~Legacy of the Soul~
[主要人物]
「ウィルベール・ゼーレヴェ」
・・・本作の主人公。対魔物や反社会組織との戦闘任務を主とする民間軍事企業ユーグフォリアのエージェント。妹に対して多少心配性な一面を持つ。皮肉屋で傲慢な態度をとるが仕事はしっかりする。
ある任務をきっかけに自分の血のルーツと使命について考えるようになっていく。
26歳。男性。身長178㎝。体重66㎏。
髪の色は碧色。短髪。
主戦法は刀と二丁拳銃を用いた一対多の近接戦を得意とする。属性は闇
種族は人間種と精霊とのハーフ。
「アウラ・ゼーレヴェ」
・・・ウィルベールの妹。ネガティブなことはあまり考えないようにする性格で何事も気合で何とかできると考えている。常に兄の為に役に立ちたいと頑張っているが空回りすることが多い。料理のセンスが致命的にない。
一見、何処にでもいるような女性だが・・・?
20歳。女性。身長158㎝。体重47㎏。
髪の色は桃色。ショートヘアで癖毛がある。
主戦法は呼符を用いた霊術による遠距離からのサポートを得意とする。属性は火
種族は人間種と精霊とのハーフ。
「メーテル・マルセリナ」
・・・謎に包まれた女性。ある事件よりウェルベールに様々な助言を行うが彼女の真意は現段階では不明。
ウィルベールとアウラに何か不思議な違和感を抱いているようだが・・・?
年齢不詳。女性。身長175㎝。体重60㎏。
髪の色は金色。長髪でウェーブがかかっている。
主戦法は自身の霊力を身に纏いながらの一対一や一体多など様々な状況下における格闘戦を得意とする。属性は風
種族不明。
「コジロウ・ミナモト」
・・・東大陸北部にある傭兵都市のある傭兵隊の特別顧問を務めていた老兵。とある出来事よりウィルベールたちと行動を共にする。どのような身分・種族に対しても平等に扱い、常に物腰の低い姿勢でウィルベールたちと接し彼らに助言を与える。
過去に何かあったようで中々自分の事について話をしたがらない。
60歳。身長185㎝。体重78㎏。
髪の色は茶色。長髪でオールバック。
主戦法は太刀による近接戦と霊術による支援を得意とする。属性は水
種族は人間種と魔族のハーフ。
「ベルツ・ロメルダーツェ」
・・・ウィルベールとは就職した時からの友人で、ビジネスパートナーでもある。性格は少し真面目過ぎるところがあり、初対面の人からは少し肩苦しく感じられしまうことがある。しかし、一度信頼した仲間に対しては、軽口を言ったりと気さくな性格となる。
自身の家族に対して何か深いトラウマがあるようで、よく話を逸らそうとするが・・・?
26歳。男性。身長171㎝。体重60㎏。
髪の色は黒色。短髪と長髪の間ぐらいで毛先が丸まっている。
主戦法は一族に伝わる独自の棍術による一体多の近接戦を得意とし霊術によるサポートも可能。属性は地
種族は人間種。
「ナターシャ・シャル・ローゼンヴァーグ」
・・・北大陸を支配する王族ローゼンヴァーグ家の王位継承序列第七位の王女。民の幸福が国の幸せにつながると考えており、社会福祉を率先して充実させ下流・中流階級の人々から信頼を得ているが貴族などの上流階級の人からは快く思われておらず、第六位のフィルネーチェ以外の兄や姉達からも忌み嫌われている。
やや我儘な部分もあり、何事も一度決めたらとことん突っ走る性格であるので彼女の護衛を担当することになるベルツや仲間となるウィルベールたちは苦労することが多い。しかしそれは仲間たちのことが非常に大切な存在と考えており、献身的に尽くそうとする彼女の意思表示でもある。
24歳。女性。身長163㎝。体重50㎏。
髪の色は銀色。髪の長さは、髪が肩にかからないミディアムボブぐらいで毛先が膨らんでいる。
主戦法は独自にカスタマイズしたライフル銃による狙撃や霊術によるサポートといった後方支援を得意とする。属性は光
種族は天族。
「ローシャ・シャルフィーユ」
・・・民間軍事企業「ユーグフォリア社」に所属するエージェント。心優しい性格でとても聡明な美しい女性。ウィルベールの妹であるローシャとは幼馴染であり、2人は今でも手紙でのやり取りをしている。
過去にあった『ある事件』によって、ウィルベールに特別な感情を持っている。
19歳。女性。身長158㎝。体重46㎏。
髪の色は金色。肩甲骨あたりまである長髪で緩やかなウェーブをしている。
主戦法は彼女の一族に伝わる特殊な弓を使った遠距離攻撃や治癒術といった霊術を得意とする。属性は風。
種族は人間種
「テルミット・クラウン」
・・・民間軍事企業「ユーグフォリア社」に所属するエージェント。思慮深い性格で戦況の把握能力に優れる。自分のことよりも部下の身の安全のことを考えることが多く、その為ならば敵を殺すことも迷うことはない。
『ある任務』より、ウィルベールの上司となる。
248歳。男性。身長182㎝。体重70㎏。
髪の色は黒色。常にオールバックにしている。
主戦法は鞭を使った近・中・遠距離攻撃や攻撃術といった霊術を得意とする。また、彼独自の固有能力もある。属性は火。
種族は魔族
「カーレス・サリエル」
・・・民間軍事企業「ユーグフォリア社」に所属するエージェント。戦闘能力が非常に高く、これまで数多くの任務ですさまじい戦果を残してきた実力者。同僚のラインとは昔からの相棒であり、よく話が合う。
ずっとテルミットと同じ部隊に所属しており、彼のことを非常に尊敬している。
197歳。男性。身長175㎝。体重66㎏。
髪の毛は無く、細顔。髭は綺麗に剃っているが跡が残っていて、ややいかつい顔をしている。
主戦法は双剣と体術を用いた近距離戦闘を得意とする。また、彼独自の固有能力も持っている。属性は光。
種族は魔族
「ヴィクトル・グラーノ」
・・・民間軍事企業「ユーグフォリア社」に所属するエージェント。周囲の人々とは積極的に話したがらないという程、あまり人付き合いが得意ではなく、自尊心が強い。自分の結界術に絶対的な自信を抱いている。
テルミットとはずっと昔から同じ部隊に所属しており、彼のことを信頼している。
180歳。男性。身長180㎝。体重60㎏。
髪の色は黒色。肩にかかる程の長髪。
主戦法は霊術と召喚術によるサポートを得意とする。属性は水。
種族は天族
「ライン・ギャレス」
・・・民間軍事企業「ユーグフォリア社」に所属するエージェント。穏やかな性格であまり戦うことを好まないがいざ戦闘になると相手には容赦することはなく、戦闘センスはカーレスに引けを取らない。カーレスとは昔からの友人で、よく一緒にご飯を食べに行ったりする。
彼も以前からずっとテルミットと同じ部隊に所属しており、彼のことを尊敬している。
195歳。男性。身長172㎝。体重62㎏。
髪の色は茶色。やや短髪で癖毛がある。童顔。
主戦法は自らの体術を用いた近距離戦闘を得意とする。また、彼独自の固有能力もある。属性は地。
種族は天族
[プロローグ]
この世界『アルマーニ・ロスト』は人間種、魔族、天族の三大種族とその他多数の種族で構成されている。古よりそれぞれの種族は自分達こそ、この世界を支配するものとして信じ、闘争を繰り返してきた。その傷跡は今も大地や歴史、そして人々の記憶に深く爪痕を残した。
この負の連鎖を断ち切るべく、今から150年前、『人間界ノスタル・イルージェ』『魔界ヘル・ジェスト』『天界ヘブンズ・ライン』の『アルマーニ・ロスト』を構成する3つの小世界の代表者は融和政策を共同で行うこととした。それ以降、この世界では世界規模での戦乱は止まり、多民族の文化交流が盛んになり平和が訪れた。
しかしそれから150年たった今、誰もがもう争いなど何も起きないだろうと思っていた日常に、世界と民族の存亡を賭けた災厄が迫っていた。
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またこの夢だ。
俺の見る悪夢は常に血と肉に彩られた深紅の風景だ。この光景を見るとまた悪夢を見ているのだと実感する。
夢というのは大抵自分が今夢の中にいると感じた時点で覚めてしまうものだと思ってはいるが俺の見る悪夢はそうではなかった。いつも決まった流れで進行していく。
まず初めはさっき言ったように大量の血とかつて人間だった肉の塊が目に映る。人間美醜あれど、中身はまったく変わらないようで、男だろうが女だろうが子供だろうが老人だろうが変わりなく無残にズタズタにされ原形を僅かに残して死んでいる。
次に来るのは強烈なその匂いだった。人間を構成しているのは血と肉だけではない。ズタズタに引き裂かれた際に腹の中から様々な排泄物が出てきてそれが血と肉と混ざり、想像を絶する匂いが鼻につく。見た目も精神衛生上、宜しくない。
視覚と嗅覚でその濃厚な悪夢をある程度堪能すると、俺はゆっくりと前に歩き出す。そこに自分の意志は関係なくただ足だけが前に進んでいく。
何時まで歩いても変わらない光景。もう何度もこの悪夢を見ているとどんどん退屈になってくる。しばらくそんな光景を見渡しながら歩いていくと遠くで何かが雄叫びを上げている音と激しい爆風と振動が襲ってくる。
その後なぜか俺の足は歩くのを止めて急に走り始める。何故走り始めたのかは自分にも分からない。不愉快な臭いを纏った風を切りながら俺はひたすらに走り始める。
走っていると先程感じていた雄叫びと振動が聞こえなくなる。・・・そろそろだ。
俺の足が急に止まる。足が止まると俺の前には大きな獣がいる。
見た目は犬のような姿をしているがその大きさは恐ろしく巨大でおそらく高さは7~8mはあると思われる。肌は黒く、まるで鋼のような鱗を纏っており、目は燃え上る炎のように赤くまるで地獄の炎を連想させる。
尻尾は鋭利な刀の刃が茨のようになっており、それを鞭のようにしならせている。尻尾が地面を叩く度に深い傷跡が地面について行く。人がこんなものを食らったらあっという間に切断され、吹き飛ばされてしまうだろう。
化け物の口には綺麗な装飾が施された弓を持った男性が加えられており、こちらを見ながら絶命していた。先程の振動と爆風の原因は恐らくこの男だろう。化け物の前には10歳ぐらいの女の子と思われる姿があり、床に座り込みながらただその光景を眺めていた。余りの光景に思考が追い付いていないのだろうか、逃げる素振りすら見せない。
化け物がその女の子を食べようと口を大きく開けると俺は急に走り出し、俺の意志など関係なくその女の子の前に立つ。化け物の口がより大きくなり俺の目の前に迫ったその時、胸が張り裂けそうなほどの痛みに襲われる。
その痛みがこの悪夢の終わりを告げる合図だった。
[一章・護衛任務の指令]
『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸首都ヴェリアス 6時5分』
胸が張り裂けるような痛みを夢の中で感じ、俺は勢いよく目を開くと見慣れた寝室の天井が目に映る。額には汗が流れ、服が少し濡れていた。
ベッドの傍にある机の上に置いてある時計に目をやると、時計の針は六時を指していた。
「もうこんな時間か・・・」
悪夢のせいでしっかりと寝付けることが出来なくて、未だに疲労感が体に残ったままだ。その疲労感のせいで寝起きも最悪で、悪夢を見た日は決まって開幕から気分が憂鬱になる。
憂鬱な気分になりならも体をベッドから嫌々起こし、足をベッドの外の床におき、未だに襲ってくる眠気と戦いながらゆっくりと立ち上がり、そのままリビングに入っていく。
リビングに入ると、窓際に置かれているテレビがその日の朝のニュースを映しており、その前のソファに花柄のパジャマ姿で赤い髪の毛の女性が座ってテレビを眺めていた。
俺がリビングに入ってくるとその女性は首をこちらの方に向けた。
「あ、兄さん。今ちょうどご飯出来たところだったんだよ~。呼びに行こうと思ってたけど手間が省けてよかった~。」
俺の事を『兄さん』と呼ぶその女性はソファから勢いよく立ち上がると、朝食『らしきもの』が置かれている机に備え付けられている椅子に座る。
「・・・呼びに来る気なかっただろ?」
「あったよ!ただちょっとニュースが気になって・・・」
「ニュース?」
俺は机に向かうと、自分の椅子に腰をかけテレビの方を見る。なにやら最近話題になっている巨大彗星に関してのニュースが大々的に報道されている。
「またこのニュースか。最近どの放送局もこの話題ばっかりだよな。よくもまあ飽きもせずに何度もやるよな。」
「そんなことないよっ。私、彗星なんて今まで見たことないから結構楽しみにしているんだよ?それにこの街の上空も通るんだって。丁度一か月後なんだよっ。」
「その日曇りだったりしてな。」
「兄さんはほんと捻くれてるよね~。」
その女性は俺にジト目でそう言うと、コップに入っている水を口にした。コップの中に入っている水が一気に無くなり、再びコップの中に水を入れる。
俺に対するため口を遠慮無く言うこの女は俺の妹だ。
名前はアウラ・ゼーレヴェ、俺の唯一の家族で、何時でも能天気なほどの笑顔を振りまき、周りを笑顔にさせてくれる。こいつが笑うと、どんなつらいことがあっても、なんかどうでもよくなってくるような感覚をいつも覚える。そのせいもあってか俺と比べても圧倒的に友達も多いし、よく頻繁に家に呼んでくる。頭は賢くはないがそこまで馬鹿という事もなく、運動能力は同い年の女子ところが男性と比較してもずば抜けていいと思う。容姿も俺から見てもいい方だと思う。
そんな妹だが兄である俺はただ一つ、非常に困ったことがあるのだった。
