れて散乱していた。室内を見るがやはりどこにもメイドの姿はないどころか気配すら消えている。

『もう帰ったのか?・・・いや、それは無い。俺が部屋を出てからすぐに音が鳴ったんだ。誰もドアから出ていないのを俺は知っている・・・』

この部屋から廊下へ出るドアは先程メイドが入ってきて、ミグルが出て行ったドアたった一つのみ。それ以外のドアは見当たらないし、バスルームから直接廊下に出ることもできない。

『さっきのメイドは幻?・・・いや違う。』

ミグルは洗面台を見る。そこには先程メイドが持っていたタオルの山が置かれていた。ここにメイドがいたことは確かなのだ。

ミグルは嫌な胸騒ぎを覚える。

『敵襲か?でもそんな訳はない・・・今日の調査では侵入者は確認できなかった。隅々まで結界を張り巡らせて確認したが確認できなかったんだ。・・・いる訳が無い・・・はずなんだ。』

ミグルは急いで自分のベッドの上にある電源をつけっぱなしにしていたパソコンで結界が破られていないか確認した。

『破られていない・・・侵入者は・・・いない・・・』

ミグルは結界が無事なことを確認すると余計今起こっている奇妙な現象が分からなくなった。なぜ、メイドが消えたのか。その疑問がミグルの中でモヤモヤと霧に包まれてうごめいていた。

ミグルが夕食の事を忘れて思考を巡らしていると、ミグルの後ろで何かが動く音と気配がした。思わず、後ろを振り向くとそこには先程までいなくなっていたメイドが顔を伏せて立っていた。顔は分からなかったが、髪の色や着ている服、髪の長さ、体のサイズからして同一人物だと判断する。

髪が垂れていて表情が読めない為、ミグルはホラー映画でも見ているような薄気味悪さを覚える。

「あの・・・大丈夫ですか?」

ミグルが話しかけてもそのメイドは俯いたまま反応を一切示さない。ミグルは警戒心を強める。

『彼女は・・・今まで何処にいたんだ?バスルームにはいないことは確認したし・・・ベッドの下に隠れていた?いや、それは無い・・・ベッドの下には隙間はあるが人が入り込めるほどのスペースは無い・・・』

ミグルが警戒心を強めながら思考を巡らしていると、メイドは急に顔を上げてミグルを血眼の目で見つめる。その形相は先ほど見たメイドとは似ても似つかないほどだった。

『何だあの目・・・まるで別人のようだぞ。』

メイドは操り人形のように急にカクカクとした不自然な動きをし始め、ミグルの恐怖心を刺激する。そして、ミグルを見つめたまま首を上下180度反転させる。昭に生きている人間では再現できない動きだった。

『彼女は・・・すでに死んでいるっ!でも誰が操っているんだ⁉』

メイドは背中に手を回すと、包丁を握りしめており、ミグルに向かって斬りかかってきた。ミグルは思わず、机の上に置いていた全長30㎝程の短剣を持ち、包丁を受け止める。

『何だこの力っ⁉・・・押し負けるっ⁉』

ミグルはメイドを蹴り飛ばす。メイドは尻もちをつき、包丁を手から手放した。

「・・・ごめんなさい。」

ミグルはメイドの首に狙いを定め、一気に距離を詰めるとメイドの首を刎ね飛ばした。首を刎ね飛ばされたメイドは崩れ去るように地面に倒れ全く動かなくなった。

ミグルは肩で息をする。

「はあ・・・はあ・・・」

ミグルは首の無いメイドの死体を眺める。首を切っているのに出血が異常に少ない事を確認し、既にベルツの前に再び現れた時には死んでいたことを把握した。

『やっぱり彼女はすでに死んでいた・・・でも今までどこにいたのかは分からないままだ。それに今のこの状況・・・侵入者がいる!でもどこから・・・』

ミグルが考えていると急にメイドの体が動き立ち上がると、包丁を再び手に持って襲い掛かってきた。

『馬鹿なっ⁉まだ動くのか⁉』

ミグルは驚きつつも、冷静にメイドの両足を素早く切断し距離を取った。メイドは地面に倒れ込むと腕を使ってミグルに迫る。ミグルは再び短剣を強く握る。

「死体切りはしたくないけど・・・」

ミグルはメイドの両腕も切断すると、腰の真ん中に短剣を突き刺した。

『脊髄を切断すれば動けないはず・・・』

ミグルは唇を強く噛む。

『彼女は何も悪くないんだ・・・本来は彼女にこんなことはしたくはなかった・・・本当に、すまない・・・』

ミグルは心の中で何度も謝りながら、腰から剣を引き抜く。メイドはまったく動かなくなり、ミグルは呼吸を整える。

「・・・もう動かないでくださいね。これ以上、貴女を斬りたくはない・・・」

ミグルが左腕にかけている時計を見ようとした。

その時、ミグルの陰から黒い刃が現れ、ミグルの肘から先が勢い良く吹き飛んでいく。ミグルの左腕の切断面から大量の血が流れ出る。

「ぐっ・・・ああああああああ!」

ミグルは傷口を押さえながら、地面に倒れ悶えると急に部屋の電気が消え、真っ暗闇に包まれた。また救援を呼ぼうと無線機をつけた瞬間、壁中に紫色の結界が張られ、外界との連絡が出来なくなった。

