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俺はスライム!  作者: 椿坂悠季
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3.謁見の間

 俺が起きたのはもう昼過ぎ。完全に寝過ぎだ。ルビーが起こるのは無理もない。

 だが、「支度」というほどの準備品もなく、食事を済ませた俺のやることといえば、他のメンバーの観察くらいだった。


 リザードマンのアイルが剣の手入れをしているのを眺めたり、ハーピーのリリィが発生練習しているのを聞いたり、フェンリルのギンが爪を研いでいるのを見たり……。

 いつもの光景のように見えてはいるが、ピリピリと肌を刺すような緊張感が辺りに漂っていた。

 普段は装備品など着けていないスライムたちも、この日ばかりは独自のアイテムを身に付けていたりして、やはり平時とは違う感じがしていたからかもしれない。


 ファイアスライムのルビーは、雪の結晶の形をしたネックレスのようなもの。エレメンタルスライムのジュエルは、ダイヤのような透明な石が嵌め込まれた金色のサークレット。

 そして俺は、ライアン隊長が選んでくれたヘルパンサーの毛皮の帽子。


 ただ、電気バリアの張られているエレキスライムのサンダーと、元から派手なゴールデンスライムのヘンリーは、これといったアイテムは身に付けていない。

 ヘンリーいわく、「僕には必要ないからね」だそうだ。



 そんな風にボンヤリ過ごしているうちに、やがて日が落ち、出発する時刻になった。

 ライアン隊長がみんなを前に号令をかける。


「よし。これから俺たち十三部隊は、他の二部隊と共に謁見の間に向かう。皆、気を引きしめていけよ」


「えっと、謁見の間って……?」


「ん? そうか。じゃっくはまだお会いしたことが無かったな」


「は、はい」


「出陣の際には、全員で謁見するのが決まりでな。魔王様の前で、改めて忠誠と敬意を示すんだ」


「な、なるほど……」


 俺は少し緊張しながら頷いた。


 魔王=ラスボス。

 魔王=デカイ。

 魔王=半端なく強い。


 そんな方程式が成り立つ俺の頭の中では、まだ見ぬ魔王の姿が色々と浮かんでいた。

 獣の姿をしている魔王。ドラゴンのような爬虫類系の姿をしている魔王。そして、人と変わらぬ姿をしている魔王……。

 このゲーム『魔王の黙示録』の冒頭に出ていた魔王は、どんな姿をしていただろうか?


 俺が魔王の姿に頭を巡らせていると、ユキがこっそり話しかけてきた。


「大丈夫。魔王様は良い方ですよ」


「そうなのか?」


「はい」


 おとなしい性格のユキが言うくらいだから、本当に良い人なのかもしれない。


「魔王様はいつも我々に心砕いてくださる。人間との戦いに向かう俺達に、ご自身から言葉を贈りたいと、そう考えておられるのだ」


「そうなんですね」


 人間にしてみれば、魔王は脅威の存在以外の何者でもないのだろうが、魔物や魔族にしてみれば、魔王は信頼すべき憧れの存在なのだろう。



 魔王軍の住む棟を出ると、俺達は魔王の居城へと向かった。

 途中の通路で、今回同じ任務に向かう他の部隊に遭遇した。全員武装した屈強な軍団だ。


「よう、ライアン。お前たちスライム部隊も行くんだってな?」


 隊長らしき一匹のガーゴイルが、薄ら笑いを浮かべて言った。


「第十三部隊だ」


「どっちも同じだろ?」


 ライアン隊長が溜め息混じりに訂正したが、ガーゴイルは気にした様子もなく続けた。


「今回の出陣。お前が進言したそうだな?」


「それがどうした?」


「西の森はスライムの生息地。そんなにスライムが大事か?」


「スライムが大事なんじゃない。魔物の生息地が大事なんだ」


「同じだろ?」


「同じじゃない。西の森には他の魔物たちもいる。今まで安全だと言われていた場所にまで、人間の軍が押し寄せているんだ。俺達が守らなくて誰が守る」


 ライアン隊長の言っていることは、筋が通っているように思える。

 だが、ガーゴイルは頭を振って呆れたように言った。


「まあいいさ。お前のスライムびいきは今に始まった事じゃないしな。命令は命令だ。人間たちを蹴散らせというなら、やるだけのことだ」


「……」


 それ以上は会話が続かず、ただ、歩く足音だけが床に響いていた。



 謁見の間は体育館ほどの広さで、天井まで届く高い柱が何本も立っている。松明の明かりに照らされた床には赤い絨毯が敷かれ、その両脇には魔族や魔物の中でも高位にいる者たちが立ち並んでいた。