俺は精神を統一させ、朝食『らしきもの』を口にする。・・・水と一緒に。
「・・・なあ、いい加減料理できるようになってくれないか。毎朝毎朝胃へのダメージが凄いんだが。」
「えっ?見た目は問題ないと思うけど・・・」
「味だよ、味。何だよ、このスクランブルエッグ。べちょべちょじゃないか。牛乳どんだけ入れたんだよ?」
「一パック?」
「・・・そんなに入れてどうすんだよ・・・卵の味消えてるじゃないか・・・大体俺は牛乳を入れてほしくないとあれ程・・・」
「じゃもっと入れるね!そしたらふっくらとしたのが出来そうだったから!」
・・・こいつ人の話全く聞いてない。やる気は高いのだが、豪快に空振りするのがコイツの特徴だ。
特にコイツの料理の才能は恐ろしいもので、誰も真似出来ないほど悍ましいものに変化させることが出来るのだった。その才能のせいでこいつだけ学校の家庭科の調理実習の時に一人だけ先生から直接指摘され、何も触らせてもらえなかったという。そんなに料理が出来ないのになぜかレシピを見ようとはせず、我流でいつも作り俺に満面の笑みで振舞うのだった。俺からしたら毎日が拷問でしょうが無い。
無理やり口に食べ物を詰め込みながら席を立ち、自室に戻ろうとした。
「・・・んじゃ、会社行ってくるから。後片づけよろしく。」
「え?もう行くの?まだ五時だよ?」
「前の仕事の報告書が少し残ってるんだ。それの処理をするためだよ。」
そう言い、自分の部屋に戻る。・・・朝から疲労が溜まるこの生活、何とかしないとな。
あっそうだ。俺はふと振り向き、アウラに話しかける。
「今日帰ってくるときにレシピ本買ってくるから。明日お前暇だろ。」
「うん。大学はちょうど昨日から春休みだからね。明日は何も用事は入ってないよ。」
「・・・前から言ってたけど明日、料理教えるから。覚えとけよ。」
「本当?ありがとう~!」
妹は凄くうれしそうだったが、こっちは一刻も早く対処しないと胃に穴が開いてしまう。そんな危機を常日頃から感じていたと深刻に悩んでいた俺だった。
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『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸首都ヴェリアス 6時35分』
自分が現在住んでいるマンションから徒歩で二十分ほどで勤務先の会社に到着した。電車などの交通機関を使用しないため、何かと恩恵を受けることが多い。
『・・・まだ人が少ないな。まあ日が昇ってないからそれもそうか。』
そう心の中で思いながら、口直しにコンビニで買った紅茶を飲む。毎朝これを飲まないと朝食の後味がいつまでも残ってしまうのだ。まあ、紅茶を飲んでもなかなか落とせないのだが。
そんなくだらないことを考えながら歩いているとあっという間に会社の前にやってきた。あたりに人がいないため、黒く輝く大きなビルからの威圧が強く感じられた。
『・・・にしてもこのビル高いよな。200階とかどうなってんだよ。』
自分が働いている職場、ユーグフォリア社は世界最大規模の民間軍事企業だ。
主な仕事は様々な軍事兵器の開発・運用。世界各国の軍や傭兵派遣会社から注文を受けるためこれが会社の資金源となる。
またこの他には、戦地に社員でもある戦闘員の派遣もやっている。
戦闘員にも様々な種類があり、工兵や衛生兵といった技術職や戦闘機のパイロットや臨時の海兵隊といった民間の企業が持つには異常な光景である。そんな中でも一際異彩を放つのが、わが社独特のチームが世界中から集められた特殊な能力を持つ『エージェント』という存在があるという事だ。
このエージェントという管轄に関しては一般の人々は就くことはできない。就くことが出来るのは『霊術』と呼ばれる体の中に流れる霊力という不思議な力を引き出す能力を持った人に限られ、この能力は天族や魔族、獣人族といった人間種とは違う種族に多く見られる。
というか基本的にこの種族達がエージェントとして任務についているのが現状で、人間種は基本的には霊力を操ることが出来ないのと、そもそも霊力を持っていないというのが大多数である為エージェントには採用されない。
しかし、例外として人間種の中でごく稀に霊術を使用でき、尚且つ霊力を保持している者も存在する。そういった者は特例としてエージェント選抜試験に参加することが出来、合格すれば無事エージェントとなることが出来る。
俺自身も自分の『少し変わった血』によってこのエージェント選抜試験を受けることが出来た。
『まあ受けたと言っても向こうから誘ってきたんだけどな・・・結局なんで奴らが俺を誘ったのかは今でも分からないが。』
俺は当初この会社に就職するつもりは無く、俺がこの街にやってきたときにユーグフォリア社の方から直接俺と話がしたいと言ってきたのだ。
最初は新手の詐欺かと思ってはいたが、仕事のあてもなく収入もなかった俺は仕方がなく採用試験を受けに行くことにした。
採用試験は実技と筆記の二種類があり、筆記に関しては記者の方から回されてきた参考書をひたすらにやった。実技は基礎身体能力や霊力の強さや制御できるかどうかを調べられた。
試験が終わって1週間後に俺の家にユーグフォリア社からの合格通知と戦闘服兼普段着が2着支給された。
支給された2着の戦闘服は共に同じく、黒のシャツに黒の長ズボン、藍色のジャケットといったもので布の生地は全て防弾仕様となっており、衝撃にも強く散弾銃を至近距離で浴びたとしても貫通しないらしい・・・体験したことはないが。
そしてナイフなどといった裂傷に対する対策もしっかりと施されており、素人が服に斬りかかったり、突き刺したりしても避けたり貫通しないような作りとなっている。
そしてかなり薄い生地で作られているので、通気性も良く夏でも非常に快適に活動することが出来る。
冬の時期には逆に保温力が上がり、冬場でも問題なく着ることが出来るといった春夏秋冬どの季節においても対応することが出来る為、個人的には相当ありがたい。
俺は基本的にこの服を着ていつも会社に出社している。ユーグフォリア社は担当する部署によって決まったスーツを着用しているので自分と同じスーツを着ているとその人も俺と同じエージェントなんだなと思う。
『・・・なんかいつの間にかオフィスに着いていたな。』
俺のオフィスは50階にある。
階段では上りたくない高さなのでいつもエレベーターで行くが、このエレベーターがまたまた高性能で、わずか一分でロビーのある1階から50階まで行ける。
一気に上がっていくのは、最初エレベーターから外の景色が見え地面が一気に遠くなっていくから少しビビったが、今ではもうすっかり慣れてしまった。
エレベーターを降りると目の前に巨大なドアがあり、俺はゆっくりとドアを開ける。
ドアを開けると目の前にはたくさんの机と椅子が存在し、ぱっと見その辺のサラリーマンの会社の中の光景と変わりはなかった。
俺は自分のオフィスから入って一番右側にある自分の席に座り、荷物を整える。
準備を終えると両手を組んで真上に伸ばし背筋を伸ばす。
『んじゃ、とっとと報告書まとめるか。』
自分の社内のパソコンを起動すると、わずかに残っていた紅茶をすべて飲み干した。
暫くするとパソコンが完全に起動し、中途半端な状態の書類の作成に取り掛かった。
・・・さて、何分で報告書の作成が終わるかな?
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『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸首都ヴェリアス 8時58分』
「結局、2時間以上かかってしまった・・・」
俺の予想以上に報告書の作成に時間が掛かってしまい気が付くとすでに日は昇り、オフィスも人であふれてきた。まあ、朝礼前に終わってよかったと思うことにしよう。
『これで終わりっと・・・ああ、疲れた。』
俺は椅子の背も足りに勢いよくもたれ掛かり一息つく。
「お疲れだな、ウィル。」
後ろから声が聞こえたので振り返ると、黒髪で横髪が耳にかからないぐらいの長さの髪を持つ男がにやにやしながら立っていた。・・・こいつ俺の後ろ取るの得意だよな。
「ベルツ、音もなく近づくのやめろっていつも言ってるだろ。」
「悪い。別にそんなつもりは無いんだけどな。」
「嘘つけ。相手の背後取るのはお前の得意技じゃねえか。」
「そうか?意識したことはないけどな。」
こいつはいつもそうだ。気配を消し、いつの間にか背後にいる。また、直感もよくあたり、相手の居場所の特定を勘で大体当てやがるし、危険も誰よりも早く感じ取ることが出来るらしい。
この俺の背後に立っている奴はベルツ・ロメルダーツェという俺と同じエージェントの男だ。こいつとの付き合いは初任務の時にペアになった時からで、ざっともう8年近くの付き合いがある。純粋な人間種でありながら霊力をもち、霊術も使用できるといった少し変わった体質をしている。
同い年という事もあるのか俺の数少ない友人で、気軽に話しかけることが出来た。
ベルツは東大陸の東部にあるエルンド村という小さな村出身で、自分以外にもこいつと同じ村出身の四人の友人が同時期にエージェントの選抜試験に受かっているらしいが全員エルンド村の守備を願い出たらしく、結局ベルツ一人だけ友人達と離れ離れになってしまったらしい。
その話を聞いた時、俺はベルツに『お前はなんで友人達と一緒に故郷に戻らなかったんだ?家族はどうしているんだ?』と質問したことがあった。
その質問をした時のベルツの表情は険しく、はっきりとは答えてくれなかった。恐らく何か深いわけがあるのだろうと思い俺は追及することはやめようと思った。それ以降、ベルツの故郷や家族についての質問はしてはいない。
偶にベルツの友人たちが直接ベルツの働いている本社までわざわざ向こうの方から来て、ベルツを呑みに誘うこともある。俺もベルツに誘われていったことがあるが、ベルツはその友人4人と話す時とても安心したような嬉しそうな表情を見せる。実際ほぼ毎日のように友人達と連絡を取っているそうだ。
向こうの方からベルツに対して色々な心配をかけてきて少し困っていると言ってはいるが、友人達と話している時やメールや電話でやり取りしている時のベルツはいつも明るい表情をしていた。
別に離れ離れになっているからといって友人達との仲が悪いという訳ではないらしい。正直数は少なくてもそんな友人を持っているだけでも俺は羨ましいと思った。
俺はベルツに少し前にあった事件の報告書の作成が終わったかどうか聞いた。
「・・・お前、報告書終わったか?」
「ああ、あの事件の日に終わらせたぞ。」
「はあ?いつ作ったよ。あの日は丸一日事件の処理で手がいっぱいだったろ。」
「お前が色んな現場に車で連れて行ってくれてるときにつくってたんだよ。丁度最後の仕事に向かうところで終わったけどな。」
「おまっ!ずるいぞ!」
「時間の有効活用だよ。俺以外の後ろに座ってた2人もお前に感謝してたぜ。」
「・・・胸糞悪くなってきた。」
「人のためになったと思えばいいんじゃないか?」
ベルツはそういうと笑った。
・・・今度の事件の時はこいつに運転させよう。うん、そうしよう。
「全員集合!今から朝礼を始める!」
「おおっと、部長殿の招集だ。行こうぜ。」
ベルツはそういうとそそくさと部長席前へと向かった。他のエージェントも席に向かう。席に向かうと部長は咳払いをして朝礼を始めた。
「諸君、おはよう。今から朝礼を始めるが以下の二名は直ちに社長室に向かう事を命ずる。」
皆が急に騒ぎ立てる。
「なぁベルツ。社長室に呼ばれるのって結構ヤバいことやらかした奴が居んのか?」
「さあな。でもただごとじゃないことは確かだな。」
「お前ら静かにしろ!今から名前を呼びあげる!」
皆が息をのんだ。
「ウィルベール、ベルツ。お前ら二人だ!」
全員の視線がこちらに向く。ベルツが驚きを隠せないで部長に質問した。
「あの・・・私達何か問題でも起こしましたか?」
「いいから早く行け!集合時間まであと十分もないぞ!」
「ベルツ。何が起こるか分からないけどとりあえず早く行った方がよさそうだぜ。」
ベルツは嫌な予感しかしないと言っていたが、俺は聞き流して社長室に向かった。
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『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸首都ヴェリアス 9時10分』
社長室に向かうのは大変苦労した。
まず、社員専用エレベーターで百階まで登る。百階に到着し、エレベーターから降りると目の前に金属センサーやら無数の監視カメラといった空港の身体検査場なような場所があり、そこで検査を受ける。
特に異常が無ければすぐに通過することが出来、反対側にあるエレベーターに乗ることが出来る。
そのエレベーターに乗り百九十階まで登る。
「この会社の幹部ってさ、毎回こんなめんどくさいことしているのかな?」
「じゃねえの?」
「この会社の幹部って高所恐怖症の奴は絶対なれないよね。」
「だな。高所恐怖症じゃなくてもこの高さは流石に足がすくむぜ・・・」
ウィルベールとベルツはエレベーターの窓際に立ち、下を眺める。地上が遥か下の方に見え、思わず足がすくんでくる。
エレベーターがものすごい勢いで上昇を始める。中にいるウィルベール達は特に何も感じないがディスプレイに表示されている階層の表示が凄い勢いで更新されていく。