「くそっ!外界と遮断されたか!」

ミグルは色を失った世界を見ていると少し先に赤い光が二つ見えた。

『影に・・・『何か』いるっ!』

まるで瞳のように不気味に光る赤い点はふっと急に消える。その瞬間、ありとあらゆる方向から鈍く光る赤い線がミグル目掛けて迫ってきた。

『前と後ろ・・・横からもかっ⁉』

出来る限り避けようと体を起き上がらせ、構える。ところが、ミグルは周りの迫り来る赤い線がミグルに到達する前に体中に想像を絶するする激しい痛みが走った。それと同時に、体中から血が噴き出る。

ミグルが下を見ると、地面から赤い線が伸びており、既にその線は体中に沿って流れていた。その線に沿って裂傷が入る。

周りからきている線の反応に遅れる。

「しまっ・・・」

ありとあらゆる方向からミグルは切り刻まれ、激しく吐血する。叫ぶ暇など無い、声にならない悲鳴を抱えながらミグルは壁にもたれ掛かる。体中から飛び出た血が部屋の壁に付着する。周りの線が暴れ、部屋中に設置されているベッドや机を切り刻み吹き飛ばしていき、カーテンを切り刻んでいく。カーテンがちぎれ、夜の仄かな月光が室内に入り込む。

ミグルは月光で自分の体の傷跡を確認する。ひどい傷で立っているだけでやっとだった。

『く・・・はあ、はあ・・・視界が・・・歪む・・・』

ズズズッ・・・と目の前に影が盛り上がる。先程の赤い二つの赤い点がミグルを見つめる。

「オマエ・・・第七護衛小隊・・・ダナ?」

影が話す。どんどん形が人型に近づいていき、そして完全に人の姿になった。闇の中にいる為はっきりとは見えないが、部屋に入る僅かな月の明かりで足元とマントが少し見えた。

その瞬間、ミグルは目を見開いた。マントに入っている刺繍を見た瞬間、今回襲ってきた敵が所属している組織が判明した。

「お前・・・その羽織の刺繍・・・『俺達と同じ』エージェントか⁉」

黒い影は首を傾げる。

「サア?・・・ドウダロウ?」

黒い影は不気味にその場に佇む。

「お前・・・何処から入った?結界は破られていないぞ。」

「破ラレテイナイ?・・・アハハハ!『破ラレタ』ノ間違イダロウ?」

ミグルは顔を歪ませる。

「馬鹿な・・・結界は破られはしたが侵入したのは魔物だけのはず・・・屋敷の中も徹底的に調べたが他に侵入者はいなかったはずだ!」

影は乾いた笑い声をあげる。

「ソリャソウダヨ。僕ハ今マデ『コノ世界』ニイナカッタンダカラ。」

ミグルは舌を打つ。

「お前・・・異能力者か!」

「ソウダヨ?今頃気ヅイタノカイ?」

影のシルエットが不気味に変化する。

「僕ノ能力『潜影深淵』ハ影ニ入リ込ム能力。影ノ中ニイル僕ニハ攻撃ハ効カナイシ、影ノ中カラ自由ニ攻撃ガ出来ル・・・影を伝ッテ移動スルコトダッテ出来ルゾ。」

黒い影は溜息をついた。

「ソロソロイイカナ?君ヲ殺シテモ。」

黒い影の周りに赤い線が纏わりつき始めた。・・・また来る。

「ボクハ姫ヲ殺ス仕事ガアルンデネ・・・邪魔ナ君カラ消サセテモラウヨ。」

紅い線が一気にミグルに襲い掛かる。ミグルは横に転がり、線を回避すると痛む体を叱咤しながら走り回る。赤い線が次から次に襲い掛かってきて止まる暇など無い。次々と襲い掛かってくる線を躱しながら、全力で思考を巡らす。

『ナターシャ姫を狙うエージェント・・・恐らく他の護衛小隊の連中だ!』

ミグルはその影に向かって叫ぶ。

「誰の差し金だ!ローゼンヴァーグの!どうせお前もあの社長室にいた選抜メンバーの一人だろう!」

「・・・イウト思ウ?」

紅い瞳がミグルを捉える。黒い影が手をバッと上にあげると、ミグルの周りに赤い線が円を描いて囲む。

「なっ・・・」

そのまま赤い線は他の線と交わりながら、交差しながらミグルの体を貫く。ミグルの体は赤い線によって窓際まで吹き飛ばされて、強く打ち付けられる。ミグルは息が出来なくなり、意識が飛びかける。

