たぶん、「保健体育」と一番叫びまくった日
ブロロロロロロ
男は、バイクで爆走する。向かう先は中学校、3階、正門側からの階段を昇り、4番目先の教室。
猛スピードで開かれた門を抜け、
ブオオォォンッ
その速度のまま、バイクを浮かし、高く飛び。
ガシャアアァァンッ
配達先の教室の窓ガラスを打ち破り、物理法則の全てを無視したかのように、教員机の手前。子供達も、大人の教師にも当たらずのスーパーブレーキ。
「なんだなんだ!?」
「きゃーーーーっ」
生徒達の悲鳴。動揺。それをまったく気にせず、ヘルメットをとる配達員。一方で、ここの女性講師はフレンドリーにご挨拶。
「あら、山口くん。配達ご苦労様」
「教員のお前がなんで、教科書失くしてんだーーーー!!?俺に届けさせんなぁ!!」
対して、配達員の山口兵多はブチギレていた。
◇ ◇
動揺広がる教室の中で、発端の2人はとっても冷静。
山口はまだ去らず、この教室内にいる生徒達にとんでもない事を言い出した。
「保健体育をやれ」
「私は英語の講師です」
「教科書を失くす講師がいるか!」
「ここにいるわ!」
自慢げにしている姿に腹が立ったのか。それとも、もう自分に訪れない青春時代への後悔だろうか。社蓄という自分と学生であったという自分。
「社会全体の人手不足を分かってるだろうが!!運送会社だけじゃねぇんだよ!教師も!建築も!アニメも!ゲームも!!まー色々と!人いねぇーんだよ!!人を増やせよ!学校に保健体育の授業を増やせって言ってんだよ!!」
「何十年後の話し?」
「馬鹿野郎!未来の事言ってんの!!中学だったらまだいいわ!高校卒業の条件に、童貞と処女は卒業しておけ!!これが卒業の条件!」
「みんなしてんじゃない?」
「してない奴もいるんだよ!高校じゃまだそんなのしてない事あんの!!もう授業にしろ!子供を作って卒業しろ!!それで女として合格だ!女は大学入試なんかしなくていいわ!!」
なんだろうね!この荒み方!!
「そんなに会社でコキ使われてるのね、可哀想……」
「お前もコキ使ってる1人の客!授業開始9:00で!注文したの8時30分じゃねぇか!!30分で商品探して、取りにいって、届けるんだぞ!!ハイパーな速達だぞ!!」
「そんなサービスがあるのが悪いわ」
授業どころじゃない乱入者。さらに彼は煽る。特に男子生徒達にである。
「男子共!保健体育してぇーよな!!」
「はい!英語なんかよりサッカーしたいでーす!」
「球蹴りじゃねぇーよ!!球遊びは良いけど!!分かった言い直す!保健してぇーよな!思春期だぞ!」
「ちょっと!山口くん!生徒になんて事を訊くんです!」
ちょっと遅く、クラスにいるお調子者というのは手を挙げやがる。
「先生ー!俺、先生の保健体育を訊きたーい!」
「俺も訊きてぇー!退屈な英語よりも、保健体育学びたーい」
うぇっ。そうなりそうな、子供の。思春期らしい女講師弄り。
「はい、先生も逆に訊きます!女子の皆さん!クラスの男子ってカッコイイですか?」
「いえ、全然」
「楽しいけれど」
「一緒にいたいというのは、友達まで?」
「はい、そーいうことです!私も君達のようなふしだらな男子生徒は好きではありません!そんな人と、あまつさえ、一生を左右する事など。教えられる事は、ゴムしてちゃんとするだけです!」
「つまんねぇ……」
はぁ……溜め息。こーいうところで面白おかしくできる講師って、貴重だと思う。授業を無駄にするぐらいやって欲しいもんだ。
しかし。授業だけが、授業じゃないところがある。
「俺、言ったじゃねぇか。社会は人手不足なんだ。保健体育を学ばなくてどーするんだよ」
「ちょっとは場所を選びなさい!山口くん!」
「社会に出て分かる。社蓄にされて分かる。英語と理科、数学(連立方程式とか証明とかあんなもんいらん)はいらねぇや。保健体育と国語、社会、算数。それだけで社蓄ができるんだよ。運転スキルとかよ、家庭科とかよ、日常で役立つ技術の授業を増やせってよ。思うよ。俺」
仕事のことしか考えられない人間を育成しまくった方が良いんだよ。社会が分かっていない時に、子供を作りまくるんだよ。そーすりゃ、社蓄で満たされた社会という時代になるんだよ。
「それを教えるのが教師だろうが」
英語なんて、外人と話さなきゃ使わないし。そもそも、日本にいるんだから、お前等が日本語を話せと思うし。理科なんて最たる例だな。どこでその知識が活かされるんだよ。Hが水素という事くらいで良いんだよ。数学なんて今時、スマホにだって電卓が入ってるんだよ。算数も要らない気がするぜ。国語は古文がいらねぇな。あと、俺は毎回思ってたけど、題材が味気ないわ。
「社会だけは必要だな。歴史しかり、地理しかり、経済しかりと。あははははは。ともかく、保健体育を増やせ。あれじゃ足りねぇ。社蓄となれば、する暇と体力がねぇーんだ」
こ、壊れてやがる。
未来ある子供に、その先は絶望しかねぇと。社会人が伝えていやがる。事実そうだけど!