 そして、一番奥。数段高くなった場所には、重厚な装飾を施した玉座が置かれている。


(デカイなあ……)


 俺がスライムサイズだからか、その玉座はとても大きく見えた。

 これに座る大きさの魔物だとしたら、オーガ族のドナ副隊長よりも大きいのではないだろうか?


「魔王陛下の御成りである!」


 従者らしき魔族の声に、謁見の間は緊張に包まれた。

 俺も「どんな奴が出てくるのか?」と、ドキドキしながら待った。


 脇にある入り口の幕が開き、そこから漆黒のマントに身を包んだ人物が出てくる。

 しっかりとした足取りで玉座の前に来ると、こちらを向きゆっくりと腰掛けた。


 魔王は、意外にも人と変わらない姿をしていた。

 いや、違うところはたくさんあった。

 皮膚の色は緑だったし、髪は銀色。そして何より、額からは二本の角が突き出ている。

 『魔物』というよりは『魔族』に近いのかもしれないが、あえて言うなら『鬼』だろうか?

 それでも、爬虫類系などのイメージをしていた俺には、少しばかり安心できた。


「魔王陛下からのお言葉である」


「諸君たちには、これから西の森の援軍に向かってもらう。進軍してくる人間たちを、なんとしても退けよ」


『はっ!』


 力強い声が謁見の間に響き渡る。

 俺はなんだか武者震いしてきた。


(いよいよかあ……)


 これから外の世界へ出て、人間たちと戦う。俺はどの程度役に立てるだろうか?


「ライアン」


「はっ」


「そなたの軍に、新しい隊員が入ったと聞いたが?」


(えっ?)


 俺はドキリとした。

 ライアン隊長の軍で新人といえば、俺しかいない。


「はっ。忍者スライムのじゃっくです」


「ほう。〝じゃっく〟とな?」


(な、なんだ?)


 名前を強調されたような気がして、俺は気が気ではなかった。


「じゃっくよ。これへ」


 魔王が俺を手招きした。


「えっ……?」


 俺が驚いたまま固まっていると、「ほら、行ってこい」とライアン隊長が振り返り、前に出るように指示した。


「は、はい」


 おずおずと前に進み出た俺は、ゆっくりと魔王の前に立った。背後から、横からと、痛い程の視線が突き刺さる。

 顔を上げられず俯いていると、魔王が俺の名前を呼んだ。


「じゃっく」


「は、はい!」


 パッと顔を上げると、魔王の視線とぶつかる。金色の瞳に見つめられた俺は、ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。

 近くに寄っただけで凄い威圧感だった。

 だが、その威圧感がふっと緩む。


「そう緊張するな。どのような者か知りたかっただけだ」


「あ、はい」


「じゃっく。我々は今劣勢だが、そなたの働き次第で優勢に変わることだろう」


「えっ?」


(このセリフ……)


 そう、あのゲーム『魔王の黙示録』でのセリフそのものだった。


「もちろん、やってくれるな?」


「いや、あの……」


 あの時はゲームの進行上「はい」を選ぶしかなかったが、ロクに戦えない俺が気軽に「はい」と返事していいものだろうか?