「がっ・・・はっ・・・」

ミグルは月光を背にして、窓際にもたれ掛かる。目の前から黒い影がゆっくりと近づいてきてその姿を明らかに示す。

仮面をつけていて顔は特定できない。それにフードを被っている為、まるで死神が命を回収しに来たみたいだ。声や体格からして性別は男と推定できる。男が着ている羽織はやはり今自分達が着ているエージェントの戦闘服だった。これで奴がエージェントであることがはっきりとした。

ミグルは笑みを浮かべてその男を睨みつける。

「まるで・・・死神・・・みたいだな、お前?」

「ヨク言ワレルヨ。」

男は右手に赤い線を纏わせる。どうやら仕留めに来ているようだ。

「君ハ弱イネ。生キテイテ恥ズカシイダロウ?」

男がミグルの首を掴み持ち上げる。ミグルにはもう掴まれている首元の手を振りほどくほどの体力は残っていなかった。

「大丈夫、心配シナクテイイヨ。直グニ君ノ仲間モ、ナターシャ姫モ送ッテアゲルカラ・・・地獄ニネ。」

男が肩を揺らしながら、小さく笑い声をあげている。どうやら自身の価値を確信しているらしい。

確かにこれほど素晴らしい能力を持っているのなら何も怖くはないのだろう。負ける気だって起きないはずだ。これまでにも多くの固有能力持ちの奴らと戦ってきた。大抵の奴らは、自身の能力に絶対の自信を持っている。こいつも言動からしてそのうちの一人だろう。

『羨ましいなぁ・・・そんな特別な力を持っていて・・・さぞ優越感に浸れるのだろうな・・・』

ミグルは薄れゆく意識の中、なぜかその男の能力に憧れを抱いた。だがそれも当然だ。元来人というものは自身にないモノを他人が持っていると分かるとその人間を尊敬するか、嫉妬するかのどちらかの感情を抱く生き物だ。どちらかというと、この時のミグルが抱いていた感情は尊敬に近かった。

男の手に力が入り、ミグルの首を折ろうとしているのが肌で感じ取れる。

「終ワリダヨ!」

男は一気に力を入れる。男の声は勝利を確信しているようで今までの声よりも誇らしげで高ぶっていた。自身の能力で勝利をここまで引き寄せたのならば気持ちが昂るのだって無理はない。