このエレベーターは幹部用エレベーターらしく、内装は俺たち一般社員用のエレベーターと比べて非常に豪華だった。ベルツは先ほどの不安が消し飛んだらしく、物珍しそうに見て回っていた。外を見ると地上はすでに見えず、あたりは雲海に覆われていた。逆にここまで高いと高所であろうとも怖くなくなる。
190階に到達すると今度は社長及びVIP専用のエレベーターに乗り移る場所に出る。
今度も検査場があり、その奥にエレベータのドアがあるだけだったが下の検査場とは異なり、身体検査などはなく、ただ歩いていくだけだった。カメラもない。
でも唯一違っていたのは左右それぞれの壁にトレンチコートを纏い、帽子をして立っている男たちだった。
まあ服が男物だったんで勝手にそう判断したんだが、その男たちはそれぞれ左右に十人ずつ壁に背を向けて立っていた。帽子をしているため、顔がよく見えなかったが、意識ははっきりとこちらに向いていると感じられた。
ベルツはこいつらと俺らどっちが強いのかなとか緊張感のないことをつぶやいてきたりした。
奥のエレベーターに乗るとゆっくりとドアが閉まり、エレベーターは上昇を始めた。異常にゆっくりと昇っていくのが感じ取れた。
社長室は195階でたった五階しか上がらないのに幹部用エレベーターに乗ってきた時と同じくらいの時間がかかった。
エレベーターが195階にまもなく到着する時に、ウィルベールは何か抑え込まれるような変な違和感に襲われた。
「・・・?」
ウィルベールは思わず周りを見渡す。特に異常は見られず、ベルツは思わず辺りを見回しているウィルベールに話しかける。
「どうした?」
「いや・・・何か妙な違和感を感じたんだが・・・」
「気のせいじゃないか?緊張しているから変に注意を払ってしまっているんだよ。」
「・・・かもな。」
ウィルベールが前を向くとエレベーターのドアがゆっくりと開く。
エレベーターを出るとただ一本の通路があり床は深紅色の絨毯が敷かれており、通路自体は木造洋館の中を歩いているようだった。
左右の壁には有名な画家が描いたような絵が数多く飾られており、ベルツはどの絵も気味が悪く悪趣味な絵と言った。
確かに、絵の内容は戦争の一枚絵や女性の絵、どこか上流階級の家族団欒の絵や幼い少女の絵など様々なジャンルがあったがどれも無機質でどこか気味悪さをを感じられるものばかりだった。それもそうだ。ぱっと見て感じたのはどの絵も『笑って』いないからだ。それに通路には照明は一切なく、明かりとなるのは天井のシャンデリアにかけてある蝋燭の火と壁に掛けられている蝋燭の火だけだからだ。そんな暗い通路を歩いて重厚感ある扉の前に立った。
「・・・開けるぞ。」
そういうとドアをゆっくりと迷いなく開けた。
すると、暗い部屋から急に屋外に出たかのように光に包まれ目をふさいだ。ゆっくりと目を開けるとそこは自分のオフィスと同じぐらいの広大な部屋で奥に机が一つ。部屋には大体四、五十人の人がバラバラに佇んでいた。
集まっている面子を見ると、年老いた者から俺よりも若いんじゃないかと思われる人までいた。子供までいるのは流石に驚いた。
「全員揃ったな。」
奥のただ一つある机の椅子に腰掛けていた男はそういうと立ち上がり俺たちに向かって話し始めた。
「さあ、皆。机の前に集まってくれないか。今回呼んだ理由を話そう。」
そういうと俺たちは皆机の前に集まった。
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『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸ユーグフォリア社社長室 9時25分』
「全員揃ったところで私の自己紹介をしておこう」
そう部屋の真ん中にある机に座っている男が言った。
「私はマクスウェル・クラウティルス。ユーグフォリア社の社長だ。・・・まあ、言わなくても分かってはいたと思うがな。」
マクスウェル・クラウティルス・・・この会社の社長で歴代の社長の中で最も会社を世界的な規模まで成長させた功績で有名らしい。
しかし彼の出自は不明で、誰も彼が何処に住んでいたのか、家族はいるのかという事は分かっていない。
「さて、諸君らを選んだ理由だが、君たちは我がユーグフォリア社のエージェントの中でも特に精鋭であるからである。その判断基準は、成績はもちろん、人間性、将来性も加味されている。ここにいるのは計42名。本部、支部含めエージェント数は約1万人である。君たちはその頂点42番以内に入っているのだから。誇りに思って期待に沿えるよう努力するよう。」
そう言われるとベルツはウィルベールに小声で囁いてきた。
「上位42番以内に俺らがいるっていわれてもさ・・・実感わかないよな?別にそんな目立ったこともないしさ・・・」
「だな。俺も目立つのはあんまり好きじゃねえし。」
「一体どんな仕事が任されるんだろうな?」
「どうせ厄介な仕事に決まってる・・・はあ・・・」
ウィルベールは心の中でめんどくさい仕事が飛んでこないように祈った。
「そこで諸君たちには今から六人構成の計七小隊に分ける。すでに部隊は分けてある。」
すると、いつの間にか社長の横に現れていた仮面に室内なのにフードを被った怪しい人が社長室に呼ばれたエージェント達にそれぞれに紙を手渡していった。
ベルツは渡された紙を見ると俺に報告してきた。
「ウィルベール、俺はどうやら第七護衛小隊所属らしいな。『護衛』っていう言葉が隊の名前についているって事は今回の任務は誰か要人の護衛任務ってことか?でもこの紙には誰が護衛対象なのかまでは書いてないな。・・・お前は?」
俺は紙をめくる。すると、第六護衛小隊所属とかかれ、ベルツの紙にはないものが紙にあった。それは赤い判子で押されている印だった。
「第六護衛小隊・・・副隊長?」
「副隊長?・・・ご愁傷様。」
「・・・どういう意味だ?」
ウィルベールはベルツを睨みつけた。
「副隊長だろ?副隊長って結構忙しいからな。隊のメンバーをまとめたり、隊長の側近としてサポートしなくちゃいけなかったり・・・」
「もしかしたら隊長より忙しいかもしれない・・・という事か?」
「そういう事。まあ、実際に任務をやってみないと忙しいかどうかは分からないけどな。」
ベルツはそう言うと、再び自分の紙に目を向ける。
社長はウィルベール達エージェントを見渡し、全員がそれぞれの所属を確認し終えたと判断すると静かに話し始めた。
「・・・さて皆自分の所属は分かったな。今回隊長、副隊長に選ばれた者たちは特にこの中でも私が期待している者たちだ。・・・失望させるなよ。」
そういうと、社長は俺を見てきた。どのような基準かは知らないが任されたこっちは非常に迷惑な話だ。
「さて、諸君らはすでに気づいてると思うが、今回の任務はある人物達の護衛任務だ。期間は明日より二週間。何があっても護衛対象の人物を護衛することだ。・・・その命を懸けてな。」
護衛任務・・・一番面倒くさい任務だ。こちらに自由な時間などなく、その時間さえも対象を見守り、盾となる。暇な時間などありはしない。食事の時も常に警戒せねばならず、睡眠も十分にとることはできない。しかし問題はその護衛対象だが、
「気になる君たちの護衛対象は北大陸を支配する王家ローゼンヴァーグ家の七人の王子、王女達だ。」
・・・やはりな。エージェントの中から精鋭だけを集めて守るってことはそれだけ位の高い人物となるわけだ。王家の護衛・・・胃が痛くなってきた。ただでさえ毎朝の朝食でダメージ受けてるのに。
「2月14日に各地でローゼンヴァーグ家の建国千五百年の大規模な祭りが開かれる。開催場所はこの世界ではなく『天界ヘブンズ・ライン』で行われる。今回諸君たちはそれぞれ部隊の番号の序列の王族の護衛となる。」
つまり、俺は序列第六位の護衛、ベルツは序列第七位の護衛に回るという事になる。
「円滑に祭事が終えるまで諸君らは王子、王女をありとあらゆる危険から守ることが主の任務となる。彼らは私たちの組織の信頼性を見越して依頼してきたのだ。その信頼を裏切ることが無いように。以上、解散。後は各自の小隊の隊長の指示に従え。」
そういうと社長は他の部屋へとフードを被った人とともに消えていった。他の人たちもそれぞれの隊で合流し始める。
「驚いたな。ローゼンヴァーグ家の護衛任務か。俺ら凄いことに足突っ込んじまったな。」
「突っ込んだというよりは引きずり込まれたようなもんだがな。」
「確かに言えてるな。・・・まあ、任務は任務だ。やるしかないよ。」
「祝い事なら勝手にやってろって話だよ。」
「仕方がないよ。彼らは王族だ。気にくわない連中がいつも彼ら彼女らの首を狙っているんだ。」
「・・・真面目だな、お前。ところでさ、序列第六位ってどんな奴だ。」
「確かフィルネーチェ王女だったかな?」
「フィルネーチェ王女?」
「そう、フィルネーチェ・シャル・ローゼンヴァーグ王女。四人いる王女の中でも最も市民から人気の高いお方で、その容姿は純白の肌に美しい銀の髪。清楚さと高貴さが全身からあふれ出て、なお庶民たちのために様々な活動をしておられる素晴らしい方だぞ。」
「ふーん。ちなみにお前らの護衛対象は?」
「俺らはナターシャ王女だ。彼女も市民からの信頼がとても高い。フィルネーチェ王女とも仲が良いと有名だからな。もしかしたら、一緒に仕事することになるかもな。」
「かもな。・・・まあその時は宜しく頼むぜ。」
奥の方からベルツを呼ぶ声が聞こえる。40代ぐらいの男で、恐らくベルツが所属する隊の隊長だろう。
「それじゃ俺、呼ばれたから行ってくるわ。また後でな。」
そういうとベルツは彼らのところに向かっていった。ウィルベールはもう一度自分の所属する隊を念のために確認する。
「あの・・・ウィルベール・ゼーレヴェさん・・・ですか?」
背後から名前を呼ばれ、後ろを振り向くとそこには妹と同い年ぐらいに見える綺麗なブロンドのウェーブのかかった長髪をしていて、美人のようでもあるしまだ幼げがあって可愛らしさも残っているような女性が立っていた。
「そうですけど・・・どちら様でしょうか?」
「あっ、ごめんなさい・・・申し遅れました。私は今回第六護衛小隊に配属されたローシャ・シャルフィーユです!今回はその・・・よろしくお願いします!」
ローシャはウィルベールに深くお辞儀をした。いきなり若い女性に深いお辞儀をされてウィルベールは非常に困惑していた。
『この子・・・誰だ?・・・何処かで会ったことあったっけ?』
ウィルベールにはローシャに関する記憶が全くなかった。もしかしたら何かの任務で一緒になたことがあって向こうが覚えていてくれたのかもしれない。
ウィルベールはあえてローシャに自分のことについて言及しないことにした。
「・・・こちらこそ宜しく。・・・まず、他の隊の人達と合流しようか・・・」
ローシャは元気に返事をして小さく頷くと、ウィルベールの後ろについて歩いてくる。ウィルベールの心にはどこかモヤモヤとしたものが纏わりついたままだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸首都ヴェリアス 10時00分』
ウィルベールとローシャの2人が所属する小隊に合流するとすでに部屋の中にはウィルベールが所属する第六護衛小隊の面子が全員集結していた。ウィルベールとローシャはそれぞれ自分の名前の書かれた札が置かれてある席に座る。
「全員揃ったようだな。それじゃあミーティングを始めるとしよう。」
私の横にいる40代ぐらいの男が俺達に向かって語り掛ける。恐らく彼が第六護衛小隊の隊長だろう。俺の前には長机が二つ置いてあり、一つの長机の席に2人ずつ座っていた。女性であるローシャと男性3人で構成されており、男性は俺より年齢が高そうに見える。
隊長と思わしき黒髪で髪の毛をオールバックにしている男が俺達の顔を軽く眺めると、静かに話し始めた。
「では、ただいまより第六護衛小隊の会議を始める。」
その号令と共に前の4人は頭を下げる。俺もそれに習って頭を下げる。
「まず初めに自己紹介から始めよう。私の名前はテルミット・クラウン、年齢は248歳この小隊の隊長を務めさせていただくことになった。皆、よろしく頼む。」
再び一礼をする。隊長が自己紹介したのならば次は副隊長である自分の番だ。
「私はウィルベール・ゼーレヴェと申します。年齢は26歳。この部隊の副隊長に任命されました。急なことでまだ慣れてはいないのですが精一杯自分にできることをやっていきたいと思いますのでよろしくお願いします。」
皆がまた一礼する。こういう自己紹介は何言ったらいいのか分からないから非常に困る。
「では、残りの隊員は続けて自己紹介してもらおうか。」
そう言うと一番左に座っていた男が立ち上がった。そのまま右へと進んでいくらしい。
まず立ち上がったのは、髪の毛が綺麗に剃られていて、細顔の男だ。髭は綺麗にそられていて、清潔感があふれ、ややいかつい顔をしている。
「私は、カーレス・サリエル。年は197歳。よろしく頼む。」
カーレスはお辞儀をすると、隣にいる癖毛のあるやや長髪で茶髪の男が立ち上がる。やや童顔の男でこの隊の男達の中では一番おとなしい顔つきをしていると思う。
「私は、ライン・ギャレスと申します。年齢は195歳。部隊の力となれるよう尽力いたします。」
続いて長髪で黒髪の男が立ち上がる。身に纏っている雰囲気がやや暗く感じ、少し話しづらい感じがするような男だ。・・・俺も人のこと言えないけど。