「どうした?」


 返事をしない俺に、魔王は不思議そうに首を傾げた。

 にわかに謁見の間がざわつく。


(このままじゃダメだ)


 俺は意を決し、言葉を選ぶように言った。


「俺はまだ軍に入ったばかりで、戦力になるかどうかも分かりません。もちろん、出来る限りのことはやるつもりですけど」


 もしかしたら、「なんて消極的な」と怒られるかもしれない。でも、嘘はつけない。


 やや沈黙したあと、魔王はふっと穏やかな表情になった。


「慎重だな」


「すいません……」


「いや」


 魔王は首を横に振ると言った。


「以前、お前と同じ名を持つ者がいてな」


「えっ?」


「その者は、我らのために力を尽くしてくれた英雄だった」


「英雄?」


「もう、ずいぶん昔の話だがな」


「そうなんですか」


 俺の名前を聞いたとき、ライアン隊長も誰もそんな事は言っていなかった。

 もしかしたら、ライアン隊長たちが軍に入る前の話なのかもしれない。だが、『英雄』と言われる程の人物を伝え聞いてはいないのだろうか?

 それとも、魔王しか知らない話なのだろうか?


 そんなことを考えていると、魔王は凛とした表情に戻り、こう告げた。


「じゃっくよ。そなたは強くなる。そして、我らの軍を勝利へと導いてくれるだろう。これは予言だ」


「予言?」


 魔王には予言の能力があるのだろうか?


「とりあえず、出来る事からやってみます」


「うむ」


 その答えに納得したのか、魔王は力強く頷いた。




 謁見の間を出て城の外に出るまで、俺の心臓はドキドキと激しい鼓動を打っていた。魔王と対峙した緊張感が未だに続いていたのだ。

 さらに言えば、魔王と直接会話をしたことで他の魔物たちから注目を浴び、これまでに無いほどの視線のシャワーを浴びせられていた。だがそれも、荷車の準備などを始めるころには少しずつ引いていった。


「じゃっく。お前たちスライムはこの荷台に乗って移動だ。ほれ、手を貸してやろう」


「あ、ありがとうございます」


 ドナ副隊長に荷台に上げてもらい周囲を見渡す。

 三部隊それぞれに二台ずつ用意された荷車には、食糧はもちろん武器なども乗せられている。

 俺が乗り込んだのは二台のうちの一台で、どうやら俺達スライム専用の荷車になっているようだ。


「俺達の部隊って、荷物少ないのかな?」


「えっ?」


「や、だって、他の部隊は二台まるまる使ってるのに」


「ああ」


 ルビーが意味を理解して頷いた。


「私達スライムは食べる量も少ないからね。その分、荷台に余裕ができるのよ」


「なるほど」


 なんとも納得しやすい理由だ。


「じゃっくさん。意外と落ち着いてますね」


「えっ?」


 ユキが感心したように俺を見ている。


「私が初陣の時は、緊張し過ぎて気を失ってしまったのに」


 それも凄すぎるが、確かに今の俺は落ち着いているかもしれない。


「そうだな。さっきの方が緊張したし」


「魔王様との謁見か?」


「はい。まさか、呼ばれるとは思ってなかったし」


 テツさんもそれには驚いたようだ。


「そうだな。ああいう場で、個人的に話をされることはほとんどねえからな。もしかしたら、お前に何かを感じたのかもしれん」


「何かって?」


「そこまで分かる訳ねえだろ」


「……ですよね」


 俺自身分かっていないのだから、テツさんが分かるはずない。


「ようし、出発だ!」


 ライアン隊長の号令と共に部隊が動き出す。俺達の乗った荷車も、ドナ副隊長によって力強く進み始めた。


「いよいよね。気合いは十分? じゃっく」


「まあまあかな?」


「ふふっ。まあ、今はそれで良いと思うわ」


 ジュエルが楽しそうに笑い、それにつられる形で笑いが起こる。だがそんな中、ヘンリーがおもむろに荷台に横たわった。


「ボクは移動の間一眠りさせてもらうよ。着いたら起こしてくれたまえ」


 言うが早いか、もう寝息をたてている。


(どこまでマイペースなんだよ!)


 突っ込みたい衝動にかられたが、他のメンバーが意に介さない様子なのを見てやめた。たぶん、『いつもの事』なんだろう。



 月に照らされた城と、その背後に聳え立つ山の影が見える。

 まさに『魔王の城』と呼ぶに相応しい、荘厳な姿だった。




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