『嬉しそうだなぁ・・・声を聞いただけで分かるよ・・・でも・・・』

だが、ミグルは知っていた。戦いというものは『最後』にボロを出し、慢心した者には決して勝利は訪れないという事を。

『あんたを仕留めるまで、俺は死ねない!護衛小隊の務めを完遂するまでは、死ねない!』

ミグルは近くにあるランプを思いっきり掴み、男にぶつける。ランプに火はついていなかったが、中に入っていた油が男の全身にかかる。

「ナ・・・ナニッ⁉」

ミグルは男の一瞬狼狽した隙を見逃さなかった。懐に忍ばせていたライターを点火し、男の服に火をつける。男は火達磨になり、叫び声をあげる。

「ギャアアアアアアアアア!貴様、キサマ!何ヲスルンダアアアアアアア!」

男は影に潜り込もうとするが、自身が燃えて輝いているせいで影は逃げていき影の世界に逃げることが出来ない。

「何故ダアアアアア!何故入レナイイイイイイイ⁉」

ミグルは切断された左腕を押さえながら、男に話しかける。

「当たり前だろ。お前が『光源』なんだから・・・影なんか出来る訳ないだろ。太陽に影はあるか?」

男は叫びながら地面をのたうち回る。ミグルは他のランプも投げつけさらに燃料を投下し、より火の勢いは増していく。男の叫び声が徐々に小さくなっていく。

「負ケタ⁉アソコマデ追イツメテ負ケタ⁉」

「そうだ、お前の負けだ。・・・最後の最後で油断したのが命取りだったな。影から俺にナイフを投げつけるだけで良かったもののわざわざ出てくるから・・・」

男は全身やけどで皮膚が爛れる。

「アアアアアアア!影ガアッタラ入リタアアアイイイイイイイ!」

ミグルは鼻で笑った。

「残念だが、お前が入る穴も影ももうどこにもない。まあ、あるとするならば・・・『墓穴』だな。」

「キヤアアアアアアアアアアアアアア!」

男は壮絶な断末魔を上げると、ピクリとも動かなくなった。ミグルは男が真っ黒の灰の塊になるまで静かに眺め続けた。

『結局・・・こいつの名前は分からなかったな・・・』

ミグルは壁にもたれ掛かるとゆっくりと地面に腰をつける。すると部屋の明かりがつき、ミグルは目を細める。どうやらミグルがかけていた結界が外れたようだ。

自分の体を見ると、よく内臓が零れていないなと感心する程の切り傷が体中にあり、血が出すぎても既に出血は止まっていた。世界が白黒に映り、色を正確に識別できない。

『死ぬ・・・のか、俺は・・・』

ミグルが気を失いかけたその時、ドアが勢いよく開いた。そこには、先に夕食に向かっていたベルツの姿があった。ベルツは室内の状況に驚いて呆然と立っている。

『ベルツ君・・・もう、夕食は終わったよう・・・だね・・・』

ミグルがベルツの方を見ると、ベルツの後ろからズィルバーがやってきた。

「ミ、ミグル!お前っ!」

ズィルバーがミグルの元に駆け寄る。ミグルはズィルバーに囁くような掠れた声で話しかける。

「すみません、隊長・・・夕食・・・食べ損ねました・・・」

ミグルはそう言うと、視界が真っ暗になり、意識が完全になくなり首を下に向ける。

「ミグル!おい、しっかりしろ!」

ズィルバーがいくら呼んでもミグルは一切返事をしない。ベルツがミグルの首元に手を当てると脈は完全に止まっていた。

「隊長・・・ミグルさんはもう・・・」

「まだ間に合う!急いで蘇生させるんだ!」

ベルツは辺りに散乱している夥しい量の血を見る。黒焦げになっている男の死体にはやけどによる裂傷はあるものの切り傷は見られず、このあたりに溢れている血はほぼすべてミグルの血だとわかる。

「隊長・・・この出血です。・・・蘇生させるにも血が足りませんよ・・・」

「なら今すぐに血を持ってこい!何ボケっとしてやがる!」

ズィルバーはベルツの首元を締め上げる。ベルツは抵抗することなくズィルバーを見つめ続ける。ズィルバーは手を震わせながら、自分が今何をしているのか理解すると、そっと手をベルツから放した。

「すまない、ベルツ・・・感情的になってしまった・・・」

「いいえ・・・気にしていませんから・・・」

ベルツとズィルバーは全く動かないミグルを見つめる。すでに皮膚は白くなり始め、固くなり始めてもいた。

廊下の方からいくつもの足音が近づいてくる。ベルツが振り向くとナターシャ達が部屋の中に飛び込んできた。

「これは一体何事ですの⁉」

ナターシャはいち早く、ベルツとズィルバーに近づいた。ナターシャはミグルの姿を見ると口元を押さえて絶句した。

「敵の襲撃を受けました・・・ミグルが対処しましたが・・・彼は・・・」

「そん・・・な・・・」

ベルツがナターシャに報告をすると、ナターシャはミグルの前まで行きベルツとズィルバーの間に座る。

「彼は・・・一人で・・・戦っていたのですね・・・何故・・・誰も呼びませんでしたの?」

ベルツは部屋の霊力を探ると、ミグル以外の霊力の残骸が部屋全体に散らばっていて、その霊力は先程ドアに掛けられていた結界と同じものだった。どうやらこの結界で助けを呼ぶことが出来なかったのだろう。

「部屋に結界が貼られていた形跡があります。恐らく助けを呼ばなかったのではなく、呼ぶことが出来なかったのだと思います。」

ベルツの報告にナターシャの表情はより暗くなる。

「良く・・・一人で対処しましたわね・・・」

そう言うとナターシャは既に息絶えているミグルに治癒術をかけ始めた。ミグルの傷口が凄い勢いで治癒していく。

「せめて・・・傷の治療だけでも・・・傷だらけの体では・・・嫌でしょう?」

その様子を見たズィルバーは驚きの表情を浮かべる。ズィルバーはナターシャのその死体にまで気を使ってくれる心意気を嬉しく思ったがそれ以上に傷口の修復速度に驚きを隠せなかった。ベルツや後ろにいたフランク達もその能力の高さに思わず驚いた。

『何だこの治癒速度と精度は・・・内臓まであっという間に完治する程の能力・・・今まで多くの優秀な治癒師を見てきたが彼ら彼女達とは比較にならない程のスピードと精度だ・・・』

ナターシャはすぐに治癒術を止めて、ミグルと向かい合う。ミグルの体には血がついてはいるものの傷口は跡形もなく完全に塞がっていた。

「さあ、傷は綺麗に塞がりましたわよ?・・・貴方のような者が私の護衛小隊にいてくれて、とても誇らしいですわ。」

ナターシャがミグルに向かって頭を下げ、ベルツ達も黙祷を捧げる。部屋がしんと静まり返る。

その時だった。

「・・・げほっ・・・げほっ・・・」

ナターシャ達は思わずミグルの方を見る。ミグルはなんと苦しそうな咳をして薄っすらと目を開いていた。先程まで脈が無く、死後硬直が始まっていたミグルが動き出したことに一同は息を呑んだ。