「私は、ヴィクトル・グラーノ・・・年齢は180歳。よろしく・・・」
最後にローシャが立ち上がり、はきはきとした明るい声で自己紹介を始めた。
「私は、ローシャ・シャルフィーユと申します。年齢は19歳です。この部隊の中で一番の若輩者ですが皆様のお役に立てるよう精一杯努力していきたいと思っています。よろしくお願いします。」
これで四人の自己紹介が終わった。男性陣はウィルベールが想定していた以上の年齢だったが、唯一の女性であるローシャが10代なのは驚きだ。どうやら俺達の部隊は年齢差が非常に激しいようだ。
「さて、これで皆の自己紹介が終わったな。それでは次の話に移ろう。それは諸君が選抜された理由だ。」
その内容は非常に興味深かった。自分たちの紙にはなぜ自分が選ばれたのかが全く記入されていなかったからである。恐らくその訳を知っているとなると隊長たちは聞かされているのだろうが正直言ってその内容は真っ先に自分たちに知らせるものではないかとも思ってしまう。
テルミットは第六護衛小隊の面々の情報を皆に共有していく。
「まず、カーレス。君に関してだが、これまでの成績を考慮して選ばれている。特に先月の南大陸マフィア掃討戦での活躍は素晴らしいものだった。また、近接戦においても組織内でも優秀な成績を収めていることから選抜された。」
カーレスは一礼をした。どうやら彼は現段階での実力を把握されているようだ。
「ラインとヴィクトル、君たちに関してもこれまでの成績が評価の対象となっている。特にヴィクトル。君に関しては結界術に非常に長けていると聞く。その能力、今後の作戦で大いに期待しているよ。」
二人も一礼する。テルミットは最後にローシャの方を見た。
「ローシャ、君に関しては将来性が今回の任務に選ばれた大きな点だ。多様な霊術を難なく用いられるとしてエージェント養成学校において首席で卒業しており、特に治癒術に関しては非常に優れた能力を持っているという話だ。更に、君の一族は人間種でありながら霊術を使える一族として有名で、君はその一族に代々伝わる霊導弓の名手でもあるそうだな。以上のような特異性で君は選ばれたということで周りの連中は君を変わった眼で見るかもしれないがあまり気にすることの無いよう任務に取り組むように。」
「はい!」
ローシャは大きく返事をする。ウィルベールはローシャが自分の予想以上に優秀なことをしり心の中で無意識に尊敬の念を抱いていた。
テルミットは紙を捲り、ゆっくりとウィルベールの方を向く。しかし、その表情はどこか不思議なものを見るようだった。
「最後にウィルベール、お前に関してだが・・・俺から一つ質問していいか?」
「何でしょう?」
「単刀直入に言う。・・・なぜ選ばれた?」
テルミットの発言に他の隊員達がウィルベールの方を見る。ウィルベールもその発言にどう返事したらいいのか分からなかった。
「なんでと言われましても・・・私もあまり把握できていませんので・・・」
「・・・お前も把握できていないのか・・・」
テルミットは深くため息をつくとまだウィルベールに手元に持っている冊子を見せながら話しかけた。
「これにはお前たちの能力と今回の選抜された理由が載っているんだが、お前に関しては能力も選抜理由も黒塗りで潰されているんだ。ただ、お前の顔写真と名前、戸籍ぐらいしかはっきりと公開されていない。それでさっきお前がここに来るまでに少し調べたんだが、お前の活動内容とこれまでの結果を見たところせいぜい『腕のいいエージェント』という評価が妥当で副隊長どころかこの選抜に選ばれるのもおかしな話なんだ。少しつらいことを言うようかもしれんがお前以上の能力を持つエージェントはほかにもたくさんいる。それなのにお前は選抜に選ばれ、且つ副隊長に任命された。・・・本当に何か心覚えはないのか?」
ウィルベールはテルミットからそう言われると、少し考えこんだ。と言っても何故自分が選ばれたのか、自分でさえ全く予想していなかったことなので全く頭の中に浮かび上がってこない。
何かコネなどがあるのではないかと他の隊員はウィルベールをキツイ眼差しで見ているがあいにく社長とも他の幹部とも全く接点がない為それはあり得ない。テルミットが考えこんでいるウィルベールに話しかける。
「例えばローシャのような・・・何か変わった能力を持っているとか、何か一つの能力が頭一つ抜けているとか・・・無いのか?」
「変わっている事ですか?・・・あると言えばありますけど・・・」
「教えてはくれないか?」
テルミットがウィルベールに返事を促す。ウィルベールは自分の変わった『血』について話した。
「・・・自分、人間種と精霊のハーフなんです。父親が人間種で母親が精霊です。」
「えっ?」
テルミット含むその場全員が驚きの声を上げた。毎回毎回こう自分の家族構成を話すと皆から驚かれるのでいい加減慣れてしまった。
「人間種と精霊のハーフだって?」
「精霊って実在するんですか⁉」
「・・・嘘言っているんじゃないだろうな?」
隊員達がウィルベールに疑いの声をかける。まあ、それも当然と言えば当然のことだった。
『本当にこの手の話をすると皆決まった反応するんだよなぁ・・・慣れたけど。』
ウィルベールがそう言うのも無理はなかった。何故なら、この世界では精霊はすでに絶滅したとされているからだ。
今の世界では精霊の姿を確認はできず、精霊が存在したという事実を確認するものは精霊がその生を終えた時に自身の体を黄金の宝石に変え、その残された宝石のみであるということだ。その宝石からは多くの霊力が供給可能であり、資源として多く活用されている。
そのような現状である為、自分の母親が精霊だと言っても誰にも信じてもらえず、周りの人間からは嘘つきと言われることが多々あった。妹に関しては自分の出生を聞かれたときは両方とも人間であると言っているようだった。
そうでも言わないと集団の中で孤立してしまうからだった。・・・自分のように。
でもそれでも自分の母親が精霊であるということはウィルベールは信じていた。それはこの世界に存在する精霊に関する数少ない文献と自身の体験から導き出された答えだった。
一つ目は、地水火風光闇の世界を司る六つの属性をすべて使えるという事。大抵人はそれぞれ一つの属性を司り生まれてくる。
訓練をすれば他の属性を使えることは不可能ではないがそれには血が滲むほどの努力と天性の才能がないと無理と言われ、今までの歴史の中で人の身で習得した属性は3つが限界だった。
それ以上会得しようとするこのなら魂が砕け、廃人同様になりかねないという問題が付きまとう。又、常人なら一つでも他の属性に手を出そうものなら即魂が砕けてしまう程危険な行為なのである。その為基本的には大抵の人は自ら生まれ持ってきた属性を極めるのが常識となっている。
しかしウィルベールの母親はウィルベールの前で全ての属性を具現化して見せた。それも完璧に、恐ろしい程の霊力を発しながら。ウィルベールは母親のその姿を見てから畏怖と敬意の念を母に抱いた。
二つ目は、自分の身内以外には興味関心を持たない事だった。とある文献にはそのような性格からこの世界を構築する三つの小世界とは別にもう一つ我々が知りえない世界を作りそこにすべての精霊が移動してしまったため、精霊の姿が見えなくなったとあるが真偽の程は今でも分かってはいない。
ウィルベールの母親は子供であるウィルベールとアイリスには過保護と言わんばかりの愛情を注ぐが、赤の他人、又自分がかつて愛した夫に関して一切の関心が湧かなかった。
ウィルベールには父親の記憶は無く、母親に聞いても『そんな人はいなかった。』とただ一言言うだけで相手にしてくれなかった。又、昔友人が不慮の事故で無くなりその通夜へ向かおうとした時でも母は『なんで行く必要があるの?他人なのに。』と嫌味でもなくただ純粋に質問してきたことがあった。
そのように価値観、特に死生観に関しては変わっていたという点も母が精霊であるということを裏付けていた。
そして最後の点は、特に病気でもないのに体がどんどん弱っていったことだ。文献によるとこの世界の瘴気が産業技術などにより増加し、とても精霊が住めなくなってしまったため、もう一つの世界に逃げ込んだと書かれてあった。
母も年を重ねるごとに容姿は変わらずとも、老人のようにどんどん動きが鈍くなっていった。医者に見せてもどこにも異常は見られず、原因が分からなかった
暫くして母は亡くなった。ウィルベールが十八歳、アイリスが12歳の時に。死因は『老衰』だった。体には何の異常はなく、病も何も患っていなかった。母はただ静かにウィルベールとアイリスの目の前で息を引き取った。
そして、息を引き取った母は黄金の宝石にその姿を変えた。母が宝石に変わった時にアイリスは『ずっと私が持ってていいよねっ!』と言って手放さなかった。
しかしそれから3日後、俺達兄妹が家を留守にしている間に何者かが家に侵入し、母の宝石は盗まれてしまった。今でも犯人は特定できておらず、妹は偶にそのことを思い出し、悲しむことがある。
以上のような出来事を体験したウィルベールは母親が精霊であるということに何にも疑うことは無くなった。周りから何と言われようと。
このことを部隊の皆に話すと皆静まり返りウィルベールを見つめる。しかし、ウィルベールを見つめる目はかつてウィルベールに向けられた嘘つきを憐れむような眼差しではなかった。
「精霊という存在が本当に実在するのか私にはわかりませんが・・・私には副隊長が嘘をついているようには見えません・・・。」
「ローシャに同意だな。それに黒塗りで潰されているという内容がそのことならば納得がいく。」
「そして塗潰されているということは、それが事実であることを裏付けている。・・・しかし何で塗潰す必要があるんだ?」
「上層部にその事実を隠したがる者がいるという事・・・ですか?」
「可能性は・・・あるな。ウィル、誰か知り合いはいるか?」
「いませんよ。ウソ発見器で調べたっていいですよ。」
「・・・そうか。」
テルミットは深くため息をついた。確かにウィルベールが精霊と人間種とのハーフであるということが黒く塗りつぶされている部分の内容であるということは分からないままだからだ。
「・・・少し無駄話をしすぎたな。本題に入ろうか。」
テルミットがウィルベールの話題から本来の話題へと流れを戻した。ウィルベール達は手元にある資料とテルミットの言葉をもとに内容を確認し始めた。
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『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸首都ヴェリアス 18時00分』
ウィルベールは会社を出て、すっかり暗くなり街灯で照らされた大通りを歩きながら家路へと向かっていた。辺りにはウィルベールと同じく家路に向かうものから若者達の集団や家族連れの人々などが多くいた。
しかし、周りを行きかう人々はみな幸せそうな顔をしていたがウィルベールの心はそのような感情とは真逆のもので覆いつくされていた。
『あのクソ上司っ!ギリギリになって仕事押し付けてきやがってっ!』
上司が押し付けてきた急な仕事のせいで本来定時で帰れるはずがそれよりも一時間遅く退社する羽目になってしまった。ベルツが手伝ってくれたおかげで早く終えたが、本来ならばまだ仕事をやっている最中だっただろう。
『今度ベルツに何か奢ってやらないとな・・・』
そのようなことを考えながらウィルベールが大通りを歩いていると道沿いにあるケーキ屋の前で誰かと話しているアウラの姿が見えた。アウラと話している相手は丁度こちらに背中を向けていて誰か分からなかった。
「・・・あっ!兄さん!」
「よう。」
アウラの返事にウィルベールは軽く返事をする。アウラと話していた女性がこちらの方に振り向いた。ブロンズの髪で美人にも見えるし、まだ幼さが残る可愛らしい顔をする小柄な体の女性にウィルベールは非常に見覚えがあった。
「・・・ローシャ・・・か?」
「副隊長⁉なんで・・・!」
ローシャがウィルベールの姿を見て驚きながらアウラとウィルベールを交互に見る。何度か見た後にローシャはゆっくりとウィルベールの方を振り向く。
ウィルベールがローシャに向かって話しかける。
「それはこっちのセリフだ。それに仕事外では『副隊長』なんて呼ばないでくれないか?」
「す、すみません・・・。じゃあ・・・ウィルベールさんでいいですか?」
「別にいいよ。」
「は、はい・・・。」
ローシャは小さく返事をして、アウラの方に驚いた表情をしながら振り向いた。
「ウィルベールさんは・・・アウラちゃんのお兄様・・・よね?」
「そうだよ?・・・どうしたの?」
「い、いや・・・何でも・・・」
ローシャが少し混乱していたのでウィルベールが今日の出来事について簡潔に説明した。
「ローシャは今度の任務で同じチームとして動くことになったんだ。・・・まさか俺の妹と知り合いとはな。何処で知り合ったんだ?」
「え、お兄ちゃん覚えてないの?ずっと家に遊びに来てたじゃん。」
ウィルベールはかつて南大陸にいた時のことを思い出してみる。
『・・・確かに良く家に遊びに来る女の子はいたような気がするな。もう九年・・・いや十年以上前の話だな。』
ウィルベールは再びローシャの顔を見る。ローシャはウィルベールが見つめてきたため、少し視線が左右に泳ぐ。
『あの時の子供を少し大人っぽくしたらこんな顔になるかな?・・・分かんねえな。』
