2.集中特訓
それから三日間、俺は基本的な戦闘訓練を受けることになった。とは言っても、そう簡単なことではなかった訳だが……。
元々運動が苦手で、やったことがある武道と言えば、体育の授業で習った剣道くらいだ。
しかも、未だ慣れないスライムの身体。俺は自分の能力のなさを痛感していた。
「ちょ、ちょっと休憩させてください……」
「仕方ない。少し休むか」
ライアン隊長は「ふう」と溜め息をつくと、グデグデなっている俺を見た。
「忍者スライムとはいっても、まだ何の能力も持っていないからな。それでも、ノーマルよりは素早さが高いはずだが……」
「す、すいません……」
俺はもう謝るしかなかった。
「いや、謝る必要はない。今回は急な出撃だったからな。俺としては、お前を置いていきたかったんだが……。命令では仕方がない」
ライアン隊長は、一応俺のことを話してはくれたようだが、今回はなんとしても人間の進行を阻止したいようだ。うちの部隊の他にも二部隊出撃することになっている。
「まあ、お前は前線に出る必要はないからな。せめて、流れ矢に当たらない程度にはなってもらわんと困るが」
「ど、努力します」
そんな感じで、俺の訓練は続けられた。
魔王軍の1日は長い。それは、日中動ける魔物と、夜間しか動けない魔物がいるからだ。
例えば、俺のようなスライムは日の光の影響を受けることはないが、医務室のバンパイア先生などは日が沈んだ時間しか活動出来ない。そのため、他の魔族の医師と2交代でやっている。
部隊にも夜間担当の軍が存在し、明け方のわずかな時間を除けば、いつも誰かが活動していた。
それでも、魔物の能力は夜のほうが断然高まるわけで、俺の特訓も日が沈んだ頃に行われていた。
そして、日中は戦闘知識の勉強。属性についてや、武器の特性などが主だったが、こちらはゲーム好きの俺にはなんら問題なかった。
さらに、元忍者スライムであるエレメンタルスライムのジュエルからは、進化についての話を聞いた。
忍者スライムの進化には二通りあり、ジュエルのように魔法のコアを取り込む方法。そして、他の魔物の能力を取り込む方法があるようだった。
「忍者スライムは、そのままでも普通に戦えるわ。レベルが上がれば、火とんの術や雲隠れの術が使えるようになるの」
「へえ〜」
つまり、名前の通りにいくつかの忍術が使えるようになるらしい。
「でも、一番の能力は変化の術で、他の魔物に姿を変えることが出来るの。それを意図的に強めたのが『進化』ってことね」
「強めた?」
俺は首を傾げた。
「変化の術は一時的なもので、その能力は使えても体力とか技力は変わらないの。だから、進化をすることで、その能力に適した姿になったほうが効率良いってことね」
「なるほどなあ」
俺は理解して頷いた。
魔物の多くは、その能力に特化した姿をしている。
例えば、ファイアスライムのルビーやアイススライムのユキのように、単一の属性を持つものがほとんどだ。
さらに言えば、炎と氷は反対属性であり、その両属性を持つ魔物はいない。
もちろん、魔族のように、人間と同じ『術』として使える者は別としてだ。
「ジュエルみたいに、4つ全ての術が使えるのは便利かもしれないな」
「でしょう? おまけに、4属性の魔法攻撃は一切受け付けないのよ」
「最強だな……」
「ふふっ」
俺が感心したように言うと、ジュエルは楽しそうに笑った。
「でもそうなると、俺は別の進化をしたほうがいいんだろうな」
「そうね。でも、技型のスライムに進化するには、他の魔物を吸収したり、特別な道具を取り込む必要があるのよ」
「え……」
俺は言葉を失った。
他の魔物を吸収するということは、仲間を犠牲にするということだ。
これがゲームで、俺が人間のままだったら、何の躊躇もなくやっていただろう。
でも、今の俺はスライム。魔物だ。
仲間を犠牲にしてまで強くなる必要があるのだろうか?