「ミグル!お前・・・私の声が聞こえるか⁉」

ズィルバーはミグルの方を揺さぶる。ミグルはゆっくりとズィルバーの方を向く。

「ええ・・・聞こえて・・・います・・・よ・・・」

ズィルバーとナターシャは嬉しそうな顔をした。フランク達も同様の顔をして喜びの声を上げるが、なぜかベルツだけは複雑な心境だった。

別にベルツはミグルの事は嫌いだから一人だけ何も反応をしないという訳ではない。ただ、ミグルからは何か妙な感じがした。

『何だ・・・この違和感・・・何かが・・・何かが違う。生きている人間とは・・・違う。』

ベルツが一人黙り込んでいる中、ズィルバーがミグルに話しかける。

「ミグル、一体何があったんだ。敵の正体は分かったか⁉」

ミグルは咳き込みながら答えた。

「残念ながら・・・敵の詳細な・・・所属は・・・分かりませんでした。・・・誰が・・・裏で糸を引いているのかも・・・掴むことが・・・できませ・・・ごほっ、ごほっ!」

「ミグル、大丈夫か⁉」

ズィルバーがミグルに寄り添う。ミグルの咳がどんどんひどくなっていき、周りにいるみんなが心配そうな表情をし始める。

ベルツがミグルの首に手を当てる。

「ベルツ・・・貴方、何をしていらっしゃるの?ミグルは生き返りましたわよ?」

ベルツは先程まで抱いていた違和感に確証を得て、ナターシャの方を見る。

「ナターシャ様・・・その・・・大変申しにくいのですが・・・」

ベルツはミグルの首元から手を離す。

「ミグルは・・・『未だに』死んだままです。・・・現に今脈を取りましたが、反応はなく、皮膚は相変らず冷たく、先程より硬直が進んでいるように思われます。」

「な・・・馬鹿な!」

ズィルバーはミグルの首に手を当て、続いて右手首の脈も取る。ズィルバーの手が震える。

「・・・確かに・・・脈が・・・ない。冷たいままだ・・・」

ベルツは言葉を付け加える。

「恐らく目も見えていないでしょう、ミグルさん?」

ミグルは小さく頷く。

「何故・・・ミグルの目が見えないと分かりましたの?」

ベルツがナターシャを見る。

「先程から、ミグルさんの目が不自然な挙動をしていました。左右とも異なる挙動、視線の異常なほどの移動・・・全て目が見えない人の挙動にそっくりだったんです。それに・・・今でもミグルさんは『一回も』瞬きをしていません。見開いたまま、何分も目を開ける人はいません。そんなことをすれば目が乾燥し、最悪失明しますからね。」

ナターシャはベルツから話を聞くと、顔を俯け、肩を静かに震わせた。自分の力が及ばなかったことを嘆いているのか手をぎゅっと膝の上で握りしめている。

ミグルが苦しそうにズィルバー達に話しかける。

「皆・・・さん。一つだけ・・・分かった・・・こと・・・が・・・あります・・・」

「何だ?」

ズィルバーがミグルの声を聞き逃さないように耳を傾ける。

「敵は・・・私達と同じ・・・エージェントの服を着ていて・・・組織で行動しています・・・恐らく・・・敵の練度からして・・・我々と同じ・・・護衛小隊・・・でしょう・・・第六護衛小隊にも・・・この情報の・・・共有を・・・」

ミグルが喘息のように息を切らし、過呼吸になる。ズィルバーが励ますが、もう声は届いていないのかズィルバーの声に反応しない。

「ミグル!しっかりしろ!ミグル!まだ死ぬな!仕事は終わっていないぞ!」

ミグルは最後にナターシャに向けて言葉を発した。

「ナターシャ・・・様・・・ここに・・・いますか・・・」

ナターシャはミグルの右手をぎゅっと両手で握りしめる。

「ええ!ここにいますわよ!」

ミグルは弱弱しく握り返すと、微笑んだ。

「・・・貴女に・・・仕える事ができて・・・良かった・・・です。・・・貴女の盾と・・・なれて・・・光栄・・・でし・・・た・・・ぜひ・・・今後も・・・ご無事で・・・」

ミグルの手がナターシャの手を離れ、床に落ちる。ナターシャはしばらく呆然と体を固くした後、両手を膝の上に置いた。

「・・・ごめんなさい・・・彼を・・・助けられなくて・・・」

ズィルバーはナターシャの方を見る。

「ナターシャ様、私は貴方に感謝いたします。」

「・・・えっ?」

ナターシャはズィルバーの方を見る。ズィルバーは頭を下げており、顔を上げて再びナターシャと向かい合う。

「貴方のお陰で彼は自らの役目を全う出来ました。我々に敵の情報を残すことが出来た。彼のお陰で、私達が戦うべき相手、警戒すべき相手が特定できたのです。それを伝える僅かな時間をナターシャ様、貴女が授けてくれたことに第七護衛小隊隊長として心より感謝いたします。」