ウィルベールは目を細め、首を傾げる。アウラがウィルベールにローシャとの関係について話してきた。
「私とローシャちゃんは南大陸で暮らしていた時の小学校の友達だったんだよ。もっと言うとね、今でも手紙のやり取りをするぐらい仲が良いんだよ、私達。」
そう言うと、アウラはローシャに抱き着いた。
「ア、アウラちゃん!?恥ずかしいよ・・・」
「いいじゃん、別に!減るもんじゃないし~」
アウラがなかなかローシャから離れず、ローシャも必死に引き離そうとするがびくとも動かないので半ば諦めていた。
ローシャが少し困った顔をしながらウィルベールの方に助けを求めるかのような眼差しで見つめてきたので、ウィルベールは溜息をついた後にアウラに話しかけた。
「アウラ。こんなとこで抱きついてないで早く家に帰るぞ?今日はお前に料理教えるって言ったよな?」
アウラはウィルベールの言葉を聞くとハッとして顔を上げた。
「そうだった!すっかり忘れてた!」
そう言うとアウラはローシャから離れた。ローシャはアウラがようやく離れてくれて少し安心した表情を浮かべた。
「それじゃあ、ローシャちゃん。私たちもう家に帰るとするね。今日は会えて本当にうれしかったよ!」
「私もだよ、アウラちゃん。・・・それじゃあね。」
ローシャはアウラとウィルベールに挨拶をした。少し寂しそうに立ち去ろうとするローシャを見てウィルベールは声をかけた。
「ローシャ?」
「はい?」
ローシャがゆっくりとウィルベールの方を振り向く。ブロンドのウェーブがかかった長髪がふわりと揺れる。
「今日よかったら家で夕食食べていかないか?せっかく妹と会ったんだ。妹ともっと話していたいだろ?」
ローシャは右手を口の前に持っていき、驚きの声を上げた。
「えっ!?でも・・・それだと2人に迷惑を・・・」
「私は全然気にしないよ!それに今日ちょっとたくさん買い物しちゃって二人じゃ食べきれないんだよね。」
「だそうだ。遠慮する必要はないぞ?」
ローシャは少し目線を下に下げたが、すぐにウィルベールとアウラの二人に視線を合わせた。
「・・・じゃあ、お言葉に甘えても・・・いいですか?」
「勿論!」
アウラは喜んでローシャの手を握りしめ、ウィルベールの家がある方へ駆けて行った。
「兄さんも早く家に帰ろうよ!お腹すいちゃったよ!」
「分かってるよ。・・・ったく、世話のかかる奴だ。」
アウラはローシャの手を引いてあっという間に姿を消してしまった。
ウィルベールが家に向かおうと歩き始めた時、ふと背後から声が聞こえた。
『今度の任務からは手を引きなさい。さもなければ命が無くなるわよ。』
背後から聞こえた色気のある女性の忠告にウィルベールは思わず後ろを振り返った。
しかし、後には誰も立ってはおらず、ただ行き交う人々がウィルベールの横を通り過ぎていく。
『なんだ今の声は・・・気味悪いな。』
再び辺りを警戒するがやはり不審な人物は見当たらなかった。ウィルベールが辺りを見渡しているとふと肩を叩かれた。振り返るとアウラとローシャが戻ってきていた。
「兄さん、どうしたの?なかなか追って来ないから心配したよ?」
「何か気になることでもありましたか?」
アウラとローシャはウィルベールが先程まで見ていた方向を見つめる。2人にも特に変わった様子は無いように思われ、再び2人の視線はウィルベールに集まった。
ウィルベールは2人の視線が向いていることに気づくと2人に反応を示した。
「い、いや・・・何もないよ。」
ウィルベールはそう言うとアウラ達と家路に向かった。度々後ろを振り返るが怪しい人影がこちらに付きまとっている感じはしなかった。
街の空に輝く星々に薄い雲がかかり、星が少し隠れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸首都ヴェリアス 18時30分』
あの後は特に何も起こらず無事に家に帰ることが出来た。家に着くと早速夕食の準備に取り掛かった。アウラに料理を教えながら調理をしていたが手際が悪いのとなぜか突然自己流を調理過程に挟み込もうとするので結局早く夕食を食べるために結局アウラは後半何もすることが無くなってしまった。
ローシャはアウラとは正反対で手際も良く、こちらの手を助けてくれた。
「ローシャちゃん料理できるなんて羨ましいな~」
「アウラが出来なさすぎるだけだと思うんだけど・・・」
「その通りだな。いい加減レシピ通り作れるようにしていてくれよ・・・」
「だってテレビじゃこうしたらおいしくなるって言ってたんだもん!」
「それは基本をマスターして一工夫を付け加えることが出来る余裕がある奴がやることだ。基本も出来ていない奴がするようなことじゃあ無いな。」
「ちょっと今の聞いた⁉ひどくない⁉」
「正論だと思うよ・・・?」
「だあ~!ローシャちゃんまで兄さんの味方して!いいもん!私は私のやり方で料理上手になるんだからっ!」
そうアウラが荒れた口調で言うと、居間に行ってしまった。
「苦労してますね?」
「もう慣れたよ・・・」
ウィルベールとローシャは他愛のない会話を繰り返しながら料理を完成させた。完成させた料理を居間にあるテーブルの上に持っていく。すでにテーブルの上にはアウラがランチマットやスプーンやフォーク、ナイフを準備し、テーブルの中央には様々なパンが入った籠が置いてあった。それぞれに用意されたマットの上に料理を置き、席に座る。
アウラが驚きの声を上げた。
「わあ~凄い綺麗な盛り付け・・・ローシャちゃんがやったの?」
「うん。・・・どうかな?」
「凄い綺麗だよ!食べるのがもったいないくらいに!」
「そんな・・・ウィルベールさんの料理の出来が素晴らしいだけだよ?」
ローシャは敬遠した態度を取ってはいるが、自分が作った料理がここまで綺麗に盛り付けることが出来るのはウィルベール自身も大変驚いていた。いつもは作った料理をただ単にさらに乗せているだけなので面白味もなにもない皿が、彼女が盛り付けだけでここまで皿が賑やかになるとは料理の世界もまだまだ奥が深いものだとウィルベールは実感した。それにローシャは盛り付けをしただけと言ってはいたが大体の品は彼女が調理したものでほぼ彼女の手料理同然だった。
3人は食事を始めた。ローシャの作った料理はとても美味しく見た目と相まっていつもより食事が楽しく感じられた。その勢いでついつい三人と色々な話が繰り広げられる。
「にしてもローシャちゃんは他にももっと良いところなんてあると思うけど、なんでエージェントなんて危険な仕事に?」
「・・・ウィルベールさんのおかげなんです。私がエージェントになろうと思ったのは。」
「俺のおかげ?」
ウィルベールは首を傾げながらローシャに聞き返した。ローシャはフォークとナイフを置くと静かに話し始めた。
「今から9年前・・・私が10歳の時に住んでいた村が襲われたんです。・・・一匹の巨大で恐ろしい狂犬に。」
「『ティンダロス』か。」
「はい・・・あの化け物のせいで500人以上いた村人は71人にまで減少しました。私の父もその時に亡くなりました。」
ローシャの手が震える。確かにあの時の光景は思い出したくも無い。村の人々は食い千切られ切り裂かれ、辺りにはおぞましい量の血と内臓と肉片が散らかっていてまるで地獄絵図そのものだった。
なんでウィルベールがその事件を知っているかというとその狂犬の襲撃があった日は村の祭りごとが行われる日で妹を連れて遊びに来ていた。そして事件が起こった。
「事件が起こった時は状況が良く分かりませんでした。急に悲鳴が聞こえ、大量の血がゲリラ豪雨の時の雨のような激しい勢いで私たちにかかりました。父が思いっきり手を引いて家の方へ駆けていき、後ろを振り向くと村の人々が武器を持って応戦するも全く歯が立たず、まるで猫が障子を破るかの如く次々と肉片が出来上がっていきました。」
アウラもその事件のことを思い出したようで食事をする手を止めた。
「私と父があともうすぐで家に着くというその時にその狂犬は私たちの前に立ちはだかりました。口には私の女友達を加えて・・・彼女の顔は今でも忘れません。何が起こったのか良く分からなかったように目をかッと見開いて私達を見つめていました。その化け物は次の標的を私達と見定めると彼女を咀嚼しながら飲み込みました。そのあまりにも非日常の光景に私は恐怖を感じませんでした。ただ、思考が現状に追いつきませんでした。」
「確かにあの状況は異常だったからな。現地にいたエージェントも駆け付けたが全員死亡。村人、また周辺の町や村から来た人々含め死傷者千人以上。今でもテレビで取り上げるほどの凄惨な事件だった。」
「・・・父は私の前に立ち霊導弓を構えました。父は村一番の霊導弓の使い手で私の師でもありました。父ならばあの化け物を仕留められるはず・・・そう思っていましたが・・・」
ローシャはさらに手を震わせた。
「父の放った矢はその狂犬を貫くことが出来ませんでした。その狂犬は鋼鉄のような皮膚を持ち、傷一つつきませんでした。そして父は・・・父は・・・」
「ローシャ。無理に言わなくていいんだぞ?」
ウィルベールはローシャに優しく語り掛ける。アウラはローシャに寄り添った。
「ローシャちゃん・・・大丈夫?」
「うん・・・。話を続けるね?」
「無理のない程度にな。」
ローシャは少し落ち着いてまた話し始めた。
「父は食われ、次は私の番になりましたが逃げることが出来ませんでした。私はその狂犬の威圧に犯され動けなかったからです。狂犬の口が大きく開かれ私に向かってきました。」
ローシャはそう言うとウィルベールをまっすぐ見つめた。
「その時私の前に立ってティンダロスと対峙したのがウィルベールさん、貴方だったんです。」
「兄さん、そうなの!?」
「・・・今思い出したよ。そうか、あの時の女の子だったのか、お前。」
「はい。そして貴方はあのティンダロスを撃退した。」
「眼に一撃入れただけだ。完全に仕留めきれなかったし、あの時撃退できたのは運が良かったからだ。」
「でも私にとってウィルベールさんは命の恩人です。事件の後あなたに会いに行きましたが、貴方はその戦いでしばらく目を覚ましませんでした。そしてそのまま、東大陸へと移住してしまいました。」
『・・・確かにあの戦いの後、一か月ぐらい昏睡状態になったな。『アレ』のせいで・・・』
「それからアウラと手紙のやり取りが始まりました。彼女から貴方がどうなったのかたくさん知ることが出来ました。その手紙の中で貴方がユーグフォリア社のエージェントになったと聞き、15歳になると私は村を出てエージェント育成の専門学校へと入学しました。・・・そして今に至ります。」
「・・・アウラ。俺の事他人に勝手に話してたのか?」
「ローシャちゃんはずっと兄さんに会いたかったんだよ?感謝の気持ちを伝えたくて・・・」
「はい。ですので今ここで感謝の言葉を述べさせてください。」
ローシャは席から立ち上がり、ウィルベールの方を向いた。
「あの時は命を救っていただき本当にありがとうございました!」
ローシャは深々と頭を下げた。他人から頭を深々と下げられることがあまり好きではないウィルベールはこの展開に少し困惑した。ローシャはゆっくりと頭を上げた。
「明後日からウィルベールさんと同じ部隊で働けて光栄です!お力になれるよう精進します!」
「お、おう・・・。」
『恥ずかしいな、こう言われるの?』
ローシャのウィルベールを見つめるまっすぐな眼差しはウィルベールをより困惑させた。
「・・・ちょっといいかな、兄さん?」
「なんだ?」
「話が急に変わるけど・・・いつから二人は一緒に仕事を始めるの?」
「明後日からだ。北大陸まで行くんだ。」
「北大陸まで!?でそんなところまで・・・」
「まあ、ちょっとな。任務の内容は極秘だから話せないがとりあえず俺とローシャは同じチームなんだ。」
「へえ~そうなんだ・・・。じゃあ、明後日からは・・・」
「しばらく独り暮らしになるだろうな。家の管理は任せたぜ。」
掃除などの片づけがあまり好きではないアウラは少し嫌そうな顔をした。時計の時刻は二十二時を越えていた。
「もうこんな時間ですね。・・・後片付けをしたら私は帰りますね。」
「今日は泊って行けよ。ローシャと一緒の部屋で寝るといい。」
「うん!それがいいや!私と一緒に寝よう?」
「で、でも・・・流石にそこまで迷惑は・・・」
「女性一人で夜道を歩くのは流石にローシャちゃんでも危ないよ?」
「・・・」
「アウラも良いって言ってるんだ。それに久しぶりの再会なんだろ?今日ぐらい妹とゆっくりしていってくれ。後片付けは俺が全部しておくから。」
「・・・ごめんなさい。2人には迷惑ばかりかけて・・・」
「もう、そんなに謝らないっててば!ローシャちゃんこっち来て!」
そう言うと、ローシャはアウラに連れられ部屋の中に入っていった。部屋の中で何が起こっているのか気になるところではあるがその気持ちを抑え、ウィルベールは食器の後片付けに入った。
後片付けをしていると、二人の笑い声がアウラの部屋から聞こえてきた。
『テレビのくだらない番組よりも妹達の嬉しそうな笑い声を聞いている方が何倍も心が温かくなってくるな。』
ウィルベールは柄にもないことを思いながら、食器を洗っていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『2月2日 人間界ノスタル・イルージェ 東大陸ユーグフォリア社社長室 22時00分』
マクスウェルは暗い闇に覆われている社長室から屋外を眺めていた。
地上よりも遥か高層に位置するこの部屋から見る星空は手を伸ばしたら届きそうなほど星がはっきりと近くに見える。