黙りこんだ俺の心情を察したのか、ジュエルは苦笑いして言った。
「何も、今すぐ進化しなきゃいけない訳じゃないわよ?」
「う、うん」
「それに、魔物を吸収すると言っても、傷付いて動けなくなってしまった時しか出来ないし、魔物自体を吸収するんじゃなくて、その能力を吸収すると考えればいいのよ」
「同じじゃないのか?」
「いいえ。その魔物はいなくなってしまうけど、その能力はあなたの中に残る。違うでしょ?」
「そう……かな?」
俺はジュエルを見た。
人間だった俺と、生まれながらに魔物だったジュエルとは考え方が違うのかもしれない。
だが、人間が能力を継承して成長していくようなゲームも確かにあった。
俺は少し難しく考え過ぎなのかもしれない。
「まあ、進化に必要なレベルにはまだ達していないし、ゆっくり考えればいいと思うわ」
「そう……だな。そうするよ」
俺がそう返事をすると、ジュエルは穏やかに微笑んだ。
「もうそろそろ食事の時間ね。行きましょう?」
「うん」
俺達は部屋を出ると、食堂へと急いだ。
ちなみに、スライムの主食は木の実。見た目はドングリに似ている『トテの実』と、数種のベリーを好んで食べるようだ。
味の方はまあまあではあったが、慣れればこんなものなんだろうと思う。
それよりも、スライムが実は草食モンスターだったという事を俺は初めて知った。
もしかしたらこの世界だけなのかもしれないが、人間(今はスライムだが)で知っているのは、きっと俺だけだろう。
スライムになったのも、ムダではなかったかもしれない。
三日間の訓練を終え、俺はなんとか隊長から及第点をもらうことが出来た。
「まあ、とりあえずはこんなもんだろう」
「はあ、はあ……。ありがとうございます」
「よく頑張ったな」
「いえ、隊長のおかげです」
俺は素直に感謝した。
「まあ、それでも前線に出て戦うのは無理だろうからな。お前は後方で待機だ」
「わかりました」
たしかに、今の俺では逆に足手まといになるだろう。今回は、みんなの戦い方を見せてもらうことにした方が良さそうだ。
「よし、出発は明日の夜だからな。そろそろ上がるか?」
「はい」
訓練所を出て部屋に戻ると、十三部隊のメンバーが一堂に会していた。
「おお、じゃっく。戻ったか」
「どうかしたんですか?」
どことなく、みんながソワソワしているような気がする。
「じゃっくは明日が初陣でしょ? みんなで何かプレゼントしようと思ってね」
「えっ……」
ウィンクしながら言うルビーに、俺は少しばかり戸惑った。プレゼントなんて、もう何年ももらった記憶がない。
「はあい、これよ」
ハーピーのリリィがフワリと降りてきて、俺の頭に何かを被せた。ドナ副隊長が持ってきた金属製の鏡を覗いてみると、それはヒョウ柄に似た毛皮の帽子だった。
「こ、これ……」
「お前も、イッパシの魔王軍の一員だ。何の装備も無いんじゃ、格好付かないだろう?」
「もしかして、隊長が選んでくれたんですか?」
「ああ、まあ……。柄が気に入らないなら言ってくれよ?」
照れ臭そうに言うライアン隊長に、俺は首を横に振った。
「そんな、気に入らないなんて! ありがとうございます。嬉しいです!」
そう言うと、ライアン隊長は「そうか」と言って笑った。
「似合ってますよ、じゃっくさん」
「なかなか素敵じゃない」
ユキやジュエルが褒める中、
「うん。なかなか野性味があって良いんじゃないかい?」
ヘンリーが微妙な評価を口にした。
「それは、褒めてるのか?」
「もちろんさ。僕が隊長の選んだものにケチをつける訳ないだろう?」
テツさんのツッコミに、ヘンリーはサラッと言い返す。
「ただ、僕なら選ばないってだけだよ」
(結局、ケチつけてるじゃないか!)
おそるおそる見上げると、ライアン隊長は「やっぱりそうか」と苦笑いしている。
(人が良すぎです、隊長……)
しかし、その人柄がこの部隊をまとめているのだろうと思うと、俺は突っ込む事が出来なかった。
「それにしても、ヘルパンサーの毛皮とは考えたわねえ、隊長さん?」
「戦利品の中にたまたまあってな。マントだったのを仕立て直してもらったんだ」
「えっと、ヘルパンサー?」
俺が首を傾げていると、それまで無言で見守っていたダークプリーストのマイトスさんが、静かな口調で言った。
「ヘルパンサーの毛皮は、炎に対する耐性がある」
「そうなんですか?」
(っていうか、マイトスさん、めっちゃ良い声!)
あまり話しているのを聞いたことは無かったが、某有名声優ばりのイケメンボイス。
「少しでも戦闘の助けになればとの、隊長なりの気配りだ」
そんな風に落ち着いた物腰で話すところなど、女子にはポイントが高いのではないだろうか?