ズィルバーがそう言うと、ベルツ達も深く頭を下げる。ナターシャは少し複雑な顔をしたが、何も言葉を発することは無かった。

ズィルバーはベルツの方を見る。

「ベルツ、ナターシャ様を自室へお送りしろ。マルナもベルツと共に寝室までついて行け。そしてマルナ、今日はナターシャ様と共に一夜を過ごせ。ナターシャ様、少し不自由な思いをさせるかもしれませんがよろしいですか?」

ナターシャは小さく頷く。ベルツとマルナも互いに目を合わせてアイコンタクトを取る。ズィルバーはフランクとマークを見る。

「フランク、マーク、お前達二人は館に新しい結界を張り、警戒を強めろ。そして念のために館全体のチェックをするんだ。今すぐに。」

フランクとマークは返事をすると部屋を急いで出て行く。ドルギン達使用人達もフランクの後に続いていく。

ベルツは立ち上がり、ナターシャに手を差し伸べる。

「ナターシャ様、お部屋に戻りましょう?」

「・・・分かりましたわ。」

ナターシャはベルツの手を握り、ゆっくりと立ち上がるとマルナと一緒に部屋の出口に向かう。廊下に出るとき、ズィルバーが話しかけてきた。

「私は今から第六護衛小隊と連絡を取る。連絡が終わったらお前達に情報を送ろう。」

フランクとマークに伝えなくて大丈夫なのかとベルツはズィルバーに進言すると、無線で連絡するから大丈夫だろうと言った。ベルツは頷くとマルナと一緒にナターシャを彼女の自室まで連れて行く。

ズィルバーはナターシャ達が廊下へと消えると、先程のナターシャの治癒術に関して考え始める。

『ナターシャ様は確か、今のローゼンヴァーグ一族の中で唯一固有能力を会得していないという事だったが、あの死者を蘇生させる程の治癒術・・・あれは治癒術レベルではなく、もはや固有能力のレベルだ。彼女自身も知らない固有能力なのか?・・・今回はミグルをゾンビのようにしただけだったが、それは彼女がまだ自身の固有能力を理解していない上に、まだ不完全だからなのではないか・・・だとすれば・・・』

ズィルバーは一人、静まり返った部屋で思考を続けた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『2月5日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部フィルネーチェ邸 20時55分』


ウィルベールが今日の夜の警戒任務の準備を終えると、部屋においてある無線機が鳴った。室内にいるローシャ、カーレス、ライン、ヴィクトルの視線が一気に無線機に集まる。ウィルベールが一番無線機に近かったため周波数を確認してから無線に出る。無線の周波数は第七護衛小隊のものだった。