マクスウェルが背を向けている社長室のドアが開く音が室内に響く。
「今日も相変わらず星を眺めているんですか?」
マクスウェルがゆっくりと振り返ると仮面をつけて素顔が判別できない黒スーツの男が立っていた。
着ている服もあってか姿事態もはっきりとしない。
「何の用だ?」
仮面をつけた男は首を傾げる。
「つれないですね。秘書であり貴方の息子でもあるこの私が父親と一緒に星を眺めてはいけませんか?」
マクスウェルは軽く鼻で笑う。
「・・・ふん。眺めたければ勝手に眺めているがいい。私の邪魔にならない限りでな。」
仮面をつけた男はマクスウェルの傍までより、窓から星を眺めた。
「やはりここから見る星の眺めは素晴らしいですね、父上。」
「・・・」
マクスウェルは秘書に一瞥もくれず、ただ無視した。
秘書の顔は仮面に隠れていてどのような表情をしているのかはっきりとは分からないが、何故か冷たく寂しい視線が向けられている様にマクスウェルは感じ取れた。
「・・・『精霊の血を引く者』を選抜部隊に入れたのは父上のご意思ですか?」
仮面の男の急な質問にマクスウェルが思わず目線を窓の外の景色から仮面の男に向ける。
「何のことだ?」
「とぼけないでくださいよ。息子である私が貴方の真意に気づかない訳が無いでしょう?」
仮面の男の語気がやや強くなる。
『珍しいな・・・こいつが私に対して追求してくるとはな。』
マクスウェルは仮面の男に向けていた視線を再び窓の外に輝く満天の星空へと向けた。
「・・・お前が先ほどから何を言っているのかが私にはさっぱり分からないな?何が言いたい。」
「実力が見合っていない者がこの選抜部隊の中に紛れているのはどういうことかということですよ。」
「特に深い意味はない。精霊の血を引いているのならば将来性があるだろうと私が判断したまでだ。」
秘書は鼻で笑った。
「やはり『あいつ』が精霊の血を引いているっていうのは知っていたんですね?」
「・・・」
マクスウェルは仮面の男の言葉をひたすら聞き流していた。
仮面の男がやや小馬鹿にしたような感じでマクスウェルに話しかける。
「将来性があるのに『捨て隊』に配属するなんて、私には考えられませんねえ?」
「・・・」
「もう一つ引っかかっているのは『あいつと同じ隊にいる女』・・・確かかつてティンダロスが襲った村の生き残りでしたよね?それも『あいつ』が助けた女だ。」
「・・・」
「『あいつ』がいる隊に『あいつがかつて助けた女』を配属したのも貴方の思惑なのでしょうか?」
「・・・」
「単なる偶然には思えないんですよね、私には。・・・何か話してくださいよ?」
「・・・」
マクスウェルは黙り込み続けた。仮面の男は深く溜息をついた。
「・・・どうやらこれ以上話しても何も答えてもらえないようですね。」
秘書は後ろを向き部屋から出るドアに向かって歩き始める。静寂な部屋に秘書の足音だけが響く。
マクスウェルが小さく呟く。
「・・・ルーウェン。」
仮面の男は自分の名前を言われ、ふと歩みを止める。
「久しぶりに下の名前で呼んでくれましたね?・・・なんですか?」
「お前も察しがついているだろうが、ウィルベールとお前は近いうちに殺し合うことになるだろうな。」
「でしょうね。」
ルーウェンは鼻で軽く笑うとドアをゆっくりと開ける。ドアの軋む音が部屋中に静かに響き渡る。
「でも、私が勝ちますよ。貴方曰く『才能』がありますから。『あいつ』より・・・」
そうルーウェンは言い、部屋から出て行った。ドアが閉まり、部屋に再び静寂が訪れた。マクスウェルはただ星を眺め続けた。
[二章・護衛任務の始まり]
『2月4日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸帝都ローゼンヴァーグ 9時00分』
ウィルベール達第六護衛小隊は北大陸南部にあるローゼンヴァーグ空港で現地集合することになっていた。ウィルベールは東大陸にあるウルフェン空港に向かい、ローゼンヴァーグ空港行きの便を待合室の椅子に座りながら待っていると目の前に見知った男が現れた。
「よう、ウィル。お前もローゼンヴァーグ空港行きの便に乗るのか?」
「ベルツか。お前達の隊もあっちの空港で待ち合わせなのか?」
「ああ。もしかしたら他の隊も向こうで集合になっているかもな。何しろ各隊のスケジュールはバラバラで連携なんてめったに取れないからな。おまけに俺らの隊の待遇はあまりよくないそうだな。お前もミーティングで聞いただろ?」
「俺達第六、第七小隊は第一小隊から第五小隊までの情報の共有を禁止される。唯一共有できるのは俺がいる第六小隊とお前達がいる第七小隊の2つだけだ。」
「どうも護衛対象の王族の思想が関係しているようだな。」
「序列1位から5位までは支配派、6位と7位が共存派だからだろ。異なる派閥の隊との連携は禁止する。」
「どう考えたっておかしいと思うけどな。建国祭を成功させたいなら全隊協力して護衛するべきなのに・・・。この条件だと明らかに俺達の方が戦力不足じゃないか?」
ベルツが今回の作戦に不満を述べる。確かに一昨日行ったミーティングの時から何か不自然な感じは抱いていた。
ウィルベールとベルツが話をしているとローゼンヴァーグ空港行きの便に搭乗可能になった。事前に配布されたチケットを搭乗口で見せ、案内に従って自分の席に向かう。
チケットに書かれた場所に行くとファーストクラスの席に座ることが出来た。ウィルベールの座席は進行方向の向かって左側の席の窓際だった。
ベルツはウィルベールと同列の通路の真ん中にある席の一番左側の席だった。
「ファーストクラスなんて初めて座ったよ。いっつもエコノミーばっか座ってるから、凄い広く感じるな!」
やたらとテンションが上がっているベルツをよそにウィルベールが手荷物の整理をしていると後ろから声が聞こえた。
「副隊長。もう席についていたんですか。」
振り向くと髪の毛が無く、細顔の男が立っていた。
「貴方は確か・・・」
「俺はカーレスだ。『カーレス』と呼び捨てで構わない。私も君のことを『ウィルベール』と呼び捨てで呼ばせてもらうよ。本日からよろしく頼む。」
そう言って手を差し出してきた。ウィルベールは軽く握手を交わした。
「どうやら私の席は君の横のようだ。失礼するよ。」
カーレスはそう言うとウィルベールの右横の席に座った。後ろから続々と見知った顔ぶれが現れる。
まず現れたのは、ブロンドの長髪をしているローシャだった。服装は白のシャツに黒のスーツで黒のズボン。そして白のコートを羽織っている。
「ウィルベールさん、おはようございます!」
「ローシャか。体調は万全か?」
「はい!」
ローシャは元気に挨拶をするとコートを脱ぎ、綺麗に畳むとウィルベールの後ろの席に座った。
「皆、おはよう。今回の任務ではよろしく頼むよ・・・。」
次に現れたのは長髪で黒髪のヴィクトルだった。ヴィクトルはウィルベール達を見つけると静かな少し気怠い感じの声で挨拶をした。
ローシャがヴィクトルの声とは正反対の元気な声で挨拶を返す。ヴィクトルは少し目を細めローシャを見る。
「よろしくお願いします、ヴィクトルさん!」
「・・・『ヴィクトル』でいいよ、ローシャ。・・・どうやら僕は君の横の席のようだな。・・・前を失礼するよ。」
ヴィクトルはローシャにそう言うとすっとカーレスの後ろの席に座った。ヴィクトルは席に座るとすっと懐から何か本を取り出し読み始める。
ローシャがヴィクトルに話しかける。
「ヴィクトル、何を読んでいるんですか?」
「・・・実験日記だよ。自分で作った結界術の観察日記をこうやって暇な時に見ていると心が落ち着くんだ。」
「へえ・・・結界術を自分で作れるなんて凄いです!私、結界術はあまり得意じゃないので学校でもあまり成績は良くなかったんです・・・」
「どんなものにも才能と言うものがあるんだ。君が弓術を得意とするように僕は結界術を得意とする。・・・それだけだよ。才能が無い者は才能がある者には勝てないんだよ、絶対に。」
「は・・・はい・・・」
ローシャは小声でヴィクトルに少し怖気づいた感じの声で返事をする。ヴィクトルはどうやら他人から関与されるのがあまり得意な性格ではないようだ。
ヴィクトルとローシャの会話が終わると後ろの方から声が聞こえ、カーレスが反応を示す。
「皆さんおはようございます。」
「ラインか、遅かったな。」
「道が混んでてね、カーレス。何とか間に合ってよかったよ。」
「隊長は見たか?」
「すぐ後ろにいたからすぐに来ると思うよ。」
癖毛のあるやや長髪で茶髪のラインがカーレスの前の席に座った。
「お前ら全員いるな。」
「はい。隊長で最後です。」
テルミットが入ってきて全員席に座っていることを確認するとウィルベールの前の席に座る。
『まもなくこの機体は離陸いたします。シートベルトを着用し、携帯電話等電波を発するものの電源をお切りください。』
機内にアナウンスが流れ、機体がゆっくりと動き出す。しばらくして滑走路の真ん中に到着するとジェットエンジンからけたたましい音が鳴り響き、飛行機は急加速し上昇を始めた。しばらく上昇するとシートベルトの警告灯が消え各自それぞれ行動を始めた。
隣のカーレスを見ると懐から何か小説を取り出し読書を始めた。
ウィルベールは椅子の下に置いたカバンの中から手帳を取り出し、昨日調べた内容を復習し始めた。
『まず、支配派と共存派について確認してみるか・・・昨日調べてそれを書いただけだから全然記憶に残ってないんだよな。』
まずウィルベールは共存派について確認していく。
『『共存派』とは・・・150年前に民族融和政策を行った者達の遺志を引き継いだ派閥で争いを好まず様々な種族との共存を訴えている。しかし帝都ローゼンヴァーグにおいては未だに支配派の声が大きい。共存派の王族は序列第六位のフィルネーチェ王女と序列第七位のナターシャ王女の2人のみ。上の5人は支配派で王位序列の低い2人の意見はほとんど通っていない。』
共存派について確認し終えると、次は支配派の項目に目を通した。
『『支配派』・・・天族や魔族の純血主義の派閥で主に天界と魔界では未だに根強く影響力を持っている。人間界ではあまり見られなくなったが、未だに北大陸では共存派より支配派の派閥が多く、王位序列一位で王が不在の現状況において実質帝都を支配しているゼリード王子含め5人の兄弟達と有力貴族がほぼ全て支配派。・・・これじゃあ共存派の立ち位置が無いな・・・』
ウィルベールは手帳を閉じると窓の外を見る。
一面の雲海が広がっていて、雲の切れ目から青い海が見える。代わり映えのしない風景にウィルベールは眠気に襲われた。
『・・・少し一眠りするかな。』
ウィルベールは席に深く腰掛け、目を瞑った。機体が程良く揺れ、ウィルベールの意識はすぐに眠りの中へ落ちていった。
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『2月4日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸南部ローゼンヴァーグ空港 12時30分』
飛行機がローゼンヴァーグ空港に到着し、ウィルベール達第六護衛小隊はロビーにて待機していた。ベルツ達第七護衛小隊の面々はナターシャ王女の執事らしき老人と一緒に空港の外へと向かって行った。
時刻が午後1時を過ぎたところでローシャが話しかけてきた。
「ウィルベールさん。私達、本当にここで合っているんですよね?」
「さあな。待ち合わせ場所の指定にはこことなっているんだがな。」
ウィルベールがローシャにそう言うと、空港の入り口から1人の老人がゆっくりとやってきた。テルミットがウィルベール達に合図を送る。
「貴方がグリントさんですか?」
「はい。フィルネーチェ様の執事を務めております、グリントと申します。本日はわざわざ異大陸からお越し下さりありがとうございます。」
「私達こそよろしくお願いします。こちらにいるのは護衛小隊の面々です。以後お見知りおきを。」
「かしこまりました。では、参りましょうか。フィルネーチェ様の所へ案内いたします。」
そう言って、ウィルベール達は執事長のグリントと一緒に空港の外へと出る。外には巨大なリムジンが止まっていた。ウィルベール達は荷物を後ろへ乗せると車に乗り込んだ。中には冷蔵庫や電話といった様々な設備があり、驚いたのは防弾チョッキや突撃銃、ロケット砲まで備え付けられている事だった。
「では今から車を出します。到着まで一時間と少々かかりますのでゆっくりくつろいでいてください。冷蔵庫の中にある飲み物は飲んでも構いませんよ。」
グリントはそう言うと車を発進させた。車は空港の敷地から出てハイウェイへとのった。
ウィルベールが外の景色を眺めていると帝都が見えた。巨大な城が見え、その城の下には広大な城下町が広がっていた。帝都は階段状の構造で構成されており、6層のエリアから成り立っている。帝都の門は第1層にあり、そこから第2層、第3層というように上っていき、第6層にはローゼンヴァーグ城が聳え立つ。
築1500年になるローゼンヴァーグ城は世界遺産にも登録されており、この城に住めるのは現帝王とその伴侶、そして次期帝王の子供だけであり、その守護にはローゼンヴァーグ国防軍の中でも選りすぐりの精鋭である親衛隊が担当している。現在は帝王が存在しておらず、序列第一位のゼリード王子がこの城に住んでいる。伴侶や子供はおらず、たった一人で。