「まず人増えろ、保健体育は1日1時間。男子と女子は同じ教室でやろう。英語や理科、古文なんぞに時間を使うな、はい、男子共!」
「保健体育!保健体育!保健体育!!」
「保健体育!保健体育!保健体育!!」
「保健体育!保健体育!保健体育!!」
調子に乗る連中。不気味な社会に飲まれた男子達。そこに希望の光を照らす声。
「異議あり!!」
「なに?」
英語講師だけど、人であるため。社会的な事を生徒達に伝える。講師なのだから、生徒達の講師でなければならない。こんな社蓄が中学生に語ることを鵜呑みにさせるわけにはいかない!
「まず。授業の根本とは!学ぶ大切を知ることであり、学ぶ努力を知ることであります!英語が嫌だ、国語が嫌だ!多いに結構です!しかし、努力したい!頑張りたい!そんな教科や出来事を、学校で知るのです!点数や評価が人生の全てではありません!子供時代が全てではないです!」
「ふーーん?」
山口。完全に嘲笑う顔。完全に悪役面。少し、男子達も引いている。
「社会のために人があるのではないのです!人だからこそ、社会が成り立つのです!優しさで溢れる社会になっているのです!あのような、友情も努力も、優しさも!持ち合わせていない人が、社蓄と呼ばれる存在になるのです!こんな社蓄を増やすための社会ではありません!世の中ではないです!」
「がはははは!騙されるな!友情www努力www!優しさwww!社会に心などいらぬわーー!そもそも、お前が今日。とんでもねぇ注文してるだろーが!!」
パチーーーンッ
山口の頬に、平手打ち。炸裂!
「別にいいじゃない!あんたの仕事なんだから!!」
「今の平手打ち!優しさ0!!」
だが、最も優しくないのはこれからの言葉である。
「心がいらないですって!!じゃあ、機械で良いじゃない!!あんたの人生なんて機械がやればいいじゃない!!そんな仕事なんじゃない!?そんな生き方なんじゃない!?」
「ぐさっ!!」
「保健体育なんて学ばなくても良いじゃない!!」
「ぐえっ!!」
「あんたなんか!男でも、人でもないわ!!バーーカ!!」
「ぐはぁぁぁっ」
山口、その場で倒れる。ほとんど悪口であったけど、正義が悪を倒すみたいな構図であった。
壊された窓から爽やかな風が流れてくるのも頷ける、スーッと来る感じが教室全体に広がった。
女ってこーいう時、滅法強いよな。
「すげーーーっ!!」
「カッコよかった先生!!」
「凄い好きになりましたーー!!」
生徒達から盛大な拍手を送られて、先生
「えへへ、スッキリ言えた」
ちょっと照れちゃう。対して、ゴミのように倒れる山口。彼みたいな社蓄にはならないと、みんな。反面教師として学べることができた。
社会の敗者はよく学ばせてくれるなぁ。
でもね、山口みたいなのが社会の底辺を支えているんだよ。まだ、知らなくて良い事だ。