「ごほんっ・・・こちらウィルベール第六護衛小隊副隊長。第七護衛小隊、応答せよ。」

『・・・こちら第七護衛小隊隊長のズィルバーだ。ウィルベール副隊長、テルミット隊長は今近くにいるか?』

ズィルバーの声が物悲しげな感じを漂わせているのをウィルベールは無線機からでも感じ取ることが出来た。

「いいえ、今私達の傍にはいま・・・」

ウィルベールが傍にテルミットが不在なことを伝えようとした瞬間、ドアが開きテルミットが入ってきた。ウィルベールはテルミットと目が合い、テルミットは足を止めた。

「丁度隊長がお見えになりましたので変わります。・・・隊長、貴方宛ての無線です。」

ウィルベールは無線機をテルミットに手渡した。テルミットがウィルベールから無線機を受け取るとウィルベールに小声で話しかける。

「誰からだ?」

「第七護衛小隊のズィルバー隊長からです。・・・どこか元気が無いように聞こえました。」

「・・・分かった。」

テルミットはウィルベールから無線機を受け取ると無線機に話しかけた。

「テルミットだ。どうした、ズィルバー?」

『・・・今そこに部隊の仲間は全員いるか?』

テルミットは軽く周りを見渡して、小隊員全員揃っていることを確認すると返事を返した。

「ああ、全員この部屋にいる。」

『その部屋に俺の声が聞こえるように設定してくれないか?お前達に伝えたいことがある。』

「分かった・・・。」

テルミットは無線機の設定をいじり、部屋中に聞こえるように調整した。

「設定したぞ。何か話してみろ。」

『私は第七護衛小隊隊長のズィルバーだ・・・第六護衛小隊の諸君、聞こえたらテルミットに合図をしてくれ。』

ズィルバーの声が室内に響き渡るのを確認すると、ウィルベール達はテルミットに頷いた。

「聞こえているぞ。・・・そろそろ本題を話してくれないか?先から声に覇気が無いぞ?」

ズィルバーは少し躊躇うように咳をすると、静かにゆっくりと話し始めた。

『・・・敵の襲撃を受けた。今から大体一時間ほど前ぐらいに。』

テルミット達全員が驚きの表情を浮かべる。テルミットは少し慌てたような声で無線機に呼びかける。

「何だとッ⁉護衛対象のナターシャ姫は無事か⁉」

「ああ。ナターシャ姫には問題はないが・・・」

「が?」

「・・・俺の部下が一人殺された。相打ちだ。」

ウィルベール達はその言葉を聞いて言葉を失った。

「結界は張っていたんじゃないのか?突破されたのならすぐに探知できるとは思うが・・・」

『結界は勿論張っていたよ・・・でも敵はその結界を何らかの方法で突破した・・・こちらに探知されることなく結界の内部に入って来るとはな・・・』

テルミットはヴィクトルを見た。ヴィクトルもテルミットと目線が合い、やや険しい表情をする。

「ヴィクトル、この館の結界は大丈夫か?」

テルミットから自分の腕を信用していないと思われていると考えていたのか、ヴィクトルは腕を組み、少し不快そうに返事をした。

「俺の結界は俺独自に作成したものだ。突破するならばド派手に吹き飛ばすしか方法はない。」

「相当な自信があるようだな。」

「結界を突破するならばその結界に対応した透過術を使用する必要がある。俺の術は誰にも言っていないし、作成法は全て俺の頭の中にある。心の中が読まれない限りは大丈夫だ。」

「・・・そうか。お前がそれだけ自信があるなら問題ないな・・・無いよな?」

「・・・勿論だ。」

テルミットがヴィクトルを睨みつけるとヴィクトルは少し怖気ついたように返事をする。テルミットも少し気が立っているらしく、ヴィクトルの態度に少し不快感を持ったらしい。

テルミットは再び無線機に話しかける。

「敵の身元は?」

『残念だが特定できない。全身火達磨になってしまってもう誰か判別がつかないからな・・・』

「そうか・・・それは残念だな。」

『だが一つだけ分かった事がある。死んだ俺の部下が息絶える前に教えてくれたんだが・・・襲った奴は俺達と同じユーグフォリア社のエージェントの服を着ていたそうだ。・・・もう燃えちまってないけどな。』

「俺達と同じエージェントだと?・・・一体どこのどいつだ・・・」

『一応、北大陸にもユーグフォリア社の支部が存在するからそこから派遣された可能性も最初はあったが、特別に選抜された俺の部下を殺せる程の奴だとするならば・・・』

ズィルバーはそこで言葉を詰まらせたが、テルミットが後に続けて言葉を付け加える。

「他の護衛小隊の奴の可能性が高い・・・という事か?」

『ああ・・・そうだ。』

「支配派の連中はそこまでして共存派を消したいのか?」

『まだ支配派の連中の仕業だとは確定していないから何とも言えないが・・・』

無線機からズィルバーの鼻をすする音が聞こえる。部下を無くして悲しんでいるのだろうか、それとも自分が所属する会社からの突然の裏切りに信じられないのか心を痛めている様子が声からもはっきりと分かるほどだった。

