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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世にも奇妙なショートショート

愛のフルコース

作者: 緑苔ピカソ

「お腹空いたなぁ」

 そう有季(ゆき)が呟いた。いつもの様に、何気ない一言だった。

「そうだな。昼飯食う?」

 だから俺も何気なくそう言った。有季はフローリングの床にぺたりと寝転んでいる。まるで自分の家みたいなくつろぎ様だが、ここは俺の借りているマンションだ。

「いや……いいよ」

「なんで? 遠慮しなくていいよ。俺が料理好きなの知ってるだろ」

 それでも彼女は悩んでいる様だった。そしてごろんと寝返りをうつ。艶のあるウェーブヘアーが、床の上で蠢く。

「違うの。私、瑛人(えいと)の料理が食べたいんじゃない」

「そう? じゃあ外食でもいいよ。折角のおうちデートだけど」

 ソファに座り、有季を見下ろして俺は言う。『瑛人の料理が食べたいんじゃない』という言葉に少し傷付いたが、そういう気分の時もあるのだろう。

「ううん、それも違う」

 彼女は体を起こし、その場で体育座りをして俺の方をまっすぐに見つめた。

「私はあなたをたべたい」

 有季は真剣な表情でそう言った。俺を捉える、どこまでも澄んだ瞳。俺は開きかけていた口を閉ざした。有季も何も言わなかった。

 そうやって俺達は、少しの間黙って見つめ合った。やがて俺は、彼女は自分から言葉を続ける気がないのだと悟り、言葉を切り出した。

「俺の意思は尊重してくれるの?」

「……ううん。私、前から瑛人の事たべたいと思ってた。それに今とってもお腹が空いているの」

「うーん、そっか」

 俺は曖昧に返事をして頷いた。

 すると、有季が突然膝立ちになった。俺の方を見上げながら近付いてくる。

 そして彼女は俺の膝に手を掛けた。もう逃げられないぞ、と言う風に。……俺は苦笑した。

「何がおかしいの?」

 有季はまだポーカーフェイスを崩さない。小首を傾げて、指先で俺の皮膚をぎゅっと押す。

「いや、参ったよ。有季の冗談は怖い」

「なんだ。冗談だと思ってたの?」

 そう言って初めて、有季は薄笑いを浮かべた。真顔よりももっと怖い、狂気じみた笑み。

 そして彼女は舌を出し、そのまま俺の太ももにそれを持っていった。予想外の行動に、思わず小さな悲鳴を漏らす。

 有季は太ももの表面をさっとひと舐めして、うっとりとした表情で顔を上げた。

「あなたってきっと美味しい。だって私の大好きな人だもの」

 俺は困惑しながらも、これから起こす行動を決める事にした。

 これは多分、有季の悪い冗談だ。でも万が一、そうじゃなかったとしたら……。

 だから、やられる前にやらなければ(・・・・・・)

「分かるよ。自分の好きな人って美味しいよな」

 そう口にして、俺は有季の頭を撫でた。彼女は動揺している様だった。

「……人をたべた事、あるの?」

「ああ。高校ん時の元カノをな。すっごい良い女だったから、つい」

「どうやってたべたの?」

 有季が食い入る様に俺を見つめている。

「簡単だよ。家に連れ込んで、包丁でグサッとやっちゃって。そのまま解体して色んな部位を楽しんだ」

「全部たべた?」

「いや、流石に全部は無理だよ。量的にも気持ち的にも。俺が食べたのは二の腕と腹と太ももくらいだったな。後は捨てた」

「もったいない。どこの部位も美味しいんだよ」

 有季は眉をしかめた。俺は声を出して笑った。それは自分でも驚く程乾いた笑いだった。

「なあ、有季。お前マジなんだな?」

 彼女は首を縦に振った。

「じゃあ、今までに何人くったんだ?」

「……あなたはその元カノだけなの?」

「ああ」

「ふぅん。じゃあ桁が違った」

 有季はやっと俺の太ももから手を離し、俺の隣に腰掛けた。

「12人」

「……それだけの人数を、全員跡形も無くたべたのか?」

「うん。最初は小学校の時の友達。その次が先生で、中学に上がってから友達3人先生1人、高校で友達3人と恋人2人。知り合って間もない大学の友達を先月たべて、それが最後」

 彼女の餌食となった人間の説明を、有季はすらすらと述べた。きっと一人ひとりに思い入れがあるのだろう。

「何がきっかけでたべたんだ?」

「分かるでしょ? 好きだったからよ。愛おしくてたまらないからたべるの」

「だよな。……じゃあ、次は俺って訳か」

「でも、あなたもたべたいんじゃないの? 私の事」

 有季は俺に肩を寄せた。彼女の息遣いをすぐそこで感じる。

「私の事好きなんでしょ?」

 彼女が囁いたその瞬間、俺は立ち上がった。キッチンへ続く扉を乱暴に開け、シンク下の収納を開き、一番切れ味の良い包丁を取り出す。

 息が荒くなっていくのがはっきりと分かった。もう我慢出来ない。

 有季、有季、愛してる。早くたべたいよ。

 俺はきっと異常性癖だ。でもこういうやり方でしか君を本当に愛せない。君だってそうなんだろう? だから許してくれるだろう?

 包丁を握ったまま部屋に戻り、期待に胸を膨らませながら有季の姿を探す。

 彼女はいなかった。

 その代わり、獣がいた。背は2メートル程だろうか。がっしりとした体が黒い毛で覆い尽くされた、2足で立っている、獣。

 獣の目は俺を捉えていた。どこまでも澄んだ瞳。

「お前……有季なのか?」

 獣はにやりと笑って、舌舐めずりをした。そしてじりじりと距離を縮めてくる。

「止めろ……来ないでくれ!」

 獣は何も言わない。ただ、近付いてくる。

 有季が獣になってしまった。いや、有季の正体は最初から獣だった。混乱している筈なのに、本能的にそれを悟ってしまう。

「お前は俺とは違う! お前は化け物だ!!」

 俺の声は届かない。獣は俺を強く掴み、大きく口を開けた。




 ――有季。愛してる。






お読み下さりありがとうございます。

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