「凄いですね・・・ここから見ているだけでも帝都から物凄い威厳を感じます・・・」
「ローシャは帝都を見るのは初めてか?」
「はい。テレビでは何度か拝見していましたが、実際に見るのはこれが初めてです。」
ローシャは帝都のある方をずっと眺めていた。ウィルベールも帝都の方を眺める。この日の北大陸は雲一つない快晴で帝都と帝都を取り囲む雄大な自然により帝都はその威厳を存分に醸し出していた。
帝都が少しずつ小さくなっていき、車がハイウェイから降りると帝都は見えなくなっていた。車は森の中に入り、辺り一面木に囲まれた。並木道を少し走ると大きな門の前で車が止まった。
「グリントです。第六護衛小隊の方々をお連れしました。」
『了解。フィルネーチェ様がお待ちですよ。』
門がゆっくりと開き、ウィルベール達の車は門の中へと入っていった。門の先には白を基調とした豪邸が聳え立っていた。車は豪邸の目の前に止まるとグリントが車から降り、後部座席のドアをゆっくりと開けた。
「皆さん、お待たせいたしました。足元にお気をつけてお降り下さい。」
ウィルベール達が車から降りると、テルミットがウィルベール達に注意を促す。
「たった今から任務開始だ。周囲への警戒を怠るな。」
ウィルベール達は小さく頷くとテルミットは正面玄関へのドアに向かった。ウィルベール達も後ろに続く。テルミットが正面のドアの前に立つとドアがゆっくりと開いた。玄関の中に入ると中央に二手に別れたカーブ階段があり、周りには様々な絵画が飾られていた。天井にも巨大な絵画がついていた。
「ずっとお待ちしておりましたよ、第六護衛小隊の皆様。」
二階から純白のドレスを身に纏った美しい長い銀髪をした女性がゆっくりと階段を下りてきた。その女性はテルミット達の前に立つと笑みを浮かべてテルミットに手を差し伸べた。
「私はローゼンヴァーグ家の三女、フィルネーチェ・シャル・ローゼンヴァーグと申します。この度は私の護衛をして下さり感謝いたします。」
テルミットはフィルネーチェから差し伸べられた手をやさしく握り、握手をした。
「私は第六護衛小隊隊長のテルミット・クラウンと申します。フィルネーチェ様の護衛を担当させて頂くことが出来て光栄です。」
テルミットはウィルベール達の方を振り向いた。
「こちらは副隊長のウィルベールです。」
フィルネーチェはウィルベールに手を差し伸べる。ウィルベールもテルミット同様に優しく握手をする。
「ウィルベール・ゼーレヴェです。宜しくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします、ウィルベールさん。」
続いてカーレス達にフィルネーチェは挨拶をする。
「カーレス・サリエルです。お会いできて光栄です。」
「よろしくお願いします、カーレスさん。」
カーレスと握手をする。
「ローシャ・シャルフィーユです。宜しくお願いします、フィルネーチェ様。」
「あら、お若い女性ですこと。おいくつですか?」
「19歳です。」
「19・・・道理で綺麗と思いましたよ。若くて張りがあって綺麗なお肌ですこと。」
「そんな・・・フィルネーチェ様に比べたら自分なんて・・・」
「そう謙遜なさらないで下さい。後で一緒にお話をする相手になってくれませんか?」
「は、はい!勿論です!」
ローシャはフィルネーチェと握手をした。やはり同性だと王女も気が落ち着くらしい。
フィルネーチェはラインの前に立った。
「ライン・ギャレスです。フィルネーチェ様の期待に沿えるよう尽力いたします。」
「よろしくお願いしますね、ラインさん。」
ラインと握手をし、残るヴィクトルの前に立った。
「ヴィクトル・グラーノと申します。宜しくお願いします。」
「宜しくお願いしますね、ヴィクトルさん」
ヴィクトルと握手をすると、フィルネーチェは胸元から懐中時計を取り出し時刻を確認した。
「午後2時半・・・皆さんはもう昼食は頂きましたか?」
「いえ、食べていません。」
テルミットが返事をする。
「少し遅いですが今から昼食を頂くとしましょう。私もまだ食べていませんので。」
「そうなのですか!?・・・」
「貴方達がまだ何も食べていないであろうということはこちらも想定しておりました。貴方達が昼食を食べていないのに私が食べるわけにはいかないでしょう?それに貴方達の分の昼食も用意しておりますよ。一緒に頂きましょう?」
「宜しいのですか?」
「これは命令ですよ、皆様方。私と一緒に昼食を頂いてくれませんか?」
「承知しました。・・・行くぞ、お前達。」
フィルネーチェは食堂の方へと歩いて行った。テルミット達は王女の後ろをついて行った。
「・・・ウィルベールさん。フィルネーチェ様ってはじめてお目にかかった時、高貴でお堅い感じがしましたけど意外とお茶目な感じがしませんか?」
「かもな、それか寂しがり屋なのかもな。」
ウィルベールとローシャはフィルネーチェの性格について考察した。
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『2月4日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部フィルネーチェ邸 14時35分』
あの後ウィルベール達はフィルネーチェと一緒に昼食をとった。
彼女は見た目に反してお喋りで特にローシャとの話が盛り上がっていた。フィルネーチェとローシャはとても馬が合ったようでテルミットはローシャをフィルネーチェの傍に常にいるように指令を出した。
その後、俺達はフィルネーチェに待機部屋を案内された。室内はとても豪華な装飾をされたカーテンやベッド、彫刻、絨毯があり、まるで高級ホテルのようだった。
「隣は私の寝室となっていますので、もし私に何かございましたらすぐに気づくと思いますので宜しくお願いしますね。夕食の時間が来ましたらグリントを向かわせますのでそれまでごゆっくりお過ごしください。・・・ローシャ?」
「何の御用でしょうか?」
「後ほど私の部屋に来てくれませんか?もう少しお話したいので。」
「分かりました。なるべく早く向かうようにします。」
フィルネーチェはそう言うと部屋から出て行った。すぐその後に隣の部屋のドアが開く音がした。
「・・・なんで私ばかりとお話ししたがるのでしょうか?」
ローシャが首を傾げる。
「女子だからだろ。」
「メイドとかいるじゃないですか?」
「メイドは王女にため口なんて聞けないだろ。あの王女がため口で話さなくていいと言ってもとてもまともに話せないだろう。久しぶりに会話相手を見つけたんだ、相手をしてやったらどうだ?」
「・・・そうですね、分かりました。」
ローシャは自分の荷物の整理を終えると部屋から廊下に出るドアに近づいた。
「・・・知っているかどうかわからないから一つ教えておいておこう、ローシャ。」
ヴィクトルは不気味な笑みを浮かべながら、ローシャに話しかけた。
「何ですか?」
「最近女性貴族の間では、女性同士で体を絡め合うことがはやっているらしい・・・裸でな。」
「・・・えっ?」
ローシャが目をきょとんとしてヴィクトルを見つめる。少しの間が開いた後、ローシャはヴィクトルの言葉をようやく理解することが出来、ウィルベールの方を少し不安げに見つめる。
ヴィクトルは軽く鼻で笑う。
「まあ、気をつけて行って来いということだ。・・・どうした、早く行かないか?王女を待たせているぞ。」
ローシャが再びヴィクトルの方に顔を向け、恐る恐る返事をする。
「それ本当ですか?」
「さあな、あくまで噂だ。嘘の可能性もある。」
「・・・」
ローシャの顔に不安の表情が宿る。
「お前はそっちの方も大丈夫か?」
「そんな訳ないですよ・・・。変なことを言わないでください・・・」
ローシャはそう言うと部屋を出て行った。
「ヴィクトル、さっきの話だが・・・」
カーレスがヴィクトルに先ほどの真偽を確かめる。
「さあな。さっきも言ったが、あくまで噂で聞いただけだ。だがローシャの耳には入れておいてあげようと思ってな。いきなり急な展開が始まったらあいつもびっくりしてしまうだろう?だから教えておいてあげたんだ、心の準備ができるようにな。」
ヴィクトルは自分のベッドに腰掛けると読書を始める。ウィルベール達もそれぞれの作業に入った。
そのまま時間だけが流れ、時刻が午後六時半を過ぎたところで部屋のドアを誰かがノックした。ドアがゆっくり開き、執事長のグリントが現れた。
「失礼します、グリントです。夕食のご準備が出来ましたのでお迎えに参りました。」
「分かりました。・・・行くぞお前達。」
「ローシャはどうします?」
「あいつは王女と一緒に来るはずだ。先に行っていても問題はないだろう。一応あいつには無線機を渡してあるから、異常があればすぐに俺達が駆け付けるぞ。」
テルミット達は再び食堂へ向かい、先に席に座る。しばらくして王女とローシャが食堂に入ってきて、それぞれの席に座った。
「皆さま、お待たせしました。それでは頂くとしましょう。」
フィルネーチェの合図とともにテルミット達は食事に手を付けていく。食事は外でディナーを食べるように次々と料理が運び込まれてくる。
「ローシャ、王女と何してたんだ?」
「フィルネーチェ様が様々な芸術品を見せてくれたんです。絵画とか・・・とても有意義な時間を過ごすことが出来ました。・・・決して変なことはしませんでしたよ。」
「変なことって?」
「ヴィクトルさんが言っていたことですよ・・・聞き返さないでくださいよ。」
ローシャはそう言うと、ウィルベールと話すのを止め食事に専念した。そのまま、特に会話することなく黙々と食事は進み、何事もなく食事が終わった。
無事に夕食が終わり、部屋に戻ってくると時刻は午後八時を過ぎていた。
「今から夜襲の警戒任務を行う。みんな集まってくれ。」
テルミットがウィルベール達に招集をかけ、テルミットの周りに集まった。
「夜は敵にとって襲撃しやすい時間帯ということはすでに知っていると思う。なので、今から時間帯別に哨戒を行う。午後9時から日付が変わるまでウィルベールとローシャの二人で警戒しろ。カーレスとヴィクトルは日付が変わってから二人と入れ替わり、午後3時まで警戒を怠るな。俺とラインは午後3時から二人と入れ替わり、午後6時まで警戒する。そして、もし襲撃があればすぐに無線をよこすように。各員何時でも戦闘態勢に移れるように。これは任務終了するまで行うものとする。」
「「「「「了解。」」」」」
ウィルベール達は準備に取り掛かった。ヴィクトルがテルミットに話しかける。
「先ほど、館の周りに結界を敷きました。」
「結界だと?すでにこの館の周りには侵入者対策の結界は張られているはずだが・・・」
「それとは別に追跡用の結界を張りました。万が一侵入者が逃走した際にそいつがどこを根城としているのか、どこに属しているのか、そして裏で誰が糸を引いているのか、それらを把握するためです。」
「追跡が巻かれたり、ばれたりする可能性は?」
「ありません。私が独自に開発した結界術です。誰にも解除法は教えてませんし、そもそも相手は結界にかかったことすら気づきません。」
「よほど自信があるようだな。」
「そのぐらいしか取り柄が無いものですので・・・」
ヴィクトルは不敵な笑みを浮かべた。
「ウィルベール!ローシャ!準備はできたか?」
「準備できました。」
「私も大丈夫です!」
「よし、2人とも少し早いが哨戒任務を行ってくれ。何か異変に気づいたらすぐに連絡をよこすように。他の奴らは自分の担当する時間帯が来るまで休んでおけよ。いつ寝られなくなるか分からなくなるからな。ウィルベール!ローシャ!・・・決して油断するなよ?ずっと寝ることになるかもしれないからな。」
「・・・分かりました。ローシャ、行くぞ。」
「はい!」
ウィルベールとローシャは部屋から出て廊下を歩く。
正面玄関へと向かい、外へと出るためにドアをゆっくりと開けると、冷たい風がウィルベールとローシャに容赦なく吹き付ける。
「さ・・・寒い・・・」
ローシャが両腕を組み、体を震わせる。室内が暖かっただけもあり急激な気温の変化にウィルベールも少し体がすくんでしまった。
「そりゃあここ北大陸だからな。雪も降ってるし。」
「3時間も屋外で警戒作業をするんですよね?・・・凍え死んでしまいそうです・・・」
「凍って死んだらそのまま冷凍保存して親のところまで送ってやるから安心していいぞ?腐らなさそうだしな。」
ローシャが目を細め、ウィルベールを見つめる。
「・・・それ冗談ですよね?」
「死んだらの話だ、気にするな。死ななければ問題ないだろ?」
「・・・」
ローシャの視線を無視してウィルベールは館の周りをゆっくりと歩く。ローシャはウィルベールの背中を守るようしっかりとついてくる。館の周りは深い森に囲まれており、延々と続く闇が森の中から誰かがのぞいているような不安感をウィルベールとローシャに恐怖心を植え付けようとしている。
「・・・不気味ですよね。まるで誰かがこちらを狙っているような・・・そんな感じがしませんか?」
「ああ、そうだな。・・・例えばスナイパーが奥の森の中の木の上から俺達の頭を狙っているとかな。」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでくださいよ・・・」
「分からないぞ?こう急に・・・ドンッ!」
ウィルベールはローシャの方を振り返りローシャを指さした。
「ひいっ!」
ローシャが目を大きく見開き、両手を胸の前に組み足を内股に縮こませ驚いた。
「ちょっと!急に何ですか!?