(モテるだろうなあ、マイトスさん)
そんなことを考えていると、ドナ副隊長が思いもよらないことを口にした。
「まあ、それだけお前に期待してるってことだな。頑張れよ、じゃっく!」
「いやいや、期待って……!」
(俺、ロクに戦えないんですけど!?)
ドナ副隊長の言葉に慌てる俺を見て、みんなが可笑しそうに笑い出す。
(か、からかわれた?)
「とにかく、明日はいよいよ出陣だ。皆、ちゃんと休んでおけよ」
「はい!」
みんなが一斉に返事をすると、ライアン隊長は満足気に「よし」と頷いた。
自分の寝室に行きベッドに横になったものの、俺はなかなか眠れなかった。
期待と不安がごちゃ混ぜになって、目が冴えてしまったのだ。
まさか、あのゲームと同じ様に人間と戦うことになるとは思いもしなかった。いや、きっとこの世界があのゲームなのだろう。
(出来れば、もっと強いモンスターにして欲しかったよなあ)
スライムといえば、ほぼほぼザコモンスターだ。中には厄介なスライム系の魔物が出てくるゲームもあるが……。
「はあ〜」
何度目かの溜め息をついた時、誰かが部屋に入ってくる気配がした。
「眠っておかないと明日に響くぞ」
「マイトス……さん?」
相手を確かめようとした次の瞬間、
《スリープ!》
「へっ? すりぃ……グゥ〜」
俺は強烈な眠気を覚え、魔法をかけた人物の顔を確かめる前に夢の中へと誘われていった。
◆◆◆◆◆◆◆
(ん……? )
瞼を透かして明かりが見える。俺は戸惑いながら目を開けた。
そこは、俺の部屋だった。
テレビ画面には、あのゲームのタイトルが映し出されており、重々しい音楽が繰り返し流れている。
「えっ?」
俺は慌てて自分の身体を確めた。手、足、そして服。スライムになる前の、あの世界に行く前の格好のままだ。
「俺、帰ってきたんだ……。やったあ〜!」
バンザイの格好のまま仰向けになると、俺は見慣れた天井を見上げながらホッと溜め息をついた。
思えば奇妙な出来事だった。異世界に行き、スライムになり、魔物たちと楽しく過ごした数日間。
いや、そもそもがすべて夢だったのかもしれない。
ゲームの世界に行くなど、現実ではありえないことなのだから。
「でもまあ、面白かったな。みんな良い奴だったし」
じっと天井を見つめていると、あの第十三部隊の面々が脳裏に浮かぶ。
人の良すぎる隊長に、豪快で頼りになる副隊長。個性豊かなスライム族と様々な種族の魔物たち……。
彼らが人間だったら、きっと良い仲間としてやっていけただろうと思うと、少し残念な気もしてくる。
「でもまあ、無事に帰ってこれたんだし、良しとするか」
うーんと伸びをして目を閉じると、部屋の外から母親の声が聞こえた。
「起きなさい。遅れるわよ?」
「起きてるよ」
そう返事をしたが、母親は部屋に踏み込みさらに続ける。
「ほら、早く。起きないと怒られるわよ?」
「怒られるって、誰に?」
それでも起き上がらない俺を見兼ねたのか、母親の語気が強くなった。
「いい加減にしなさい、じゃっく! 丸焦げにされたいの!?」
「へっ? 『じゃっく』?」
ガバッ!と起き上がると、ベッド代わりの台の周りに、ルビーやユキ、そしてテツさんがいた。
「あ、あれ?」
「『あれ?』じゃないでしょ!? いつまで寝てるつもり!」
ルビーが、今にも火を吐きかねない剣幕で俺を睨み付けている。
「まったく。緊張感の欠片もねえな」
テツさんが呆れたように大きな溜め息をついた。
「いやいや、違うんです! 緊張し過ぎて逆に眠れなくて……」
(そうだ。それに、マイトスさんに何か魔法かけられたし!)
その事を説明しようとしたが、ルビーにピシャリと止められた。
「言い訳はなし! 早く支度しなさい!」
「は、はい……」
俺はすごすごと台から降りると、顔を洗いに水場に向かった。
(夢だったのか……)
元の世界に帰れたと思っていたのに、いや〝こっち〟の方が夢だと思っていたのに、どうやら違っていたようだ。