「・・・ズィルバー。大丈夫か?」

『ああ・・・大丈夫だ・・・』

「お前の部隊には戦闘要員はいるか?」

『・・・生憎、俺の部隊はお前の部隊みたいに全員が戦闘要員になれる訳じゃないんでね・・・まともに殴り合える奴は俺とベルツ、マークの三人だな。』

「・・・合流した方が良さそうだな。こちらから数人派遣しよう。」

『いや、いいよ・・・こっち事はこっちで何とかして見せるさ・・・』

「意地張ってる場合か!姫を守れなかったら元も子もないんだぞ?」

テルミットの語気が強くなる。確かにテルミットの言うようにナターシャ王女を守り切れずに殺されてしまえば元も子も無い。

『大丈夫さ。お前達の警備を薄くはしたくはない・・・何とか対応して見せるさ。』

「・・・」

テルミットが黙り込むとズィルバーの鼻で笑う声が無線機の向こうから聞こえてきた。

『心配かけたな。・・・気を付けろよ。』

「・・・そっちもな。油断するなよ。」

『分かっているよ。』

テルミットは一瞬言葉に詰まった。少しの間が開いた後、無線機に呼びかける。

「部下の件は残念だったな・・・」

『ああ・・・よく道連れにしたよ。根性のある奴だった・・・』

ズィルバーは軽くため息をついた。

『・・・それじゃあな。切るぞ。』

ズィルバーからの無線が途切れ、テルミットは無線機を机に置いた。テルミットは近くにある椅子に腰を掛けるとウィルベール達の方を向いた。

「聞いたな。敵が本格的に動き始めたようだ。」

ローシャがテルミットに恐る恐る話しかける。

「・・・やはり襲撃したのは支配派のローゼンヴァーグの指示だと思いますか?」

「多分な。」

「でもこんな直接的な行動をとるなんて・・・もうすぐ帝国の式典が開かれるんですよ?こんな事件起こしたら、式典だって中止になるのでは?」

「それに関しては問題ないだろうな。この事件は世間に知られることなんてなく、どうせ隠蔽されるだろうからな・・・」

「そんな・・・」

ローシャは顔を俯けた。テルミットは軽く溜息をつく。

「北大陸においてローゼンヴァーグ家の力は絶大だ。情報の封殺だってお手の物だろうよ。・・・全く、胸糞悪い話だな。」

テルミットはローシャとの話を終えるとウィルベールの方を見た。

「ウィルベール。今日からはいつもより警戒を強めて警戒任務に当たってくれ。お前達も絶対に油断するなよ。少しでも異常があればすぐに知らせるんだ。」

「了解しました。」

「ヴィクトル、結界をより厳重に張ってくれ。蟻一匹侵入できないようにな。」

「・・・了解した。今すぐその作業に取り掛かろう。」

ヴィクトルは部屋から出て行く。ヴィクトルが出ていくとテルミット達はそれぞれの作業に取り掛かり始めた。ウィルベールとローシャも装備を整えると部屋から一緒に出ていく。蝋燭の明かりだけで照らされている薄暗い廊下をローシャの二人で歩いていく。

ローシャが浮かない顔をしている。

「ローシャ?どうした?」

「さっきから、心臓の動悸が激しいんです・・・」

「怖いのか?」

「はい・・・もし自分が襲われたらと思うと、ゾッとしてしまって・・・」

「まあ、無理もないな。・・・実戦経験も無いんだよな、お前。」

「はい。まだ後方でのサポートしかやっていないので・・・現地に行くことは全くありませんでした。」

ローシャがウィルベールに不安な顔で尋ねる。

「ウィルベールさんは人を殺すのが怖いですか?」

「なんでそんなことを?」

「・・・只の好奇心です。」

ウィルベールは頬を軽く指でなぞった。

「慣れたよ・・・もう。」

「・・・どのくらいの人を今までに?」

「さあな。具体的な数は覚えてねえよ。・・・まあ、殺した奴は大抵人間の屑を表したような奴らばかりだから全然良心が痛まないけどな。」

「・・・」

ローシャは俯きながらウィルベールの横を歩いている為、ウィルベールが横目でローシャを見てもどのような表情をしているのかが分からなかった。

ウィルベールは軽く溜息をつく。

「・・・軽蔑したか?」

「いいえ・・・殺したのは悪人で任務だから、仕方がなく・・・ですよね?」

「勿論そうだ。誰彼構わず殺して回るほど殺人衝動にあふれていないんでね、俺は。」

ウィルベールとローシャは玄関の扉を開け外に出る。外には昨日積もった雪がまだたくさん残っていたが、雪は降ってはおらず空にはたくさんの星が輝いていた。

ウィルベールはローシャの顔を見と、先程に比べたら大分顔色は良くはなったがまだどこか少し不安な表情をしていた。

「ローシャ、今日からお互い離れずに警戒するぞ。館の周りをいつもより多く歩く羽目になるかもしれないが、万が一の時には伝達する相手が傍にいてほしいからな。」

「分かりました。・・・ウィルベールさんの背中は任せてください。」

ローシャの眼が凛とした輝きを帯びる。

「頼りにしているぞ、ローシャ。・・・ところでお前、夜目が利くか?」

「はい。私、夜目が利くことには自信があるんですよ?」

ローシャは少し頬を緩ませ、ウィルベールに微笑んだ。どうやら少し緊張がほぐれたようでいつもの健康的な顔色に戻っていた。

「俺も一応夜目が利くが・・・恐らくローシャの方がいいだろうからな。ローシャがそう言ってくれて心強いよ。」

ウィルベールが少し微笑みながらローシャに話しかけると、ローシャはふふっと頬を少し赤らめて笑った。

ウィルベールは近くの森を見る。光が届いておらず、森の中は暗闇に覆われていて中の様子を判断することが出来ない。

ウィルベールは再びローシャの方を見る。

「さてと、じゃあ巡回を始めるとするか。・・・離れるなよ?」

「はい。しっかりとついて行きます。」

ウィルベールとローシャはお互いそれぞれの死角を埋めるように警戒しながら館の周りの警戒任務を始めた。

夜空に輝く星々の仄かな光が雪に反射し、雪がわずかに銀色に輝く。



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