「いやいや、あまりにビビっているもんでつい驚かして見たくなったんだ。」
「もうっ!ウィルベールさんなんか嫌いです!」
ローシャはウィルベールを置いて、先に行ってしまった。ローシャは館の裏方へと回り完全にウィルベールの視界から消えた。
『・・・裏側はローシャに任せるか。正面に戻っておこう。』
ウィルベールは正面玄関に戻り、玄関の前で警戒作業に入った。空を見上げると銀に輝く星々が煌煌と輝いているのが雲の切れ目から見えた。
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『2月4日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸西部ナターシャ邸 14時10分』
ベルツ達第七護衛小隊はウィルベール達第六護衛小隊よりも先に迎えが来たため、先に空港を出発した。ベルツ達第七護衛小隊の車は第六護衛小隊の進路と同様でハイウェイに乗った。ベルツ達の車は第六護衛小隊の車がハイウェイから降りる出口よりも少し先の出口からハイウェイを降りる。その先は、両側が山に囲まれ、ぽつぽつと民家が存在しているようなどこかもの寂しげな道を車は走り続けた。
時刻が午後2時を過ぎたところで車は森の中にある大きな屋敷の前にある門の前で停車した。
「只今、第七護衛小隊の方々をお連れしました。」
『了解しました。開門します。』
門は錆び付いた金属が軋みながら動くような鈍い金属音を発しながらゆっくりと開いていく。完全に門が開くと車はゆっくりと動き出し、中央にある噴水の周りを回るように移動し玄関の門の前に停車した。
運転手であり執事長でもあるドルギンが車の外に出ると、ベルツ達のいる後部座席のドアを開いた。
「皆様、大変お待たせいたしました。ナターシャ様のご自宅に到着いたしました。」
ベルツ達全員が車から出ると、短い黒髪を持つやたらと厳つい顔をした中年の男がベルツ達に話しかけた。
「さて、今から任務開始だ。全員気を引き締めるように。」
ベルツ達は頷くとその男の後ろをついて行く。玄関の木のドアの前に立つと木が軋む音を出しながらドアが開いた。どうやら内側からこの館で働いているメイド二人が開けてくれたようでドアを開き終わった後はベルツ達に頭を下げた。正面ロビーには多くの使用人やメイドが左右の壁に沿って並んでおり、ベルツ達に深々と頭を下げ歓迎の意を表した。
『この屋敷・・・どこか懐かしいな感じがするな・・・』
ベルツは何故か初めてきたはずのこの屋敷から故郷の懐かしい空気を不思議に感じ取った。
それが何から感じ取れているのかはまだベルツには把握できていなかった。
「ようこそ、私の館へ。私含めこの館に属する者たちは貴方達を歓迎いたしますわ。」
上の階からそのやや高圧的な感じな声が聞こえる。ベルツ達は上を見ると、一人の女性がゆっくりと中央の階段から降りてきた。
肩までの長さの銀髪を持ち、薄い青色のドレスに身を包んだ女性はベルツ達の前に立ちスカートを少し摘まみ上げお辞儀をした。ベルツ達も彼女に深くお辞儀をする。
「・・・顔をお上げになって下さいな?」
ベルツ達はその声と共にゆっくりと顔を上げる。ドレスに身を包んだ女性は凛とした表情でベルツ達に話しかけた。
「私がローゼンヴァーグ家序列第七位、王女のナターシャ・シャル・ローゼンヴァーグですわ。今回は私の護衛任務を引き受けてくださり感謝いたしますわ。さて、貴方達のお名前を聞かせてくださいな?」
先程ベルツ達に話しかけた厳つい顔の男がナターシャに自己紹介を始めた。
「私は、ズィルバー・クランクと申します。今回第七護衛小隊の長としてナターシャ王女の護衛任務に就任することができ、誇らしく思っております。本日より宜しくお願いします。」
「こちらこそ期待しておりますわ。」
ナターシャとズィルバーは握手を交わした。
ズィルバー・クランク、第七護衛小隊の隊長を務める男だ。種族は天族で年齢は247歳という驚きの年齢だった。本人曰く『自分は天族の中ではまだ若い方だ』とは言っていたが人間種であるベルツから見れば超高齢の人であるのには変わらない。
ナターシャは続いて茶色のパーマがかかった髪を持つ男の前に立った。
「フランク・テクストールです。宜しくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いしますわ、フランク。」
フランク・テクストール、第七護衛小隊の副隊長を務める男だ。種族は人間種で年齢は38歳。彼はユーグフォリア社の特殊騎竜飛行部隊に所属していて、一番の腕利きであったことでこの部隊に選抜されているらしい。
この特殊騎竜飛行部隊とはドラゴンに乗って空戦をすることを主な任務とし、戦闘、偵察、索敵、警戒・・・といったような様々な任務をこなし制空権を獲得し、任務を円滑に遂行することを目的として設立された特殊部隊である。特に戦闘機といった乗り物が入り込めないような狭い所を奇襲するときなどに出撃するらしい。
ナターシャはフランクの横にいるベルツの前に立った。ナターシャの体から発せられる柑橘系の甘い匂いがベルツの鼻につく。
「ベルツ・ロメルダ―ツェです。この度はナターシャ姫の護衛に就くことが出来、大変うれしく思います。」
「頼りにしていますわよ、ベルツ。・・・貴方、おいくつですの?この中では一番」
「26歳ですが・・・」
ナターシャはやや口角を上げ、やはりそうだったかと言わんばかりの表情をした。
「まあ、通りでこの中で一番若いと思いましたわ。私も24歳ですのよ。年齢が近いお方がいてくれてうれしいですわ。」
「私も姫にそう言っていただけて大変うれしく思います。」
ベルツはナターシャの華奢な手をやさしく取り、握手をした。ナターシャがベルツに優しく微笑む。今まで女性とあまり話したことも無ければ握手もしたことが無いベルツにとってこの展開は少し恥ずかしく感じられ、頬を少し赤く染めた。
ナターシャはそのことに気づかない様子でベルツから離れ、横にいる女性の前へ移動した。その女性は深々と頭を下げ、ナターシャに自己紹介を始めた。
「マルナ・メクリルと申します。ナターシャ様の御身は必ずやお守りいたします。」
「そこまでお堅くならなくて結構ですわよ?同じ女性同士これからたくさんお話できればうれしいですわ。」
マルナ・メクリル、ユーグフォリア社では諜報部隊に所属しており、その実績によりこの部隊に配属された第七護衛小隊唯一の女性隊員だ。
種族は魔族で、年齢は79歳・・・とはいっても魔族と天族は20歳で肉体年齢が止まるので彼女の見た目は年齢と比べて非常に若く見える。隊長であるズィルバーも同様であるが、彼はわざと髭を生やして見た目を老けさせている。
ナターシャはマルナと握手をすると、マルナの横にいる短髪で細身の男の前に立った。
「マーク・ハミルトンです。宜しくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いしますわ、マーク。」
マーク・ハミルトン、彼もマルナと同じ諜報部隊出身だ。種族は魔族で年齢は102歳。
最後にナターシャはマークの横にいる赤髪でやや長髪の男の前に立った。
「ミグル・ミュートです。御会い出来て光栄です。」
「宜しくお願いしますわ、ミグル。」
ミグル・ミュート、彼も諜報部隊出身だ。種族は天族で年齢は49歳。
「これで皆さま方に挨拶は済みましたわね。もう昼食は頂きましたの?」
ズィルバーがまだ食事はとっていないことを話すと、ナターシャは壁に並んでいる使用人たちに向かって手招きをした。その中から高齢の男がナターシャの元へと歩いてくる。
「料理長、昼食の支度はできておりますの?」
「勿論でございます。今から支度を行います。」
「宜しく頼みますわ。・・・さあ、私について来てくださいな。今から一緒に昼食を頂きますわよ。」
「ナターシャ様はまだお食事をとられていなかったのですか?」
「勿論ですわ。あなた方を差し置いて昼食を頂くなんて真似はできませんわ。」
ベルツ達第七護衛小隊の面々は茫然とした。大抵の護衛任務の時はこのような護衛対象の気遣いなど無いに等しく、このように声をかけてもらえるとはだれもが思ってもいなかった。
「それに、食事はなるべく多くの人達と頂くことでより楽しくなりますのよ?まだ私は皆さまのことを良く存じ上げませんわ。この機会に皆様のことをもっと聞かせてくださいな?」
そう言うとナターシャは食堂に入っていった。ベルツ達もナターシャの後に続いて食堂に入る。ベルツはナターシャの態度に対して非常に強い好感をもった。
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『2月4日 人間界ノスタル・イルージェ 北大陸帝都ローゼンヴァーグ城 22時40分』
外は雪が降りしきり、街の明かりがほぼ街灯のみになり人気もなく静まり返った街を帝都の遥か上層に位置するローゼンヴァーグ城からある男が眺めていた。
その男は蝋燭の明かりにのみ照らされた薄暗い会議室の部屋に只佇んでいた。
「・・・そろそろ、か。」
会議室のドアが静寂を打ち消すように勢いよく開いた。室内に4人の男女が入ってきて中央に置かれた巨大な長机に設置されている椅子に向かい合うように座った。
「レストルーナ、もう少し静かにドアを開くことはできないのか?」
「私なりにはゆっくり開けたつもりだったのだけれども?」
銀髪で左右にロール状に巻いている髪の毛を持つレストルーナは不敵で挑発するような笑みを浮かべてゼリードを見つめる。ゼリードはそんなレストルーナの姿を見下すように見る。
「下品なのは相変らずか。」
「ゼリードお兄様の嫌味も相変わらずね。」
「・・・ふん。」
ゼリードも長机の傍にある椅子に腰を掛ける。ゼリードから見てそれぞれ左右に兄弟たちの顔が蝋燭のほのかな明かりに照らされて僅かに見える。
長い銀髪を後ろに一つ結びでまとめている弟のモーテスがゼリードに話しかける。
「ところで、兄さんはなんで僕達を呼んだのかな?」
「・・・今からその訳を話そう。」
ゼリードは兄弟達に向かって静かに語り始めた。
「今回お前達に集まってもらったのは他でもない、『神の降臨』の儀式を成功させるための作戦会議だ。」
「と言ってももう兄さんが勝手に決めているんでしょ?」
「分かっているじゃないか、モーテス。」
モーテスはふんっと鼻息をついた。
「モーテスの言う通り、お前達にそれぞれの役割を与える。まずはレストルーナ。お前は、西大陸にあるフォルスマグナ遺跡の守護だ。お前の第二護衛小隊の連中を連れて儀式の日まで『祭壇』を守れ。」
レストルーナは顔を歪ませた。
「西大陸までこの私が行くの?兄さんが行けばいいじゃない。」
「俺は別の用事がある。」
「何それ、教えてよ。」
「悪いがお前を始め、お前達の誰にも教えることはできない。極秘なんでな。」
「ふーん・・・まあ、いいわ。侵入者がいれば潰せばいいんでしょ?」
ゼリードは続いて綺麗に整えられている銀髪でストレートの長い髪を持ち、レストルーナとは対照的にきちんと姿勢を正し座っているマリアーネの方を見る。
「その通りだ。・・・次にマリアーネ、お前は東大陸の要塞都市グランドフォールの守護だ。」
「東大陸・・・お姉様と同じく別の大陸に飛ばされるのですね。」
「そうだ。その要塞の防衛は俺達の作戦に関わってくる大切な任務だ。・・・しくじるなよ?」
「・・・承知しました。お兄様のご期待に沿えるように努力します。」
マリアーネは興味が無い風にそっけなく言い放った。
ゼリードは弟たちの方を見る。そのゼリードの視線に気づき、モーテスと銀髪で短髪のフェルラーデルはゼリードの方を横目で見る。
「そして、モーテスとフェルラーデル。お前達にはこの二人より重要な仕事を与えよう。」
「へえ、気になりますねぇ。」
フェルラーデルが興味深そうに体を机に乗り出してゼリードの方を見つめた。
「お前達2人にはフィルネーチェとナターシャ、そしてその護衛小隊の抹殺だ。」
フェルラーデルは鼻で笑いながら、椅子にもたれかかった。モーテスは黙ったままゼリードの方を見つめる。
「とうとう俺達に妹達を殺せと命令してきましたか?」
「なんだ、予想していたのか?」
「ええ、勿論です。私たちの計画にあの2人は邪魔ですからね。」
マリアーネが飲みかけのワインが入ったグラスをゼリードに向けた。
「でもあの子たちを殺してしまったら私達が真っ先に疑われるわよ?それに、共存派の連中も黙っちゃいないかも。」
「それも想定内だ。いくら平民達が喚き散らそうとも力ずくで押さえつけてしまえば問題はないだろう。所詮共存派の連中は馴れ合いの連中ばかりだ。対した力も権力も持ってはいない。地を這う蟻風情に気を使う必要はない。」
「群れで襲われたらどうするの?幾ら蟻とは言え象すら殺す種類もいるのだけれども?」
「ならば襲ってくる前に『巣』に『水』を流し込むまでだ。」
ゼリードは立ち上がり再び窓の近くに立った。外は相変らず雪が降りしきり帝都は一面の銀世界に覆われており、雲の隙間から見える月が雪を照らす。
「・・・これで私からの話は終わりだ。何か質問は?」
「それじゃあ、一つだけ・・・よろしいかな、兄上?」
モーテスが静かにゼリードに質問をする。
「なんだ?」
「何時頃妹達と護衛小隊の首を持ってくればよいのですか?」
「なるべく早くだ。明日でも構わんぞ。」
「承知しました、兄上・・・」
モーテスは席を立つと会議室から出るドアの方へと歩いていく。ドアに手をかけた時、モーテスは椅子にもたれかかったままのフェルラーデルの方を向いた。
「フェルラーデル、お前はナターシャとその護衛小隊を殺れ。俺はフィルネーチェの方を殺る。」
「はあ・・・了解しましたよ、モーテス兄上。」
モーテスはそう言うと、会議室から出ていき蝋燭の炎に照らされた薄暗い廊下に消えていった。
「全く・・・兄さん達は我儘すぎるな。振り回される弟の身にもなってみろってんだ。」
「あら、乗り気じゃないの?」
「当たり前だろ?妹達を殺すなんて正気の沙汰じゃないね。」
「でも貴方、さっきからずっと笑っているのだけれども?気持ち悪いからやめてくれる?」
フェルラーデルは自分の頬を触り口角が上がっていることを確認すると、口元を押さえた。しかし、彼の不気味な笑みは口元を手で隠してもはっきりと見えるもので、結局隠しきれていない笑みを浮かべたままマリアーネと共に会議室の外へと歩いていく。会議室に残されているのはゼリードとレストルーナの2人だけだった。
「・・・共存派の連中を消すつもりなのね?」
「ああ、俺達の計画に邪魔な存在だからな。」
「そう・・・」
レストルーナはゆっくりと椅子から立ち上がり、ゼリードに背中を向ける。
「ところで・・・『こちら側』に来た理由はまだ教えてくれないのかしら?お兄様は昔、『今とは逆の考え』を訴えていたのに・・・」
「・・・」
ゼリードはレストルーナの質問に答える事無く、ただひたすらに雪が降りしきる夜の城下町を眺める。レストルーナは一瞬ゼリードの方を見たが、すぐにまた視線を戻した。
「野暮な質問だったようね。・・・おやすみなさい、お兄様。」
レストルーナはそう告げると会議室から出ていき、部屋の中にはゼリードがただ一人残された。
「・・・『現実』を知ったのだよ、私は・・・」
ゼリードは首に掛けている金色の丸いペンダントを握りしめた。外は相変らず静かに雪が降り積もっていた。